第6話 また明日

「――いやー、ごめんね陶夜とうやくん。正直、私もこうなるなんて思ってなくて」

「あっ、いえお気になさらず! ……ですが、結局どのような理由だったのでしょうね」



 それから、ほどなくして。

 柔らかな陽光照らす縁側にて、二人腰掛けそんな会話を交わす。一週間前にお邪魔した、風情豊かな依月神社の縁側にて。


 さて、彼女が言っているのは、もちろん例の事態――あれ以降、あの不思議な路地裏が現れなかったという事態で。


 まあ、彼女にとっても予想外だったことは何も驚くことじゃない。それは、あの日僕を見送ってくれた際の様子からも明らかで――



「……でも、たぶんだけど……周りに人がいたら出てこないんじゃないかな、それ」

「…………へっ?」


 卒然、隣から届いた言葉にポカンとする僕。……えっと、それはどういう…………あっ。


「……やっぱり、覚えがあるみたいだね」

「……はい、そう言えば」


 すると、僕の反応から察したようで、穏やかな微笑でそう口にする風奈ふうなさん。……そう言えば、そうだったかも。ここ一週間……というか、その期間ときに限らず周囲に人がいなかったことは恐らくほとんどない。普段から閑散としたこの辺りではあるけれど……少なくとも僕の通る時間に、実際に人ひとりの姿もないことはきっとほぼなくて。そして、言われてみれば……確かに、あの日は本当に人ひとりいなかった気が――



 ……だだ、それはそれとして――


「……その、風奈さん。仰ってることは理解できるのですが……ですが、あの日まで一度もあの路地裏を見ていないというのは、少しばかり疑問の残る点でして……」


 そう、躊躇いがちに尋ねてみる。いや、決して好き好んで異を唱えたいわけではないんだけど……ただ、どうしても些かの疑問は残ってしまうわけで。人の全くいないタイミングがそうそうないといっても、あの日がそうだったように全くないわけじゃない。なので、見落としていたわけじゃなければ、流石にあの日が初めてというのは少し――


「……ああ、それはたぶん、私がこっちに来たのがわりと最近だからかな。確か、一ヶ月前くらい」

「……そう、なのですね」


 すると、仄かに微笑み答える風奈さん。一ヶ月……うん、それならあの日が初めてでも不思議じゃない。……ない、のだけど――


「ん? どうかした陶夜くん」

「……あ、いえ、なんでも……」


 そう、きょとんと首を傾げ尋ねる風奈さん。そんな彼女に、たどたどしく答える僕。……うん、まあいっか。




「ところで、まだ言ってなかったけど……さっきはありがとね、陶夜くん」

「……へっ?」


 その後、しばし他愛もない話を交わした後ふとそう告げる風奈さん。でも、言わずもがな感謝をしていただけることなど何もしていない。とは言え、彼女がお世辞を言っているようにも……いや、そもそも感謝にお世辞なんてないか。……ただ、それはともあれいったいどういう…………あっ!



「あの、風奈さん。僕、前世でなにかしましたか?」

「うん、できれば現世で考えて?」


 半ば確信的な僕の問いに、半ば呆れたように微笑み答える風奈さん。……あれ、違った? 正直、これしかないと――



「……ほら、あれだよ。非常階段で、私のこと護ってくれたでしょ? 自分の身を挺してまで」

「……ああ、あれでしたか。ですが、あれは元々風奈さんが僕を助けに来てくれて……それで、結局最後まで風奈さんに護っていただいて……だから、僕は何もしていないも同ぜ――」

「――そんなことない!」

「……へっ?」


 卒然、僕の言葉に大きな声で反意を示す風奈さん。それから、



「……君が何と言おうと、私は君に護られた。私に手を出すな……怖かったはずなのに、あの子にはっきりそう言って私を護ってくれた。私、すっごく嬉しかったんだよ? だから……ありがとね、陶夜くん」





「――またね、陶夜くん。アルバイト頑張ってね、また明日!」

「はい、ありがとうございます風奈さん。また明日です」



 それから、しばらくして。

 和やかに挨拶と共に、笑顔で見送ってくれる風奈さん。そんな彼女に一礼し、神聖な白い鳥居を潜る。すると、ほどなく視界に映るはあの閑散とした住宅街……うん、戻るのはここなんだ。まあ、あの森の中じゃなくて良かったけど。たぶん、あの距離じゃバイトに間に合わないし。……まあ、それはそうと――



「……また明日、か……」



 そう、ポツリと呟く。……うん、着くまでにどうにかしなきゃね。流石に恥ずかしいし、こんな緩んだ顔見られちゃったら。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る