第11話 テスト勉強


 うちの学校も御多分にもれず、三学期制で、中間テスト二回、期末テスト三回の計五回のテスト期間がある。五月の中頃、七月中旬、十月の上旬、十二月の上旬、最後に年を跨いで二月の中頃に予定されている。

 そして目下、重要視すべきは五月の中頃だ。基本的に大学の学力まである俺、優等生の淳、卒なくこなす來果と後藤という具合にいいのだが、俊介っちは何しろ、駄目だった。基本的に俊介っちは、クラスメートの男子に好かれ過ぎていて、友達が多すぎるのだ。特別要領がいいわけでもなければ授業だけでは追いつかない、塾や家庭教師、やっぱり毎日復習するとかが必要になる。赤点を取ると塾へ行かされると俊介っちが泣きついたことで、俺を含めた四人は、放課後の文芸部をテストの成績アップにつながる試験勉強を開始した。


 「ああ―――あの座り心地のよい椅子に座って勉強していると、どうしても気付かない内に寝てしまうのだべ」

 脳味噌がバリウム飲んだように白くなる・・。

 友達ともだちだけど、そういう気持ちもそこはかとなく理解できるが、勉強する席で、お前何言まえなにいってやがんだ(?)

 後藤ごとうが、眼鏡を上げながら一歩前へ出た。

 「あのね、俊介君、テストって大事なんです。人生における試練難関山積なの。百歩譲って、やる気あるふりをしつつやる気ないのが正解」

 うん、おまえ何言なにいってる(?)

 「投げ出しそうなリアルの思い出抱えて、

 クーリングオフしたいファンタジーライフ(?)」

 と沙紀が言うが、それが一体何だと冷たい声で言うと、來果が笑い声をあげ、淳が困ったなと言いながら笑った。天使の侵攻である、あと、こいつは空気を読まない。


 とはいえ、面白くなかったら寝る、それが子供の権利だ。高校ではそんなこと問題児、いわゆる不良以外いないわけだけど、大学の講義では毎回授業を休む生徒が一定数いる。バイトとか、やむにやまれぬ事情ではなく、かったるいからサボる、それも単位と応相談みたいなところもあるわけだが、大学というのは、大人と子供の間の最後の境界線みたいな場所だから、当然どちらに属するかを決めるのも個人で、選択は、そういう状況を招く。

 体得したパターン認識が増えていく――(、)

 学んでいく、と、やっぱり、理解が複雑になっていく――(、)

 もちろん、九割は真面目な生徒に決まっている。だから社会が成立しているのだ。

 でもそういう論理でいくとだが、一定数、勉強が得意じゃないし、好きではないという人は存在することも認めなくてはいけないだろう。

 けど、それが可能性を潰すことだと了解しなくてはいけない。


 「俊介っち、俺は昔、本当のつまらなさというのを考えたことがあるんだ。それは何かと言ったら、浅墓で、表面上なもののことだ。お笑いなんて時間の無駄だ。バラエティ番組を見ても何の為にもならない。一番正しいものだけを真っ直ぐに目指すことに挫折した脱落者が、多くの人で、つまらなさとは難しいこと、ややこしいこと、そう、自分にとって面倒くさく、そもそも自分には関係のないことだ。それを何かといったら、ルサンチマンだ。俺はつまらなさの正体は、人間の成熟度が低いということに他ならないと思った」

 みんなが、とした。

 沙紀が、

 「」と笑いを取ってくれた。

 俺も笑った。別に、厳しいことを言いたいわけじゃな―――い・・。

 「俺はもっと考えた、ネットサーフィン、YouTube動画漬けなどインドアに徹し、レンタルDVDに埋もれてみた。つまらなさを高めてみたいと思った。そうすると自然に、なとか、という言葉が出てくることに気付いた。でも俺はそういうのを否定したいんじゃないんだ、俊介っち、ただ、そういう風につまらなさを客観的に見、段階を追い、やがてその究極に達した場合、何となく思ったことが既につまらなくて、生きていてごめんなさいと自然に言いたくなるんだ。マイナスのオーラをまとって、テンションを低く、言葉を少なくして、面白いというのは許せないことで、反省をしない、成長をしない、嫉妬をするというのも、ポイントが高い。世の中って成功者ばかりじゃない、立派な人ばかりじゃない、だから、それをどう思うかって考えてみたらいいんだ」

