第3話 高校
眼を覚ました俺が見たのは自室の天井だった。
そして、そのことが天使との邂逅が夢でなかったことを実感させ―――『俺が轢かれたところから既に夢』という可能性、すなわち“
でも仮にそうだったとしても―――
ここは実家だった。
東京の大学に入学が決定して実家を出た。そして、キャンパスの近くに安いアパートを借りて一人暮らしを始めた。もちろん就職活動真っ最中のこの時期に実家に帰っているはずがない。ただ、そうはいっても事故で九死に一生を得て、記憶喪失だったという可能性もなくはない。
疑い深いというわけではないが、何事も、仮の手続きである。本当の自分とは、今現在の自分のことで、最初の認識を怠ったまま進捗させることは出来ない。
けれど、答えはすぐ傍にある。実家を出る前の、記憶通りの二階の自分の部屋で、枕元にある充電器に繋がったスマホに手を伸ばし、日付を確認すれば、すべてが明らかになる。きわめて単純な仕組みと法則で、ネズミ捕りのバネが跳ね上がる。
でもその前に、掛け布団を被って、胎児みたいに丸くなって眼を瞑り、もう一度、眼を開けた。受験の朝も、人生で嫌だと思えるような朝にはいつもそうしてきた。逆境に強いわけでも、要領がいいわけでもない。
乗り越え方を知っているだけだ。
『20××年4月7日06時55分』
六年前になるのだろうか―――
でもそこに―――【
誰かがシャンパンの栓を抜いてしまう。
とどまることをしらない、
不意にLINEが入っているのに気付く。
差出人は―――天使からだった。ちゃっかり友達になっているあたり、したたかな印象操作が感じられた。ぐうの音も出ない。
何だか態度が悪かったのを反省して、正座しながら読む。
「“おはよう、今日から二度目の高校生だねー、友達作りの台詞は準備しときなよ、ググってもいいからねー。でもわたし的には、まず、さわやかな笑顔で、おはよう、これに決まりだね。入学式だね、仲良くしてね、これだね、キュピーン”」
キュピーンじゃねえ。
メッセージの間に写真を入れて来る。
何故かあの白い部屋でわしわし俺が頭を撫でられているシーンだった。
もう、何も言えない気がした。
天使というのはこうやって鼻っ柱を折っていくに違いなかった。
「“あと、この文章も差出人も他の人には見えない仕様になってるから、先に言っておくねー。それと、なるべくこれから起こるであろう未来という名の昔の記憶を持ち出さない方がいいよー、変な人に思われるからねー。”」
それは十分、心得ているつもりだが、こういうアドバイスは素直に首肯できる。
予知をする超能力少年、というオカルト雑誌にありそうなネタを想像する。野球チームのどこそこが優勝するとかはまあよいとしても、その言葉には、競馬で一攫千金とか、そんな馬鹿なことをするなと釘を刺しているわけだ。
まあ、俺がお馬ちゃんに興味がないことなど知っているに違いないわけだが、そういうことはいくらでも、ある。あくまでも現在を生きている人間として振舞え、と。しかしそれをルール違反といっているわけではないから、ある程度は信用されているのだろう。
―――俺だって、そんな馬鹿なことのために時間を費やしたくない。
「“でも、君はこれから学校で、ちょっとおかしな体験をすることになる。でもまあカタいことは抜きにして、楽しんでよねー、君の面倒見役兼お母さんとしては、早く友達作ってくれるといいと思うねー、じゃ、また連絡するねー”」
「●毎日500円玉貯金をし続けると、
365日で、182500円があなたのものに
●1年で夢の100万円を貯めるには、
1日たったの2740円貯めるだけ」
俺は溜息を吐いた。最後の二つ何だ、生活の知恵コーナーか。
それともこれ、遠回しにバイトをせよ、と言ってるのかも知れない。まあ、何事も軍資金というのは必要である。目下友達作りを最優先事項なのですぐに何かするつもりはないが、一応考えておく。
