第6話 青春



 入学から一週間が経って、進学したての一年生のクラスも少しずつ落ち着きだした。この時既に俺のクラス、一年五組のなかにも御多分に漏れず『仲良しグループ』といわれるようなものが形成され始めていた。

 その一つにはもちろん、中学校が一緒だったグループなんかがあるのだけれど、多くは、『運動部系グループ』と『文化部系グループ』だ。そしてどちらにも属さない、『帰宅部系グループ』という三大要素で成り立つ。

 部活をするかしないかというのが―――学校社会では、割と重要なのだ・・。

 もちろんその大きな枠組みから外れてしまう人もいるわけだが、俺は三日に一度は佐藤淳との早朝の自主練に付き合っているので、俄かではあるが『運動部系グループ』の一員みたいなものだ。


 部活の勧誘をするための催しが体育館であったのだけれど、殆どは通り一遍なのだが、ウェイトリフティング部だけは一味も二味も違った。

 ダイスを転がせ、数秒後に死を控えたロックシンガー。

 

 「HU! HU! 痺れるZE。

 たまらないぜ、

 汚れてるぜJ―boy(?)」


 鍛え上げられたご自慢の筋肉をこれでもかとさらけだしながら、謎の掛け声を発して、体育館が笑いの坩堝に変わった。何しろ、魔法が俺は使えるのだと言いながら、本当は誰にも見せてはいけないが、みんなに見せてやろうと言い、ムキッとポージング決めた後、、マジックパンチと必殺技を叫びながら瓦を割るのだ。

 ―――だけど、魔法とまったく関係ねえええええ(?)

 (おそらくは瓦割り用だと思うのでそれほど難易度は高くなく、

 それは一種の金魚すくいのの、

 号数、強度、張り具合ようなものだと考えられるが、

 もちろん、あのパフォーマンス自体が瓦割りなのだ、)

 男が筋肉を鍛えるという構図はけして一般的ではないのだが、あのデモンストレーションは、何か心の奥底に響くものがあった。鉄の鎧、三島由紀夫、である。当時は斜に構えて下らねーと思っていたし、脳筋かよと唾吐くみたいに思っていたが。

 (、)

 いまは、何かを鍛える、磨く、パフォーマンスをすることで、個性につながっていくのだな、という見方になっていたりする・・。

 一朝一夕ではいかないこと、それが個性や、努力というもの―――だ。


 「雑居ビルのエレベーター入ったら、

 ポケモンジムへようこそ(?)

 一緒に、筋肉のモンスター、

 つかまえにいこうZE(?)」


 だが、並大抵ではない。じゅんはけしてウェイトリフティング部ではないし、メイド喫茶ではおちゃらけているけど、スポーツに対する姿勢には眼をみはるものがある。朝十キロ走るわ、腕立て、腹筋各百回など、バリバリの体育会系なのだが俺も身体を鍛えるのはいいような気がして付き合わせてもらってる。

 心の中では絶対Dragonドラゴン Slayerスレイヤーなの、君は。

 そして淳は蛸じゃないかっていうぐらい、身体が柔らかい。

 それでも、―――、燃え尽きるまで(?)

 生き狂いの街の息苦しさでのたうちまわる。

 その三日に一度には、來果ゆきかもジャージ姿でと参加したりして、そうなってくると、押しの尊い行為を目撃するために、恭介きょうすけっちも参加するような運びになる。とはいえ、二人は本気で参加しているわけではなく、一種の参加枠で、市民マラソン出場することに意義がある的なもの―――だ・・。

 淳と恭介っちには、メイド喫茶という共通項がある。だから淳と俺には、朝練という共通項を作りたかったのだ。あと、來果が万年部員不足の文芸部に入ったので俺と恭介っちが入った。クラブが休みの日には、淳も、顔を出してくれる。 

 筋肉は裏切らないといったら脳筋一直線で、プロテインが足りないということになってしまうが、運動だって、一人でするより二人の方が遣り甲斐があるものだ。


 そういえば、來果にも友達らしい友達が出来て、園芸部の眼鏡美人の後藤由紀子ごとうゆきこさんだ。

 眼鏡めがね扇形おうぎがた軟骨なんこつ・・・・・・・・・。

 それはぞんざいにりたくった化粧けしょうとはちがう―――装備そうびだ・・。


 1、眼鏡をかけた時の上目遣いは王道のシチュエーション

 2、素顔よりも眼鏡をかけた方が可愛い


 眼鏡、これは見るという流動体的なイメージを緩和する作用がある、もしくは眼を優美な夢やノスタルジアと合成する―――。

 少女漫画のグルグルメガネを外したら超イケメン論をくつがえすほどに、超音波的振動を起こしながら、―――現前へ・・・現像へ・・・。

 

 ・・。

 って俺は何を言っているのだろう、閑話休題。

 一見すると地味で野暮ったいんだけど、來果と並んでも、顔面偏差値に何ら遜色はない。ただ、声が少し小さい。

 何度か、俺と淳と恭介っちが來果を囲んでいて、 

 「あの・・・・・・お話し中すみません、

 あ、あのっ―――」

 と、声を掛ける場面が何度かあった。何だか、軽い罰ゲームみたいだ。俺達はそれに中々気付かない。蚊の鳴くような声、いや風が吹くと消えてしまいそうな揮発性のか弱い、可愛い声。挙動がまた、見習いの魔法使いみたいに手を振り、時にはぴょんぴょん跳んでいる。それに気付いた途端に非常に申し訳ない気持ちになる。ダイイングメッセージスピードで迫る、オールオアナッシン執行猶予。

 ただ、彼女って空気に溶け込んでしまう声で、存在感が薄いのだ。その方面では、スパイか、忍者だったのではないかと思う。

 とはいえ、頭から肩へかけてのなよやかな線。前世は上品な鶴か、箱入り娘だったに違いないと思う上品さは隠しきれない。上品さって二種類あって、動きからくるものと、心からくるものがある気がする。彼女は後者だ。

 澄心ちょうしん秋の星座 オータム・コンステレーション・・。


 ―――

 ―――、である・・。


 來果さんの傍にいるので、『地味すぎて顔も覚えられない』なんて言っている人もいるようだ。だけだろう、と思う。物覚えが悪いのを、誰かの欠点みたいにするのはよくない、と思う。