 、とした。

 「久嗣、みんなにはあんまりにも造詣の深すぎる意見よ」

 と、沙紀が笑った。それを皮切りにみんな笑った。本当はそこからインスタグラムとは何か、一般市民とは何か、社畜とは何か、死にたがっている人とは何かまで説明するつもりだったが、ここで収めておくべきかも知れない。

 ブラック企業で常識では考えられない類の暴言を受けたら次から録音、不当な残業に対しては資料揃えて裁判。それでいいのだ。インスタグラムは何故見栄を張るのか、どうして一般市民は声を持たないのか、社畜は何故会社に従うのか、死にたがっている人は何故さっさと死なないのか、などだ。だって、奥が深い。

 俊介っちは、

 「別に傷つける目的とかじゃなくて、それ俺の為に言ってくれたんだべ、

 きちんと考えてみるべ」と言ってくれた。

 そう言ってくれたことで、素直に結論に不時着できた。

 「うん、できるなら、楽しいことでも時間を決めて遊ぶと考えたらいいんだ。一日遊びたいという日は、思いっきり遊んだらいいんだ。習慣は訓練で身に着く。きっと、俊介っちは、勉強が楽しくなるよ」

 

 しかし俊介っちが特別できないということではない、そもそも、そこにいるメンバーがみんな色んなことをやっているのだ。

 不安定アンバランス身体からだ傾斜かたむきかたむすんだ口元くちもと・・・・・・。

  「たとえば授業に入る前は前回の授業内容を確認したり、できうる限り、家に帰った後で教科書を取り出して見ておく」 

 うつろいやすい寸劇スキットみたいな心象イメージ眯瞪しばたく、姿勢しせいだ。些細なことだけど、小さなことを積み上げるから結果として跳ね返って来る。ただ、赤点を取ることよりも、今回のことを通して俊介っちが大学へ行く上で浪人などしないように、その時、頑張ればいいやというその場しのぎ、急ごしらえの考えに陥らないようにとは思う。

 はっきり言って、そんなの私立でもないと無理だ。

 また、苦手なことを克服しなくてもいい、得意なことだけで勝負すればいいというのも一定数は成立する。成功に賭けて取り組む行為を夢と呼ぶのだろう。それを俺如き中途半端な人間が、いちいち御大層なことを言えるとは思えない。ただ、現実として、成功する以外は失敗し、やむにやまれず、もう一度苦手なことをやり直す羽目になる。なんだったら、安月給ないしは待遇の悪い環境に身を置くことになる。

 嫌な過去は何度でも追い掛けてくると心得よ、だ。

 俺自身にも耳が痛いことである。自分で考えて分かるということもあれば、人に言っていて初めて分かるということも―――

 人生を数千倍よくする方法なんて人を騙す言葉だ、でも数百億倍よくなるような画期的な方法が、人同士のふれあいの中にはある。努力しないのはルール違反。生きとし生けるものが生存競争をし、適者生存の中にある。遺伝子も、持って生まれた才能も、不条理の中にある。みんな自分を変えたり、成長させようと思いながら、不安定な今日という日の骨格を肉付けしていく。

 「人生は生存競争ではない―――肩肘張って受験戦争と考えることはないけど、学力で就職先が変わるという一面もある。推薦を取りたい人や、国立を目指す人や、東大とか京大などへ入りたいという夢を持っている人なんかはもう一年生の時点から目標として掲げている」

 「・・・・・・」

 だが、こうやって俊介っちを教えながら、大学四年生まで行った俺よりも、はるかに淳のノウハウが高いことがわかった。たとえば学習と記憶の定着率になると、ファミレスとか、文芸室とか、図書館でも、あるいはメンバーの誰かの部屋でも、場所を変えた方がいいと断言したのは淳だ。勉強は徹底的に分割するべき、といったのも淳だ。あまりにも凄いので、俺を含めたメンバーは淳のテスト学の信者になった(?)

 人より優れている人がいたら恥を忍んですぐ真似しよう、と思った。処理効率の改善データの書き込みや移動、削除の繰り返しで断片化したファイルを、連続した領域にまとめて配置する最適化、といったところだろうか。

 しかし、淳がカリスマ性なら、來果と後藤は、勉強の傾向を鑑みて、弱点を中心にわかりやすく解説したノートを作った。とりたてて來果の勉強に対する姿勢は、秀才のそれであった。出来ることと出来ないことを徹底的に分析することで、己の学力が見えて来る。正直、俺の出番なんかまったくないように見えるが、しかし一同は、お前が一番すごいじゃないか、と言う。


 「だってお前一人だけ、学校の先生とか、塾の講師みたいなことを言ってる。授業プリントやテストの管理、過去問のチェック、テスト後の分析。当たり前のように言う。それに知らないこともよく知っていて、そんな雑学や豆知識、何処で知ったのかというところまで話す。テストの成績が絶対に上がる」と淳が言う。


 確かに、こんなことを言った。

 バイトで家庭教師なんかいいんじゃないかと調べたことがあるのだ、結局、採用はされなかったのだけれど、その時の知識を口にした。

 「塾と一口にいっても、すべての塾を称して“学習塾”と言い、習い事といってもいいわけだが、その中で学校の授業をフォローする“補習塾”―――これは主に小中学生向けが多い印象がある、また低学年の場合は、静かに、という所から始めなくてはいけない。怪獣お世話係だな。それから受験対策用の“進学塾”や“予備校”がある。また指導形態も講師一人に対し、一~三人を受け持つ、“個別指導”と、十~三十人ぐらいを受け持つ“集団指導”がある」

 ほかには・・・? 躍動サーモクライン移動リカレントマイグレイション・・、数分すうふん数時間すうじかん、いやもっと細胞分裂テロメア

 「世界せかいもっとなが英単語えいたんご二〇万七〇〇〇文字にじゅうまんななせんもじなんだ」


 しかし、それはまあ、大学四年生まで人生経験をそれなりに積めば自然そうなる。本好きだし、にだってそういう特典ぐらいつく。

 ただ、それだって突き詰めた知識ではなく、広く浅い類のものだ。また、それは何というか、みたいなもので、褒められるとむず痒い。といえば、沙紀はすさまじく天賦のそれを通り越しているわけで、授業中、教科書見ないまま先生にあてられても答えを発して―――からね・・(?)

 調子に乗っているのを通り越し、天狗も通り越し―――という魔法だ。あれが本当のというやつだ。  

 化、されたもの。

 、というもの。

 「―――テストは毎日の努力よ」

 このくちか、そのくちか、どのくちよ(?)

 「てやああああああぁ!」

 と俺は沙紀に手刀を放った。こういう時、何故かいつも來果が笑い声をあげて変な気分になる。その手刀はカンニングさながらの勘というやつで当然受け止められたが、構わずに叫んだ。

 「ぜんっぜん! 伝わってこないなあああああ!」

 世の中には、教科書を読んだけで完全に記憶してしまうという特殊能力を持っている人や、そもそもの地頭が違うという人もいる。他人だらけの世界の主観視点。矢印のない世界は同時に看板だらけ。沙紀はその手の類だ。憧れるが、絶対に真似はしていけないということだけは分かる。楽するというのを否定するつもりは毛頭ないが、人生詰む気しか、しない。

 と、小声で沙紀が語り掛けて来る。

 「じゃあ、悪魔のエナジードリンコはどうだろう?」

 天使のくせに、悪魔という冠をつけるパワーワードはどうなのだろう。だが、俺はその話に乗った。俊介っちにとってプラスに働くなら空と君の・・。

 ・・・・何か、色んな意味で痒くなりそうな中島みゆきの名曲・・・。

 「ほう、そちもワルよのう」

 「越後屋様こそ―――ただ、人格が保てるかまで微妙なところ」


 

 ―――駄目だめじゃん(?)

