第2話 天使
大学に入学して四度目の春だった。
俺は一般的な大学生と同様に就職活動に勤しみ、就活サイトやアプリに登録し、
自己分析と企業研究を行い、企業にエントリーし、書類を提出し、面接・選考を受けるというようなことを繰り返す。修行僧のような日々だ。虚無僧のような顔だ。
大学院に進んで博士号を取るには財力次いで根性もない。かといって、大学まで進学させてくれた両親の手前、ニートの親戚みたいなバイトで食いつなぐような不安定な生活を全面的に了解できない。
みんなわかっていること―――だ。
ぶっちゃけて言えば、特になりたい職業があるわけでもないので金融や保険などの大量採用を行う企業を中心に受けた。
その日に面接を受けたのは大手の銀行だ。履歴書やエントリーシートに基づいた質問や、銀行業界の知識やトレンドに関する質問などが行われた。
隣に並ぶ面接志望の男女を見ながら否が応でも緊張しながら、熱意やスキルをアピールした。そしてその帰り道、俺は面接で訊かれた質問を思い出していた。
―――あなたは
その場では書店で売られる面接対策本における、テストの配点予測に、冷凍チャーハンの温め時間計算に、畳の敷き詰め方の計算にいたるまで、能動的に、模範解答的に、マニュアル通りの答えを返した。
もちろん、面接と一口にいっても、学歴を問うているわけではない。これまでの経験や、人間性、価値観、自社との相性、入社後に活躍できるか、コミュニケーションスキル、協調性、入社志望度、コンプライアンス意識など様々だ。
【
だから糞つまらない、ありきたりなことでも、そこで求められているのは忠誠度なのだ。口が悪くて申し訳ないが、ニートになるか、
果てしなく長い物語を想起してしまう瞬間の・・・ように―――。
みんな
―――けれど、
サラリーマンと自分との間には、大きな隔たりはないだろ―――う・・。
人によっては働きたい職場があり、稼ぎたい給料があり、人生の自己実現の一手段になるのかも知れないが、残念ながら自分にはそのようなものはない。社会に出る、すなわち社会人になるということは、子供が生まれてサンタクロースが誕生するようなものだ。恋人つまるところ妻が出来て責任が生まれ、使命が生まれるようなものと言い換えてもいい。
家具や電気製品に囲まれて、水道やガスや電気はこの文明の力だ、その恩恵にあずかりながら俺は生きている。生活保護もある、年金だっていざとなったら保険にもなる、借金だって自己破産できる。だから保険にだって入ろうかと思う。仕事して、いすれは何か思い立って結婚して、それなりに人付き合いもこなして、趣味も作って、それなりに納得できる人生があるはず、積み重ねていけば不平不満があっても一定の満足値に達してるはず、だのに、好きな食べ物はって聞かれて実は困る、カレーライスって答えるのも何か変な気がする・・・・・・。
―――
人によっては、その
ヨガ、セックスの時代。音楽聴くだけで心の平安保てたら、人生なんか超楽勝モードだという馬鹿なことだっていまは言えそうだ。
考えない、考えたくない人に言えば、一か月の効果、一年の効果、十年の効果、一生の効果の四段階で、評価する癖をつけた方がいいのかも知れない。
十年の効果とか、一生の効果とか幻想だよ、でも、それが転ばぬ先の杖。裏バイトや、一獲千金を謳う株やFX、最初の人以外は儲からないに決まっているマルチ詐欺、それから精神の駆け込み寺の宗教・・。
この世の地獄は
諦めた瞬間にゲームセットになる、それだけは―――
誰にも否定できない、だからブラック企業でも働き、鬱になって失職しても、生活保護を受けながらでも再就職を目指す。でもそれだってみんなそれぞれの理由があるはずだ、俺如きの尻の拭い方だって知らない子供に何か言えるわけじゃない。
履歴書数行のような人生、
日時計の文字盤みたいに消えてしまいそうなアクション、
いまは、
だから、だから―――アニメエフェクト作画風に、車の底からアオリ映像で噴射を伸ばして勢いを出し、ちょっとしたロケットランチャー的な演出をされた信号無視の自動車が、ぼんやりしながら、そうだ、夢見がちに歩いているところの、エアーバック、プロテクローやヘルメットなど身に着けていない、とある
(ああ、こんなキャプテン翼や手塚治虫になろう式テンプレートみたいな死に方をするのか・・・・・・)
と
