第4話 公園
するとストーカーチックに、数秒後に後ろから息切らせた吐息と、近付く足音が聞こえ始める。聞く側の心理状態によってどんな色合いにでも変わる、セクシーな声。
でも、それはあくまでも校門を抜けるまでの話だ。
コンビニにまで、一緒に入って来ることはないとは思う・・。
アコーディオン・カーテンを不意に想像する横断歩道、店頭に停められたトラックや乗用車や駐輪スペースを見ながら、
「ねえ、こうやって二人で入ると、みんなには恋人みたいに見えるのかな?」
―――
が、俺は恋人ではなく、再三再四、七転び八起き的に、言い聞かせているわけだが、友達が欲しかったのだ。もちろん『
たとえば、地球儀は、くるくる回せる。地球儀は、外部の説明には適していても、内部の説明には適さない。でも、そんなことを真面目に論じる者がいない。
人生をやり直しする前の自分なら、美少女とのアバンチュールもどき、恋人ごっこは十分に魅力的だったかも知れない。だが次第に、持て余すというのを通り越していまのそれが呪いたいほど厄介な時間に思えて来る。
コンビニの自動扉を開くと、カウンターはきわめて周到に緻密に計算されているのが見える。ドンキ―ホーテの迷路のような店内と同じような意味で、だ。
テーブルなどを設置して、ガムや売れ筋の本、値下げ商品などを置いたりもするカウンターには煙草や、電子レンジや、手洗いの蛇口が見える。ホットショーケースがあり肉まんやフランクフルト、唐揚げなどが見えた。
コンビニでは宅急便の取り扱いもできる。
二十四時間コンビニでは、ATMも忘れてはいけない。
ただし、夜中を過ぎると防犯のため取引ができない。
イベントの時にはコンビニでお弁当の予約も受け付けているし、
お歳暮やギフトなどもはや何の店かわからない化は進む。
「何買うの・・・?」
コンビニのレイアウトといえば、どのチェーンもビル内出店や狭小店舗などの、
特殊立地を除きほぼ同じレイアウトになっている。入口すぐの場所にレジカウンター、窓側には雑誌売り場、お弁当やドリンクは奥の壁側といった感じだ。
「―――なあ、木ノ内さん・・」
笑顔で首を振ってきた。
「ゆ・き・か」
言葉を区切って、言ってきた。
「木ノ内」
「ゆ・き・か」
俺が折れるのが早いか、労力を減らすのが賢明か。
「
本気で怒っているわけではないが、眉間に皺を寄せて言った。腹を立てているとは思わない。言葉の下で冷たく澱むほどろの闇。まだらに浮遊する印象の蜘蛛の糸。多分、腹を立てるべきだと考え、それにかこつけ、真意を探ろうとしていたのかも知れない。もちろん、こういう付き合いが友達作りと何ら変わるわけではないのだが、これでは、友情を育むどころではない。
「でも、
「何処がだ」
―――いま、
―――優しい奴なら、もっとスマートな付き合いをするだろう・・・。
「でも道路側をけして歩かせなかったり、いまだってそう、怒っていても頭ごなしの言い方はせず、きちんと自分の気持ちを言う」
一見穏やかな口ぶりだけど、締まりのない、浮かれた声ではない。
「そんなの―――」
「そんなのが、
何かが“反転”した。
「ようし、いい覚悟だ。俺の高校生活の目的はわかるか?」
「友達作りでしょ」
ポカン、とした―――どころではないな、いきなり、饒舌に心を読んだようなことを言って来る。なんというか、つい最近こういう体験があった。
―――
「大丈夫、
女性は男性よりもずっと精神年齢が高いという話があったけど、妙に信じられるような感じだった。二段階の構えみたいなものか。
「その心は何だ?」
「まずは、利益だと思う。利害関係の一致ね。一緒にいるのって、そういうものじゃないかな。もちろん、好きになってもらえたら嬉しいけど、ずっと見ていて、まず絶対に無理だって気付いた。だから必要なのは、信頼してもらうこと、いわば、ポイントを稼ぐことだと思うんだ。ね、悪い話じゃないでしょ。わたしについてきたら友達になれるように働きかけられる―――頭が空っぽで、なんか顔だけいい、しつこくしてくる、女の子の方がよかった・・・?」
「お、おま・・・・・・」
「弱くて情けない時に一番欲しいものが、
咳払いした。
聞きたいことは山ほどあったが、こういう時にすることは一つある。
コンビニの中州のスナック菓子を見ながら、
「來果さん、いいか、利益っていうのはちらつかせるものでも、口にするものでもない。相手に反感を持たれる可能性がある。俺も口が回る方じゃないが、取引とか、詐欺師みたいなことをしたって、一歩間違えば相手から信用を失うことになる。あと、キャラチェンジはよくない、俺はそういうのに寛容だけどな。万人が求めているのは、ユニクロにディズニーのTシャツがあって、シン・エヴァンゲリオンのTシャツがあるような分かり易さなんだ、無印は白、そういうことなんだよ」
「肝に銘じるわ」
「で―――弁当コーナーのどれにするんだよ、選べよ。弁当一つじゃ足りないと思ったら、応相談だからな」
「へ?」
「お前にだってお前の事情があるんだろ―――なんだ、出会ってこれだけの時間で、いきなり教えてくれるのか? 口が軽井沢プリンスホテルなのか?」
「いまは―――言えない・・と思う・・・・・・」
「わかるさ、何となく。色んなリスクがある、俺だって一緒さ、けどお前なりにちゃんと考えて、こうすれば気を引けるかもって思ったんだろ、正直じゃないか。その誠意はちゃんと呑み込めた。で、俺はそれに乗っかれば何をしなくとも友達作りが出来る、いいこと尽くめだ、けど、たった一つお前はよくわかっていないことがある」
「何?」
「他人のためにいいことをしたら、報酬があったっていいことさ」
パンドラの箱の希望、シュレーディンガーの猫状態・・・。
そう言うと、彼女は愛おしそうに―――なんだ、やっぱりそれは地なんじゃないかと思いはしたけど、微笑んできた。
俺相手に緊張することがあるのかと思うけど、中庭といい、教室の自己紹介の時といい―――それから、木ノ内來果が辿る高校三年生の早すぎる結末といい、わからないことだらけだ。
でも、誠意は伝わって来た。多様性が人間の存在理由に影を落とし電極につながれた脳味噌のような気分になる。まるで錯覚、妄想にフォーカスしているみたいだ。
けど、頭ごなしに拒絶することはない、友達作りは若干遠回りすることになるにせよ、木ノ内と仲良くするのも悪くは無いかも知れないな、と思った。
えーと、[YES]と[NO]の画面、、、
えーと、、、
―――しかし唐揚げ弁当を選び、こちらは海苔弁当を選んだあと、ジュースとお茶をそそくさと購入するあたりの手際は、何かやっぱり調子が狂う。
そんなことをされると、弁当屋で季節の限定商品とかを買えばよかったかな、と思う。弁当屋ってすごいもので六十種類くらいのレパートリーを覚えなくちゃいけない。弁当をイラストの図にして描くと覚えやすいらしい。
それでも覚えられない場合は、写真に取って眺めるとか、メモ付きの一覧表を作るなどの対策がある。弁当屋は揚げ物には四分、トンカツは六分揚げとけば問題ないと聞いたことがある。慣れればそれは難しくはないけど、変なものを作れば別の店へ行くし、食中毒が出れば一発アウトだ。当たり前だけど、それでも虫は出るかも知れない。幼稚園弁当とか、介護弁当なんていう商売もある。
「・・・・・・」
女の子って何を考えているか分からないという気持ちはずっとある。美人ってもっと性格悪いものだろ、俺なんかより佐藤淳みたいな奴の方がインスタグラム脳的にはいいはずだ、だのに、えへへ、とか笑いながら、公園近くだけど、そこで食べますかとか提案して来る。眼科に行った方がいいぞとアドバイスしたい気はしたが、その方向性に異論はない。
*
公園に行くまでに、橋の下に川が流れていた。
何の変哲もない光景だが、時々ふとした拍子に思うことがある、川を眺めてぼんやりしている時に、
「ああいっそ、流されてしまいたい」と。
でも思うのだ、
「もっと水量が多くて、流れが速い川がいい」と。
溺れたいと言ったらそれは、眼もあてられない類の盲目の自殺志願者だ。特攻隊だ。それは純粋に、流されてしまいたい症候群。殺人犯の顔写真に自分の写真があるみたいに、よくわからない人生の通り一遍の解釈を御破算したい、という気持ちのあらわれかも知れない。
純粋に流されてみなくちゃいけな―――い・・んだよ・・。
純粋に流されてみて知らなくちゃいけな―――い・・。
こんな気持ち、わかる人いるだろうか?
真っ暗な部屋でナイフ握って、殺人の計画を立てて、どんな風に殺す、何処に埋める、時間帯は、場所は、逃走経路は、それから例外が起こった時の対処方法まで、突き詰めて考えてみなくちゃ、本当の
神様がいるかいないかだって、笑わせんな、本当に人生のどん底までいかなきゃ、やっぱり好き勝手言ってるだけのような―――気がする。
おお、川よ、俺を流しておくれと言ってみたところで、こんな汚い川に飛び込むつもりもない、ボートがあったら、ちょっと考えてやる。でもこんな水量じゃ、きっと進まないだろう。進まない川も大雨が降れば運ぶだろう、そして何処まで行けるだろう、流されてしまいたい俺は詭弁を並べてる自分だ。流されてしまいたい俺は無力を並べてる自分だ。花のように軽く流れていけたら海へ行ける、ふとしたある日の自然現象で、そこには靴やら、鳥の死骸やら、昆虫やら、看板やら、ボールやらが流れていく。こんなぼんやりした気持ちがある、自分みたいなぼんやりしたものでも、まったく別の見え方が出来るに違いない・・・・・・。
一直線に流れてくる水道の末は銀粉を撒いたような一種の陰影のうちに消え、間近くなるにつれてぎらぎら輝いて矢のごとく走ってくる。
時折混じる川を泳ぐ魚の跳ねる、ぽちゃん、という音。
中国の墨絵の世界や、セーヌ川の情緒あふれるそれとは違うが、のどかだ。波の上に逆さになった下枝の形を抽象的に描きだしている・・。
黄昏の光線の具合で流れの
「
「いや、
*
ざっくり公園というものを理解するには、小規模と中規模と大規模の三パターンがあると考えられ、小規模には公園の体をなしていない例も見られ、猫の額、単体の遊具だけも考えられる。そして利用は数人程度。中規模からはトイレが存在し、キャッチボールが出来るスペースがあると考えられ、ママさんデビューの場所でもある、子供紹介セレモニーホール。
遊具は最低でも二つ以上、滑り台とブランコと、ジャングルジムと砂場などがあるとイメージすると分かり易い。こうなってくると十数人、数十人の利用客がいる。
公園は触れ合いの場なのだ。消滅する地方ルール、都市伝説、固有名詞が行きかう場所。ポピュラーな公園といってもいいだろう。そしてエロ本が何故か藪によく落ちている。そして大規模はといえば、野球場やサッカー場がある、飲食店がある、中に売店がある、というような条件が並ぶ。場合によっては遊具が一切ない、レジャースポットのような公園もここに含まれる。ざっくりと言えば、だ。
駄菓子屋とか、スーパーにおける自動販売機の謎密集も大規模公園あるあるだ。そしてトイレが最低でも二つ以上あることが、大規模公園たる由縁である。もちろん百人以上と考えるのが自然だろう。利用者が増えれば自然トイレは増え、利益が見込めれば電気代が高くなる自動販売機の設置も可能になるし、業者が声を掛けて来るパターンもあるのかも知れない。
―――というようなことを、弁当をはぐはぐ食べている栗鼠と化した
「どうして、
「友達がいないからだろうな」
その断言の仕方には、酸素の欠乏した水槽の中で何百匹もの魚が喘いでいるような、蟲毒という、人生全般の染色液のようなものが感じられた。
「そうかな~っつ・・・」
「一歩間違えば、山が好きとか、河川敷が好きとか言っていたかも知れない。でも自然が好きだってまかり間違っても軽く言うなよ、自然なんか何処にもない、人工的なものだ。また、自然が好きというからには、“毒蛇に噛まれてもいい”と“熊にかみ殺されてもいい”の最低でも二要素を呑み込んでからにしてくれ。基本、自然なんて想像する以上に恐ろしいものだ。そんな覚悟のない奴の自然なんてまったく好かない。逆説的にも、言える。世の中のすべては誰かが勝手にやってくれているのではなく、時には自発的に、第三者の協力によって成り立っている。人間が好きになるのだって、“距離”だ。密接距離、個人距離、公衆的距離、社会的距離で言い表されるところの、四段階の距離がある。ようは、公園が近くて、ぼっちの心の隙間に滑り込んだ―――そういう・・・」
「そういう・・・・・・?」
「
しかしそう言っているのに、くすくすと來果は笑った。俺の話の何処が面白いんだかさっぱりわからないが、來果と俺の相性というのはそんなに悪くないのかも知れない。既にもうたらしこまれているじゃないか、とも思うが、彼女の守備範囲が広いのだ。コミュニケーション能力の高さのせいかも知れない。
根暗なイメージだと思っていたら陽キャで、陽キャかと思っていたら、周囲にきちんと気を配れる女性的な性質を発揮してる。このルックスで自分が最優先にならないというだけでも、俺には天然記念物に指定するべき案件のように思える。
弁当を食べ終わったあと、率先してゴミ箱に捨てに行くのを見ると公園愛好家は親指を立てた。
「ご馳走様でした、その、何か予定と違ったけど―――」
「それで、これからお前は俺の友達作りの欲求をヨガしに行ってくれるんだろ」
「もちろん、友達作りの欲求をスピしに行くわよ」
とか言いながら、歩き始める。
遊具って有り触れているけど、ステンレス製の滑り台で百万越え。
と、來果がふっと何を想ったのか木に向かって突進し、立ち止まる。
俺も何となく後を追いかけ、視線を探る。
それより早く、琴線に触れるにゃーんという鳴き声が聞こえ―――た。それは
「―――
ぼけたが、來果は熱中している。
すぐに言い直した(?)
「―――
気が付くと、來果は木に向かって背伸びするように手を伸ばしている。木の上で子猫が寂しそうに鳴いていた。恐らく、高い所に登りすぎてしまったのだろう。
だが、猫は木の上で暮らして狩りをして身を隠すよう進化し、木から落ちるのに適応してきた。話によればアパートの二階ぐらいまでの高さから落ちてもほとんど怪我をせずに済むような能力を備えているが、それよりも高くなると普段経験する範囲を外れてしまうため、怪我の頻度も上がっていくだろうと話だ。ちなみに九階以上からの落下ではいずれの種類の外傷も大幅に少なくなっている。驚くなかれ、ちょっとした高さから落ちた猫よりもかなりの高さから落ちた猫のほうが一般的に怪我が少ないのだ。ただし、口蓋裂傷は増え―――る。さらに十九階から落ちた猫はむささびのように滑空し、着地ポイントを決めたというからすごい。
そのデータが全般信頼できるものではないし、それが本当なら生きた猫を教会の塔から投げ下ろす奇習があった時に、それらの猫は、普通に落としただけなら全部生き延びたことになる。
また猫が助かるのは人間とは違って頭部から落ちないことと、まず何よりその体重が軽いことが挙げられる。降りられなくなった子猫も、いわば雛鳥が成長して飛び立つようなもので、この状況ではどう考えても残酷だけど、本来はそのままにしておく方が正解なのかも知れない。これは一般論として、だ。
(「症状」と呼ばれているものは無意識の形成物、
「暗号」という名のメッセージ・・、)
しかしもちろん大人の猫と、子猫との間には若干の不安材料が残るし、人間でも打ち所が悪ければ椅子の後ろから倒れただけでも死ぬわけだから、その言い方がはたして正しいのかというのはもちろん分からない。心配する必要はない、でも子猫なので助けよう。
「んしょっ……今助けてあげるからねー。んんっ……」
だが、手を伸ばしても届かないし、木に登ろうとしてもずるずるとずり落ちていく。滑りやすい木があるが、それがそうなのだろう。
すると彼女は、思い切ってジャンプしながら木の枝にぶら下がろうとして――。
「うう……と、とど……とどか……にゃっ!?」
ついに手を滑らせて勢いよく落下した、蝉。
「―――わっ」
俺は、咄嗟に落ちてきた來果を受け止める。あまりに軽い身体が、俺の中にすっぽりと抱き留められる。しかしこんな場面を見ていて、知らぬ存ぜぬというわけにはいかないな、と思えた。そこにいて、と來果に言った後、俺は背伸びして木の幹を掴み、懸垂の要領で身体を引き上げる。
もっとも、來果が示唆していたことを丸パクリしただけである。
「よっと―――くっ!」
それだけでもう、俺の目の前に子猫がいた。
お行儀よく硬直しているのが見て取れた。
「わっ! す、すごい……さすが久嗣君……」
そんな賞賛を受けながら俺は、子猫を片手で抱えると、そのまま腕を戻して木から降りる。そして、その朝露に消えるような儚い猫を來果に手渡す。
「あ、ありがとう……とりあえず自然に帰してあげるね」
そう言いながら、來果はしゃがんで足元に猫を放つ。子猫は、にゃーんと鳴きながら素早く去っていった。自由な旅の行方と、いずれの日かのチェックメイト。
自由って野良猫みたいなものだ、と思う。それにしても人間という下等生物が進化の過程で落っことした、あの耳や、尻尾の不思議な動きはニャンダフル(?)