 あと、たんなる悪口なんだろう。

 だから俺なんかは、『性格悪すぎて顔も覚えたくない奴』よりはずっといい、と思う。けれど、後藤さんは、多分そんなこと気にしていないだろうと思う。鋭さの欠片もない、眼。隙だらけの腑抜けた表情・・・。

 半熟卵にナイフを入れるようなもの、だ。來果と友達になるだけあって、物凄い性格が良さそうなのであ―――る・・。

 そして昼休みや、夕方には時間があれば、軍手と学校指定のジャージとフェイスタオルを首から下げ、汗が光る頬を美しく土に染めている後藤の精が出る働きぶりを見に行く。花壇と植木鉢の整備をし、夏になると、野菜作りをするらしい。ちなみに園芸部は茶道部などを加えて、女性の比率が高い部活だ。

 一度、両手を泥だらけにして球根を植えたりする様子を見たことがあるが、それを皮切りに、のほほんとして見えるが、雑草をこまめに抜いたり、病気の予防や治療をしたり、悪天候の対策をとったりと本腰を入れるとかなり忙しく重労働な部活動だ。

 でなければ、來果が部員不足で手伝いに行くこともない。

 将来お花屋さんをやりたいとかいうお伽噺なことを言ってるイタい子を教育する稀な部活動ともいえる。また、台風一過での農家さながらに、ミヤザワケンジのアメニモマケズ状態は、色んなことを悟らせる時間として十分だ。でも普段粗野で、ボーイッシュな女の子が、園芸部なんかにいる場合、人一倍物静かだったりするというケースがある。また虫嫌いの人が絶対にいないのが園芸部だ。

 ・・・・・・・。

 「彼氏は、サワロ国立公園のサワロ・サボテンさんだよねー(?)」

 そんな話をしている。意味はさっぱりわからないが、彼女がサボテンマニアであることぐらいは察しがつく。盆栽だって渋い趣味だけれど、究めれば奥が深い。だから一見このわけのわからない会話にも―――(*以下省略)

 それは美少女天然ビーム。それを受け続けて脳が狂うか、それとも眼福なご拝顔を注視してよい権利を得るか、選ばなければいけない時、どうしよう(?)

 

 「ちょっとサワロ・サボテンに似ている久嗣君を植えたい」と言う。


 戦争時にも生き埋めがあったが、現代でも時々起こる犯罪である。存外、生き埋めがになっているんじゃないかとグリム童話したくなる。それは、ハマグチマサルが筋肉マン消しゴムを集めているぐらいのこと(?)

 「後藤、もし本当にそうしそうになったら、サボテン成分が不足したことになるんだろ、言えよ、ちゃんと、買ってきてやるからな(?)」

 サワロ・サボテンは無理でも、小さいサボテンなら買える。

 「・・・・・・ねえ、久嗣君、は、喩えだよ」

 來果に言っていいのかわからないが、多分、後藤は本気マジだ。

 容姿や性格は別として、後藤はちょっと何考えてるかよくわからないところがある。彼女がFBIとか、特殊警察だといわれても、俺は絶対に肯く。そんな明らかに瞳孔開きそうな、ヤバイ奴が、ちょっと何考えてるかよくわからないのだ。

 サボテンぐらいで命を拾えるなら有難い、いや、むしろ、儲けものである。

 「・・・・・・喩えで、コロ助されていたら、サボテン買いに行きたくもなるさ(?)」



  *


 でもこうやって友達が増えていくと、やっぱりそれなりに、られるというか、仲間外れにされたような一瞬を味わうことがある。記憶の刃の群れは、ゲームセンターのに似ている。

 ぼっち経験が長いと、そういうのを―――繊細に受信する。つまり俺と誰かではなく、友達の誰かと誰かが喋っているようなシーンを見ることがある。いわずもがな、淳と俊介っち。淳と來果。俊介っちと來果。そして來果と後藤みたいなものだ。まあ、來果と後藤が喋って、笑ったりしているのを見ると純粋に・・・・・・。

 百合ゆりだな、と思うのだけれど(?)

 でもまあ、ぼんやりと聞こえて来る声なんかだと、淋しいというのともまた違って、どこか間が抜けていて、でも、その、のなさ、がはずれていく感じ、は、とても贅沢な切なさみたいにに感じられた。

 、と思ってみる。


 

 

 、 

 ・・。


 みなみへとかっていったとりのように、列車れっしゃかえるべき場所ばしょつけられただろう―――か・・。

 なんだろう、時が止まったような、滞留しているような、穏やかな、スローテンポなやりとり。聞いているだけで眠気の作用がある、会話・・・・・・。 

 すりぬけていく、夜のそよ風であり、それは、星が遠く流れていく声であり、深夜の道路を静かに走り抜けていく車だ。もちろん俺達はそれが本当にあるのかどうかだって知らない、けれど、そういうものがこういう一瞬にはある。たとえばそれは、ズレだ。本当に見るべきものが垣間見えそうな、ズレだ。オセロゲームマインド、完全勝利なんてない完全敗北なんてない、けれどもマイナスドライバーを小さな汚れた覗き窓へ無理矢理に滅茶苦茶にロックオン・・・・・・。

 どうして波打ち際を眺めているんだろう、どうして公園のベンチでジッとしているんだろう―――そんなことを想う一瞬がある、

 誰かが叫んでいる、誰かが怒っている、でもそんなことはつゆともしらず、いやいやそんなの誰のせいでもない、自分のせいでもない、そしてそんなことは一切関係ない、というような、宇宙的感覚。

 友達というもの、切なさというものが、教えてくれる・・。


  *


 LINEには、毎日ではないにせよ、時折天使からメッセージが入って来る。当時は母親とたまにする程度のものだったので、天使からのそれも趣があるように感じられたが、いまでは、淳や、恭介っち―――いや、來果ゆきかの方が圧倒的に多くなっていたりする。ちなみに天使からの一週間のLINEはこんな風だ。

 ●二日目

 「“友達作りおめでとー、じゃあ今からやっちゃう? 初LINE、ドキドキだね、ドキドキするよね、でも、そこをキュピーン”」

 じゃねえ。

 というか、お前それ、好きだな。

 「“あと、部活何にするか決めた? わたしはー、帰宅部もいいと思うんだよー、そこはね、そこはフリーで構えておく、そしていざという時に動けるようにしておく、みたいなねー。サッカー部もいいよねー、青春の汗を流しながら、九十九里浜を走り抜く、みたいなねー、海ないけどねー。ところで、わたしは文芸部がいいと思うんだよねー、來果ちゃん入ると思うし、どうかなー、どうかなー、どうなのかなー”」

 情報の先取りありがとーございました(?)

 考えてみればどうして、文芸部に入らなかったのだろう―――か。

 いや、選択って本当に大事だなと思う。

 ●四日目

 「“明日は朝から淳君とランニングだねー、爽やかだねー、でも、彼、十キロ走るからねー、軽く汗を流すとか彼言ってたでしょー、嘘だからねー、普通に真っ赤な嘘だからねー、天然ダイヤモンドの耀き、それは価格操作しているにすぎない、嘘だからねー、身体づくりは資本だよー、筋トレも毎日ちょっとずつやっとかないと、友達つづけられないからねー。友達だから嫌々やるんじゃ駄目だよー、折角決めた友達、秘密基地のある友達、そこに意味や意義を見出す。勉強だってそうだねー、やればやるほど、淳君の気持ちがわかる、そうすることによって友情は深まる仕掛け装置なのさー、いいこと言ったー。あと、アニメの話をしたりするのも忘れないようにね、彼、そういうのを誰かと話したい、恭介君ともねー、でも取っ掛かりがない、イケメソは辛いのさー”」

 って何(?)

 「あと、恭介君は、本の話をするのがいいかと思うな―、君は読書が趣味みたいなものだし、まあ、文芸部らしく、本の話題を共有し合う―――ああいう、面白い子、自虐的な子というのはね、真面目なもの、自分とは真逆のものに憧れがあるんだねー、そこを呑み込んで、二人きりの時は、真面目な話をするといいと思うなー”」

 「“あと、形ばかりの、文芸部に入った君も、名簿は顧問の机の中にしかないことを知り、眼鏡率の異常の高さならぬ低さにあらがって伊達眼鏡をかけて臨むようにねー、後藤さんの眼鏡をってでもねー、でもそれ犯罪だからねー、夜のオカズの一種だからねー、あとそれから、幽霊部員したら駄目だよー”」

 お前は文芸部の何なんだ。

 あと、後藤に謝れ。

 そして昨日の夜のメッセージはこうだ。

 「“明日は何ていうのか、の日だね、夕方から加速するアオハルモード、そして明日はわたしもそちらにうかがいますので、よろしくお願いしまーす、お菓子はコンビニで用意してくれるとうれしい、スーパーも可、アルフォートか、パイの実、あるいは、和菓子のようなものもあると、わたしはちょっと、嬉しい。そろそろやっぱり、ロリ成分が必要だよねー、お兄たんって呼べばいい? お兄様って呼ぶのがいい? それとも、お兄ちゃま?”」

 だまれ(?)

 本当に、本当に、本当に、本当に―――だまれ(?)

 そんなもの、俺のやり直しの人生に一ミリも、〇・一ミリも、〇・〇一ミリも、〇・〇〇一ミリも必要ないものだ。

 そしてこやつ、一番肝心なことを教えない悪い性格なのに、天使・・・・・・・。


   *


 春の匂いというわけではないけれど、​​​​​​​​​三月から四月にかけて桜の匂いを感じることが多い。咲いているからなんていうものではなくて、何かそれが春のカラーを決定づけている。梅や桃にはない、桜。​​​​​​​​​​​​ふわりと心地良く独特の上品な芳香を持つ桜の香り。​​​​​​​​あの独特の香りの主体はクマリン(C9H6O2)という成分。​​​​​

​​​​​​ この匂いがすると、街にいる人間が浮かれ始める。​​​​​​

​​​​​ この春っぽさはまた、フロイト的な思想かも知れない。​​​​​

 さて、部屋のドアが勢いよく開かれ―――る。入ってきたのは、制服姿の少女で、木ノ内來果とかいう名前をしている。先程、庭掃除をしている、そこで寝転がっている少年こと深谷ふかたに久嗣ひさじの両親に挨拶をした、七時前。

 ―――もちろん、彼の父親の出勤時間を狙って来た。

 もはや、これ以外の言葉は見つかるまい、確信犯的な手法・・。

 來果は部屋に入ってきょろきょろと部屋を見回し、『』や『』そして『』・・・『』・・。

 (それが、一番大切スーパーギャラクシイ漢度数おとこどすう

 スッとスクワットするかと見せかけて一度だけ膝をついて、ベッドの下にエキサイト本がないかを確認し、

 (、)

 空振りしたのを確認してから立ち上がり、エスカレーターでアキレス腱グッグッと伸ばすように、見ようによっては陸上競技アピール、これから百メートル走りますよ、大股でベッドの元に歩み寄り、犯罪者だったらどうするつもりなのだろう、否、既にその思考が犯罪者だということになるわけですが、未だにまったく眼を醒ます気配はない眠り姫ならぬ、眠り王子でもない、深谷久嗣を見つめながら腕組みをして見下ろしつつ、―――それはそうです・・。

 ―――寝顔、ご馳走様ちそうさまでした(?)

 

 來果は思う、もっとパジャマはセクシーに着崩してくれてもいいのではないか、と。これはパジャマ業界の課題だな、と思う(?)

 さて、と來果は咳ばらいを二度してから、すべてはエロスに通ずとローマの時代からの教え、耳元でねっとりとしたセクシーボイス・・。

 それは世界せかいあたらしい秩序ちつじょたらしめることをねがって。そしてそれはきっと、あらきよめられた、生命せいめいとうとさをうたわんことをねがって。


 「ねえ、久嗣ひさじ君、朝だよ~っ、

 起こしに来たよ~っ―――その、幼な妻だよ(?)」


 何だか眠いやパトラッシュ(?)

 ―――それはそのように処理されてゆく。

 あるいは、頭がハッピーセット(?)