 


  *


 そして春が終わり、梅雨に入り、紫陽花が咲いているのが眼に見えて来る五月の中間テストを迎えた。五月あたりで教育実習生が全校集会で紹介されたりもした。これも、春先の光景だ。ちなみに教育実習生というのは篩みたいなもので、教師の夢を持っている人の中には諦める人もいる。コミュ障でも、人付き合いが苦手な人でも、そういう夢を見る人はいる。中には念願叶う人もいるわけだが―――。

 無断欠勤、無断遅刻をしないことを心掛け、出勤時間、授業開始時間を厳守し、日誌や記録を、担当教員に毎日提出し、校内では規範となり携帯電話を使用しないなど、だ。それだけならいいが、教育実習名物の顧問教官のいびりの時間なんかがあったりすると大変だ。中学校教員免許希望者は三週間以上、高等学校教員免許希望者は二週間以上の実習が必要だ。実施時期は、大学四年生の五月~六月が一般的で、九月~十一月に行われることもある。

 、そんな中間テスト、優等生達による指導鞭撻の成果もあってか、俊介っちは平均点を軽く越える成績を出してくれた。自己最高という八十点の答案用紙の傍らで、普通に九十点以上を取っている俺達っておかしいのかとふと思う。

 俊介っちの母上はみんなの協力を知って非常に感激されたらしく、結構高そうなクッキーの箱を息子に持たせた。文芸部で戦隊ヒーローのように勢ぞろいし、紅茶を飲みながら食べた。一応これが打ち上げ、お疲れ様会だった。

 食べながら、今後はテストの二週間ぐらい前から勉強するようにしようと話した。俊介っちも、今後は家でも授業の内容をおさらいするように教科書を開いたり、わからないことがあれば誰かに聞いてわかるまでやると言ってくれた。

 継続は力なりで、努力ではなく姿勢で、そうしている限り結果は後からついてくるものだと、今回のことで大変だっただろうけど俊介っちは成長したようだ。

 それとは別にだがじゅんは、総体にレギュラーとして出場していた。八月の選手権ではもっと頑張りたいと、朝からこの男、十五キロ走るようになった。スポ根の主人公とはこういうものだ。

 もちろん、三日に一度は俺も付き合う。來果さんや俊介っちは参加しているが、無理のないところでと五キロとか、一キロとかに設定するようになった。

 後藤は、園芸部で四月から始めていた野菜作りを始め、トマト、きゅうり、なすと書かれたスペースの雑草を抜いていた。精が出る。そして一か月で収穫のできる小松菜や、ホウレン草なんかを、に配っていた。

 そして俺は何故か調理部に口をきいて、食材を買ってきて、豆腐と小松菜とホウレン草の味噌汁を作った。

 豆腐は近所の豆腐屋だ、桶やボウルを持って豆腐を買いに来る人もいる、豆腐屋だ。昔なら移動販売用の自転車やリアカーもあった。昭和の原風景だ。水と同じように大豆だって造詣が必要なところであり、俄かには信じがたいけど、国内でも一〇〇〇種類ぐらいあり、生産者と一緒に作り上げた大豆を使っているところもある。

 同じ品種でも作る人によって全く違うし、その土地でしかない在来種を扱えばさらに異なる。ところで、北大路魯山人は京都の豆腐は美味しいと言う。

 で、そのあまったぶんは、小松菜とホウレン草と豚肉をフライパンで和えた。ちなみにそちらは俺ではなく來果が腕を振るってくれた。

 調理部と混じって、沙紀と後藤も来て、淳や俊介っちも馳走に預かった。あと、沙紀はご飯を炊きやがったので、残った分はおにぎりになり、沙紀に頼まれて必要のないたらことか、海苔とか、ふりかけとかがその時に使われた。

 誰か怒りそうだったけど、淳だけ羨ましいとサッカー部の先輩達や同級生たち総勢十数名が来て、そこへそれが渡されてすぐになくなった。沙紀の顔を見ると、本当に育ち盛りの奴はよく喰うぜ、と言いながら親指を立てた。俺もそれを、返した。