しかし何だか、この天使、重大な話をする時、カタいことは抜きにしてって言えば許されると思っているじゃないだろうか、と疑いながら、首を振った。
そもそも、記憶を持ったまま人生をやり直させるからには、俺のうかがい知れない天界の思惑、はたまた、天使様的に一石二鳥な何かがあるのではないだろうか。
でも何をどう考えたところで情報は下りて来ない、つまりそんなの考えたって仕方ない不毛な議論ということだ。両手で頬を強めに叩いて、ベッドから下りる。もう七時だ。あの日は入学式なんか面倒臭いとか思って中々一階へ降りなかった。
そういうのって―――そういうのって、人生を損しているよな、と思った。緊張するとか、どうやって友達作ったらいいんだろうとか、コミュ障なんだけど自分のこと分かってくれる人いるかな、とか、色々頭悩ませている方がずっと建築的だ。
疲れる性格かも知れないけど、まともだ。
そりゃもちろん、諦めるに足る、
「
折角のやり直しだ、性格や根性まで治すとはいかないまでも、友達の一人や二人ぐらいすぐに作ってやると思った。それに、こうやって考えてみればだが、俺の寿命は、二十一歳かも知れないのだ。やり直しをするからといって、死を回避できるかどうかはわからない。最低でも大学四年生の、あの瞬間には訪れるかも知れない、人生はたったそれだけの時間しかないかも知れないのだ。
そんな風に、いずれ来るべき死と向かい合って過ごしたことはない。そりゃすぐに、忘却するだろう。毎日は忙しい。でも、いまこうやって考えたという記憶はこれからずっと残る。前向きにならなくちゃ勿体ない、生きているからにはするべきことをきちんと決めなきゃ務まらない―――本当に、そう思えた。
不意に目頭が熱くなっているのに気付いて、首を振って、笑った。
二階にある自室を出て、一階へ。
リビングに行くとキッチンに随分会っていなかった母親がいて、朝食を作っていた。俺が起きてきたのに気付いて振り返ったが、そういえば、大学で実家を離れてから少し老けたかも知れないと思ったことを振り返る。
―――白髪だったり、皺だったりという老いの兆候が突然早まったりするのは、やっぱり、淋しさだったり、俺を大学まで上げてもうじき卒業、就職というのを考えたりするようになったからだろう―――か・・。
記憶は、まだまだ
父親はどうだっただろう、面と向かって話す時間は少なかっただろうか、不意にそんなことを想う。生きていても死んでいても変わらないというのはひどい話だ、自分だけじゃない、周囲にとっても迷惑なものだと内省的に心の中で呟いた。
あの時俺は、何て答えただろう、ろくな返答をしなかったはずだ。
「おはよう。今日から高校生ね」
「うん、頑張ってみるよ」
と、顔を見ないまま、答えた。
俺は二階の勉強机や本棚が見える自室に戻り、クローゼットにしまわれた制服を取り出す。そういえば、高校時代はよく雨戸を閉めて映画鑑賞をしていたな、とそんなことを思い出す。卸したての真新しい学ランは生地が硬く、独特な匂いがした。制服に袖を通し、姿見に全身を映し、トリミングされてゆく―――。
画面は二分割、四分割、六分割されてゆく。
それを枝状に、パチンパチンとつなげてゆく。
俺の記憶にあるのは二十一歳の自分の姿で、鏡に映っているのはジグソーパズルで、違うところは何か所あるかというところの画像のクイズだ。十五歳の自分の姿だ。身長は百七十五、体重は六十ほど、別に大きな変化もないが、どこかあどけない。
ジムに通って肉体改造に取り組むということもなかったので、六年で劇的に何かが変わったというわけではないが、それでも微妙な違いが鼻について何処か気持ち悪い。大人になりたいと心の呪いの火を
まあ、じきに慣れるだろ―――う・・。
不意に小学校時代の記憶が甦って来る。写真を小学校の門の前でぱちりと撮ろうと約束した桜並木、名前シールにひらがなで名前を書き込んでいた母親、川の字で眠っていた記憶も、ある。大人になると寝付けない夜が来る、熱帯夜のせいではなくて、
神経が高ぶって眠れないことがある。したいことの順序が決められなくて、何をどうすべきかがわからなくて、人知れず悩んだりすることも・・・・・・。
ランドセルや防犯グッズ、折り畳み傘、筆箱や筆記用具、はさみに、のりに、クレヨンに色鉛筆。セロテープにホッチキス。運動靴に通学靴、上履きに、制服に通学帽、体操服に、手提げ袋を見ながら魔法の道具みたいに見えたことを思い出す。
―――ワクワクする
しかしその
また何を持っていくのかのプリントを勉強机の上に置き、チェックしたような形跡がある。そんなのごくごく当たり前なんだけど、俺の思っている少年はそうじゃなかった。俺は多分そういう少年が大嫌いだったのだ。
でも自分にだって普通の人と同じように、いいところがあるのだ。ほんのちょっとのことで、人生は変わるんだ、という風に置き換えられた。
天気予報を確認して、降水確率は低くて晴れ模様なのに、てるてる坊主まで作って眠る楽しみにしていた子供時代の遠足。
あんな気持ちを取り戻せるとまでは思わないけど、それに、努力は無駄かも知れないけど、やらない努力は敵前逃亡―――だ・・。
雰囲気、トーク、服装、髪形などは十分に、出来ることだろ―――う。
「(
そして俺は母親に見送られて家を出た。学校までの道のりは自転車で二十分といったところだが、さすがに三年通った学校への道のりは忘れていない。実に巧みにすりぬける小魚のように、こうして俺は『やり直し』の一日目をスタートさせた。
*
ところで俺が天使に願ったのは、
(といって、口にも出させてもらえなかったが、)
『高校の入学からやり直したい』
ということ、だった。
何故、高校かといえば、そこに大きな理由があるわけではなくて、
『友情』といえば『青春』で、
『青春』といえば『高校時代』という安直な発想からだった。
中学生をやり直したい、小学生からやり直したい、という選択肢もあったに違いない。でもそこには、嫌な思い出の方が多かった。子供の時ほど、遺伝子に操られ、動物的本能を感じる機会が多いだろうという向きもある。
甘やかされたような子供達と、ヒリヒリする就職活動をしていた俺とではどう見繕っても会話は出来ないだろうと思った。子供の時は誰だって我儘なものだ。
そういうのも、いつか、悲しい思い出として心の闇に葬られるのだろうか?
全身が紙や粘土にでもなった気がするほど、薄っぺらい、浮かんでは消える類の記憶・・同窓会なんて絶対に行かない、一ミリも距離を埋められる気がしない。
思えば、俺の理想にもそういう挫折や諦念があったのではないか、と思う。俺の通っていた高校には中学校から俺一人しか進学しなかったが、それはつまり過去の人間関係がリセットされるということだ。小中学校は地元の人間の殆どが同じ学校に通うことになっていた。そういう気持ち悪さが透明な接着剤のようにしつこく粘りつく。
邂逅の淵で蛇行している、出処進退の紆余曲折。
ロールシャッハのシミみたいな味がする。
でも考えてみると、そこにも天使のいうところの『決定事項』の存在はあったのだろうか―――否、おそらくあったのだろう。自分はもっとそういう偶然のような必然に否定的な見解を述べていた。けれど今は、そういう気持ちが微塵もなかった。
*
校門をくぐり、駐輪場へと止めると、自然と中庭へと足が向いた。アカシヤや桜など木々で囲まれ、そこに、身長一メートルの校長の銅像があった。
星がゆっくり回転木馬のように
静かな時の流れの中で校舎の窓一つ一つがはっきりと見てとれ、センチメンタルな気持ちになる。入学式のある体育館も、サッカーのゴールポストや、投光器のある照明設備、それから野球のバックネット、それから陸上のトラックもあるグラウンドも、各種教室、特別教室も、職員室でさえもあの頃とは違った見方が出来るような気がした。何もかもが追憶の彼方にある文化のノスタルジアの結晶だからだ。