 ―――それもやはり、以下同文・・。

 ビュボ―――ン、と男の子は時々幽体離脱する・・。

 これからマフィアと血と肉と骨の麻薬的な、

 取引現場へファイナルアタックするところ、

 いざ、(?)


 「んー・・・ううっ・・・・・」

 「あ、起きた?」

 そして始まる、ネクスト・オブ・ザ・ドア。

 來果は嬉しそうに言った。が、次の瞬間、眼をぼんやりと開けた彼は、それを夢の中と決めつけた。普段は寝起きがいい彼も、それはいくらなんでも、井上陽水すぎた。あるいは―――すぎた(?)

 「・・・ぐー・・・・・・くぅー」

 ―――死んだ(?)

 の顔を思い出すように、死んだ(?)

 來果は作戦を変えた。耳元に唇を寄せ、優しく囁く。

 「クラスメートが起こしにきたんだから、起きようよー」


 そう言って、耳にいきなりふっと息を吹きかけ―――そして甘噛み。

 美少女だろうが、クラスメートだろうがをしていいはずはないのだが、朝起こす為なら、そのようなことは合法化されていた。

 朝起きる前ではちょっとぐらいの荒療治は正義なのだ(?)

 (、)

 通常の男子高校生ならば、ショック死を起こす攻撃だろ―――う・・。

 流線型が切り裂いてゆく時速百五十キロのジェットコースター畳みかけと感情の高まりによって速度を増した全然終わらないノンストップアクション日常系。

 「・・・

 電気ショックを起こしたように、驚いて身体を起こし、來果はにっこりと笑った。ちょっと間抜けな釣りあげられた魚みたいな顔も―――可愛い、と思った。

 (・・・?)

 名付けて、クラスメートが朝起こしに来ちゃった作戦なのだ・・、

 ―――(?)


 ただおもうに、來果がそうするには、まだまだ、時間が足りない気がした。

 たとえ教室の隣の席、同じ部活、メイド喫茶という秘密の共有、電話番号知ってるLINEのやりとりをしてるというのを考慮しても、また美少女であり、自分の気持ちをあけっぴろげにアピールしていると言っても、何しろ、そこにいるおよげたいやきくん(*死亡)は、元は二十一歳まで年齢=恋人いない歴の男なのである。

 心はそれは風を受けた水面のように泡立ってとりとめもなく、想像の中を散ったり集まったりする。急な感情の変化、テンションが上がる、アピールしたい、悪ノリしてしまう、それはごくごく誰にでも有り得るものだ。

 時期尚早じきしょうそうということではない、さっするこころ、なのだ(?)

 申し訳ないのだが、それは、エロい夢の一種にすぎないのだよ、フロイト博士。

 彼の脳内のおよげたいやきくん(*死亡)を言語化すれば、『美少女が俺の部屋にいやがる、そしてそれは木ノ内來果でありやがる、馬鹿な、何考えてんだ、夢か、欲求不満なのか』というように―――現象を認識しようとすると、彼の意識がシャットダウンする仕様なのだ。かえすがえすも、それは、モテない男の宿命なのだ。

 寝起きをいまかいまかと待つ來果の期待には応えられない―――世界。


 「おはよう、実は一緒に―――って!」


 次の瞬間には、スウッ―――、とベッドに倒れ込み、再び寝息を立てていた。仏の顔も三度までとはいうが、


 「ちょっと、こらあ~っつ! 寝るなあ~っつ!」


 まるで聞こえていないかのように睡眠へと移行する、どうですこの、クオリティ。惰眠の儀にして眠りの構えにして将来有望なニートプレイヤーのスゴ技。のび太すごい。早起きとかマジ無理だから、八時間寝ないと駄目だから。

 そこでは、雪崩なだれで森がまれるのだって、二階にかいまでゆきで埋まってしまうということだってそらぞらしいうそのようにひびく。


 「よーし、こうなったら最後の手段・・・・・・」


 來果は、唇を頬に寄せた。そして、いただきまーす、と言うと、頬に唇を押しあてた。白くて、やわらかくて、無知蒙昧な、甘さの他には何の芸もないような―――餅だ。おいやめろ馬鹿―――・・(?)

 起きそうで中々起きない彼、目覚めているようで眠っているような夢うつつな彼にも、その聖なる攻撃は、精神の防御壁を軽々とぶち壊すだった。

 それはフィクションの聖なるアラベスク模様であり、DNAに対するラディカルなレジスタンス。そこに思いもよらぬ真紅の花が歌っている。舞を舞っている。そしてベッドの上で喀血することを忘れてはいけない。

 ―――文学的表現(?)


 「うわああああ・・ああああああ・・・・!」

 「その反応、新鮮!」

 「アンタ、何しやがるんですか、貞操の危機・・!

 ずっとバーサーカー・ソウル、彼女のターンが終わらない(?)」

 「でも、男の子的には・・・?」

 「うれしい(?)」

 「、こんなことしちゃいけなかった?」

 「してはいけないことはないけれど、

 やっぱりしてはいけないと思います(?)」

 ―――、おはよう、久嗣君。

 


   *



 來果はそれじゃ下で待ってるねとニコニコしながら、ドアの向こう側へ消え、階下へ降りていく足音が聞こえた後、免疫がない俺は、あるいは、ちょっとあやふやだった記憶を手繰り寄せながら、耳が少し濡れているということで顔を赤くし、頬を触りながらさらに顔を赤くし、何だこれ、と思った。何だこれ、しか言えなかった。

 耳を犬に舐められた、頬を舐められた、そういう風に―――置き換えることはまったくもって不可能だった。あまりにも急激な距離の詰め方すぎて、というか、友達だろ、恋人っていうのはポーズなんだろと思っているのに、こんなことをしたら、勘違いするよね、いけないいけない・・・・・・。

 

 「うわああああ・・ああああああ・・・・!(?)」


 それでも、スマホのアラーム音がしたおかげで我に返れた。まあ、メイド喫茶だってアメリカみたいなもんだよ、

 (正常に、通常に、普通に―――と考えると自然そうなる、

 悲しいモテない男の思考回路というもの・・・・・・)

 さっさと制服に着替えて、一階へと降りる。


 (―――こえがする、)

