第10話 風邪



 その日、來果の席に、來果が座ることはなかった。風邪で休んだ。教室へ沙紀と一緒に来ても、まだ、來果は来ていなかった。HRが始まる前に、風邪引いたので休むという絵文字付きのLINEを送って来た。

 もしかしたら、体調が悪いのにギリギリまで行こうとしていたんじゃないかと推察した。前回の人生ではバイトを経験し、風邪は仮病とかのたまう輩もいたが、体力の違いや、病気の抵抗力の違いがあるのは知っている。

 それに來果の場合は、ただでさえ人が多く集まるメイド喫茶なんかで働いている。もちろん、そこまでは一般的な理解である。正直誰だって風邪を引く。けれど、前回の人生で、俺の記憶が正しければ來果が学校を休んだにしても、学校が始まって早々に休んだということはなかったはず―――だ。

 何をはかりにかけていいのかという問題は残るけれど、こういうとき―――こういう時、真っ先に何か言ってきそうな、沙紀が知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。彼女は絶対に來果が学校を休むことを把握していたに違いない。もちろんそれがいかなる理由かなどと問いただすことも出来ない。

 でも沙紀を拠り所にして、論理の建築材料にするのは間違っていた。

 ただ、そのせいで余計に、その病気には別の意味があるような気がしてならないのだが、俺も考えすぎなのだろうか。もちろん、眼の上のたんこぶがなくなって、ふっと気が抜けて風邪を引いたということも十分に考えられる。

 鼻声の來果を想像してみた。

 ただ、夕方この教室の窓の下の場所で身体を冷やして体調が悪くなったというのも十分に考えられた。病気の理由なんて人間側に分かることなんて永遠に、ない。何故なら運命を司る要素や、無意識の領域はどう見繕ってもこちら側にはないからだ。

 でも仮の論理というやつだ、人間でいるからには人間側の論理に従事するしかない。朝のHRでは担任から三人が停学になり、転校するようだという話を聞かされた。そしてその後、担任に時間をあらかじめもらっていた淳や、恭介っちが教壇に出て、話をした。二人は約束を守った、決して怒りを面に出さず、みんなでいいクラスを作ろう、人それぞれ違うけど、だからこそ最低限のことはきちんと言える間柄になろうというようなことを言った。

 本当はそこで、俺が三年後に來果は自殺をしていたというようなことを告げられたら、いいのだろう。でもそんなの絵空事だ。こうやって現状を打開しようと取り組んでいる淳や、恭介っちの熱い気持ちこそ人間側にとって最も有効な方法だろう。残念ながら、この世界というのは出来る人が出来ない人に語り掛ける程度のうすっぺらい世界だ。だから熱い気持ちを持てる人を善人だと思う。

 具体的に名前を出さないのは武士の情けではあったけれど、この中の人はどういうことがあったのかをは知っている。

 本当のところ―――本当のところは、をしても、クラスメートの胸には響かないだろうな、と思っていた。でもそれは、この教室中の担任含めて俺もそうなのだ。程度の差こそあれ、人というのは本能的な生き物で、動物なのだ、という認識を俺は捨てられない。所詮、この社会全般を巣食っているのは、地位や名誉にお金の三種の神器で、それを遺伝子というにせよ、群れや縄張りなのだ。人は大人になるし、ある程度までは成長するけれど、明確なラインがあるといってもいい、その限界をこの中の過半数は超えられないのだ。学校は社会の縮図であるが、それはたんに言葉通りの意味にすぎない。突き詰めれば、もっと奥がある。いじめの温床とは人間に巣食っている動物性に根差してい―――る・・。

 しかしそれだって、あくまでも人間という物差しにすぎない。それに気付くかどうかは別として、一つ構図を変えてみればすぐにわかる。この教室に、あるいは社会に、なんだったら世界に俺達を監視しているようなものが存在していると考えてみたら―――いい。俺達はそれを何となくとか、そうする方が正しいと思っている。もちろんそれは不条理の成立である猿の実験のようなもので、道徳とは何かということになるのだが、分かり易く、沙紀という天使様は二人の意見をどんな面持ちで聴いているのだろう、と考えてみたらいい。人間の善なる部分を信頼しているのだろうか、それともこれを詭弁や、一時しのぎに過ぎない、長い長い人生をかけて処理されてゆくものとでも思っているのだろう―――か。

 図書室での考えがぶり返してきて、やっぱり高校三年生で飛び降り自殺をした來果のことを考えてしまう。沙紀は俺がそのことで悩んでいるのも知っているが、それについてまったく何も言わない。一人で考えろということなのだろ―――う・・。

 きっと淳や、恭介っちの方が多分おかしいのだ。俺だって人生をやり直して、來果と友達になって、ようやく―――本当にようやく、そのというものが正しいことに気付いている。それは何かといえば、人間であるということだ。


   *


 來果がいないので友達活動に専念でき、淳や恭介っちと馬鹿な話をしに行く。昼休みの間までに、來果の友達である園芸部の眼鏡美人の後藤から、後でお見舞いに行こうと思うんだけど、大勢で押しかけるのはあれだから、久嗣君や、沙紀さんは、というようなことを聞かれた。一日や二日会わなくても全然平気だ、理由さえわかっていれば一か月どころか半年や一年会わなくたって平気だ。長い間ずっと、一人で過ごしていた。たんに來果が構って来るだけだ。でもそんなドライなことを想いながら、心の隙間みたいなものは、ハッキリと意識していた。

 遅刻や、親戚が亡くなったとかだったらよかったのに、來果が何処か遠い場所、本当に何処か遠い場所へ行ってしまったらと想像した。とはいえ、精神衛生上に悪かったので、パスした。考えてはいけない類のことは、いつも、そうした。彼方に舞い上がる、時計、カレンダー、生まれた日付と死ぬ日付。矢継ぎ早に、関係という問題を形にして、いくつもの言葉が息継ぎした。

 言葉があふれてくる感覚というのはいつも、水。そしてそれは頁を捲って、様々な残り香が、テールランプのように尾を引いて流れた。


 「あとでお見舞いに行ってみるよ、人数は少ない方がいいから俺と後藤の二人で行くのでも―――いいか?」

 沙紀は除外するというよりも、天使という立場的に外した方がいいんじゃないかという気がした。まあ、風邪ぐらい誰でも引くから気にしすぎかも知れないが。

 淳はクラブ活動があるし、恭介っちは人気者だ、することはいっぱいある。取るに足らない無駄なことだけど、友達活動を通してそういうのが大切だというのはわかるようになった。でも淳や恭介っちが心配していないということではない。二人はメイド喫茶の、またそれ以前から來果を見知っているのだ。自分達も行きたいというに決まっているのはわかっているから、明日来るかも知れないから、と言葉を濁すのを忘れてはいけない。

 「いいよ、じゃあ、放課後声をかけるね」

 そう言って席に戻った後藤と入れ替わりに沙紀が小声で、

 「來果ちゃんに言いつけてやろう、浮気うわきしてた」と言った。

 「俺達は別に付き合っていない」と俺。

 「付き合っていなくても、浮気したような気持ちは持ってる、

 それはつまり―――浮気なのだよ。あと、一部の男子生徒は、

 あの、手どんだけ早いんだよと思ってるからね」

 と、沙紀は謎の理屈で言うが、それがまた小学生っぽい。涙の匂いのしそうな木材置場と甲虫。赤錆びた朝礼台と変なポーズの像と夕暮れの記憶。

 でも來果との気持ちだって持て余しているようなありさまの自分が、他の女性を毒牙にかけるなんておおよそ夢物語である。

 「じゃあ、俺は來果に、後藤と一緒に行くと送っておく」

 「じゃあ、わたしは、何か大切なことを告げに行くと送っておくね、

 それはラブのテクニックだよ、最初に言っておくね(?)」

 話をややこしくするな、天使の皮をかぶった悪魔。

 「大体俺はそんなにテない」

 「あのね、ルックスがいいだけでモテるなんていうのは幻想なの。そんなの知ってるでしょ。お金持ってればモテるともいうけど、そういう子が集まって来るみたいなもの。あくまでも、好きになりやすかったりするだけ、普通の顔して、普通に優しそうで、普通に清潔そうだったら、文句つけるところないでしょ」

 正確には、人間ってある種の思い込みをしているにすぎない。学校自体が一つの巨大な病棟のようなものだ。様々な劣等感という名のルサンチマンを抱え、将来まで続くアキレス腱になるようなものを意識する、隣人思想を育てる。