「……ばいばい」
優しい笑みで猫に手を振る。そういえば、猫の行動範囲と生態を調べるために、十匹の猫にGPSの追跡装置とカメラをつけた映像がある、隣家の猫とけんかになったり、狐に遭遇したりする様子が見られる。
猫って一体どれぐらいのテリトリーを持っているんだろう、考えてみると不思議だった。でも不思議なことは沢山ある。二十年間、アラスカ州の小さな町、タルキートナの町長は猫先生だった。世界で一番大きい猫は一二〇センチで、世界で一番お金持ちな猫は亡くなった飼い主から、二六億円のはした金を相続し、古代エジプトでは神だった―――というようなことを考えている俺を尻目に、再び向き直っておずおずと話しかけてきた。
「
「たしなむ程度には」
「そういう言い方をする人って、その道に通じているとわたしは思うな」
「ツリークライミングはしたことないが、あれも相当奥が深い」
かくれんぼや、鬼ごっこも競技化されると奥が深くなる。ゲームには一定の人口があってその限界の面白さを突き詰める。それを加速させるのが流行であり、年齢層の引き上げだ。ただ残念ながら、流行には
オリンピックで熱狂して感動したとか言いながら、彼等を
たとえばメジャーリーグの熱狂だ、上っ面ほど一番気に食わないものはない。
「子供みたいな意見よ、次はどの枝に手をかけ、どうやって高い位置までのぼっていくか、それが楽しかったの。引っ越す前は、田舎で、わたしもお転婆で原始的だったのね。筋肉とバランス感覚でのぼりきって人心地つくと、自分が立っていた場所が俯瞰できる。馬鹿と煙は何とやらと言うけど、高いところが好きよ。猿から人間へ進化したという説には疑問も覚えるけど、高いところにいるとあながち間違っていないんじゃないかと思ったりする」
ウォーキングする人の息遣い。
自転車のギアを変える音。
十代ぐらいの男女の喋る声。
「―――山の展望スペースから見る、夜景みたいなものだな」
やり直す前の高校時代は、たまに近くの丘だか山だかわからないところを登っていた。運動不足解消だったのか、一人になりたかったのか、自分でも本当のところはわからない。万人向けには、通りやすい意見が必要だろう。
何となくで山に登る人なんていないとみんな思っているのだ。
「
気付かないのはこちらが言いたいこと―――だ。
彼女は自分の予想の斜め上を何度もいってくる。
錯覚的な疑似記憶。
草野のうねり、言葉の綾の嵐。
そもそも、こんなに誰かと話せた経験なんて一度でもあったろうか・・。
あやしげに狂わされてゆく人間の“実”と“虚”―――だ・・。
「わたし、
來果が、色んな表情を見せるたびにどうして自分がふと思ったことや、ふと感じたことを回想するのだろう。似ている人間だからだろうか、同じ穴のむじな、同病相憐れむ、ということだろう―――か。
「そういえば、椰子の実で毎年亡くなる人がいる。ちょっと信じがたいことだけど、あんな重いもの頭に落ちたらそれは致命傷になる。でも椰子の樹を伐採しようって思う人はいない。安全に気を遣うような意見もおいそれとは出てこない、でも公園の遊具で事故が起こったらその遊具は撤去される。危ない、やるな。そして切れない鋏を渡す。その時なんだ―――その時、椰子の実を切らなかったのは、利益だと認めることになる。常識とはしきたりのことだ、みんなという集団幻想のことだ」
「
*
彼女の眼の一角に、映りこんだら、開いて逃げた鳥の翼になってしまったような気がする。本当はなかった傷を、欲しがっている。彷徨う、ことにどんな意味があるんだろう、生きることに意味があるように、
『辿り着く』ことを考えているのか・・、
『辿り着く』ことを考えているんだな・・。
“セッション”が始まる、
“ギグ”が始まる、
まだまだ長い人生の無数の黒い点が見えてくる、
(考えていようが、迷っていようが・・、)
(戸惑っていようが、疲れていようが・・・、)
こんな一瞬は続く、支離滅裂に、荒唐無稽に・・。
部品の病気。関係の病気。
ある医学者の研究によると、飛び降り自殺の場合、足から落ちる人がもっとも多く、足から落ちた場合は、六〇パーセントの人が頭に外傷を負い、三〇パーセントの人が脊椎を骨折し、肝臓と肺の損傷がそれぞれ二〇パーセント、心臓破損が二五パーセントだという。ちなみに、ビル七階から八階なら二秒程度、ジェットコースターに似た浮遊感を感じると言う。警察が写真を撮り、救急隊が運ぶ。
三階にある三年生の教室で、彼女は自分の教室の窓から飛び降りた。死亡時刻は、放課後だったと聞いている、しかし彼女が落ちたのを見た人はいなかった。地面に衝突する音を聞いた人もいたかも知れないが、何の音だろとは誰も言わなかった。凪のあとに吹く海の風になど誰も興味を持たない。街が逃げてゆくような気がする、世界が逃げてゆくような気がする、夢も魂も何処へ辿り着くのだろ―――う・・。
フェードな印象に鴉が街を見回してる、
月の光に濡れて凍っている街よ。
そうして次の日に、無残な遺体が発見された。見たわけではないが、手足があらぬ方向に曲がり、血糊の海が少し乾いて黒くなっていたはず―――だ。
[(続行)ヲ希望シマスカ?]
......ゾッコウ...ヲ...キボウ.........シマス...
0 えーぼたんでけってい。
1 びーぼたんでもどる。
2 きゅうけいする。
廊下はどんな風に見えただろう、死にゆく時とはどんな気分なのだろう、柱と格子状の壁の雰囲気、質感と彫りを重視したモアイ像のような壁・・テッド・セリオスの心霊写真みたいな夜の羅紗――これはいくつもある鏡、いくつもある仮面のなかの病み。仔羊たちの面貌とは十人十色である。俺の中には卑しいうえにも詐わりの気持ちが満ちている―――
現在の否定、人生への懐疑。そういった虚無的な、否定的な口吻。過去の嫌な記憶がフラッシュバックする。世間を震撼させた連続強姦殺人事件を起こしたとある人物は、“焦点の合わない虚ろな暗い瞳”をして、最後の煙草を軽く一息吸い込んで静かに刑に臨んだみたいに、そこには何の躊躇いを見出すことも出来ない。
はじめて畏怖のような感情があふれた・・水中のなかの蜘蛛を見たような―――。
逃げ道のない袋小路、八方ふさがり、四面楚歌、世間体、人の眼、常識。それらは真空の無数の針のように、咽喉を塞ぐ、そして皮膚を刺す。
飛び降り自殺の一番怖い話は幽霊談ではなくて、むしろその幽霊が、何百回、何千回、何万回にも及んで、自殺という名の無限ループを繰り返すこと、だ・・・・・・。
この物語の結末を想像して
自分を棄てたらどんな痛みも消えると言う、幻肢痛も揮発性のもの、生真面目に考えるな、その瞬間すべての記憶が隅々まで花開く。眼を開けたら、そこは人間が一人もいない世界だ、そして誰もが一人一人の夢を見ているにすぎない世界―――だ。
金属製の反射。
眩暈性。
日々崩れ落ちてゆくように見える世界―――も。
ポケットの穴から日々おちてゆく大切なもの―――も。
指先に触れることのない薔薇の棘―――だ・・。
―――そうして・・。
―――そのようにして・・・。
―――
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