猫の前脚の戯れのような、最後の笛。常緑樹の病葉や落葉樹の紅葉は、何等の努力もなく如何にも自然に、梢から地上へと舞い落ちる。
死とは導火線の火が近づいていくようなものであるのかも知れない。摂理とは、冬の午後に淋しい灰色の光が斜めに射すようなものであるのかも知れない。今日という一日の動かない表情が、百年間続くべきことだからなんだろう、風を受けた水面のような一瞬に張り付いた落葉だ、孤独や幻、空虚な人生の理想を垣間見る優雅な夜が、印象を剥落させながら、油膜のような景色を連れて、滑り始める、すうっと流れ始める。でも痛みがなくなり、意識が遠ざかる瞬間―――ああ、なんだよこれ、くそ、視界はぼやけていてよく見えないし、音もフィルターがかったようでよく聞こえない。一巻の終わりか、ああ、これが人生ゲーム終了の合図。 居心地のいい日溜まりを見つけた鳥のような歴史に、途端に、
もう意識だって途切れそうなのに、
―――
(もし、やり直せたら、もっと素直に生きたい、
友達を作って一緒に馬鹿話をし続けたい・・・・・・)
意識が途切れそうなのを、そのわけのわからない、後悔で、執念で、埋め尽くした。何も見えなくても、何も聞こえなくても、言葉だけが生の証そのもの。生きてきた人生を完全に否定する一瞬が、
彷徨う、
稀代のノーコンみたいにバックネットの向こうへ放り投げている俺には、どくどく、と血が流れていくのがわかる。何も見えなくても、何も聞こえなくても、身体との繋がりはまだ残っていた。けれど動けない、身体が重くて、意識が途切れてしまいそう―――だ。整然とした方程式が、輪郭をなぞるけれど、それはまだ
―――と、その
「じゃあ、人生やり直しますかー。いいともー!!!」
と、超ハイテンションの、声が聞こえた。
「あ、もう、眼を開けて大丈夫だよ、
まったく動けなかったのに、
眼を開けると、後光というのだろうか、眩しくて、眼を開けていられない。それでもすぐに慣れた。しかし、真っ白い部屋、クリーム色の何もない部屋というのは奇妙極まりない。でもそこが、地上世界ではない、精神世界、あるいはあの世ということは理解できた。
眼の前には頭に蛍光灯のような輪っかをつけて、真っ白い翼を生やし、ウェディングドレスみたいなきらびやかな白いドレスを着た、小学生ぐらいの、十歳には満たない感じの、ミニマムな、ぽっこりお腹の―――。
「って誰がぽっこりお
あと、
「き、君ねええええええ‼」
すまん、実験中、すまぬ、実験中、何と、こやつ、テレパシーのように心の声が聞こえるらしい。じゃあ―――あの、すみませんが、一応言わせてください。まったく、小学生は最高だぜ(?)
「あのね、一応これから君の助けになろうとしている、天使様に向かって、ぽっこりお腹だの、胴長短足だの、小学生だの、本当どんな教育を受けたの、君は」
あ、あ、とマイクテストのように発音して、咳払いする。
問題ないようだ―――
「それで、そのさっき言った人生やり直せるというのは、本当ですか?」
と言う段になって、口をむーっとして、妙ちきりんな顔をしている。稲川淳二の
どうも、
「なんか、気が乗らないなあ、もう、この子、嫌だなあ~っつ・・・・・・」
というからには、やはり自分より遥か年上なのだろう。でも、それならそれで、大人げない態度はいかがなものですか、と言いたい気がしたが、ちょっと焦った。けれど次の瞬間には、頭をわしわし撫でられた。
ふっと表情を窺うと、慈悲深い眼で、微笑んでいた。
何者をも、分け隔てなく、覆い包んでしまうような、途方もない、包容力、優しさを感じる。そんな眼に見えぬ不思議な力が働いて、小歯車、大歯車が魔法のように再び動き出す後方に流れてゆく―――何か違う気がしたけど、
「ごめんごめん、嘘だよ、あと、小悪魔じゃないからね、天使様だからね、そこ、履き違えないようにね。ただ、
「もう大丈夫ですよ、落ち着いていますから」
肉体が死んだということに戸惑いもなく、疑問を差し挟む余地はない。
それは
いまとなっては、あの運転手は飲酒運転、それとも薬物使用、あるいは高齢者だったのだろうか、と想像を巡らせることも出来る。過失運転致死罪は免れないだろうし、人を轢き殺したことで懲役刑、死亡した被害者である俺の家族への慰謝料などの損害賠償、運転免許の取り消し処分・・・・・・・。
両親はこんな俺なんかでも、死んだら悲しんだりするのだろう―――か・・。
でもきっと、自分の死について考えるべきではないんだろうなと思った。