 「、そしてお前が俺を貶したいというのはよくわかったよ」

 「あと、従姉妹のわたしにも手を出してるって思われているからね」

 「お前だけは一緒のベッドで寝てたとしても、万に一つも、ねえわ」

 天使相手に色事とか恐れを知らぬ馬鹿、というのが本音である。まあそれを差し引いても、沙紀に手を出すのはないだろう。

 沙紀は恋愛の対象というのではない。多くのクラスメートが彼女を子供扱いして、実は彼女が一番年寄りで、長寿のエルフ系ロリババアなのだが、それでも甘やかしたいとか、可愛いね、見ているだけでいいやという気持ちになる。

 ただ、沙紀の容姿端麗ぶりは、來果や後藤に負けず劣らずだし、いやその突き抜けた可愛さでは処理しきれないものも呑み込めて、やっぱり天使という影響力みたいなものがあるのか彼女の好待遇には凄まじいものがある。クラス全員への沙紀の接し方って何だか王女様と従者みたいな雰囲気がある。なので、俺のひどい接し方は、周囲からそれとなくあの野郎と思われているのは分かっている。

 まあ、一部の生徒には、仲のいい従姉妹なんだなと見えるらしい。俺も何だか本当に、沙紀と従姉妹になったみたいで不思議なのだが、ある種の馴れ馴れしさって、そういう効果がある。まあそれも、沙紀の天使的な影響力かも知れないわけだが。

 ただ、ハーレム系主人公ではない、ごくごく自然な流れ、だ。

 「でも、誤解されないようにしなさいよ」と沙紀が言った。

 來果への好意を意識している今、変なことにこれ以上なりたくない。

 好意剥き出しで、美少女に接されてみろ頭の中普通にバグる。でもルックスだけではない、そういう認識の中で、彼女のいいところがいくつもわかるようになってくる。公園の猫の場面や、メイド喫茶での來果。そして高校三年生の時に自殺したというミステリアスさ、それは沙紀が俺の家に寝泊まりするようになってから加速している。沙紀は一種の制限時間のような効果をもたしているからだ。

 とはいえ、來果に対する気持ちが日に日に膨れ上がるのは、もしかしたら一緒にいる時間が長いせいかも知れない。教室での時間に加え、文芸部での時間、そして一緒に下校し、時には一緒に登校することもある。メイド喫茶はあれ以来行っていないけれど、淳と恭介っちのタイミングが合えば、また行こうと思っていた。生活の歯車に欠かせないネジの一部に、いつのまにか來果はなっている。俺達が恋人同士だという風に勘違いされる場面も増えてきた。

 と、ここまで話しておきながらひどい締め方をする、沙紀である。もしかしたら、普通にお返しをされただけかも知れないが、万に一つ、は中々の切れ味。

 「まあ、万に一つも、この童貞野郎には無理だと思いますが」



   *


 後藤さんと一緒に來果のお見舞いに行く。スーパーへ寄って、ポカリスウェットと、カットフルーツを購入する。まあ、來果の家はメイド喫茶なので、フルーツなんていつでもあるに違いないのだが、ポカリスウェットだけだと何か手持無沙汰だと判断した。後藤さんは、ゼリーやプリンなどの柔らかく流動的な食べ物を選んだ。

 そういえば、後藤さんは來果のことを、ユッピ、という。何か新種の生物みたいな響きがあり、そして來果は後藤のことを、ゆっちゃん、と言う。こちらは何か新しく生み出された蜜柑の名前みたいである。

 「ユッピ、こういうゼリーやプリン全般好きなんだ」

 まあ、女の子で甘い物が苦手ってあんまりきかないけど、一定数、甘い物を食べられない、甘い匂いを嗅ぐだけで吐き気がするという人がいる。まあ、ご飯が苦手でパンが好きという人もいるし、世の中には主食ラーメンやパスタという人もいる。

 「甘いものが好きなのかな?」

 「どうだろう、やっぱり甘いから美味しいとかじゃなくて、可愛いところかな」

 メイド喫茶で食べた、チョコレートパフェを思い出した。

 「あと、家庭環境もあるな」

 と言ったあと、後藤はもちろん知ってるんですよねという言い方をした。メイド喫茶のことだろう。知ってる、と言った。一度行ったとも答えた。

 「―――久嗣君、口堅そうだから言いますけど、わたし、ユッピのことすごく好きなんですよね。久嗣君、サワロ・サボテンに似ていて捨てがたいけど」

 「お前、それ、マジだったのか―――植えたい?」と俺。

 「植えたい、でも、ユッピの手前、諦める」

 警察が言う、どうしてクラスメートを埋めたんだね。取調室の椅子に座った、後藤が毅然と答える。サワロ・サボテンに似ていたからです。馬鹿げている。

 だけど、植える妄想ぐらいはそれは許してやろう。

 「で? 來果がなんだって?」

 「実はわたし友達やっているけど、ずっと同じ学校の生徒だったんですよね。ユッピとは一度も同じクラスになったことはなかったけど」

 「なんかその下り、淳や恭介っちも言ってたな」

 プロだからさ、と淳が言っていたのは覚えている。職業精神。

 「ユッピが中学生一年生の時ぐらいからお店に出るようになったって聞いた、基本、中学生は働いちゃいけないから仕事ではなく、あくまでも遊び、手伝いだけど、なんか経営状態があんまりよくなかったらしくて大変だったらしいよ」

 そういう事情があったのか、と思う。

 家庭の事情があればそれは出るよな、と思う。まあ本人も楽しんでいそうなので、結果オーライなのかも知れない、と単純に考えておく。

 「いまは利益も出て、二号店が出店予定らしいですけど―――ユッピって、いい子じゃないですか、道で困っている人見かけたら絶対放っておけないタイプ」

 「うん、猫が枝にいたら下ろしてやらずにはいられないタイプ」

 ―――ある意味では、淳や恭介っちの上に、來果を置いてもいいぐらいだ。

 「中学校で一度そのことが問題になって親を呼ばれたことがあって、ユッピ、こんなことをするならって学校に行かなくなったことがある」

 「アイツ、結構根性あるよなあ」

 ―――知ってたけど、なんか、見直した。

 なんていうんだろう、芯があって、気位が高いんだ。

 「で、三か月ぐらい不登校したあと、学校に来たら、学校で一番可愛い美少女が、前髪下ろして顔見えなくなって、伊達眼鏡つけてましたね、それから根暗な話し方をして、もう、嫌々学校に来ているような感じ。雰囲気がすごく変わって、友達もいなくなって、家庭の事情というのもあったんだろうけど」

 なんか、淳や恭介っちとはちょっと違っていたが、多分そのどちらともにある共通項を認識すればいいのだろう。あとは、解釈として残しておく。

 でも、後藤の言っていることは間違っていないのかも知れない。

 「わたしは別にユッピのことをその当時は、好きでも嫌いでもなかったけど、高校にたまたま一緒になって、何ていうんだろう、この子って学校嫌いで、人のことそんなに好きじゃないんだろうなって思ってたのに、久嗣君がいるからかな、あんなに積極的に前に出るようなことなんてなかったのに、すごい興味を持って、気が付いたら、今に至るわけですが―――」

 「まあ、俺が関係しているかどうかはわからないが、來果はそれが必要だと思ったら何でもやるような奴だよな。努力家で、しっかりしていて・・・・・・」

 でもそんな外面をきちんと作る見せ方ができて、なおかつ、自己コンディションの調整を怠らないような人間が、風邪で休むっていうのは変だ。でも心というのは、部品になってゆくようなもの、生きた油みたいなものだと、人生の教科書が教えてくれる。今日一日は來果がいないせいで、友達活動をしていても、心の底から楽しめなかった。それと一緒だ、矛盾があって当然なのに、來果はそれを見せてくれない。思考の中枢から電源プラグをぷすっと勢いよく抜く。

 「―――そうだな、アイツは無理をするな、弱みを見せてくれないな」

 「でも、久嗣君には甘えられているようで、よかった」

 多分それは、昨日の夕方のことを言っているのかも知れない。

 「あと、別にこれは言う必要のないことだけど、ユッピは、久嗣君に間違いなく恋していますよ。眼を見てもわかるし、あんなに露骨に態度や行動に出ていて、わからないふりしているのは、久嗣君だけですよ」

 「・・・・・・

 「沙紀さんがそれから、聞いてねって言われたんですが―――好きかどうかはこの際おいといて、夜のにしたかって」

 ひどいである。

 「・・・・・・


  *


 個人的に、超勝手に、メイド喫茶の二階部分に來果の家があるとか思っていたのだが、メイド喫茶へ入ってご主人様、それからお嬢様、お帰りなさいませと言われたあと、かくかくしかじか話すと、そういうことならこのメイド喫茶の裏にある家を教えられた。二階建ての築何十年だろうという古ぼけた一軒家だったが、何か、來果の家という気がした。そしてこんな家なのに、防犯意識がちゃんとあり、セコムがちゃんと付いていた。とはいえ、機器の誤作動や契約先の操作ミスによる異常発報もあるので、バイト先でも何度か電話がかかってくることがあったのを思い出す。

 何が正しいのかはわからないが、神奈川県警なんかは『例え誤作動であっても構わないので、異常信号受信と同時に一一〇番通報して欲しい』と強く要望する県警などもある。神奈川県(東京都町田市も含む)内の契約先では、セコムなどの警備員よりも先に、警察官が現場に到着するというケースが多いらしい。

 考えてみると、メイド喫茶のオーナーの家、そしてそこで働いている美少女メイドである。防犯としてはこれでも足りないかも知れない。何かあってからでは取り返しがつかない。性犯罪なんて異常者だと勝手に決めつけているけど、メイド喫茶で普通にコーヒーを飲んでいる人かも知れないのだ。


 〔突入……十秒前――九、八、七,六、五、四、三――〕

 〔――・・・いち・・・・〕

 マウスを操りスクロールを停止させ画面上のコマンドを選択すると、

 画面が一瞬暗くなりハレーションが起きた。


 ​[セーブしますか?]​


 ・・・・・・。

 ・・・・・・。



 [選択.1 セーブする]

 [選択.2 セーブしない]


 インターフォンを押すと、ばい”と思いっきり風邪気味の來果の声で返答があった。深谷です、と言ったあと背中越しに、おまけにです、と言った。そうすると、、と変な声がし、、と足音がして、ガチャッと玄関の扉が開き、パジャマ姿の、熱のせいか、何かちょっとそそるような、エロティックな表情をした來果がいた。

 、と一応心の中で呟いておいた。

 「お見舞いに来たぞ。これ、ポカリとフルーツ」

 「でもすぐ帰るよ、ユッピごめんね、あ、これ、ゼリーとプリン」

 というか声聞いて、顔見たら、どれぐらいの状態かはそれはわかる。想定していた風邪のイメージのずっと上の状態だった。インフルエンザとかコロナを疑いたくなる。これは明日も休みかも知れないなとちょっと思った。

 「あぢだは、ぜつだい、い”ぐね”―――ゴホゴホゴホ・・・」

 死にそうなのに、そんなことを言える來果の根性に拍手したくなった。咳が止まって、熱が引いても、もう一日休むのが賢明なのではないか。

 病院は行ったのかな、と思う。

 「ユッピ、どうする? 久嗣君、家に上げた方がいい、看病させようか」

 後藤、俺はいつからお前の道具になったんだと思うが、本当は―――後藤がそうしたいんじゃないかという気がした。でも俺だって同じことだ。心の何処かでは、風邪を伝染されてもいいから、傍らに座って看病してやりたい気持ちがある。

 こんな時になって、日頃どんなに來果に助けられているかわかるような気がした。

 「ぎよ”う”ばい”い”―――」

 風邪を伝染したら悪い、ということだろう。來果の性格上、もう少しマシなら、家に上げてくれるような気がした。しかしそれでいいのに、俺と後藤の前まで来て、手をこすりあわせる、あらいぐまの動作をした。喋るのがしんどいので、ジェスチャーをしているのかも知れない。そうすると、後藤は來果にそっとハグをした。別に美少女同士のナントカというわけではないが、美しい女の友情というのがそこに垣間見えた。今日は無言の内に声高らかに呼びかける誘惑、絶好の友情を深めてゆく特別な一日のように思われた。しかし後藤が気を遣ったのか一瞬チラッと俺を見たので、

 「言っとくけど俺はしないぞ、だって、寝込み襲っているみたいだからな」

 と言っておく。言うと、來果も後藤も笑った。

 神聖な友情の儀式が終わったらお土産を渡して・・・・・・。


 ​俺はウインドウをタッチして []を読み込んだ。​

 ​[Lv.100股間栄養剤まむしドリンコ]

 《説明:いざという時のまむしドリンコ》


 ・・・・・・・(?)


 [Lv.100万能紐]

 《説明:女体縛りならおまかせ》


 ・・・・・・何も任せられねえ(?)


 というか馬鹿な妄想をしている場合か、手に持たせて、手を振ってさよならした。來果は結局次の日も休んだが、淳や恭介っち、それから沙紀がお見舞いに行った。LINEで淳や恭介っちを読む限りでは、随分と回復し、ちょっとダルそうにしているぐらいでいつもの來果だったらしい。ホッとした。

 それにしても、俺も学校を休んだらみんなお見舞いに来てくれるのかなとチラッと思いながら、 「“明日は行けそう、久嗣君、ありがとう”」というLINEを眺めた。





 


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