 そんな―――本当ほんとうにそんな、何にもないというか、本当に何でもないような日常の連続だけど、そんな風に一か月が経過して、沙紀や後藤は別として、淳や俊介っち、また俺や來果もちょっとずつ大人になっていくんだろうと思う。


 そして俺達は入学式以来のメイド喫茶に来ていた。

 そこで、沙紀はレースや花柄を全面に出したワンピース姿というガーリースタイルをし、後藤はお洒落なで、リボンを顎の下で結びヘアピン等で留め、光沢が凄いに、燕尾服のような質感のある黒の、あと邪王炎殺黒龍波みたいな設定があるのかアクセントで右腕にだけ蝶の腕止めのようなものをつけ、ダボッとして何故か靴下の上までたくし上げたゴシックベースの漆黒ので、裾に薔薇の花の飾りがつけられている。

 生足がまたセクシーだ、とかいう―――、おそらく王子系ファッションを身にまとっていた。なお、沙紀がいい線いっているけど、ここはと言って左手に手錠をつけ、首からチェーン等の装飾の多いネクタイをつける。

 

 「(・・・・・・)」


 女性的であったはずの後藤のボーイッシュなアレンジ。一見ミスマッチな気もするけど、不思議とよく似合っていた。天使や悪魔って何でこんなにファッションセンスがあるんだろうと首を傾げたくなった。いや、こういうのをそもそも身に着けよう、自分はこういう服を着たいという心掛けそのものがアイデンティティーなのだ。

 かたやダサいオールユニクロな感じの俺に、秋葉原の妖怪系ファッションに変装した淳と俊介っち。でもこうやって見ると、淳と俊介っちも変装しているわけなのだ。なんか俺だけ何もしていない感があった。

 ともあれ今回は一応、沙紀から重大発表があると伝えられて―――

 來果はやっぱり猫耳のカチューシャつけて、メイド服を着、ふわもこミトンの手袋をし、薔薇ならぬテディーベアを持っていた。しかし三人の女性の方向性が違いすぎるファッションや美しさは客にはかなり眼につくようで、來果の父親に初めてあったが、これがやっぱり俳優じゃないかっていうぐらいの美形で、その父親の仮名トム・クルーズさんにVIP室に案内された。ちなみにメイド喫茶の男性スタッフは源氏名さながらに、そういう名前がついていた。

 なお、VIP室は個室で、内実はカラオケルームみたいな感じなのだが、一階とは違い、ソファー設備などもある。これが、二階にあることを初めて知った。少し前まで、來果や両親がそこで暮らしていると妄想していたのが不思議なぐらいだ。

 ちなみに他にもVIP室はあり、そちらはもっと大きなフロアになり、この二階が貸切の時は、お誕生日会とか、宴会などもやるらしい。なお、通常はメイド喫茶のスタッフ一同を集めた挨拶などをここですると來果が教えてくれた。

 一階でやったらいいじゃないかとも思われるが、こういうのはやっぱり広い部屋でやった方がという謎理屈があり、來果曰く、メイド喫茶『ガブリエル』の七不思議の一つらしい。まあ、バイト先でもそういうわけのわからない謎の理屈があった。たとえば、経営が上手くいっていなかった時にここで一同を集めて、客を集めるアイディアを出したりとかで、自然と、そういう風に定着していったというのがそういう謎理屈の正体なのだろう。もちろん真相は分からないけれど。

 しかしなんだやっぱり、メイドがいるだけのファミレスじゃないかという気持ちが俺の中でする(?)


 ただ、仮名トム・クルーズさんのそれは建前で、この前、風邪の時にお見舞いに来てくれたことや、友達がこうやって遊びにきていることで、娘がリラックスできる時間を作りたかったらしい。大人が邪魔をするといけないと言葉少なに去ったが、パーティーメニューのポテトとフライドナゲットのセットを、一つではなく二つも無償で提供したり、ドリンクサービスしたりと、何だか、カッコ良い人だった。

 來果曰く、彼は彼で、複雑な胸中があるらしく、中学生の時に娘に仕事を手伝わせたことに、心を痛めているらしい。まあ、大人おとなになれば、さらに、おやともなれば優しさというのが色んな意味を持つようになる。

 ちなみに、若い頃にビルメンの上位資格の三種の神器である、

 『第三種電気主任技術者』『ビル管理士』『エネルギー管理士』を取っているらしい。一同はピンときていないが、就職活動の関係で資格についていくらか知っている俺は、もちろんという仕事も考えた俺なんかには、名前ふざけてるけどまじですげえ、と興奮気味に言った。來果は、久嗣君はわかるような気がしたんですよねと笑った。そう、そのどれか一つ取っているだけでも会社の待遇は変わるし、福利厚生が充実した企業に就職できる。簡単に取れる資格もあるけど、資格って年に二回とかの超難関みたいなものもある。

 就職活動時代なら、ゴッドと思い、ひれ伏していたかも知れない。

 名前はふざけてるけど(?)

 ともあれ一同は仮名トム・クルーズさんに感謝しながら、駄弁り、來果のメイド接待を受けた。失礼ながら本当に顔に似合わず、俊介っちの美声も初めて聴き、YouTubeとかニコニコ動画とかに出せよ、と俺や淳が言ったりした。

 ちなみに、來果はメイド喫茶のPRの一環として、他のメンバーと一緒にYouTubeで活動していた。再生回数は百万とか一千万を超えるものではないにせよ、実はそれと並行して、地下アイドルみたいな仕事もしているらしいことを今日知った。それも、一か月に一度は小さなライブ会場を埋めるぐらいの集客力がある、地下アイドルだ。メンバーは六人ほどらしい。当初は店の営業利益を上げるためのアイディアの一つだったので、いまとなっては辞めたいのだがが來果を辞めさせてくれないらしい。 

 まあ、そんなことよりも、CD聴かせろよ、ちょっと、が、アイドルの歌声を聴いてやろう、という沙紀の小ネタが凄い。男性だったらそれは確実に、セクハラである。一時間ほど経過しただろうか、一同はもちろん無償提供されたものだけではなく、きちんと支払うオムライスとか、パスタなんかも食べて、オオアリクイのコンビニスイーツ決定版なんだよ、行け、お釈迦様も知らないミッドナイトヘブンズコール、『チョコレートパフェ改』は、一キロの大食い専用メニューだったが、みんなで仲良く分けて食べた。

 随分満足してそろそろ締めるかみたいな頃、沙紀が大きく手を叩いた。

 「さて、みんなに今回、集まってもらったのは他でもない、実は今回めでたく、このメイド喫茶で働くことになりました」


 、と一同は拍手をした。

 俺も職業ドナドナ、揺られるだけに立候補しようとしているかに見えた沙紀も、地上世界で仕事をするのか、と思った。が、数秒後、裏切られることになる。


 「―――この久嗣ひさじが!」


 俺の疑問符だらけの蜘蛛の巣みたいな顔を見て、來果や後藤が手を叩いて笑い転げている。お前等酷いな、女性連中はみんなこのことを知っていたらしい。そういえば、來果の父親の仮名トム・クルーズ氏が、去り際に、ぽんと俺の肩を叩いたのが気になってはいた。? 


 「そして実はこれ、その時の履歴書なんだよね」と、ヒラッと一同に見せて来る。

 嫌な予感しかしなかったが見てみる。完全燃焼できないファインダーの向こう側、

一〇秒間に四八〇ものカット、昨日に残された足跡を辿ってゆく。

 赤の他人になりすまし工作で氏名や年齢や住所が書かれ、家族アルバムが切り抜いたらしい少年の時の写真が既に來果のだったらしい。

 ちなみに俺は驚いていた、沙紀は俺の筆跡を完璧に模倣していた。っていうか、、もう、犯罪やりたい放題じゃん。

 天使てんしだけど(?)

 「可愛いよね、久嗣君」

 「―――・・・・・・沙紀めえ・・・・・・っつ・・・・・・・」


 しかし履歴書を受けとって、みんなと一緒にまじまじと眺める。すごい、趣味にんにくを食べることって書いてある。ってそんなに食べないわ・・・! 

 あと、小さな文字で一日五個までにしていますって、!  

 それに特技、熊と混じって鮭を捕獲することって、そんなアイアンクロウ持ってないわ、一週間に一度ちゃんと風呂上りに切ってるわ。なに、マブダチなのそのツキノワグマ? 腹筋崩壊設定はさらに続き、通勤時間、三十秒って、あきらか住んでるじゃねえかそれ。ハウスキーパー志望なの、座敷童なのそれ。もう誰得なの? ってお前、志望動機、やっぱり女装じょそうしたいんですよねーって、それただの変態じゃねえか、多様化だけども。特にチャイナドレスって、ドスレートな選択すごいなコノヤロ。じゃあ俺はセーラー服って書いておいてやるわ!

 さすがに腹を立てて沙紀に文句言ってやろうと思ったら、來果と後藤が肉の盾になった。こいつ、弁護態勢もきっちりと整えていた。その為のこの集まりなのだ。


 「でもバイトしたいって言ったと聞きましたよ」と、後藤。

 言った。やっぱり、お金は必要だ。

 友達と遊ぶ費用としても、沙紀にお菓子を捻出する費用としても、近頃では來果に釣り合う服ぐらい着たいなという費用としても。あと、これは本当に些細だけど、やり直して思った、両親に何かお返しできないかなという費用としても。

 「それに、時給だってで、働きに応じてはで」

 詰める気満々の連中というのは、本当に恐ろしい。絶対に欲しくない二百万の絵画だって買ってしまう世の中の絡繰りをいま思い知っている。

 來果は給料について書かれた書類を取り出し、指さしながら、時給や、働きに応じたアップ金額などを説明する。それがまた、このあたりでバイトを探した平均的な時給とか、短期バイトの時給だとこれぐらいときちんと比較を出して説明する。仕事内容から考えると、これはかなり破格の契約であることは分かる。

 來果、お前、父親と一緒に面接でもしてたのか・・?

 それはさておき、これがまた、結構懐が潤う額だった。短期バイトよりも割がいいバイトであることは、理解したつもり―――だ・・。

 が、そこから急に、神社でのやりとりを思い出す。

 己の軽口が今更ながら、思い出される。

 「それに、わたし、『きゃん、虫が恐いっ!』とか、

 『命ある虫を殺しちゃダメ!』とか言う類のか弱い女の子だから、

 下校の時は、男の人に送ってもらいたいんですっつ・・!」

 恥ずかしい台詞だけど、彼女はいたって冷静である。というのは、どんなところにもいるが、メイド服を着た來果がそうなのだ。

 静かなる狙撃者サイレントスナイパーと言っても過言ではない。

 ―――おれはこれで八割方、ちた。淳と俊介っちが肩に手を置いた。そこから、メイド喫茶にいる二十五歳のキツネ顔の美人の中園さん、今後は中園センパイと呼ぶことになるメイドさんがVIPルームに化粧道具を持って入ってきた。慣れない化粧に困るといつも中園さんが教えてくれたり、必要なものを経費として店側で用意してくれるよう働きかけるらしい。

 歯医者はいしゃみたいに顔上げて、とか言って来るノリノリの中園センパイ。おかしいよ、、おかしいですよ、(?)

 「、俺、掃除でも皿洗いでもするつもりなんですが・・・・・・」と俺。

 「往生際が悪いな、この男、みんながお前の女装を見たがっているのが分からないのか、それに、ハイセンスな私が色々久嗣のために服を買いそろえてやったぞ」

 と、沙紀が言うや否や、後藤がサッと服を取り出して見せて来る。やっぱり、チャイナ服や、看護服、あと、ゴシックロリータも用意されていた。

 とか全然関係ねえ。である(?)

 男として、色々終わっている気がした。性別なんかもうあんまり意味がなくなっている時代なんだ、大学でも、『彼女とかいるの? ああ、彼氏かも知れないけど』なんていう表現がサラッと出てくるような時代だ。それは分かっている。

 それに罰ゲームならともかく、來果が提示した時給や給料なら、こういうのも慣れればと拙いバイト経験から知っている。お金って凄いのだ。個の時代の猛獣どもを飼い慣らすにはやっぱりお金である。


 「それに―――久嗣君と一緒に働きたいっていうのは、

 わたしの願望でもあったんです」

 と、來果が言った。一同は何だか、毒気を抜かれたみたいになった。

 それに万が一、辻井小夜子の仕返しなんかがあった時は対応できないもんな、と思う。下校時だって、來果が嫌なことに巻き込まれないとも限らない。沙紀は俺が來果のお願いには逆らえないことなど、とっくに承知していたのだろう。

 「分かった、分かりましたよ―――煮るなり焼くなり、どうとでもしてくれ」


 しかし、中園センパイはかなり本格的だ。後、プロのメイクがどんなものかは知らないけど、やっぱりメイド喫茶で場数をこなしているのか、速いし、丁寧だ。

 淡ピンクのツヤベース、ファンデ、パウダーハイライトの肌に、眉下、目頭、目尻、鼻筋、上唇の山部分、あごにアイシャドウブラシをいれる。ピンポイントに載せるのがコツらしい。そこに付け睫毛や、ゆるふわなウィッグをつければ、足や肩もきれいに出た何処かの国の美人である。肩幅がなく、全体にゴツゴツしておらず、毛が薄いというのも幸いしたかも知れない。ただ、今後は全身脱毛を願い、髪の毛以外は殆ど憎んでいるとしか思えない国民女性の一人のようにケアするのだ。そしてチャイナドレスを別室で着替えて鏡を見たら、あらやだ、可愛い、目覚めるわ・・・・・・。

 ―――

  

 「何というか、久嗣には悪いんだけど―――似合ってるな」と淳。

 「ありがとう、淳、全然嬉しくない」と俺。

 「モデル体型っていうのかだべ、久嗣すらりとしてるから、

 何か、変な道にってしまいそうだべ」

 俊介しゅんすけっち、落ち着け(?) 

 モテないのは一定数いるから、そんなの雑誌の童貞率と一緒だから。

 地雷ですってブラウザを閉じる気持ちもある、の女の子がすごい好みで、でもそっちの気はなかったからおさえつつ・・・・・・。

 でも、の女子力の高さは知られていて、その道にハマって抜け出せなくなる人も一定数はいるようだ。それに同性愛とかいうのも禁じられた遊びのようなニュアンスではなく、動物どころか生物全般に見られることで、それは税金を搾り上げたい国的には困るが、国が傾こうが身売りしようが知ったこっちゃない国民にとっては同性愛ないしは、その志向なんてごくごく有り触れたものだ。

 あと、ニューハーフなのに女性より可愛いなんてこともある。骨を削ったり、ホルモン剤を飲んだり、整形手術をしたりと色んな努力をしているニューハーフが、ぼんやりと毎日を過ごしている女性より美しくて当たり前だ。何だったら女性達も、それを認めるような発言をすることだって―――

 「でも、俺よりも、淳の方が美少年系だから、もっといいんじゃないか?」

 サッカーに青春を賭けようとする男を巻き込むつもりはないが、これはあくまでも、素直な気持ちとして、言った。が、來果が笑い声をあげた。

 「でも、淳君は確かに可愛くなるでしょうけど、妖しさというのが、

 足りないんですよ。一定数には響きますよ、でも『ガブリエル』では、

 久嗣君みたいな才能が求められているんです。

 女装メイドは実はあるマニアにかなり受けが良いという話もあります。

 わたしは最初から狙い目だと思ってました、指も綺麗だし、

 手足が長いし、顔だってエキゾチックだなってずっと思ってましたし・・・・・・」

 真面目に熱弁する、來果。

 あと、なんでおまえそんなに顔近かおちかいんだ、ちょっと興奮こうふんしてるのか(?)

 父親の影の操縦者、経営の傾きを三年足らずでお釣りが山ほど出る黒字にした、

 慧眼の持ち主ということがいまになってわかってくる、來果の言葉。

 ―――、來果、俺そんな才能いらねーわ(?)



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