―――と、そこに
女生徒だ、新入生か、先輩のどちらだろうかと思いながら眺めていると、不意に彼女と目が合った。
すげーすげー思う。なんかわからないけど、めっちゃ見てる。押し迫る視線。プラズマティックな一瞬。ガン見、一点集中、穴をあけるがごとし。
彼女はすぐに眼を逸らしてから、少し
匂いを感じる時に働く鼻の奥にある神経細胞は、人間で五〇〇万個、犬には二億個ある。ちなみに動物の中でもっとも匂いに敏感なのは、アフリカゾウだという話がある。アフリカゾウは約二〇〇〇種類のにおい受容体を持っている。
落ち着け、その心の声が、うっかり口から出てしまいそうな気さえする。何というか―――
えっ……? 死ぬほど可愛い。俺もしかして今から死ぬの?
(
(―――ときめき・・・・・)
息の止まりそうな明晰な甘さというのが、そこにあった。
―――そして
「あ、おはよう」
と彼女は、どこかぎこちない、笑顔を浮かべながら、言った。
それだけで、人生勝ち組の称号を与えられそうな気がした。初対面七秒ルールもあるように、清潔感、ルックス、優しいという印象は好感度満載だった。美人輩出国ロシア、ベラルーシ、ラトビアからやってきた凄腕のように、男の中学生的妄想を具現化したようなルックス・・。
―――
「お、おはよう」と俺も一瞬上ずりながらも、挨拶をする。
彼女は、美少女だった。一目見たら絶対に忘れない類の美少女だったが、高校在学中のどんな記憶の引き出しを開けても、こんな顔を見たことはない。天使の輪が見えるような黒髪で、白い額が覗いて見える。ダイヤモンド型の瞳で、鼻梁が整っている。大人しそうで、儚げで、けれど芯のある眼差しをした、そんな美少女だった。
しかし彼女は何だって、話し掛けて来るのか・・・・・・。
すると、何故か視線を外して、ゆうに一分は自分の世界にこもったナルシシズム、もしくは内気な様子のあと、おもむろに、こちらを見てきた。表紙の絵みたいに、はやる胸のときめきを抑えつつ、できるなら、永久にこちらを見ないでほしいような気がしながら、やっぱりこちらを見てきた。ガン見だった。障子に穴開けたがりだった。
回転数が合わない、新しい蜜の一滴を味わう。
途切れることなく
カメラのファインダーが切り取ってゆく。
バチカンとローマにあるサンタンジェロ城をつなぐ秘密通路。
しかしどうして開かないドアはいつも情熱の背理にあって、何故、俺を見透かすような、微妙な緊張を巧緻のうちに促すのだろう。脆くて透明な殻がそこにある。
「その、春って―――心がときめくよね」
天使じゃないけれど、何を言っているんだ、こやつは。顔どころか、耳まで真っ赤になりそうだった。あの頃の俺だったら、その台詞だけで呑まれてしまったかも知れない。つまり、何か勘違いして、入れあげてしまったかも知れない。
だがこちらは、本来は大学四年生、就職活動中の身の上だったのだ。
友達を作りには来たが、別に恋人を作りに来たわけではない。
―――それが理性の声だった。
「入学式は浮かれるよね」
だって美少女である、経験値が違う。
(きっと彼女は、学校全員の男を恋に落とす殺し屋なんだろう、)
彼女が話したいというのなら、その屈託のない遊びに、付き合おう。
否、そこまではよかったと思う。
不安定な螺旋状の追跡が理論構築をはじめる―――感染・・。
土にへばりついている苔のように、何かの意味が僕の内側を急速に犯してゆくのを感じる。確かにそれが閃いた。だが、その閃きはすぐに消え去り、意味は永遠に失われた。思考はそれきり光に搏たれ、瞬間の波打ち際を
「ねえ、忘れているかも知れないけど、わたし、あなたの恋人よ」
「は?」
何だ、こやつ、たぶらかすのが趣味なのか、もう殺せ、一思いに殺せ。
―――そう、心から思った、いまなら安らかに死ねる(?)
唐突、
いや―――、
「ふふ、桜の花びらが舞う下で一度、
ロマンティックなことを言ってみたかったの、ごめんね」
ロマンティックって何だ、その気障で、胸をキュン死させることか。メイプルシロップサウンドトラックでベスト。
モーツアルトの『魔笛』が鳴る。
おいで青虫、グレゴールザムザ。
あと、ごめんねがこんなに可愛いなんて世の中どうかしている。
―――友達を作る前に、恋をして、折角のやり直しを全部おじゃんにしてしまいそうな気がした。何だ、これは。いやこれが、天使のいっていたことなのか。
不意に背中を向けると、肩甲骨の浮き出た華奢な背中に、スカートからはきれいな二の脚が見えた。痴漢する心理がいまならば理解できそうな気がした。
脚線美はスカートによる魔術だ。無造作に見えて、じつは完璧な接線が存在し、そこに色気が漂っている。
それから
体温の延長線上にある、熱気。
―――それは好意の
言い方が、可愛い。
騙されてる、というか、お前は間違ってると思うのに、声が出ない―――。
(でも仕方ないじゃないか、人生で一度も恋をしたことがない―――)
(それぐらいズレていた、スレていた
「ねえ、君とは何だか同じクラスになれるような気がするんだよね」
春告げ鳥の枝揺らしのように涼やかな声が聞こえた。
でも、それはない、と言いかけて、微笑んだ。
クレオパトラの美的価値は、
『非現実の王国』みたいに憧れるところ。
言葉はすべて自分の外側にあると感じられる、無意識の霧の上に、頼りなく浮かぶ僅かな意識、整理できない記憶の乱雑な塊。
所詮暗示だ、フェロモンだ、何だったら雰囲気に吞まれただけ。
クラスメートの顔を知っているが、彼女はいない。でもその嘘っぽさに、ほろ苦い感じを覚えてしまうのは何故なんだろう―――。
「その時はよろしくね」
よろしくはされたいが、よろしくされてはいけないような気もする。
でも、思えば、中学校から進学する時に、この高校を選んだのはそういうアオハルめいたものを望む気持ちもあったのかも知れない。空には厚い雲があり、薄い雲があり、それらがいくつかの断片として
*
入学式を終えた俺たち新入生は各クラスに向かってオリエンテーションを受けることになった。六年前の記憶なんてあやふやで、デジャ・ビュみたいだ。随所で記憶と合致することがありつつも、風景も、生徒も、やっぱりあの頃と同じだという風には見えない。
過敏性腸症候群において緊張する場面は、貞子のように憑き物。昇天ペガサスMIX盛りや、ソニック・ザ・ヘッジホッグみたいな髪形もいなかったな、と思うより他ない。きっとこの中には俺みたいに高校生デビューを企んでいる人がいて、そういう手合いにとって、さながらここは、オーディション会場なんだ―――う・・。
ゲームを何度もプレイするといい加減覚えて飽きてくるもので、だからやり込み要素とか、回収とかそういう別の面白さを発見するのだけど、人生をやり直して同じ場面に立つという経験においては、そういう見方はまったく、ない。
ただただ、奇妙な感じに襲われた。もしかしたらそれはジョジョの奇妙な冒険を初めて読んだ時のそれで、シーンのせいもあったろうが擬音が多くて、何だかぐにゃぐにゃしている感じに、精神病理の一端を垣間見たような、しかしそれが個性なのだと気付いたような不思議な読後感。
台詞や、ポーズや何よりも、空間作りに滅茶苦茶ハマった。
きっと人生をやり直すことはジョジョなのだ、と俺は迷言を心の中に発した。それはたんにジョジョが好きなのとは違う―――はずだ(?)
でもたとえば入学式が始まる前にクラス分けの掲示板を見に行った時、普通なら七クラス分の氏名が書かれた中から自分の名前を探すのは一苦労なのだが、俺には当時の記憶がある。それに従って一年五組の名簿を見ると、すぐに見つかった。たとえば、初日なのでトイレを見つけるのに手間取ることもない。
―――だから
時間の経過とともに一切使えない能力ということは理解しつつ、『やり直し』をする上で、多少の心のゆとりを持てる要素だ。きっと友達作りにおいて、そういうほんのちょっとが、スタートダッシュに繋がる。
そんな
そんなことを席に着きながら考えている今現在、クラスでは自己紹介が行われている。そのメンバーは一通り俺が知っている面々である。積極的に関わりを持たなかった俺でも各人がどんな奴だったか、話し方や、雰囲気などは覚えている。大丈夫、予行演習は完璧、あとは冷静沈着に事を進めるだけ・・・・・・。
そんなわけで、天使様よろしくじゃないが、いやいや俺は就職活動中だったのだ、俺はクラスメイト相手に、自己紹介を聞き流すくらいの気持ちでぼんやりと聞き、自分の番になれば可能な限り愛想よく笑顔で挨拶をした
笑顔は忘れず、それから名前と出身地と趣味をコンパクトに伝える。
もっと言えば、高校生でこんなスラスラした論理的な喋り方や、好印象を持たれるように装うのは、どう考えてもズルだろうと思ったが、俺は友達作りの為だけにやり直しをしている。第一印象で出遅れてはならない。
その小さな一歩が、大きな一歩そのものなの―――だ・・。
思えば、就職活動よりもずっと身が入っていて、お前はあの時こそ、そういう態度でいるべきだったんだという気がした。反省は六年前の時点から始まっている。
クラスの上位カーストと下位カーストに分け、どういう立ち位置を取るかとか、誰と仲良くするかなどを考えるだけでもこれからの参考になった。
たとえば、いま自己紹介をした中でも、クラスの上位カーストはちょっと違う。それは容姿だったり、喋り方だったり、だ。少ない場面でも確実にモノにしていく。そうやって考えると、非常に勉強になった。
テストなんかよりもこういう
たとえばこの
『
百七十一センチ。彼は甘いマスクで、八方美人型。サッカー部に入ってからは一年生ながらレギュラーを取った。三年生の時には県大会まで引っ張っていくエースストライカーに成長した。こんなスポーツ特待生みたいな彼だが、文武両道に優れ、一匹狼を気取る俺にも分け隔てなく接してくれた。彼と友情を育むというのもよいかも知れない。スポーツ漫画のネタもさることながら、話すことでもないので一応は隠してるけどアニメのオタク気質があることも知っている。隠しているといえば、細マッチョだ。あと、結構重要だけど、イケメンなのに高校生の間、一度も彼女を作らなかった。ホモではないかと女生徒が噂しているのを聞いたが、本人が、部活に集中したいだけなんだけどね、と溜息を吐いていたのを覚えている。ほもせんさー、は、女生徒の生温い蒸気を含んだところの腐りである。
(―――スポーツ漫画にアニメの話をしたり・・とか)
(―――あと、部活時には朝夕の自主練を、
一日も欠かさなかった努力家だから、それに参加したりすれば、
気が付けば、友達になれたりするんじゃないか・・・)
『
百五十八センチ。
彼はクラスの下位カーストみたいな、パッと見、印象の薄いルックスだが、喋り方に特徴があり、だべ、をつける。東北訛りを装うというわけではなく、実際、祖父母が東北だから自然と喋り方を覚え、友達に話すとみんながげらげら笑うので板についたというのが真相。たった一か月で、クラスのお調子者というポジションを発掘する。異性にモテないのをネタにしながらの自虐は一聴に値する、しみじみとした良さがある。異性より、同性に好かれるタイプっているものだ。本人は激しくそんなのを拒絶するだろうが、愛嬌のある顔だ。
眼つきが鋭い俺からすると、イケメンよりも愛嬌のある顔に憧れる。
あと、佐藤淳と同じく、性格が二重丸つけてもいいぐらい、良い。あと東谷恭介の明るい雰囲気に釣られて、自然と人間が集まるから、一緒にいれば自分にも相乗効果が働くかも知れない。
(―――佐藤も、東谷も、高校生活の中で友達にしたいツートップだ・・)
(―――東谷は、あと歌が上手くて、カラオケが好きだという情報があった、
俺も少し歌の練習を始めるべきかも知れな―――い・・)
犬のマーキングさながら友達の目星をつけたところでだが、逆に接してはいけない地雷要素も改めて分析してみる。男子生徒にそういう地雷要素は基本的にないが、学年のヤンキーとか、遊び人とかは別だが、クラスメイトの女子生徒は違う。
『
派手な金髪で、女子グループの中心。ルックスは正直別に全然大したことはないのだが、女王様気質というのか、わらわら金魚の糞みたいなものを沢山連れていた。一度こういう人が宗教とか詐欺とかやるんだろうな、とひどいことを想ったことがある。またぼっちの俺にも聞こえるぐらい、悪い噂が絶えなくて、援助交際とか、煙草を吸ってるとか、イジメをやっているとか、そういう感じのロクデナシ。クラスの中でも視界に入れたくない類の地雷だ。
いま思い出しても、俺はこいつが大嫌いだったという記憶しかない。
(―――確か、辻井って、うやむやになったけど・・)
(そう、
担任教諭が呼びかける。
『
すごいタイミングだな―――。
どんな顔だったっけ、後部座席で、教壇から見える右の席から後ろへ、ドン着きまで行けばその横へと移っていく自己紹介。すなわち、彼女は教室の後ろの出入り口の席に座っている彼女こそが、そうだと俺は見た。見たが、眼を疑った。俺に気付くと、ひらひらとちょうちょさせた指先で合図してくる。
それで、俺に視線が集まって、お前一体何なんだよという眼で見られる。しかしそれは、そうなる。だって、木ノ内來果―――それは、朝の中庭であった、あの美少女だった。あんまりにも驚きすぎて、口が締まらない病気にかかった。
「
恋人もいませんの時に、カラフルなピクセルの集合体は、何でかこっちをちょっと見た。
無駄に波風を立てたくないのに、やられた。
視線に気付いた男子生徒、瀬戸内というのだが、Googleマップを拡大させたよ、うに口が悪く、こいつ、手が早いよとか言って来る。クラスが笑いの坩堝になった。
「先生、あと、よければ、
へ? いやいや、やめてくれ、俺の学校生活が―――。
友達作りが・・・・・・。
だが、
それはもしかしたら、父の仕事の都合で、こっちまで引っ越してきて友達がいないと言ったことを考慮したのかも知れな―――い。
だったら女子生徒同士を隣にすればいいじゃないか、時代は多様性なんだろ。
隣の席の女子は、黒岩さんというのだけれど、何かすごく睨まれた。私情を持ち込まないでよねが半分と、顔面偏差値のいい女をコマしたからというのも―――ある。
表情を見ていたら、面倒臭いのになあと、仕方ないなあの違いぐらいは分かる。個人的に彼女はそんなに嫌いじゃなかったけど、彼女の表情を見ていて、実は人を結構裏で操りたいという願望のある人のそれだと気付いた。
そういうのって一度記憶すると絶対に忘れないし、外れない。人を見抜くっていうのは、そういうことだ。
「―――気が付けば運命の出会い、そして絡まる赤い糸・・」
と、席に座りながら、小声で言って来る。
ナルシストなのか、天然ポエマーなのかと思うのに、何でだろう、ちょっと顔がいいだけで、そういうのがいちいちカッコよく見えてしまうのは何故だ。
「前髪を垂らしているのがカッコいいし、ちょっと人を寄せ付けない雰囲気もすごくすごくカッコいい・・・」
ぐはあっ、とくる。ストレートな愛情表現に慣れることはなく、俺は一瞬でかーっと赤くなる。死ぬほど嬉しい。それって最上級の愛の言葉だ。
とはいえ俺は、友達作りの弊害になる地雷の要素を冷たくあしらいたかった。しかし、やり手の営業に口説かれてる気分だ。これが情報商材とかならもう買っている。
カッコいいなんて、パーリーピーポーの合言葉としか思っていなかった。
それでも、絞り出すように、言う。
言わなければ、俺は彼女を肯定してしま―――う・・。
「ば、馬鹿か、そんなものは運命とは言わない」
―――でも、ドキドキはしていた・・。
―――けれど、
自己紹介が終われば、今後のスケジュールや説明資料などの配布物があり、それから学校のルールや制度、学校生活の進め方などを簡単に説明して、起立、礼して、高校初日が終わる。が、女子のグループがキャッキャッいいながらアオハルモードを地でいった木ノ内に対する賞賛をし、女王様気質の暗い檻のような辻井とで、対立構造を作っている。でもそんな光景は、まったく記憶に―――ない・・。
「
眼鏡をかけた、こいつ誰だろう、いたような気もするが記憶にちょっとない。
「しいっ―――しいっ・・・」
ばっちり聞こえていたが、還暦を迎えていよいよ耳遠くなった亀のようなお爺さんになった。教師に嘘つくなんて、こいつパンクだなあ。
そよかぜ、重力を忘れた布。
そよかぜ、重力を忘れた布。
そろそろいいかと何気なく木ノ内の方に眼をやると、えへへ、と笑っていた。釣られて、口角を上げてしまう。何というか、
そもそも、木ノ内って高校三年生の時に自殺した女の子だ。そういえば、こいつがこんな風に笑っているの見たことがあるだろう―――か・・。
そうだ、そこにいる別人のような木ノ内は違う。女の子は恋をするために生まれてきたというような十代女子的なカリスマ性があり、何より先程の自己紹介時の、自分の気持ちをハッキリと誰かに伝えられ、なおかつ教師に嘘をつく、というのが常軌を逸している。ポテンシャルは高かったのをこうやって知るにせよ、能力値の増加分が異常だ。別人が学校に来ているとする方がしっくりとくる。
それでも俺は他人の心という長い長い廊下を歩く。
彼女は来るもの拒まずの精神で受け答えしていて、案外、俺をダシにして友達作りをするのが目的だったのかな、とも解釈した。スッと俺が席を立とうとすると、背中に胸部を押し付けられる凄まじい
いわゆる胸の、バストの、肩の痛みを誘発するものが何らかのたゆん衝動もしくはぷるん衝動によって、スライム一体化状態になる時の・・・・・・。
なるほど、中々の破壊
Aだと感触がわからないし、でも希少価値はある、Bだとやはりある種の妥協点が見られ、おっぱいって別に怖くないよということになる、Dとなると、これはもうドラゴンサイズ、
しかし帰る生徒と、帰らない生徒の中のいる慌ただしい教室の中でも、その光景は凸レンズのように透き、盛り上がっている。
「ごめん、ちょっとわたしも―――帰るね、また明日、いっぱい話そうね」
と、一緒に帰る気満々。ってか、お前誰ドゥア(?)
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