 階段を下りてゆき、

 (―――母親と、誰かが話すような声がする、)

 波がかすかな響きを立てて彼方へ流れるでもなく、

 緩慢にかちあいながら揺れ動いているウェーブ・トーキング。


 人間というのは朝起きてから実際に活動に適した体温に上がるまでに、若干の間があり、この体温上昇を促し、午前中~日中の活動に必要なカロリーを摂取する必要があり、まだ消化器官が活発に活動していない時間帯ともあって、消化しやすい炭水化物が中心となる傾向が強い。

 それに舵を切りまくったのが朝活さながらの朝のドカ喰いである。

 とりあえず洗面所へ行って歯磨きをしてから、袖を捲って顔を洗い、台所兼キッチンへと入る。瞬間、笑い声が三つ聞こえ、あれ、來果は後藤でもつれてきているのかと思ったら、そこに―――、である、頭に蛍光灯のような輪っかをつけて、真っ白い翼を生やし、ウェディングドレスみたいなきらびやかな白いドレスを着た、小学生ぐらいの、十歳には満たない感じの、ミニマムな、ぽっこりお腹の、胴長短足の、小学生の、膝枕か肩車してやるぐらいラブリーな・・・・・・。



 ―――【天使様てんしさま】が、いた。



 人間の生存本能に従っているみたいに、存在を読み取る。ダヴィンチのモナリザを思わせる不可思議な微笑をする天使様は、記憶に感光紙の必要のない、うちの高校の制服に着替えているので大体の予測はついているのだが、何分、会話の内容がスリリングにコーナーを攻めすぎている(?)

 

 「お兄ちゃん、ロリコンだから困ります、下着は間違えたふりしてよく着ます。

音程のズレによって点数が左右されまくる、ダムの採点基準より、過剰なビブラートやしゃくりをするだけで、点数が取りやすいジョイサウンド」と天使様。

 、世界を滅ぼしかけた。レオンの主題歌の『Shape Of My Heart』だって、何故か一瞬流れた(?)

 「ロリコンだけど、ちゃんと來果ちゃんもイケる口だから」と母親。 

 

 ―――あの、ごめん、一切何いっさいなんのフォローにもなっていないよ、それ。しかし刃こぼれしたリアス式海岸具合しきかいがんぐあいの―――会話もあったものだな(?)

 あと、そこの血縁者、來果ちゃんとか馴れ馴れしげに呼ばない。(?)

 どうでもいいけど、今までの人生の中で一度でも俺がロリコンだと思われるような場面があったのだろうか、、そこのところくわしく(?)


 と言いながら、椅子に座り、食パンが置かれているのでバターを塗り、苺のジャムをとつける。そしてデザートはヨーグルトと、バナナ一本の半分、飲み物はカフェオレ。

 高校生の朝御飯にしてはいくらか貧相だが、まあ、こんなものである・・。

 いきなりメンタルを削られてフェードアウトしそうにな・・・・・・(*以下省略)


 大丈夫、大丈夫・・・っつ。

 ちょっと、ゲロきそうなだけだから(?)

 本当は、学校へと逃避行ラナウェイしたいのを我慢してるだけだから(?)

 

 「母さん、ところでこの、幼女体形の子供、誰・・・? もしかしてー、、近所のしまくってたあの子かなー、あの子かなー。くっくっく、いたいた、いあたよねー、お布団干すのが好きかと思っていた、あの子だよねー、あの子だよねー(?)」

 攻撃の仕方がいくらか、小学生的すぎた。そう言うと、その幼女体形が待ってましたとばかりに、頭をスリッパで叩いてきた。モグラ叩きには、いくらか身体が大きすぎるけれど、地底人という設定なのかも知れない。現代では、地底人叩きというのが流行している(?)

 ブロック塀には人面犬がいて、街燈の下には口裂け女。

 そして車の下からテケテケ、そしてマンホールからは地底人。

 「我が息子ながら、親戚の、沙紀さきちゃんを忘れたの?」と母親が言う。

 おっと。でもそこを、数秒は眼を瞑ってから、

 「

 と普通に肯いてやった。やっぱり幼女体形が待ってましたとばかりに、頭をスリッパで叩いてきた。というか、親戚で、沙紀ちゃんという設定だったんだなと思った。劈開面をチラッと見せてくれるような瞬間の駆逐艦。暴走特急。

 さっきから、來果ゆきかはくすくす笑っていて何だか変な気分になる。現在というのは、未来や過去よりも、もっと遠くにある概念のように思える一瞬がある。日時計の文字が陰に包み込まれるように、現在というのは消化され、固有の顔を失い、それこそ時間が消え失せたとしか思われないような―――現在が・・。


 「沙紀よ、お兄ちゃんは高校へ行かねばならないのだ。あとで、お菓子を買ってやるから大人しくしていなければならないのだぞ」

 「お兄ちゃん馬鹿ね、近 親相姦は駄目だけどロリペドはいいって何? 股間をとか、言っていて、ぼけたの、わたしも高校へ行くよ、萌え萌え・・・ビィ〜〜〜ム・・・が炸裂する! スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ・・・し、死ぬ、なんという、破壊力、なんという破壊兵器、もう、天然記念物か世界遺産認定すべきだと思います。俺の嫁というのがあるなら、俺の従姉妹というジャンルも必要です、って馬鹿なの(?)」 

 「・・・・・・」


 ―――いくらなんでも、つ・く・り・す・ぎ(?)

 ―――あと、もうお前天使辞めて声優になれよ、向いてるよ(?)


 「受験があれば、予備校、追試、とらのあな。大体そこから始まってくるのが、スタジオズブリプロダクション。明日は風の谷でナニシタ、そして今日も天空の城でナニシタ。そして頭の中は大王ならぬ大王って、馬鹿なの―――うおーごめん、沙紀、俺、久嗣だけど、お前のパンツを頭にかむりたいいや実を言うと―――毎日。かむっているというか、神ってる、ラリってる、そうするだけで生きてる力が湧いてくるんだ、なんだこの、拡大する、爆発する、パワーは、うおおお元気玉って、馬鹿なの(?)」

 

 何でもいいけど、だまれ。

 フィギュアスケートのジャンプもかくやという勢いで前に向き直る。机の角に頭ぶつけて正気に返った方がいいと思うよ、それからタイキックを後頭部に受けた方がいいよ、あとタイタニックから落ちて氷の海を泳いだ方がいいよ。

 あと、お母様、さすがにこの猛獣チンパンジーを叱って、一緒に笑ってないでさ(?)


 「駄目に決まってるだろ、小学生は小学校だし、場合によっては幼稚園という風に相場は決まっているのだ。是非そうしない。うん、そうしなさい、秘密の花園カモンカモン!」

 やっぱり幼女体形が待ってましたとばかりに、頭をスリッパで叩いてきた。しかし馬鹿なやりとりをしつつも、情報を入手していて、そうか、天使様を高校へと連れて行かねばならないのだということを知る。

 「來果お姉ちゃん、お兄ちゃんよくチャックを開けてるけど許してあげてね、多分、言いたいんだと思うんだ、それは腕についてる、デュエルディスク・・、その間、ATフィールドが発動する、つい別の手が!」

 ぜすぎ注意(?)

 「奥の手みたいに言うな」

 「。ついについに、奥の手、孫の手、猫の手―――キタアァ! 発車オーライですわ、アポローですわ、イエースイエース・・その一つが夜のカルピス社へと繋がり、その一つが夜の甘納豆へと繋がり、その、秘密の頽廃的な沼でとりおこなわれる・・体操服へ、旧スクール水着へと繋がってゆくのだからー! そして來果、お母さんごめん、実は俺の部屋の押し入れにあるんだ、『さきぴょんの、観察日記かんしゃつにゅっき』が―――そしてあるのだ、さきぴょん・ふぉとぐらふぃー・ふぉーえばー・らーぶ、が・・・! キリッ(?)」

 

 

 ―――さすがに、なぐりました。


  *


 いうまでもなく自転車で通学しようと思ったのだが、來果がやたらと、チェーン壊れたかも~とか、言って来る。そして、とこっちを見る。

 恒例行事イヴェントの合図というのはもちろん分かっていた。酔っぱらっています度数、朝の登校風景

 酔っぱららっています度数、美少女クラスメート

 恋ってもしかして、ミロのヴィーナスを、元の姿に、ありもしない首や腕をもう一度肉付けしていくようなものではないか、と思う。

 母親と、天使様こと沙紀は何かを期待するように、やっぱりを見る。何かしらの綿密な打ち合わせがあったと思われる、目配せ。

 首謀者はすぐに目星がついたので、容疑者を現行犯逮捕し、取り調べへと急速移行したいところではありますがオーイエー言っていて日本語では話さない模様(?)

 強制執行力のようなものを感じる。こういう時はどういうことをするかわかっているよね。、二人乗りとか超恥ずかしい上に、道交法違反だからな。

 、乗る前からチェーンは壊れていない、外れているのだが、それ絶対に外しているからな、そんな都合よくチェーン外れないからな(?)

 上がってきたテンションが凄く邪魔、

 下がってきたテンションが凄く邪魔、

 「えーと、バスで行く?」

 、と後ろからいわれのない暴力を沙紀から受けた。

 來果は、そうですね、と微笑みながら言った。

 個人的に俺も、それはだな、とは思う。

 けど母親の前で二人乗りするって超恥ずかしい、

 あらあの子も大人になったのねって―――(?)

 

 バス停は歩いて一分にも満たない場所に、ある。朽ちかけた雨よけの屋根。

 待合室として小屋が設置されたバス停―――だ。田舎ではバス会社や自治体、町内会、地元の有志などによって、壁のついた小屋が設置される。

 木製の共同椅子。灰皿。傘入れ。

 廃棄物のような人間の生活の痕跡を記す。

 社章に、停留所名に、通過予定時刻のある、標識ポール。

 昭和の香り漂う、色褪せたコカコーラのポスター。誰かが裏に回ってプラグを抜いたら、すべて消えてなくなってしまいそうな気がする。​バス停のわきに墓場があるせいだろうか、​​一体この墓を守っていく人間はこれから存在し続けるのだろうか。

​ ​そんな疑問がふと頭をよぎった。​軽い眩暈を感じたらそのまま意識だけ離脱してしまいそうな、​​​のっぺりとしたかくあるべしが亀と兎の姿になってしまいそうだ。時空間乱気流みたいに幾つもの部屋が並んでいる。

 ​​何処にも居場所がなくて、集会所の狭すぎる建物同士の隙間から空を見上げていた一場面がよぎった。それがポーズだったら美しい。​人を動​​​​​かすのは演出だ、鼓を鳴らす、​鞭だって打​てる。​​​​​​​でも残​念​ながら、そうではない、だから絶望だ。​​​​​​そこで見たことは空っぽだ。​​​​くりぬかれている。​​

 不潔物に発生する黴菌や寄生虫のように未熟な感傷。

 不思議と青空のイメージがないことに気付―――く・・・。

 背もたれにと寄りかかり、バスが来るのを待つ。

 エンジン音がして、くたびれた感じのバスが見えた。縁石のぎりぎりの所に立って、待つ。停車すると、乗り口から入っていき、整理券発行機で整理券を取得する。それにしても変なもので朝だというのにちっとも込んでいな―――い・・。

 いくらなんでも、乗客が俺達三人だけだというのは―――。

 ハッと気付いて沙紀の方を見ると、口笛を吹きながら眼を逸らし、さあて何のことかしらねという分かり易いポーズをしていた。天の配剤というやつだ。


 「何かすごくだね、わたし達―――貸し切りみたい・・」


 運命に後押しされているみたい、運命感じちゃったと同義語である。LINEのメッセージをふと思い出す“夕方から加速するアオハルモード”というのが、こういう瞬間の積み重ねで生み出されるのかも知れない、と不意に思った。 

 徐々にこれからどういうイヴェントが訪れるのか、鈍感なふりしてる俺にも理解できてきて、今更ながら、かぷりと耳を甘噛みされたことや、頬にチュッと唇が押し付けられた意味などが―――待て待て待て待て待て(?)

 確かに、自転車の二人乗りも、バスの貸し切りも、脳内アドレナリン花畑にとっては問題ない。いや、違うのだ來果ゆきか

 騙されるな、それは、この天使の策略なのだ。

 多分、天文学的確率というやつだろう。だけど電車もバスも一分遅れた、早く出発したというだけで眉間に皺を寄せるだけでなく、クレームを入れる人がいるぐらいなのに、そして実際、タイトなスケジュール調整をこなしてる人にとっては死活問題だ。それは回避済みというかもしれないが、回避しているからいいというのは虫が良すぎる。とはいえ、証拠しょうこはない。

 あえてその文言を述べようとすれば、俺は沙紀が天使だということを説明しなければいけなくなる。でも、いくらなんでも、―――である・・。

 の天井スピーカーが次の停留所を告げ―――る。

 それでも、久しぶりにバスに乗っているお得感や、周囲に人がいないのでリラックスできるというのは有難かった。一段階視座が高くなるだけで、風景は堪能する類の見え方に切り替わる。お店が沢山あるのに朝は殆ど誰もいない商店街、神隠し状態の住宅街―――。


 「そういえばコンビニで七百円買うとくじ引きできるとかあったよねー」


 、じゃねえ。とまりますボタンを押そうとした自分より先に、

ピンポーンと鳴り響いて慌てて手を引っ込めるような、ね。

 あるいは、バファリンと正露丸を間違えて飲んでしまう。

 でも不思議と頭痛は治ったりする(?)

 おまえ、まだなにかやるつもりなのか。

 沙紀が―――詐欺をしようとしている。? いたかった、すごく。


 「コホコホ、近頃風邪気味だから、コンビニは駄目だな、スーパーマーケットがいいな、うん、スーパーがいい、あと、俺とか信じないから」


 、と後ろからいわれのない暴力を沙紀から受けた。

 スリッパといい、撲殺天使ドクロちゃんと呼んでやろうか、この小学生。なんだったら、あの破壊曲を口ずさんでやろうか、この小学生(?)

 なんだったら台湾のブラックメタル・バンド『閃靈樂團ソニック』を聴かせ続けてやろうか、あれはいい、あれは飛ぶ。

 

  *


 健全な男子高校生ならば一度や二度は夢見たことあるに違いない、アオハルモード、あるいはラブコメあるあるが襲う・・・・・・。

 沙紀は朝のHRに何故か転校性として担任から紹介され、その後は何気ない、いつも通りの授業風景が続いて油断していたが、昼休みに入るや否や、沙紀が、お母さんからのお弁当と言って―――言って、風呂敷包みを渡してきた。

 語彙が腹減った―と疲れたーだけの昼休みが―――

 (弁当を持っていこうとすると、母親は、沙紀ちゃんに渡したと言ったのだ。一緒に食べなさいよ、と言ったのだ、俺は疑わなかった、)

 冷静に思い返しても、そこには違和感は、ない。。沙紀が一人ぼっちで御飯食べないように配慮してあげなさいよ、という意味だと解釈した。それの何処に疑う要素があったのだろう、それこそ、人間不信だ。

 ―――でも前言撤回、俺はうたがうべき、だった。

 絶対に絶対に、そこ、疑うべき、だった。

 だって、弁当箱って四角じゃん、最低俺のMY弁当箱は四角い。弁当袋に入れたからって、こんな風呂敷包みで―――地球わがあおいほしのような、ビーチボールのような丸さをあらわすようなところは一つとして、ない。いや、球体きゅうたいじゃん、。触る、おお、おっとせいのような動きをしそうになる。 

 寝て起きたら地球でしたとガーガリンは言った。

 寝て起きたら地球だなあとみつをは言った。

 曲芸の世界だ、

 梶井基次郎かじいもとじろうは檸檬を爆弾だと言った。そしてこのフォルムは―――ける、西瓜すいかだった・・。

 

 弁当あるあるで、カレーやパスタ、時にはチャーハンということもある。中の煮汁がしみだして通学鞄が大惨事ということも―――ある。は、続く。弁当箱の話にはパンを敷き詰められていたという話や、スパゲティーを敷き詰めるという斬新なアイディアもあるだろ―――う。

 残し物を、いわゆる残飯整理が家族の役目、それは勿体ない精神としても正しい。

 ホットケーキとパンケーキの大きな違いはない、言っていれば、頭の中もになること請け合い―――弁当箱に入れる、パワープレイ(?)

 とはいえ、弁当の作り手が寝ぼけているという場合は、箸の入れ忘れ、上下逆に詰めているということもある。ヒューマンミスは致し方ない。人間だからそれは失敗はするさ。寝ぼけるのが嫌だから夜中に準備しておけばいいやっていう逆転の発想、そして朝、渡すのを忘れて学校へ出動する。

 子供は職員室で先生に預けられるのを嫌がるパターンがある、これはレストランでクラスメートに家族を見られるのを嫌がるそれだ。だけれど、子供のお弁当に、西瓜を一個、どうぞ食べなさいというのは無理がありすぎる・・。

 あと、せめて切れ、農家直送のうかちょくそうか(?)

 だから、頭してて、冷静じゃないかもしれない。だから・・・・・・。

 それだったら、まだ、日の丸弁当でもいい、梅干し一個だけでも、ああ、俺が馬鹿やったんだなーぐらいに反省できる。でも、西瓜。反省なんて、

っていうか、(?)

 ただ、それを見た淳や、恭介っちが爆笑していたので、としよう。沙紀はといえば、家庭科室で包丁って借りられるのかな、とか言って来る。おーそうだなー、って、ふと気付いた。おまえ弁当べんとう、俺の弁当箱べんとうばこじゃねーか、おまえんじゃねーか・・。

 

 「何言ってるの、馬鹿なの、可愛い従姉妹の初日の登校日に、西瓜をお弁当で持たせると思いますか? あなた、可愛い従姉妹を、家なき子や小公女セーラ設定を付け足さずにはいられないと仰るの?」


 おもいますか、とか、おっしゃるの、じゃねえ。サザエさん洗脳せんのう。浸蝕はスムーズなナノマシン。毎日少しずつ生活の中に組み込まれてゆく。   

 てか、母親ははおやじゃねえ、お前がすりかえたと言っているんだ、お前に弁当はなかったって言ってんだよ。んじゃねえ。

 お前の弁当、だよ―――(?)

 だが、そこに、真打登場のように、こんなこともあろうかと―――來果が、お弁当箱を取り出してきた。これには、淳や、恭介っちも床を叩いて笑い転げた。俺でもさすがに顔が真っ赤になるようなベタな台詞を想像したが―――。

 誰かを傷つけるのも、優しくするのも、躊躇ためらきずだ・・。


 「、二つ作ったんだよね」

 ―――つくるわけねー(?)


   *


 來果が用意してくれた、弁当箱を開け―――る。

 基本は一対一。ごはんとおかずの釣り合いである。

 ただ厳密にいうと、『主食:主菜:副菜=2:1:1』だ。

 お弁当箱の大きさとカロリーが大体同じという手法だ。とはいえ、どんなに弁当箱が大きかろうが弁当箱の伝統である、ごはんとおかずが対になる姿は美しい。これを黄金律という。二段弁当でも、。ごはんは大体百五十グラムから二百グラム。

 でも、いくら食べても足りないというのが思春期男子の食欲(?)

 弁当箱は子供たちに愛と勇気しか友達がいないにさせる、とても大切な調教道具だ。母親に感謝させる手法は、どう見繕ってもでなく弁当えづけは口の中に入れるものから作られ、それが餌付けと呼ばれる愛情表現。

 ごはんにふりかけ、梅干しやたくあん、肉や魚のメインのおかず、野菜や煮物がサブのおかずといったところだろう―――か。


 「不味かったら―――食べなくて、いいからね」

 「見るからに美味しそうだから―――頼む、來果、これ以上もう何もしゃべるな。可愛い來果が作ったら激マズ料理でもご馳走なんだ」

 と、言っている傍からお前も何を言ってやがるな台詞で、來果が、

 「ひゃいっ⁉」と変な声を出して、クラスを変な空気にさせる。

 最後のライフゲージを振り絞ったのに、自らそれを削る愚か者の構図。

 「あ……あれ⁉ い、いや、その、違っ! いや、違わ、違わないっ……んだけど、その、こんな風に言うつもりじゃ、あれ⁉ えっと、その‼」

 「なんだ、ただのか」と沙紀が言う。

 

 ―――沙紀、お前は俺達に何か恨みでもあるのか?


 不味くても食べるつもりだったのだ、だのに、ベタ攻撃が止まらない。気恥ずかしさで、本当に食べたくなくなる。沙紀や、淳や、恭介っちも、なんだったらクラス中が俺の一挙手一投足に視線を走らせていた。その無駄なワイドショー精神を世界のために有効活用しようぜ!

 沙紀がずっとしながらこっちを見てい―――る・・。 

 けれど、弁当箱を見ながら不意に大学時代の生活の一齣で、安売りしていたインスタント麺が溜まって、何を想ったのか、バランスゲームをし始めたことを思い出した。天井近くまで積み上げた時、あまりの下らなさに笑ったけど、いまあるこの下らなさは、多分、本当は、そんなに嫌なもの―――嫌なものじゃないんだ・・。

 本当なんだ、コンビニのおでんを食べて泣きそうになるし、たまにはスーパーの割引寿司を買って帰りたいんだ。けど、本当は誰かが作ってくれたものを食べたいんだ。愛情のこもっているお弁当なんて夢のまた夢、コンビニの弁当は味気なかったし、弁当チェーンのそれは、美味しいだけで一番肝心なものがないような気がした。

 、箸を動かして唐揚げをつまみあげ、ぱくりと口に放り込む。

 

 「美味しい―――」

 見た目が既に美味しそうだったし、匂いも美味しそうだから、正直言うと、味はあらかた想像できた。

 あと、俺は別に海原雄山のように作り直せと命じたりはしない。しかしそう言っただけで、謎の拍手が沸き上がった。

 「アンタ、

 「沙紀ちゃん、わたし、乗り越えられた・・・!」

 、という意見は言えないようだった。

 「もうあたしが何も教えることはない、アンタはもうだ、飛び立て!」

 何処どこに・・・?

 「うん、上昇気流を掴んでみせる・・・!」

 と沙紀が來果の肩を叩きながら抱擁するという、謎のシチュエーションコメディを始めている。蜘蛛の糸のように絡み張り巡らされた、アオハルモードだけど、嬉しそうに微笑んでいる來果の顔を見ていると胸が一杯になった。

 この前、來果と一緒に行った公園で、そういえば啄木鳥がカンコンやっているのを一度だけ見たことがあるなと不意に思い出―――す。

 深夜工事だ、突貫工事だ。

 野菜炒めとか、なんだったら、もやし炒めでもいいんだと思ったのは、照れ隠しだろう。弁当箱に入れて欲しいおかずは、『ハンバーグ』『きんぴらごぼう』『焼き鮭』『唐揚げ』『卵焼き』だ。つまり分かり易く言っちゃおう、ここさえ抑えておけば、母親はすごい、料理は上手ということになる。試験に出るよ。そして來果の弁当はそれらを完璧に実現している、パーフェクト弁当(?)


 「・・・・・・」


 けれど、けれど―――俺はその顔や弁当を見ながら、考えないようにしていたことを不意に想像する。天使様が地上まで降りてきた理由、そして來果をアシストする理由。俺は友達を作りにきたのに―――、けして望んでいなかったのに、どうして天使様はの方向へと持っていくのか、と。

 LINEだって、おかしい。こんなに贔屓してよいのだろう―――か。

 そしてそこには、來果がどうして自殺をしたのかや、來果と親しくなる中でいくつも知って来た、本当の彼女を知るにつけ、色んな噛み合わない、を呑み込んできている。もちろん、來果の傍にはいまは、俺や、淳や、恭介っちがいるわけだけど、これって、歴史を改変しているということで、元あった過去から、違う未来へと進んでいることになるんじゃないか、と―――。

 俺は当て推量だが、けして確証はないのだが、ぼんやりといくつかのことを考えていた。確かなことは、少しずつ、核心に迫っているということだ。

 ピースがはまっていない、未完成のジグソーパズルを・・・・・・。

 


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