とはいえ、混乱は死の瞬間で終わったのではない。
「うんうん、君は
もちろんそれは死の瞬間にポエムったことを述べられているのだろ―――う。でも不思議と恥ずかしい気がしないのは、ここがそのための場だからだ。
心を読まれているのも現実なら絶対に嫌な相手に違いないのだが、案外、自分はそういう相手を求めていたのかも知れないとも思えて来る。
しかし
ああやって死んだことにもちゃんと意味はあったのかという質問だ。考えた瞬間に、肯かれた。じゃあ、あの道を歩いていたのも―――阿吽の呼吸で肯かれた。
「もしかして、
そうだねー、という風に肯かれた。
話が早くて本当に助かる。こんな躁鬱の躁で生まれたような陽キャ、どう考えても好きになれそうにはないのだが、そういうのとは、決定的に違う。
多分、自分とは違う感じ方や考え方があってそこですんなりと受け入れているような気がした。個人的に会話や言葉なんて、本当は何だっていいんだって、思っていた、たとえば、
社会の背後にある本当の仕組みもまた、そのようなものなのかも知れない。
意思決定にまで働きかけるということは、無意識レベルのものなのだろう。
PhotoshopやSAIなどデジタルツールのエフェクトを使用した光と影の表現みたいだった。可能と不可能の間のイメージのカタログを捲る。
『ドミノ理論』そして、『バタフライ効果』という風に考え―――た・・。
「君があそこで死ぬのは決定事項だった、そしてそこから君をここへと呼ぶこともまた決定事項だった―――ここまで言えばわかるよねー。君の気持ちが重要なんだ、絶対に、その気持ちを忘れないようにねー。あと、語弊がないように言っておくけど、わたしはこの幼児体型でいうところの、ぽっこりお腹も、胴長短足も、小学生みたいな年齢設定もラブリーだと思ってるからね、そこのところもよろしくねー」
年齢不詳の天使を可愛いと思うぐらいには・・・。
あと、膝枕するか肩車してやろうかと思うぐらいにはラブリー(?)
ステファン・オソヴィエツキーによる、フランスで栄えたマグダレニアン人の石器を手にした
―――俺は彼女に心を開いていた。
「はい―――それで、どうなんですか?」
「もちろん、これは正確な決定になるから慎重に決めてねー、一度言ったらもう取り消せないからね、言葉の執行力がかかり、
うふふふふふ、と笑いながら、天使はどぎついことを述べた気がする。
ゴビの大沙漠というのがあるが、大昔、ここには怪物がいるだろうと先人は考え、ゴビの沙漠から来る風は惡魔の吐息だと大真面目に考えたことを思い出す。
思うに、死も、この場所へと来るのも決定事項なら、そこへと行き着く先も決定事項ということになる―――あるいはそこまでが、決定事項なのかも知れない・・。
無限に反射し続ける鏡の中で絶えず印象を探っているような想像をした。
「やり
「うん、いい答えだねー、うんうん、素直な子には頭を撫でてあげようねー」
次の瞬間には、やっぱり、頭をわしわし撫でられた。年上のお姉さんに頭を撫でられるようなものだが、ロリババアとかいう風に置き換えてみる。
「ロリババア・・・?」
「こほんこほん、ごほごほ・・・・・・マイクのテスト中・・・・・・」
そして心の中の言葉にならない内から読み取って呟く。
それはもう、
「じゃあ、入学式当日の自分の部屋まで、いってらっしゃい! あと、時々LINEしたり、様子見に行ったりするからね。随時、情報小出しにするけど・・・」
「大丈夫です、ちゃんと―――」
―――
そうだ、
こことそこがそれほどの違いがない。明るさにもむらがあって、きらきらしすぎることもない、それでも近くに寄ったらものすごくでかい、星。ブーン、とバイクの音が聞こえた。時計の音が聞こえて来る。
巨視的、マクロ、大雑把なものの見方。ありとあらゆる、という意味に等しい言葉。ニュースにおける、世界。自分という人間における、世界。見え方、感じ方、捉え方、あるいは踏まえ方。元々よくわからないもの、世の界隈という言い方もできる、人がいて、動物がいて、植物がいて、建物があって、山があって、海があって。
いつのまにか布団、そしてベットの上で眠っていることに気付く。遠くで、鳥の鳴き声が聞こえ、朝の太陽の光だ・・・・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます