第2話 決戦!海神来襲 観月荘

Chapter0:プロローグ


 物語の始まりの前、

お話の舞台、日本よりはるか遠方のその場所で...


 知らぬものがみれば単に荒れている海というのだろうか。

公海であるその場所は台風や気圧に関係なく、唯々荒れていた。

 もしも、それを感じることが出来るものが居れば、

この場まで影響を及ぼしている、異界の神の荒れ狂う神威を拾い、畏怖することになったのかもしれない。


【...しが100年ほど...っただけでなにし腐っとん...ゃ若造が~~!!!】

しかしその場にこれを感じるものはいない。

 そのあまりの暴威に耐えきれずに海上の空間に亀裂が走り、その亀裂から押し出されるように何かが姿を現したことも。

亀裂から押し出された「それ」はしかし全てを現すこともなく、ちぎられる様に空間ごと切断され、そしてずるりと海に落ちる。


 落ち生まれたものは邪神を名のった亜神のかけらではあるのだが、こちらの世界でそれを理解できるものはいないだろう。

欠片は自身の本体ともいえるものが滅んだことを理解しながらもただ嗤った。


 この仕打ちを是とせず復讐を誓いながら...




★★★ 注意! このお話はあくまでコメディ!です!! ★★★





 そして...


 しばらくのちのある晴れた日。

過日に荒れた遠方の海のことなど知るよしもなく。


 小さな岬にある観光旅館「観月荘」のロビーでは、

タブレットに並べた写真をみながら、オーナーである「渡会 奏」がため息をついていた。


 海原の絶景を楽しめる半円形のガラスに覆われたスペース、ちょっとしたディプレイで和傘などがある。こじんまりした空間の足元は中庭の池を引きこんだ形になっており色とりどりの錦鯉に餌をやることもできる。

 お客さんのいない時なぜかペンギンが水浴びをしているスペースだ。


 今日の奏は仕事着の黒のスーツ。

肩下まである黒髪を眉で切りそろえている。その無駄に鋭い三白眼とあわせで年齢以上にみられることが多い風貌である。


 ふと影が差し、みれば興味深げにフロントマンの「神無 凍夜」がのぞき込んでいた。

奏よりも低い160cmほどの身長に整ってはいるが幼いという表現が似合う顔、サラサラの黒髪で耳まで隠した風貌はフロント業務のスーツと合わせれば少年執事という印象かもしれない。

 見た目だけでいえば奏が姉の凸凹コンビという感じになるが、実年齢(公称)でいえば10歳以上は凍夜のほうが年上になる。


「あれ、佳菜ちゃんの写真いっぱいですね。やっぱりかわいいですね~ もうプロのモデルさんみたいな感じじゃないですか」

「まあな。佳菜がかわいいのはあたりまえなんだがな」


 写真に写るのは、ふわふわの金髪を肩甲骨まで伸ばし、灰色の瞳にぷっくりした唇の美少女だ。

 奏の母の旧姓とおなじ「御柱」の姓を持つ彼女は、今年16歳になる「御柱 佳菜」

中卒で就職というかたちで観月荘に来たのが、1カ月前。それからいろいろありで、今は奏の妹として一緒に住むようになり、春からは美湾駅前にある海月高校に通う予定になっている。


 奏は、初めてできた妹に入れこんでいる。そしてそれと同じくらい、

いや、それ以上に、この観月荘には佳菜に入れこみすぎのファンが大爆誕していた。

 もちろん凍夜もその一人なのだが、ただ彼(本体はペンギン型の精霊である)は佳菜にとってペット枠であり、それがお気に召さないようではある。

 まあ、

そんなことはどうでもいいことで。


「これと、これ、わかるか?」


 奏は2枚の写真をチョイスして凍夜に投げる。どちらも佳菜の写真であり、一枚は海岸で飛ばされそうな麦わら帽押さえながら笑っている写真。もう一枚は佳菜の肩に手をかけている奏と二人で微笑んでいる写真だ。

「判るってなにがですか?」

「にぶいやつだな!佳菜の顔だよ!」

「どちらもいい笑顔というか、なにかあるんです??」


「はぁ~...」

(私がペンギンの個体識別ができないのと同じで、こいつは人間の顔が判別できてないのではないだろうか...)

「なんか失礼なこと考えてるでしょ」


「あのな、佳菜が一人の時の笑顔と、私といる時の顔の違いだよ。

あきらかに緊張というか同じ笑い顔でも作りが違うだろう。

一枚二枚のことじゃないんだ。私だけじゃなく誰とでも同じだ。まだ緊張しているのかな、あの子は...」


「あ~...」

...見ても同じに見えるという意見は引っ込めずにただ凍夜がつぶやいた。


「しかたないですよ、佳菜ちゃんは。小さい時から施設で、他人の中で家族とふれあうことなく育ってきたんですからね」



***


 ああ。

 いわれてみればそのとおりなのだろう。

そんなことにも気がつけなかった自分にちょっと同じ影を見たような気がして、

私は......



***



 なんとなく落ち込んでいる私の後ろでは。

宿泊客がいないことに気を抜いた凍夜が人間の姿を脱ぎ捨てて水浴びを始め、


 そしてそれに気が付いた佳奈が冷蔵庫から小魚を持ち出して餌付けして。


 最近見慣れた光景が繰り返されていた。





Chapter1




 ここは観月荘。某海岸の国立公園内にある海辺の宿だ。

周辺は美湾温泉というちょっとした観光地なのだが、観月荘の立地は、駅から5㎞ほど離れた小さな岬の中腹にあり景色以外は観光施設も何もない。その駅から反対側には商店街や高校もあり、その先には観光名所である海岸とか宿もいろいろあるのだけれど。


 TVコマーシャルなどキャンペーンができるような大きな旅館さんと違い場末の零細旅館の経営はいろいろと大変なのである。


 私、こと渡会 奏(23)♀は新米経営者として様々な悩みを抱えていた。



「ここはぜひ、前向きに考えてくれないかなぁ。奏ちゃん!」

ちょっと薄い前髪を除けば、まあ、わりとダンディともいえる地元商工会の会長、大室さんはここぞとばかりに名前呼びをしてくる。


 居ぬきに近い状態で入手したこの観月荘、経営していた父はいちおう商工会に入ってはいたけれど、私はこの会長さんに名前を呼ばれるほど親しい間柄とも感じていない。

 父の死後もこの宿を引き継いだはいいがそれどころでもなく、もったいないなと思いながらわずかばかりの会費を上納しているだけのゴースト会員だ。


「渡会、です」

「そんな、知らない仲じゃないんだし」

 いやいやいや、あんたら、うちが20年もここで営んでても陰じゃ、後から来た渡会さんは、と言ってるじゃん。

 これが、先祖伝来の宿とかならしがらみもあるのかもだけど、観月荘はそれほどの老舗でもない。


「なんど言われてもここ(観月荘)は売りませんから」


 露骨には言わないが町の再開発と併せて、この岬の再開発案件もセットで盛りあがっているらしい。中ほどにあるうちが、うんと言わないかぎり無理な話なのだけど、うちとしても、唯一の武器といえる景観を手放してはこの宿のアイデンティティの消失の危機だ。そもそも観月荘みたいな昭和の宿はいまさら建てられるものでもない。


「またくるね」押しても動かない空気を読んだのか、

大室さんは帰って行ったが、気分的には塩をまいておいてほしいと思う。


 こちとら右も左もわからない中で、旅館経営の責任だけ押しつけられてめんどうごともうお腹いっぱいの気分なのだから。




 父の急死で就職がわりに実家、観月荘のオーナーとなった私は、

いろいろ勉強中の若輩の身であり、そんなさなかに生き別れの妹と出会うというイベントをこなし、その妹の佳菜を観月荘に引き取りで、はや三ヶ月ほど。

 他人事と思えば忙しい人生を送ってんなと思わなくもない。

 そんな、

私こと渡会 奏には3つの悩みが存在した。


 一つは先ほどのお話で、地元の再開発案件に、この観月荘がまきこまれていることだ。

もはや立錐の余地もない駅近の有名海岸だけでなく、ここの岬を中心に新たな観光資源を創出しようという機運である。正直大きなお世話というか、私から見れば絵に描いた餅であり、この岬を売り物にしても地元の活性化に寄与できるとは到底思えない。


 だいたいこの観月荘があるだけで占められている小さな岬の何を売ろうというのだろうか。

 なんでも最近伸してきたイベント会社の「花鳥風月プロデュース」とやらが絡んだ話らしいが胡散臭いことこの上ない。


 そして、あと二つの悩み。


「奏ちゅぁ~~ん」

 その二つ目の悩みの片割れが甘ったれた声をかけてくる。

なんというか身内でなければすぐにでもたたき出したくなるような間延びした声だ。


 こいつ、「渡会 大海」はわたしの父の父とのこと。

「とのこと」いう言い方になるのもしょうがない話で、父の「渡会 修一」は天涯孤独な身の上であると私は聞いていたからだ。

 しかし、死んだといわれていた母の残しもの、存在すら知らなかった妹の佳菜が現れている今、じつはおじいちゃんだよ~んと現れたとき、

 この爺を否定する気は微塵も起こらなかった。それなりのエビデンスも持参だったしな。


っか、父修一よ。あんたの信用はわたしの中でもはやマイナスだ。


 私と佳菜の、祖父である渡会 大海は、黙ってさえいれば厳つい容貌だ。黙ってさえいればだが。海外でそれなりに信用のある貿易商会を営んでいるらしい。

 日本人離れした風貌に豊かな白髪と顎鬚。190cm近い身長の筋骨隆々なごつい体格でたとえるならばちょっといかついサンタクロースというか。まあ。笑顔でいればまんまサンタさんでいいのだけど、ちょっと黙りこめばその威圧感ははんぱない。私も実はマフィアではないかと疑っているくらいだ。

 現にこの凍夜などはほとんど平伏する勢いで甲斐甲斐しく、この爺の世話に余念がない。

ちなみに今この爺は観月荘のVIPルームともいえる3階の角部屋に長期滞在中である。


「もうそろそろ佳菜ちゃんも帰ってくるころかのぉ~」


 そんな爺の声に応えるように、

どがしゃん!っと音を立てて、

 観月荘の玄関の古めかしい引き戸が壊れそうな勢いで引きあけられた。

 予約があれば開け放して暖簾を掛けるのだが、今日は予定もなく閉めていたのだ。

引き戸の内にある自動ドアのガラスが開くのももどかしそうなバタバタとした足音。

もちろんこんな開け方をするのは佳菜ではない。飛び込んできたのは「二つ目の悩みの種である、もう片割れのハゲ」爺...


「奏~~~~!佳菜は居るか~!!」

 還暦どころかそろそろ80歳に届こうかという歳のわりには筋肉もあるが、基本細身の体格に紋付袴、剃りあげた頭に眉の上から左目の下まので刀傷のような傷跡。どこの任侠映画だという風貌だ。

というか、今どきの本職でこんなにわかりやすい奴はいないだろう。

 ちなみに聞くとめんどくさそうなので、その傷がなにかとかは聞いたことがない。


そう。


 二つ目の悩みの種は、この二人の爺たちだ。


 片方は同居というか観月荘に居座りで、

 もう片方の爺も同じ県内とはいえ30㎞程は離れているところに住んでいるというのに毎日律義に顔を出しているのだから爺たちの相手をさせられるこちらもたまったものではない。

 いまきた爺、こと「御柱 泰造」は私の母の父であり、田舎の名家、といえば聞こえがいいが、幼い私が屋敷を訪ねた折に門扉から和室までずらりと若い衆を並べて「おかえりなさいやし、お嬢!!」とやらかしたバカ者である。


 そもそもヤ〇ザや半〇レなどは経済動物であり基本は大都市に集中する。ここらみたいな田舎には大規模な反社組織なんてないんだけれども、田舎にはいなかで昔からの実力者が居たりするのだ。

 基本は弾かれ者やはぐれモノを集めて組織していることには変わりない。

いまどきなので正業はいろいろやってはいるのだけど。

「あ~、奏さんや、おまえ。俺のことことなんだと思ってるんだ?御柱組はまっとうな会社だぞ」


「あ~。聞いた聞いた。独立系の任侠御柱会は暴対法のはるか前に解散してて、今の御柱組はコンプライアンス遵守の企業ですってやつだろう?」

 まず自分の顔を鏡で見てからモノを言えばいいのにと思う。正直血縁者でなければ本当に追い出していただろう。

 とにかく最近の私の悩みの一つはこの爺たちなのだ。

そして。


「ただいま!」

 自転車と電車で中学に通っている佳菜が帰宅する。

今日は来月受験する地元の公立高校の下見もしてくるとのことで、いつもより少し遅い帰宅である。


 佳奈の声を聴き、途端に色めき立つ爺たち

「「うぉおおぉ~~?」」

「佳菜ちゃんや、海月高校はみれたかのぅ!」

 強い、圧が強いってばさ!

小柄な佳菜を囲むように。我先にと話しかけイスを勧め...いやさ、佳菜が座ったならあんたらも座ろうよ。ちょこんと座る佳菜が見上げているその表情、笑顔が引き攣ってるんだがな。


「そうだ、今日は佳菜にお土産を買ってきたぞ!

うちの街で最近流行っとる菓子らしいぞ~?」

 泰造爺ちゃんの目配せに、舎弟だか運転手だかがとんでもない量の洋菓子店の箱を並べだす。


「おい、爺!!」

 みた感じ一箱で10個はケーキだか入っている箱だ。としたら、7~8箱でその10倍?


「何個買ってきてるんだ?私も佳菜も甘いものは好きだけど、観月荘は従業員あわせても片手の指で足りる人数だぞ!!」

「かわいい佳菜に、とおもったら、選べんかった!」

 目のまえに並ぶ大量のケーキに言葉を失っていた佳菜がなんとか立ち直り声をかける。

「おじいちゃん」

「とりあえず冷蔵庫に仕舞うね。でも、食べ物は食べられるだけ持ってきてくれる方が、嬉しい、かな...わたし」


 このところ過剰に付き纏われたせいか爺の扱いも少し慣れてきたようだ。


「ふぅ~む...!」

 そして大海爺、なにか賢しげに考え込むのをやめろ。ぜったい泰造に負けないよう、

なにを買えば佳菜が喜ぶか、とか考えてる顔だろう!

モノじゃないんだよ、モノじゃ!

同情するなら金をくれ!!


 っと間違えたな。お金でもないんだ。

 いままで「家族」がいなかった佳菜が爺に囲まれて猫可愛がられされていることは、もしかしたら悪いことじゃないのかもしれない。うっとうしいと思いながら爺たちが佳菜をかまうことを容認しているのはその辺もある。


 しかし...

 正直、泰造爺ちゃんには佳菜を引き取ったことは連絡もしていないし、大海爺ちゃんにいたっては今まで存在を知らなかったわけだから連絡もクソもない。

 百歩譲って美湾でも顔の効く泰造爺ちゃんはまあわかるとして、大海爺はどんなチャンネルで佳菜を知りここまで辿りついたのだろうか。

 最初は孫の顔を観に日本に来たと言っていた大海爺ちゃんだが、どうせホテルに泊まるならと観月荘での長期滞在をしはじめている。張り合うように 泰造爺ちゃんも日参するようになってしまい、この状況だ。二人とも仕事とかいいのだろうか。

 遠慮していた私もこの遠慮を知らない爺たちにあきれて、今は「大海」と「泰造」でTTG(大概うざいツィンズ爺)などと呼んでいたりする。


 そんな爺たち片割れの禿、泰造が佳菜を抱きしめながらほざく。

「佳菜、な!どうかな。御柱の家に正式に養子にくる話。みんなも待っとるぞ!」

 そう、佳菜が名のる「御柱」は、養護施設の手配で作られた戸籍であり、親の欄は「不明」なのだ。私と佳菜の母である「渡会 響子」は佳菜を残していく際も最後まで素性を明かさずに亡くなったらしい。


「き、きっ、貴様ぁ~~~~~!!!」

 泰造爺ちゃんの「抜け駆け佳菜お持ち帰り計画」に、怒髪天というか、文字通りに髪を逆かあげそうな勢いで震えている大海爺いちゃん。申し訳ないが、正直私は佳菜を養子にという話は悪い話ではないと思っている。

なにせ、今の姓と変わらないわけで周りに違和感もないだろう。佳菜がお持ち帰りされちゃうかどうかはまた別の話としてだが。

 今のところ佳菜は考えさせてくれと言うだけで首を縦に振ることはしていない。


 そして、泰造!いいかげん親父臭い加齢臭を佳菜になすりつけるのをやめろ。

ここぞとばかりに佳菜成分の補給に走った泰造爺はひたすらくんかくんかと気色悪いことこの上ない。もしかしたらこんな変態爺の元に行く養子縁組は法的に成立しないかもしれないな。なんかもう倫理的に無理かもしれない。

「お...。お爺ちゃん~...」

 そんな状況でも佳菜は苦しそうに笑うばかりだ。


 そう、私の悩み。

 最後の悩みは...佳菜だ。

今の佳菜は身内でもいま一つオープンにできない心の壁というか、

いまも爺にすりすり頬摺りされて笑っているのだが、そこは笑うところでもないだろう。

 毎日のように爺たちにまとわりつかれている様は、さぞかしストレスになっていると思う。もっとガツンと嫌といえばいいと思うのだが...



「やめよ、泰造よ!!」

「んぁ!?」ぎょろり

「佳菜は喜んでおらんぞ。

同じ、孫を愛する身。おぬしの醜態は我が身の恥にも感じるわ!」


 あ。目糞が鼻糞を笑った。というか、

同族嫌悪をとおりこして冷めたな、この爺。


「なんだぁ!!貴様!奏に取り入ってこの宿に居がまえやがって!それだけでも気に入らねぇってのに佳菜のことでわかったようなことほざくんじゃねぇ!」

「ふ。貴様の気持ちもわかる。ここから帰ったら奏も佳菜も居ないのだからな。寂しいんじゃろう。」

 なぜか無駄に良い笑顔をして大海爺ちゃんはこちらを向く。

いや、要らんからあんたの笑顔なんてさ。


「おい奏さんや。3階の反対側端の部屋があるじゃろう、あそこは今日から泰造の部屋だ」

「はぁ!?」

「おう!大海の!」

「おう!」

「話がわかる御仁だったんだな!誤解しとったぞ!!!!!」

「がはははは~!!」

なんかわからんが爺たちのあいだに打算と和解が成立したらしい。


 とても迷惑だ。

特に。今も間に挟まれている佳菜が唯々不憫でしかない。


 しかし、まあ。

急な話ではあるけどどうせ部屋は余ってるんだから泊めるのはいいしさ。

私自身も、いま一つ距離感が計れなかった泰造爺ちゃんとひと時とはいえ同じ屋根の下というのはナシではないという気はする。


 けど佳菜はどうなんだろ。

今まで接点も何もない面倒くさい爺の相手は...


 なんだか視界に映る佳菜の目がマンガのようにぐるぐる回っているような絵が見えた気がした......




Chapter2




「やった!」

「できたね!お姉ちゃん!!」

今はお客様がチェックアウトした時間で、 ここは観月荘の客室の一室である。

客室の清掃をしながら、自分たちの「力」を使い、何とか省力化できないかチャレンジしていた、佳菜と私。

目の前にはなんの違和感もなく畳まれた寝具が鎮座する押し入れがあった。そう、なんの違和感もなく、だ。


 私と佳菜は魔法を使うことができる。

といっても観月荘(凍夜)の近くにいるかぎりという限定的なものであり、また、なにでもできるというものではないのだが。




「でも最近さ。すごいと思わん??」

そんな私の足りない言葉にも佳菜はぶんぶんと首を上げ下げしてくれる。

「お姉ちゃんも!すごい!!」

「いや~なんかパワーアップしてるよね、これ」


 

 ちょっと前まで私はいくら挑戦しても、煙草につける炎を出せたり、ちょっとした風を操るくらいしかできなかったのだが、そう、最近「なぜか」魔法が絶好調なのだ

今までできなかったこともいろいろ出来たりする。


  実のところ、ゲームみたいなステータス画面とかあるわけでもないので、なにができるかというのはやってみないとわからない。

 そんなわけで、ここしばらくは佳菜と二人でいろいろと、実験を重ねていたところなのだ。

 今日は、このあと凍夜の前で、このところで開発した新しい力、

名付けるならば生活魔法をお披露目してみようと思っている。



私はついに念願の、ここ観月荘の日常運営に役に立つ魔法を手に入れたのだ。



「それは楽しみですね」

 片づけがまだの客室に呼び出され、最初は怪訝な顔の凍夜だったが、仕事に有益な魔法を開発したと聞けば彼も悪い顔はしない。

 なんといっても、ほとんどすべての雑務を一手に引き受けているのだから、なんなら猫の手でも借りたいというのが本音だろう。

 まあ私的にはこの雑用ペンギンが楽になればいいとか微塵も思わない。

だが、彼が助かることイコール、経費削減なので今回はノリノリである。


「クリーン!」

 イメージは、物体の構成物はそのままで付着している異物を空間魔法で消去する感じ。


 私の掛け声に反応するかのように、せんべいのかけらやらレシートやらが散らかっていたテーブルがきれいになり、シーツやら枕カバーに付いていた髪の毛やらがあっというまに消え去りすっきりする。

 これなら掃除機も箒も必要ない。


 そして、

控えていた佳菜が「セットバック!」とつぶやく。

 するとどうでしょう!

目のまえに散らかっていた昨日の寝跡も残る布団やシーツ。それがいつの間にかその場所から消え、

畳まれた状態で押し入れの中に戻っているのです...

 すんばらしい!



 今までは炎と風しか使えなかった私は、新たな力で空間魔法?

水と氷しか操れなかった佳菜も時間魔法?に覚醒したのだ。


 使えるとはいえ、実生活では煙草に火をつけるくらいしか用がなかった魔法だが、

これからはクリーニングも面倒なお布団の上げ下げも必要ない!

 佳菜さえいれば、巻き戻って新品に戻るので、なんなら私のクリーンの魔法も必要ない!

 って、

...あれ?私の魔法、存在意義がいきなりなくなってない?



 と、なればいいなと思う。


 現実には佳菜のセットバックと名付けた魔法は、ある一定の範囲で任意の瞬間を記憶(セット)した状態に戻すという技なので、何も知らない昔の状態に戻るわけでもないし、そもそも、今のところその「セット」できるものは1カ所だけだ。


 もしかしたら、観月荘全体を完璧な状態にして「セット」しておければ一発で、という荒業もできるのかもだが、現実には宿泊客が居たりいなかったり一日としてそんな荒っぽい仕事ができる時間はない。


 私のクリーンにしても構成物、というあいまいなところを解析できるわけではないので、経年劣化の壁のシミやらはキレイにできない。ぶっちゃければ先ほどクリーンをかけたシーツや枕も、脂シミなどはそのままなのだ。

 いちおう佳菜のセットバックは使用前の状態に巻き戻しているはずではあるのだが...


そのうちに奇麗に出来たらいいなぁ...


 横でその様子をみていた凍夜がつぶやく

「たしかに・・・巫女様の力は界渡りや巻き戻しの蘇生だから、

奏や佳菜ちゃんが空間魔法や時間魔法でもおかしくないのか...でも...


これ、攻撃とかに使ったらまた、えげつないんでは...??」


そして一通り検証に付きあった後の彼は、言った。

「で、タオルに染みこんだ皮脂とかは取れてないんですね...」


「あ。そこはセットした範囲外なんです」

「いや、今後の研鑽次第だと思うのだが、まあ、今のところ異物と構成物の区分があ

いまいで...」


「まあ。クリーニング屋さんや仲居さんのお仕事が無くなっちゃっても何ですし、


そもそもなんか気持ち悪いんでこのシーツも、ちゃんとクリーニングに出しときます

ね」


とりあえず。


 ここまでの苦労を全否定された私は泣いた。

そ~ゆ~とこだぞ、凍夜。

 もうちょっと人間味というか優しさを覚えろよ!


「いや、ぼく、ペンギンですしね。」


 いや、まじで現代社会と魔法は相性悪いわ~

なんか役に立たんのかね。これ。


 現段階の魔法の成果といえば庭の散水で水道代がちょこっと浮いたことくらい。


...観月荘の経営はわりと深刻です。





 などと。

 いつまでも遊んでいるわけにもいかず、

私も佳菜も仕事に戻る。チェックインの時間前にいろいろやらなければいけない小忙しい時間帯なのだ。


「ピンポ~~ン♪」

 そして、受付の呼び出しチャイムの音が鳴る。

時間的には宿泊のお客さまにはまだ早い。


 そういえばアポイントがあったなと思いだす。嫌なことはなるべく後回しにする性格の私的に記憶のかなたに置いていきたい話なので忘れていた。

 とりあえず、掃除の後に確保していた一服出来る時間を返してほしいと切実に願う。



 今日の約束は先日の話の続きのはずで、観月荘の売却話のはずなのだが、

商工会長の大室さんともうひとり、胡散臭そうな細身の男があらわれた。


 男の風貌はあれだ、あれ。ドロンジョ様の横にいる悪役の細いほうのひと。そのままのマンガみたいないでたちだ。いや、社会人としてどうなのよ、その髭と髪型は。っていうかどこで売ってんのその胡散臭いスーツ??


「花鳥風月プロデュースの花鳥です」

 名刺を見るかぎりこの風貌で経営者をやっているようだ。

「観月荘の渡会です」

 ロビーの応接セットに二人を迎え、私にとって楽しくもない時間がはじまる。


「渡会はんには、その新しく建てたホテルの総支配人としてお迎えするということで、どうでっしゃろか?」

 彼の話はこうだ。観月荘と、海沿いの幹線道路の間にある森と、その両方を更地にして、この美湾温泉の新しいシンボル的な宿にする。道路の反対側にあるスペースとあわせ新たな商業施設として開発し、今は駅から海岸の温泉宿までのアプローチになっている商店街という動線を変え、新たな観光資源としてこちらに人を呼びこもうということらしい。すでに財閥系の大手デベロッパーと話がついているとか、花鳥風月プロデュースはたんなるイベント企画ではなくこういった街の再開発に数多く携わり、成功事例も数多あります...と。

 聞こえがいいことばかりだし商工会長さんが乗り気なのもわかるんだが、ほんとうかなぁ?


 再開発されたら商店街の人どうすんの?その開発資金だれが負担するの??

 今どき高層建築のホテルなんて大箱、昭和じゃないんだから流行らないでしょう?

ヘタすりゃ三桁億円に届く建築費用の回収よりも平地にリゾート風のコテージを集

めた宿泊施設のほうが回収早くない?

 いずれにしても私の返事は決まっている。

「そもそも私、実家だからやってるだけで、支配人になんかなりたくないですけど」


お断りだ。



 横に流した前髪が落ちたのか指先で髪をかき上げながら、残念ダンディこと商工会長の大室さんが言葉を繋ぐ。

「奏ちゃんも知ってるとおりさ」

あいかわらずなれなれしいなこいつは。なんで名前呼びなんだ。距離感バグってないか?あんた。

っかいま指先に変な脂ついたんじゃないか?やめろよ。うちのソファに擦り付けるのだけはさ。



「美湾地域特有の問題もあるんだよ。海岸沿いの宿も大手資本というよりは昔からの宿ばかりで老朽化も進んでたりでさ、小さなところばかりだから廃業しても敷地がまとまらず大規模な再開発可能な土地も出てこない。

そこで、この岬一帯の敷地と観月荘さん、という話が出たんだ」


「奏ちゃんは知らないかもしれないけど、この宿と、宿の前の森はもともと先代の大山田さんが持っていたんだ。


けど、30年前に彼が亡くなったときに兄弟で分筆してしまったんだよ。

20年前に君のお父さんが廃業しかけてた、ここ、観月荘を大山田(兄)さんから買ったんだけど、いまでも前の森は大山田(弟)さんの名義なんだ。

まあ二束三文の土地なんだけどね」


 なにやら、お話の雲行きがあやしいね。


「今回大山田(弟)さんも再開発が進むなら、と土地を売ることは基本合意してるん

だよね。そしてさ、森の中の小道は私道でさその大山田さんの土地の一部なんだ。」


 それって、観月荘に入る道が無くなるってことだよね。


「無くなっちゃうと観月荘(ここ)には誰も入れなくなっちゃうんだよね」

「地元のことだろ。争っても良いことないから。できれば穏便に今回の再開発計画に

合わせて観月荘を売却という形が一番いいと思うんだよね」


...これって脅迫じゃないのかな?


「ひっ!!」

「ひぃっ!?」


 突然、大室さんと花鳥さんが悲鳴を上げる。


ん??

 私の怒りが漏れ伝わったのかなと一瞬考えたが、彼らの視線の先をみて理由がわかる。

打合せしているロビーを覗き込むように食堂からの扉の隙間から爺たちが顔を出していたのだ。

 私に言わせれば今の爺たちはべつに怒りのオーラも出していないのだが、まあ、知らない人がみたらゴットファーザーと任侠侠客の親分とという出で立ちの二人は恐ろしがられるのもしょうがないだろう。


「「な、なんであんたが...!」」

 大室さんと花鳥さんの声がハモる。

あれ?お知り合いなのかな?


「きょ、今日はだいたいお伝えしたいことは、お伝えしましたので、

また、検討お願いしますね」


 二人仲良く青い顔をしてそんな言葉を残して帰って行った。

おい、お茶飲み残してるぞ。社会人としてマナーは守れよな。

 なんであそこまであわてて帰ったのかちょっと疑問だった私は、おじいちゃんたちに聞いてみたが、


「いや、知らん奴だったな。なんだあれは?」

「しらんな。そもそもここに知り合いなどおらんし」


 とのことで、

二人がなにに怯えたのかは謎のままだった。


が、

後日、大室さんからあった連絡で、なにに竦んだのかはだいたい判明した。

「あんた、なにを考えているんだ!

御柱組なんて呼んで、美湾商工会と戦争でも始めるつもりか??」


 そして、この話は思わぬ方向に転がっていくのだ。

なにやら勝手に勘違いした商工会長はちょっとだけ態度を軟化させたのだ。


 曰く、脅迫ではなく地元の意志に従ってほしい。

もちろん、大室さんたち推進派だけではなく、地元の反対派の意見も取りまとめる。

 今度のお祭りのステージで花鳥風月さんと観月荘でお互いの美湾地域活性化プランのPRをし、決選投票という形で、どちらの案を地元の総意として役場にあげるのか決める。

 ということらしい。


...


いや、私はべつに地元を活性化とか関係ないじゃん??


しかし、


 観月荘のプレゼンが勝てば入口の私道を含めて地主さんと調整をしてくれる、という話は魅力的ではあった。

正直、入口のアプローチが人の土地だったなんて私は知らなかったのだ。この話を聞いた泰造爺ちゃんにいわせると、かなりまずい状況らしい。できればこの機会に私道分の土地だけでも購入できればと思う。





こうして、


観月荘 vs 花鳥風月プロデュースの戦いは幕を開けたのだ。





Chapter3





 今日は地元海月高校の入学試験当日の朝だ。

観月荘の前には爺たちと私。そして自転車に跨る佳菜がいた。

 そしてその横には2台の車が並んでいる。


「今日くらいは送らせてくれ、佳菜」

「いやそれは儂の!「なにをいう俺の車のほうが装備も良くて安全だ!」


 いや、そりゃ観月荘の軽トラにくらべりゃあんたのベンツのほうが快適だろうけどさ。

ちょっとその車は...。

 黒塗りのマイバッハに運転手付きで高校受験に乗り付けたらそりゃ悪目立ちだよね。

ましてやその横にこの爺が居たりしたら...

 正直佳菜の目も一瞬泳いでたし喜んではいないのは一目瞭然なのだけど...


 出かける準備をする佳菜に、心配性の爺たちがそれこそハンカチは持ったか、筆記道具は、と心配性の母親のように声をかける中、ようやく家を出るこの時間まで辿りついた。

 正直昨夜から寝坊はいかんから早く寝ろ、湯冷めしてはダメだから温かくしろ!だの正論は正論なのだがうっとうしいことこの上ない。

「大丈夫!です。駅まではいつもの道だし、駅から海月高校も5分もかからないんだから!」



ぐぬぬ~!

 正直、私としては何かあっては大変だから今日くらいは車で送りたいところなのだが、如何せん爺がじゃま過ぎた。

 ここで頑張りすぎてもいい感じに佳菜の役に立てるような画が浮かばない。

「わ、わかったけど、気をつけるんだぞ!!」



そして。


「ふぅ~」

 今は試験の真っただ中。

何か落ちつかない私は煙草に火を付けながら校舎を見上げている。


「あれ~?観月荘の奏さんじゃないですか~!!」

 唐突に声をかけられびっくりした私は咥えていたタバコを落としそうになる。

今どきは路上喫煙も咎められることも多いし、愛煙者に心休まる時間はない。

 ましてやここは学び舎の前の道路であり、校内ではないといっても褒められた行為ではないだろう。

だが幸い声をかけてきたのは警備員でも教員でもなく商店街の知り合いの娘さんだった。

 いかにもきゃ~っという嬌声が似合いそうな彼女はたしか...


「あれ??朱莉ちゃんもたしか今年海月高校に上がるんじゃなかったっけ??」

「は~い!春からはピッカピカの一年生でっす!!」

 彼女は「立花 朱莉」、観月荘にお酒を入れてくれている商店街の立花酒店の娘さんだ。

聞けば推薦でもう合格しているので今日は受験に来ている友人の応援兼でこの後いっしょに遊びに行くらしい。

「元気だね~。試験が終わる時間から遊ぶんだ」

「まだ早いですけどね。奏さんは...?」


 そう。朝、佳菜を送り出したはいいが、どうしても落ちつかなかった私は所用のついでにこっそりと海月高校まで様子を見に来ていたのだ。もちろん外から顔が見れるわけではないけどなんとなんとなくね。ま。


「ああ。妹が受験でな」

「え?」


 奏さんって妹さん見えましたっけ?と小首を傾げている朱莉ちゃん。

「ま。まあな」

 曖昧に濁してなんとなく居づらくなった私は早々にその場を立ち去ることにする。

どのみちここにいても不審者扱いされるのが落ちで、佳菜の顔を見られるわけでもない。

 残された朱莉ちゃんが不思議そうな顔をしていたが、まあ。そのうち観月荘に配達に来ているご両親のどちらかから情報は入るだろう。

 なにせうちにはお話し好きな田村さんと口が軽いペンギンが居るのだから。


っか。


 今回の買収話やら再開発を賭けたイベント対決のお話は二人の広報のおかげで一部で大変盛り上がっているらしい。


「がんばれよ。佳菜」


 そして私は今日の本題、

再開発計画の状況確認をするために商店街に向かったのだった。



 そもそも町はいまどうなっているのだろうか。

賛成派と反対派とはいうが、そもそも私は味方になるはずの「反対派」の人が誰なのか、それすらわからない状況なのだ。


「...そうなんだよ、商工会長が突っ走っちゃってる感じなんだ。あんな人じゃなかったんだけど困ったもんだねぇ」

 再開発案件で移転を迫られているエリア。駅前商店街のお好み焼き屋のおばちゃんが愚痴る。

 ここは一番安い焼きそばなら一皿400円という価格であり、私が地元の高校生だったころ土日の部活後などにお世話になっていた店だ。

 もちろんこの商店街にはマクドナルドもサーティワンもない。なんなら大手チェーンのコンビニもないのだ。そんな環境なので高校の生徒でこっそりこの店に寄る子の数はけっこう多かった。

 まさにTHE地元のお母さん、という感じのおばちゃんだ。



 私が学生時代自転車で通っていた海月高校や商店街がある駅前は高台になっており、観月荘から駅までの道は、湾にそそぐ川にかかる橋のおかげで意外と高低差もなく自転車で通えたりする。いまは佳菜の通学ルートとなったその道は海沿いの高台を走るとても景色のよいサイクルコースだ。

「もちろん、この店は続けられるんだよね?」

「いや~もうそんな歳じゃないし、ここを移転ということならもう畳もうかと話しているんだけどねぇ」

「え??」

「この町を良くするって話なのに邪魔をするのもなんだしねぇ」



 おかしい。

私の知っているおばちゃんじゃないみたいだ。

 美味しい焼きそばを死ぬまで焼いて、地元の子に食べてもらいたいと言っていた。あのおばちゃんがどうしてしまったのだろうか?


 今日のところは様子見ということもあり、

おばちゃんに挨拶して別れた私は、石畳の通りに出る。いちおう駅前通りなので車2台すれ違う幅はあるのだが、わちゃわちゃと軒を並べたお土産屋さんが店前に品を出していたりなので、実際は車1台が通り抜けるのがやっとだろう。


 そんな道を抜けた先には美湾という地区の名に恥じない美しい湾が一望できる。

坂を下った先の温泉街は数多の宿が湾内を囲み、名所である灯台のある堤防や漁港などと溶け込みとても懐かしい感じの空気が漂う。


 過去に建てられた大箱のホテルもあるにはあるが、場所としてはぽつりぽつりと山肌の高台に建てられている感じなので、たしかに坂下の旅館にくらべれば、海を感じることは少ないだろう。こうしてみると景色という意味では観月荘の立地は恵まれている。


 ふとみると今出てきた店の店内を窺うように、観光客らしい若い女の子がスマホを構えている。普段使いしてる私からしたらあたりまえなのだが、琺瑯のちいさな看板とか昭和でも戦前戦後の雰囲気を感じるような佇まい。

 わかるわかる。こんなお店はうまく写真にすればエモいの撮れるもんね。


 聞けば大室さんの計画では、既存商店街を再開発するために、

 観月荘周辺に作る新たな商業施設エリアに、希望するお店であれば補助をして居抜きで移転させたり、

再開発後に作る予定のこぢんまりとした「美湾横丁」なる施設に入ってもらおうという話らしい。

 絵に描いた餅ではあるが既存商店の営みを残しつつ新たなスペースをというストーリーだけはしっかりしているようだ。個人的には新築のチープな「横丁」や個性のない大箱の商業施設に入るブランドのお店よりも今の本物の路地とかお店を大切にするべきだと思うけどさ。


 だがおかしい。

今日私はおばちゃんの知り合いの商店街の人の話も聞けたのだが、その人もお店を手放すほうに傾いていた。

 この町を守ろうというスローガンで景観を守ってきた皆さんが、どうしてしまったというのだろうか。

おばちゃんにしてもまだ50代でもうちょっと頑張ると言っていたはずなのに、なぜか大室さんに懐柔されているのだ。


 あと気になることも一つ。

私は魔法が使えるようになってから、魔法を使った痕跡というか、その気配を感じることができるようになっている。

観月荘であれば佳菜が魔法を使った場所は半日くらいは違和感を感じたりする。

 ここにいると魔法も使えないしわかりにくいのだけど、そんな違和感と同じ、おばちゃん達の頭の周りには、なにかもやっとしたものがあるような気がしたのだ...。


 そう、後から知ったことではあるが、この騒動には画を描いている黒幕ともいえるやつが存在していたのだ...





 そしてその黒幕ともいえる男は今。

海辺の温泉宿で、湾内を一望できる露天風呂を独占し寛いでいた。

「ふぃい~~っ

この温泉というのはなかなかいっいもんですねぇ」


 先日観月荘で大室と一緒に居た、花鳥 風月を名乗る男だ。

連泊している彼はほかの客がいない時間一人で独占しやすいのだ。


「あれからここまで何事もない~っことはあの時、あの旅館にいたあいつが、一瞬****にみえたのは気のせいだったんでっしゃろね~。こちらの言葉でいえばトラウマというやつが空見させたんでっすかね~」

 いろいろしゃべり方もおかしいこの男。じつはこいつ、なにかに怯えたままにもう一週間も旅館に籠っている。


「ま、あれから何の気配も感じないってことは大丈夫ってことだったんでっしゃろし、いいってことなんでしょね」

ざばん、と、湯から上がりながら頭の上にのせていたタオルで体をはたく。


 そんな立ち上がった男の様子は露天の外から丸見えだ。ひょろっとした細身の体を見てもだれの得ということもない。現に通りかかりの漁船の船長もいつもの景色と気にもとめない。

ぱん!っとタオルで空を打ち、体をふきながら男は笑う。

「まあ、ほな、ぼちぼちやりまひょか~

あの小娘どもをぎゃふんと言わせるためなら、この世界のモン(者)を、ちょいっと操ることくらいなんてことない仕事でっからね」

 ひょっひょっひょと、いかにも小物そうな笑い声を残し、男も再び動き出すようだ。


 商工会長の大室と花鳥。二人が望むものは一体何なのだろうか。







そして。


 一週間後の観月荘では。


「だ・か・ら~~~~!!」

私、こと渡会 奏は叫んでいた。

いや、な。

 中身はとにかく一応はクールぶっているキャラのはずなんだよね。私。

だがしかし、そんな張りぼての冷静さは目の前の光景に簡単に崩されていた。

「「すまん!」」

 いやさ、爺たちよ、謝る気があるんだったら最初からすんなや。っか謝っているのにそのふてぶてしい態度はなんなんだ。

 大海爺ちゃんは観月荘のロビーの椅子に座りながら視線はガラス越しの海にさ迷わせ、

「べつに問題もないと思うんじゃがの~」とつぶやきで、


 泰造爺ちゃんは

「まあなんだ、なんだったらうちの若い衆ちょっと呼んで人数増やせば...」

などとほざきながらも視線は天を仰いでいる。

 二人とも目の前の光景を直視しないあたりは少しはやっちまった感もあるのだろう。



「と、とにかくだ!」


 もうじき佳菜が帰ってくる前に私にもやるべきことがあるのだ。



「ただいま!」

 観月荘のロビーに佳菜の声が響く。


 そこに

「「「「「パァン!」」」」」

っと鳴り響くクラッカー。

飛びだす紙テープとともに、吊るされていたくす玉が割れ、紙吹雪が増量され佳菜の視界を覆う。

「「「「「合格おめでとう~~~!!」」」」」


 派手な三角帽子の凍夜とノリノリの田村さんが横断幕を掲げ、お祝いのオードブルをつまみにすでにできあがりつつある大海と泰造は赤ら顔だ。

「佳菜、よく頑張ったな!」

 そう。先日の受験の結果が告知され、今日は佳菜の合格祝いのパーティと洒落こんだのだ。

昔の大宴会場での祝い事も演出していたという、田村さんの指導で派手に飾りつけられたロビーの思わぬ光景に佳菜は凍りついている。


「お、お姉ちゃん...?? あれ??」


そして指さすその先に鎮座する、二つの巨大なウェディングケーキ。

ご丁寧に下段で12号の3段仕立て、トッピングのイチゴが雪崩のように飾られている様までまったく瓜二つに見えるが、いちおう製造元はちがう職人さんとのことらしい。


「「被った!」」


 いやな、ちょっとは役割分担とかさ、相談とか、遠慮とか、なんつかね、もう...!


「被ったじゃないだろう~!爺っ!!

だから、食べられる分だけにしてくれとあれほどいったじゃないか~~~!」


 普通どおりに朝出かけた場所がとんでもない光景に様変わりでフリーズしていた佳菜が再起動して涙ぐんでいた。


「あ。ありがとぅ」


 滲んだ涙を手で拭い、


「でもやりすぎだよ、これ~~~!」

 笑った。とりあえず笑顔だからセーフだ!

「だろう、私もそう思う。爺には説教しといたから‥「お姉ちゃんも!!」


 解せぬ。

垂幕とか横断幕とかくす玉って普通じゃないのか??


「じゃあ、まあ、始めましょうか!」


 空気を読んでか読まずにか凍夜が能天気に声をかけてくる。


その日の観月荘はドンちゃんと。


 合格祝いのケーキは美味しくみんなで頂き完食した...

わけもなく。お裾分けに切り分けてからお知り合いに連絡しまくる田村さんの姿がありましたとさ。

すまん。




Chapter4





「何か欲しいものとか困ってることはないのかい。奏さんや?」

最近漫才コンビかなっと思うくらい一緒に居ることが多い爺たちだが、めずらしく大海爺ちゃん一人のときにそんなことを聞いてきた。

「ないね~

ここがそんなに儲かっているわけじゃないけど、残るものはあるしさ。私は十分みんなに助けてもらってるし、今は佳菜もいる。まあちょっと人手不足だったり細かいことはあるけど。自分のことだからね。」

「そうか」そんな私の言葉を受け止めて、

優しそうに目を細めた大海爺ちゃんはなんとなく寂しげではある。


「まあ、爺ちゃんたちが、佳菜をかまってくれるのはありがたい、とは思ってるよ。

あの子は考え込むといいことなさそうだし、今みたいにずっとかまってもらったこともないだろうから、いい刺激だと思うし」

そんな言葉だけで、ぱぁっとわかりやすくうれしそうな顔をする爺。


「何でも言ってくれればいいんだぞ。奏。お前だって大事な孫娘なんだし。今まで何もしてやれなかったこと、何かしたいんじゃ。儂は」

「気持ちだけ受け取っとくよ。ありがとう」

 うん。気持ちだけね。気持ちが大事だ。

お金とか物は重っ苦しくなるときもあるし。

 気を許すと爺たちは際限なく施してきそうだしね。


「あのさ」

「ん??」

「私も素直じゃないけど感謝してるんだ。泰造爺ちゃんにも...。大海爺ちゃんにも」

「...爺ちゃん」

「ん?」


「長生きしなよね」




*******



 今日は土曜日で学校がお休みの佳菜と、商店街に遊びに来ている。


 まあ、例の対決をどうしたらいいのかという情報収集の続きではあるのだが。

ほんとうは凍夜も来てほしかったのだけど、さすがに大黒柱の彼を稼ぎ時の週末に抜いてしまうわけにはいかないだろう。

 逆に忙しいときに遊びに出られるオーナーの私っていい立場だよな、っとは思う。これは決して仕事ができないからじゃないけどね。

あのペンギンが有能すぎるのが悪いのだ。


「今日はお姉ちゃんと一緒で、いいんだね?」

「そうだな、ほんとうは別々に行動したほうが効率はいいけど、佳菜一人で歩き回っ

ても誰がだれだかわからないだろうし」

 そう、先日のお好み焼き屋のおばちゃん以外の、商店街や宿のひとのお話を聞こうというわけだ。なんといっても「反対派」のひとを巻きこんでいかないと5月のお祭りステージ対決には勝ち目がない。

 調べた限りで再開発の話はここ最近持ち上がったばかりで今ならまだ方向修正はきくらしい。ごりごりと大室が押している計画が町議会に議案としてあげられるはずの6月までは。そこを超えてしまえば行政を巻き込んでの話となり、どんどん形が整っていく。観月荘もひと事ではないというか渦中にいる話なので今日の聞き込みにも力が入る。


「わるいけど、帰ってくれないかな!」

 けんもほろろなこのひとは、地元美湾酒造の蔵元さんだ。商店街の観光スポットにもなっている小さな酒蔵で自身杜氏もかねているおじさんであり、今回の商店街エリア再開発は絶対にOKできないはずの立場の人なのだ。


「でも、昔からあるこの蔵が大事だって、いつも言ってましたよね」

見学やら会合でちょっと顔をあわせたことがあるくらいでそれほど親しいわけではないが、蔵の酵母が無くなればいまのお酒も作れなくなるということで、本当であれば反対派でも筆頭になるだろうというひとだ。


「うちはもういいんだよ。どうせそう儲かっているわけじゃなし。移転なんか無理だから売却と補償のお金があればなんとかするしさ」

 ここまで言われるとこれ以上は食い下がれない。

 私と佳菜は薄暗い酒蔵を出た。

商店街にある喫茶店に移動し状況の整理をすることにする。

 ほろ苦い話ばかり聞かされて、ちょっとは甘いものも補給しなくちゃやっとれんとも言う。


「どうだった?」

「うん」

 そう、佳菜も私と同じで魔法の痕跡を感じることができるのだ。

そして佳菜いわく、やはり蔵元さんも、頭にもやがかかったように見える状態らしい。

 そしてここのマスターにも同じ違和感があると。

 喫茶店の古いレンガ造りの店内は時を経たあじわい深い飴色の木材に覆われている。

違和感なく暖色LED照明もついているが、使っていないランプのような照明器具などものこり、小傷もある丸テーブルやセットのチェアなど全体の調度品と調和しており、まるで美術館のような空間だ。こんなもの移築も難しいだろうし、移転となれば

何の個性もない今風の建家に置き換わってしまうだろう。



 思えばバーコードダンディの大室さんもそうだ。

私は知らなかったが、ここ20年くらいでリノベーションされたり、美湾のイメージ戦略を一手に担っていたのは大室さんで、そもそも成功事例と紹介されるくらいには観光客も訪れている場所なのだ。

 商店街を守ろうと頑張っていた人が、なぜ再開発の旗振り役になっているのだろうか。



 佳菜といろいろまわり、わかったことは「反対派」には商店街関係者が一人もいない事、懐かしむ住民のひとはいるのだが、やはり実際に生活に影響がある人が総じて賛成では実質反対派もクソもないだろう。

「わたし、初めてだけど紅茶もケーキも美味しいね。このお店。

なんでこんないいお店が無くなっちゃうんだろ」

「正直、今回の町おこし対決は関係ない話だと思っていたが、ここまでこの町を破壊するみたいなことは私も嫌だな」

これから佳菜が毎日通う町なんだから。素敵な町であり続けてほしいな、と思う。

 あ。いかん。

調査もそうだけど、佳菜に美湾温泉を好きになってほしい、という目的もあったな。

こんな雰囲気で終わっては好きになるどころかトラウマが残ってしまいそうだ。


「と、ところでさ」

 まあ聞く耳がないうちに、あの二人のことでも聞いてみよう。

「佳菜はTTGのことはどう思ってるんだ?」

「お姉ちゃん!またお爺ちゃんたちのことそんなふうに...」

爺たちのことを「大概うざいツィンズ爺」で略してTTG、私的にはありなコンビ名だと思うのだけど、佳菜には通じないらしい。


「でも、あそこまで纏わりつかれたらうっとうしくないか?」

「...」

 まあ即答ではなかったね。そりゃそうだろう。

でも佳菜は答えたのだ。


「ほんとに、



 最初はびっくりしたけど...わたしはお爺ちゃんたち、大好きだよ!」







「ひっ!!」



ん?

 なんかウェイトレスのお姉さんが変な声を出し、凍りついている。

その凝固した視線の先は、私たちの席から離れた壁際の席に向いていた。


 いつからか座っていた男二人。

窓際の私たちからは観葉植物や壁があり隠れてて見えなかったのだが、あれだ。

 二人とも変装していたつもりなのか普段とは違うラフなアロハシャツを着ているが、

どうみても泰造爺と大海爺だ。

 泰造はサングラスをずらし被っていたニット帽をハンカチがわりに咥えて涙をぬぐっている。きったね~な、おい!

そしてもう一人は器用にも声もなく嗚咽し天を仰ぐようにサングラスをしたまま涙を流し...


 いやさ、泰造爺ちゃんも180㎝近い身長(タッパ)、大海爺ちゃんも190㎝あるんじ

ゃないかという身長に単位が0.1tとかで、二人ともどう見ても素人(とーしろさん)には見えない風貌で...


 そりゃ、ウェイトレスのお姉さん引くよね。

こんな胡散臭い二人はめったに見れるもんじゃないだろうし...

「お爺ちゃん?」


「大海よ」

「「佳菜が大好きだよって...!!」」

「泰造よ」

「「佳菜がお爺ちゃんたち、大好きだよ!って!」」

そして抱き合い泣き崩れるTTG。


「生きていると幸せなことも降ってくるもんよのぉ~」

 こんなところで漫才やらんでもいいから...

もうお腹いっぱいです。


 そして佳菜と私は。

二人を引きずるように連れ出して、早々に観月荘にもどる羽目になったのだった。




Chapter5




「おい、御柱、おまえさ...!」


 特に親しいわけでもなかった男の子が話しかけてくる。

「行こう。佳奈ちゃん!」

 そんな男子を無視するかのよう、友達に手を引かれるように移動が始まった。

「おい、もう最後なんだしさ...!」


 さわさわとしゃべり声もあるが、胸につけてもらった深紅のコサージュのせいか皆それなりにまじめな表情をしている。

いつもの体育館の入り口も立て看板一枚とはいえ違う場所に来たかのようだ。

「卒業生入場!」

 そんな声が響き扉が開く。

先生や来賓の席、そして保護者席もすでに埋まっているのが見える。

 きっとどこかに指導員さんも座っているはずだ。

以前からの約束だったし、施設の子の卒業式には必ず誰かが出てくれるからだ。

 普通なら両親に届くはずの出席案内は、私たちの場合は施設に郵送される。観月荘では尋ねられなかったこともあり、自分からは何となく言い出せなかった卒業式。

 春からはお姉ちゃんが身元引受人にという話もあるが、戸籍上はわたしはまだ他人のままであり、施設に所属している中でインターンシップで働いている形なのだ。

「しょうがないよね...」

本当は奏お姉ちゃんに来て欲しかったなと思っている。

 けど。


それは。



「ああ。そういうことでしたら是非お願いしますよ」

 佳奈がいた養護施設の指導員さんは協力的だった。

私との血縁があるというのは法的にはまだ意味がないことで、現状はインターンシップ中の扱いであり、本来であれば指導員である彼が両親の席に座るはずだった。そのことに気が付き相談をしてみたのが昨日というのは申し訳ないところだが、昨日ポロリと佳奈が話した明日は帰りが早いから...という言葉を聞くまでは今日が卒業式だと気が付いていなかったのだ。


 金髪の佳奈の髪は探すまでもない。


 授与式で卒業証書を受け取る佳奈の姿を見れたことはなにか安堵というか、

一つやるべきことを済ませられたようで、自己満足なのかもしれないが、涙腺が緩んでしまったのは仕方ないことなのだ。



「佳奈!」

「お姉ちゃん?」

 式典も終わりばらばらと親御さんと帰路につく卒業生たち。

そんな彼らの中にみつけた佳奈に声をかける。


「もう帰れるんだろう?一緒に帰ろう」



 え??


なんで??

なんでお姉ちゃんがいるの???


 そんな疑問のあとに。うれしいという感情が押し寄せる。


「うん...!」


 来てくれたんだ、というのに嬉しいというより、ほっとした?

なんなんだろう。


卒業式を報告できなかったうしろめたさ。


「ごめんな。気が付けなくて」

 そんなことをすべて包み込んでくれるような姉のやさしさ。


 なにか。

心の底が温かくなるようなそんな気持ちを感じていた時、


「そうじゃな!「帰るぞ!」」

「今日くらいは外食もいいんじゃないですかねぇ」


 式典には参加できなかったはずのお爺ちゃんたちと凍夜さんの姿も見えた。


「ごめんなさい......」


 普通に卒業式だと伝えられなかったり。


来て欲しいと言えなかったり。


距 離を感じて距離を取っていたのはわたしなんだ、と。


わからされてしまったわたしは...


嬉しい涙とは別の涙がこぼれそうになる。


「とりあえずお祝い事ですし、お寿司とかいいですね~♪」


 なんて軽いセリフを言いながら軽くウィンクする凍夜さん。


「まあ爺がスポンサーだし回らないやつだな!」


 被せるようフォローしてくれるお姉ちゃん。


「任せとけ!」「がはははは!」


 優しいみんなに助けられる。


次に何かあるときはちゃんと...


相談しようと思ったのです。





Chapter6





「きゃあ?」

「うわぁわわわぁあ~~~?」

 観月荘の夜にお客様の悲鳴が響く。


「ちっ!」

 状況を察した私は読んでいた新聞を置き、とりあえず声のした客室棟に走り出す。

時間的に従業員の賄いまえで、夕食の配膳などには手を出していない私は手すきの時間だったのだ。


 そして。


悲鳴のあった2階の客室に辿り着いた私の目の前には...


 なんというか困惑した表情の二人の爺。

泰造と大海の姿があり、そしてその二人に怯えたお客様の姿があった。


「くぉら~~~~?爺っ!

おまえらは何も手伝わなくていいと言ってるだろうが~~~っ??」


 そう。

賄い前に暇なのはこいつらも同じで、すぐに佳奈の仕事を手伝いたがるのだ。


 爺たちの陰から佳奈が顔を出す。

「ごめんなさい~!お姉ちゃん。わたし止めたんだけど...」


 反省の色もなく爺がのたまう。

「じゃって、佳奈のこの細腕に布団など重すぎるじゃろう!」「そうだぞ!奏?佳奈が腰を痛めたら労基とか労基とか労基がうるさいぞ!」

 いや、泰造。あんた労基なんか関係ない世界じゃないのか?

なんでそこで労基にこだわる?


 とにかく脅えているお客様に謝り倒してその場を濁す。

あとで無害な見かけの凍夜と田村さんにお詫びの品を持って行ってもらわねば...


「なに判ったようなこと言ってんだくそ爺!お前ら鏡を見たことないのか?」

「食事をして帰ってきたら部屋が開いてて、おまえらみたいのがいたらそりゃお客さんも引くだろう!」


 さすがに紋付は着替えて作務衣姿の泰造と、やはり普段のスーツではなく作務衣の大海。まあラフな格好ではあるのだが、二人ともタッパ(身長)があるうえに顔が怖い。

 そして揃って眼光だけは常人のそれではない。愛想笑いの一つもできればまだ笑えるが、なぜかこいつら佳奈以外には笑顔もないので救えない。

 薄暗い照明の夜の客室から出てくるところに遭遇したらもはやホラーだろう。

ほろ酔いで客室に戻りこんなのと鉢合わせしたお客さまがびっくりするのは仕方ない...


「もう、いいから、賄いの時間だぞ!」



 そんなこんなの一幕の後ではあったが、

佳奈がもきゅもきゅと食事をし、爺は晩酌のあてで?んでいる。

 話題に詰まったタイミングでふと、

私は美湾商店街の今日までの状況を説明し、二人の意見を聞いてみた。

こんな爺でも年の功というか、今までの経験や今の立場で何か役に立つ助言も出てくるかもと思ったのだが...



「商工会長を」「この町を」

「「ぶっ潰してはどうだ?かの?」」


 いかにもめんどくさそうにそう声をそろえる爺たち

いや、社会性とかコンプラとかどうなってるのかな。あんたら。

いちおうはまじめにやってるんだろうが。


「いや、そうゆうのじゃなくね、今度のお祭りのPR合戦をどうしたらいいのか、っていうね」

「めんどくさい のぉ」


 なんとなくわかっていたが、こいつらに相談してもしょうがないか。

そろって脳筋だもんな。

 それでも、

私の考えが間違いでないのならばPR合戦のカギを握るのは爺なのだ。

 あとはどうやってなにを訴えたら町の人に伝わるか、というところだ。決戦までひと月、そろそろステージで流す映像とか作らねばならない。


 大体の絵コンテというか、草案はできていた。

花鳥が「新生」だとか新しさをテーマにして再開発を推してくることは既定路線だ。

で、あれば自ずとこちらのテーマは決まる。

 そもそも、美湾エリアは、行政とタックを組み既存施設を残こしながらのリノベーションに成功していたのだ。そう、ある意味、商工会長である大室さんはその立役者で

あり、なぜいまさら自分が作り上げたこの美湾温泉を「新生」させようとしたいのか全く意味が分からない。

「まあ。洗脳されてるにしても哀れなもんだよな」


 ただ、大室さんがどうであれ、今回の対決にはこの観月荘の未来もかかっており、私も引くわけにもいかないのだ。

申し訳ないが、(魔法も含めた)全力で立ち向かわせてもらう所存だ。





 そして。

週末の賑わいが去り、平日の観月荘は静かなものだ。


私は、イベントの予行演習として観月荘での花見酒を企画してみる。



ぼん!ぼぼぼん!


 観月荘の上空に見事な花火の牡丹が映える。


「うぉ!どうなっとる!??」

 ネット検索した花火動画を、私の空間魔法で投影して観月荘の上空で再現してみたのだ。

このところの新魔法チャレンジの中で編み出した私の最新技なのだ。

これならば今度のステージの演出もタダでど派手に行えるだろう。


 え?魔法がばれたらどうする??

知らんて。そもそも隠してないし。

 観月荘(凍夜がそばにいること)限定のこの力は使い勝手が悪いことこの上ない。

ここ(観月荘)ではできますが、そこ(TV)ではできません、なんて魔法?誰が信じてくれるというのだろうか??


 そして見るだけでは寂しいからと、

今宵は観月荘の敷地内、海辺の崖の上ある東屋で楽しみながらの食事会をという話になったのだ。

 まあ。先日はうまい鮨も食わせてもらったしな。

私なりに爺をもてなしてやろうと思う。


 やるときはやる奏さんなのだ。

検索した時季外れの夜桜画像も投影してやりすぎなくらいの雰囲気の中、今日は花火と花見酒と洒落こんでいる。


「これは見事なものじゃのう...」

ほぅっと溜息ともつかぬ小息をついて大海爺ちゃんが酒を煽る。

黒龍の仁左衛門。こんな時でしか呑めないお酒だ。けど...??

「甘露。甘露じゃ」

 いや、さすがにそれは振舞えないしどこから持ち出した?

犯人を捜すように視線を凍夜に向けると彼は万歳のようなハンドサイン...


 宿の秘蔵なんだからちゃんと金は払えよな。


「ふぅ~?」

泰造爺ちゃんはせっかくだからと燗器をもちこんで美湾酒造の純米をちょびっと温めてはきゅっと。

...ずるい!



 せっかくの場なのでつまみも豪華だ。

旬の山菜やらホタルイカ。捌いた鯛の魚卵やら白子。朝獲れ鮮魚の船盛などと、酒飲みには堪らないものが揃う。

漁港で買付け市場で美味しそうなものを買いこんで、一人で仕込んで、調理して。凍夜は偉い!

 オープンキッチン風にその場で揚げてくれる天ぷらはサクサクだ。


 佳菜は恐る恐る白子とかつまんで微妙な顔をしているが...

まあまだ未成年なのでそのへんはしょうがないだろう。

「佳菜ちゃんや、ムリはしなくともよいぞ」


「そうじゃ佳菜にはこれをやろう!」

 どこからともなく出てきた桃のような果実、なにやら薄もやがかかるような輝きを放つ。大海の手にあるそれを見た凍夜が声をあげる。

「ちょっ、それは...!」


「おいし~い!」

 皮のままいけるということでかぶりついた佳菜。滴る果汁がとてもおいしそうな匂いを漂わせている。

「お爺ちゃん、それ、私も食べたいかな~って」

 おもわず私もねだってしまう。

いや、だってあきらかに、ただもんじゃない顔してるよね、その桃は。

「よいぞい、良いぞい」上機嫌の大海。

 先に食べた佳奈がなんというかおかしなことになっている。


 魔力を感じない泰造爺ちゃんはわからないと思うが、桃を食べて何か飛んじゃったというか、体から神気とでもいうようなオーラを放ちだした佳奈がうっとりした表情だ。

私も急にハイというか...



 いや絶対に人間が食べちゃダメな奴だろうこれ?




 泰造は急に蚊帳の外というかちょっと寂しそうだ。


「...佳菜もこの酒も、少しだけ呑まん?」

っか悪いことしか言わんなこの爺。


「ダメに決まってる「だろ!「でしょ!!」」キレイにハモる私と凍夜。

「いや、それは儂でもひくわ~」大海にまでひかれている。


 そして佳菜のかわりにと盃を受けた私は。

いつのまにか泰造爺ちゃんと大海爺ちゃんと野外用の丸テーブルを囲むようにさしつさされつとお酒を呑んでいた。


 タラの芽天ぷらにウドの酢味噌。こごみはお浸しで出してきた。

いやこれが宿の懐石料理ならまああたりまえかもだけど、アウトドアキッチンでここまでしてもらえれば感動しかない。普段の厨房と違いここでここまで仕込んでやってたら明日の仕事は大丈夫なのだろうか?

「うむ」

「うまい!」


「あっぱれじゃ!」

「はっ!」

 なにやら寸劇がはじまっているようだが、まあ気にしない。

「ところで神無とやらよ、【神が無し】とはまた変わった名前よのう~!」

「いや、そ...それはただ...!」

 意味不明に酔っ払った大海爺ちゃんに詰められている凍夜は冷や汗にまみれてしどろもどろだ。

「お爺ちゃん!苗字は自分でつけるようなもんじゃないから、珍名とかスルーしないと今どきはコンプライアンスとかひっかかるから!」

 まあ、凍夜だしな。わざわざ自分で名のる偽名に厨二っぽい名前を使うやつだ。どうせ何も考えていなかったんだろう。いちおうはフォローしておいてやる。

「おお?そうか??じゃあしょうがないのう・・・」

「ははっ!」

どこのブラック企業の上司と部下かという会話を、続けようとする大海。

「まあ、呑もう」

 私は泰造爺ちゃんから徳利を奪い、大海爺ちゃんに渡したお猪口に注いでやる。

とりあえず酒の場は呑んでさえいればどうにかなるのだ。

そんなこんなとなんかわちゃわちゃとしながら宴会は続く。


 最後にはまめな凍夜が得意にしているデザートで、お手製のティラミスや温かいお茶とで締めて、その飲み会は恙なく終了したのだった。

 私も普段は飲まない日本酒を飲みすぎて、爺たちと仲良く舟を漕ぐしまつだ。

そんな酔いつぶれた三人をみながら凍夜が笑う。

「しょうがないですね~

僕が片付けますし、佳菜さんもう戻られてもいいですよ。お風呂も沸かしてますから」


 そんな声を聴きながら、

そのときはまだかすかに起きていた私だが。


「あ。わたしも手伝います!」

「お姉ちゃんとお爺ちゃんなんだから最後まで!」

そのときの佳菜のほんとうにてらいのない笑顔をみて、


 嬉しい言葉に、

ゆっくりと意識を手放したのだ。



*******



 夢の中で。

 私は。


「え~ん。え~ん。こわいよぉ」


 泣いていた。


もう思い出すこともなかった幼いトラウマ。


 一緒に釣りに行こうと、私を乗せた船を出そうとした父。


 そんな父を、泣き叫ぶ私が困らせていた。


 母と一緒のときは物心もつかないうちから乗せられて、怖がることもなかった私。

そんな私が泣きさけぶさまに父は困惑しているようだった。


 母が失踪したあの日を越え、やっと前を向こうとした父が、幼かった私を連れて海に出ようとした時だ。


 幼い私は、母に抱かれてお昼寝していた海が、

「なぜか」怖くて泣き叫んでいた。



 いつの間にか私を抱きながら、泣いていた父を。


かすかに覚えているような気がする。




私は…


 父に抱かれた記憶はそれ以来ないのだけど…





*******





「しかし、よく飲んだな」

 ちょっと重い頭を押さえながら起きた朝。だが、

なぜか心は少し軽いような気がした。



 観月荘の食事処で、昨夜はちょっとやりすぎたかなという反省もあり、


私は眠そうに起きてきた爺たちになんとなく気恥ずかしく、距離感をとりかねていた。


「おはようございます!」

いつもと同じ明るい佳奈の声。



「奏さんや朝食はまだかいのぉ」


「昨夜ははっちゃけすぎて凍夜もまわってないんだよ。とりあえず、これでも食べといてくれないかな」

私は普段はしない賄いの準備をし、ご飯をよそう。

そして、「それ」を爺たちに差しだす。


「お姉ちゃん...」

佳奈は何かに気が付いたようだ。



「おお、これは!!」

「うまい!!なんじゃこれは!」

 うまいぞ~~っとなんだかどこかのグルメ漫画の大御所のようになってどんぶり飯を掻き込みはじめる大海じいちゃん。

お気に召したようでなによりです。


「地元地鶏の朝獲れ卵だからな。醤油は専用のやつだ」


「お姉ちゃん、それ…」

 あきれたようにつぶやく佳菜。

「もしかしてTTG、じゃなくTKGってこと…?」


「料理は苦手だけどこれなら、な」


 卵かけご飯は先に白身と御飯だけ混ぜるのがキモ。これ豆ね。


 いや、まじで。別に爺たちにかけたギャグだけじゃなく。

飲みすぎの朝はこういった胃に優しいものと味噌汁が沁みるよね。




 観月荘のメンバーは今日も元気です。





Chapter7





 そして時は過ぎ。

本当の桜が咲き、そして散り始めたころのある日。


「まあ。あの時の鮪はおいしかったな」

 佳奈の中学卒業の時、お祝いで食べに行ったお鮨を思い出す。

同じような式典にふと、そんなことをつぶやく奏はけっこう食いしん坊なのかもしれない。

 自身は料理音痴で先日もいろいろ、頑張った末が、「卵かけご飯」だったのは爺には内緒なのだけど。


 今日は海月高校の入学式。

ちなみに夜はお祝いの準備ができている。


「奏さん?」

 声をかけてきたのは立花酒店の一人娘、朱莉ちゃんだ。


「朱莉ちゃんも新入生なんだろう?まだいいのか?」

「もう行っきま~す♪」

 そろそろ今年の新入生は集合のはずなのだが。

「奏さんがここにいるってことは妹の佳奈さんも同じ新入生なんですね。」

「ああ。仲良くしてやってくれると嬉しいな」

「は~い!」




「新入生入場!」

 入場を促すアナウンスで構内に入り、

保護者席にお姉ちゃんの黒髪を見つけたわたしは何かちょっとほっとした。




「もしかして、観月荘の、佳奈さんかな?」

 前に座った女の子が声をかけてきた。

 田舎の公立高校ということでわたし以外はほとんどが顔見知りのようで、ちょっと寂しい感じだったので声をかけてもらったのは素直に嬉しいかもしれない。


「私、立花 朱莉、観月荘さんにもたま~に、お酒を持って行ったりするんよ!」

 ふだんの配達で顔をみるお父さんにわたしのことも聞いていたとのこと。

こちらで数少ない顔を知っている人の娘さんとのことで一気に親近感も感じれる。

そうでなくても朱莉ちゃんは明るい感じで、きっと中学の時は人気者だったんじゃないかな。

「わたし、御柱 佳奈です。これからよろしくね」


ふと朱莉ちゃんは怪訝そうな顔をする。


「あれ?」



「佳奈ちゃんって奏さんの妹って聞いてたけど髪の色も苗字も違うんね~」



 それだけの言葉だったのに。

それから後の朱莉ちゃんの言葉は耳に入らずで式典の時間は流れていった。

 そう。

お姉ちゃんとはお父さんが違うわけで、髪の毛の色も違えば面立ちも似ているとは言えない。

苗字まで違うわたしとお姉ちゃんが姉妹だと思う人はいないのではないだろうか…

 うわのそらのまま式典が終わり、一緒に乗った車の助手席では、お姉ちゃんの横顔をまっすぐ見れなかった。

DNAなんて見えないものじゃなくもっと似てるところがあればよかったのに。

 最近はいろいろと気にすることがなくなってきていたお姉ちゃんとの距離。私の中でまた少し離れてしまった気がした。


 もちろん。

お姉ちゃんやお爺ちゃんや凍夜さんが、どう、とういうことじゃなく。


 その夜の入学のお祝いでは、

卒業式も入学式も出席できなかった泰造おじいちゃんと大海おじいちゃんがひとしきり文句を言い、大騒ぎの中いつものようにわたしも仲介したり。


 このところの「いつもの」騒がしい日常が過ぎたけど、


 朱莉ちゃんの何気ない一言が

わたしの心に刺したとげみたいなものは抜けることはなかった。






 昨夜も入学祝で宴席となり、そのすべての準備やら片付けもあった。

平日というのに仕事量が多い凍夜がぼやく。

「ぼくも暇じゃないんですけど...」

そんなボヤキは所詮、拒否権のない彼には無意味なことなのだったが。


 私は、駅前の商店街まで買い物に出るという理由をつけて、凍夜をひっぱり出している。

なぜならば、

「おまえが居なけりゃ私は魔法が使えないわけだし、商店街で感じる違和感の正体もお前ならわかるんじゃないかとな」


「いや、それ、朝から漁港で仕入して、今から仕込みの僕と関係ないんじゃないですか??」


「凍夜、私はオーナーとして身を粉にして働くお前に感謝しているんだ。

意味のない時間をお前に過ごさせるわけないだろう!!」

「え?いやそれは【意味はあるから働け】ってのの言い換えなんじゃ???」


「商店街に漂う魔力の残滓や、それがなになのかの判断はお前しかできない!」


 私はいかにこの時間が有益かを述べて、


凍夜は今やるべきことが数多あると主張する。


 些細な見解の相違だね。

結局は本人のやりたいことや抱えている仕事より、上の都合が優先されるのは世の習いなのだから。

「あきらめろ。お前に出来る事をすればいいだけなんだからな」



「うわぁ...」

 そして町の人を見て状況を知った凍夜がつぶやいた。

毎朝行っている漁港の市場はこんなではないらしい。

「いつからなんだろう。少なくとも年末に買い出しに寄ったときはここまでの気配はなかったのに...」

 いくら普段商店街に来ないといってもたまには来ることもある彼の言葉だ。

信じるのであればこの異変はここ数カ月のことなのだろう。

「確かにこれ、みんな洗脳されちゃってますね......」

「やはりか!」

 私としてもピタリとはまるパズルの一枚に異を唱えるつもりもない。

問題は。

「どうすればみんな正気に返るんだ??」

「え?」


 凍夜はきょとんと、なにを言ってるんだくらいの顔で応えてきた。

「無理ですよ。書き換えられた思いは記憶として根付いちゃいますし。これだけ長期間思いこまされた思考は単純に上書きできるもんじゃないですから」


「これを、上書きして、もとの状態に戻して今までのことをなかったことにするなんてそれこそ神の御業でもなきゃ無理ですよ!」


 そして、

最後に凍夜は何か気になるようにつぶやいていたようだが、

その言葉は私の耳に入ることはなかった。






「この状態が僕の知る洗脳魔法だとしたら...


これは...?」





*******




「花鳥さん! なんでこんな面倒な手順を踏まなければならないんだ?

住民の総意もなにも、町長あたりを手なずければこんなイベント必要もないだろう」

前髪をバーコードにしているちょっと残念なダンディ、商工会長の大室がほざく。


(あ~...

メンドクサイのはアチシでっすよ。あんたみたいにキメッキメに洗脳されちゃうバカばかりなら楽なんでっすがねぇ)

なんて言葉を呑みこんで胡散臭い笑顔で花鳥は答えた。


「まあ町長はんも、観月荘んとこの地主はん、大山田(弟)と同じで相性が悪いんでっね~」

そう、弱体化が激しい花鳥の力では何か隙がないと洗脳すら思うままにはできないのであった。


「役に立たん奴だな!」

一度ぶち殺してやろうかこいつ、なんてことを考えている花鳥だがそれを言葉にすることはない。


「まぁま、大室はんも分ってるっしょ。今回のイベント対決は鉄板すっに」

「まあそれはな。あんたの力は認めるさ。いまは反対派なんてないも同じだからな。

住民の総意となれば議会も動かざるを得ないし、決議さえ通れば後は一気に押し進めてやる」


 長年の夢、「と信じ込まされた」美湾温泉再開発計画。

形になった暁の絵でも思い浮かべているのかちょっと気持ち悪い笑顔で大室は笑った。


「ぐふふ」


 そんな大室を横目で見ながら花鳥は嗤う。

(哀れなやっちゃやで~。そもそも大手デベロッパー云々は大嘘なんでっすけどね。

まあもうしばらくは夢でも見てるといいんっですよ。こんなに躍らせやすい馬鹿はなかなか見つけられないっからねン)

 そう、「今の」花鳥は抵抗が少ない人のごく一部の意識の改竄くらいしか力を使うことができなかったようだ。もともとの力のほとんどを失っている彼のこの計画、思ったよりもしょぼい張りぼてだったようだ。


 そして大室に聞こえないように花鳥はつぶやいた。

「あとは野となれ山となれ、大室はん、ちゃんと責任とって~や」


 そこに浮かべた人外の邪悪な表情をみることがあれば、あるいは大室も正気に返ることもあったのかもしれない。

しかしそんな花鳥の思惑に気づくことなく、バーコードダンディ大室は踊り続けるのだ。


美湾温泉崩壊のその時まで...






Chapter8






「それで、俺たちにどうしろというんだ?」

「票集めとかなら無理だからな」

 御足労を願い、ここ観月荘に集まってもらったのは、美湾温泉エリアの再開発計画の反対派の皆さんだ。

最初は多数派だった反対派が切り崩され、今や少数派になった彼らの気勢は鈍い。田舎は縦社会、なんて言い方もするけど横も強いからね。

 空気を読まない人もいるけど、基本は長いものに巻かれちゃうのが田舎なのだ。


「イベント対決のPR映像の撮影に協力お願いしたい...んです」

 私もまあ目上の方々なので一応は言葉遣いも気を付けている。

素を出すと反感くらいそうだしな。


「うちのお父さんもお母さんも、そんな映像を撮るのには協力できないの一点張りなんです!」

 なぜか混ざっている酒屋の朱莉ちゃん。

「まあ。それくらいなら考えなくもないが...」


「皆さんは開発エリアから外れてたりで、助成金もなしで開発期間1年以上の売り上げも落ちちゃうわけですよね」

「まあ、な。そもそも今の大室さんはおかしい」

「だから、ちょっとだけ協力してもらって、【反対派】なんてかたっ苦しい名前じゃなく、協力してほしいんですよ」


「うう~む...」


「ね、おじさま、お★ね★が★い★?」


朱莉ちゃんの必殺上目遣いがさく裂だ。


あ。

デレたぞ、こいつら。

落ちたな。



「わ、...わかった」


その日から本格的に私たちの映像撮影は始まったのだ。





 そして、時はせまり。

花鳥風月プロデュース vs 観月荘(&再開発反対派)のPR合戦はいよいよ明日に迫っていた。

 人数はそう居ないが、反対の声をあげている人たちにも協力してもらい、PRする映像は出来上がっている。明日日曜のお昼からのステージでお互い5分の映像や演出でPRし、そのまま投票という段取りだ。


 ちなみに、審査員として地元商店街を代表した20名が選ばれており、審査員は一般投票者100人分の投票権を持っている。会場のキャパシティからしても審査員の意向が総意となることは確定であり、商店街には洗脳されている人しかいないので結果はわかっている出来レースだ。




 今日はそんな会場の下見もかねて、私と佳菜は屋台が出並ぶ駅前通りを歩いていた。

まだ開場したばかりのこの時間には見れないが、

日暮れの時間には、海へ下る坂の先に湾内ののどかな風景と海原を望み、そこに夕日が沈んでゆく場所だ。

 今日も夕方の時間には、そんな景色に酔いしれる大勢の人で賑わうのだろう。


 いまの時間も明日のイベント用に資材の搬入などできるのだが、

うちは特設モニターに写す映像のデータだけなので必要はない。ちらっとみえたステージ脇の準備備品には「花鳥風月プロデュース」が何やらいろいろ持ち込んでいる様子がうかがえた。


「姐さん!」

 人混みの中、唐突にかけられた声と、見たような屋台に嫌な予感があった。

まあこういった出店は似たり寄ったりだけど、そのテント生地の道側に面したところに「御柱産業」との文字がある。

「だれが貴様のお姉さんだ!」

 本気で嫌そうにしている私のことなど華麗にスルーするこいつは、まあ説明しなくてもわかるだろう。

泰造爺の御柱組の「ヤス」さんだ。


 いい歳なのにスカジャンにサングラスと昭和のバカ者のような恰好をしている。

っか、今どき若者はこんな格好はしないので、年相応というのがこれでいいのかもしれない。いまも若い衆にいろいろ指示をしていたようだ。

「寂しいっすね。たまには組にも顔をだしてくださいよ」


 やめろ!なぜ私が距離をとっていると思ってるんだ?

ヤスさんも悪い人じゃないし、本気で私を身内認定しているわけではないようで、それが逆にこのなれなれしい距離感になるのだろう。

 肩を抱くように手を伸ばしてくるのを躱すが顔も距離が近い。


「オヤジも寂しがってるんですぜ。あれで。...って。あれ??」

ふと怪訝そうな視線に、佳菜がいることに気づいたヤス。


「こちらのお嬢ちゃんはもしかして?」


 一刻も早くこの場を立ち去りたい。

そんな私の退路を断つようなマシンガントーク。

 立ち話もなんなのでとお祭り用に組まれたテーブルに連れ込まれた私たちの前には、食べきれないほどの食べ物が並んでいた。とくに御柱産業の今日の売り物の唐揚げは、どこぞのでかいバーレルみたいなものにてんこ盛りになっている。

 半分諦めモードに入っている私は、ペットボトルのお茶を飲みながら摘まむものは摘まませてもらう態勢だ。佳菜にも食べていいよと声はかけたがまあ、この状況で笑顔でパクパクとは食べれないよね。

 私は運転が無ければ生ビールでも買ってきてきゅっとやりたいところなのだが。


 佳菜は、もきゅもきゅとヤスさんが買ってきてくれた湿気たポテトを食べているが、なんか小動物みたいでかわいいんだが、確実にその目は死んでいる。

「もういいから!!食いきれるわけないだろう!」

 さらに追加で何か買ってこいと若い衆にお金を握らせてるヤスに私はたまらず声をあげる。が。いいからいいからと言うように軽く手を振りいなすようにスルーするヤス。


「どうせ車で来られてるんでしょう?なんなら観月荘までデリバリーもしときますから、それより」

 ここまで我慢していたのだろう。対面に座る佳菜の目線に合わせるようにテーブルに肘をつき身を乗り出しながらサングラスを外すヤス。


 いや、だから、近いって距離!なんでパーソナルスペース乱しまくるんだ?

「御柱のオヤジに世話になってる田宮 政安と申します」

 こいつら、線引きしっかりしているからな。寄りつかない外孫の私よりも佳菜のほうが「目上の身内」になる可能性があるわけだ。それなりの礼を見せて仁義をきる。


「響子お嬢さんの娘さんで、佳奈お嬢さんは、御柱の家に入るかもしれないお方と聞いてやす。あっしのことは家族だと思って気軽にヤスと呼んでください」


 まあね。いい人なんだよヤスさん。

けど、サングラス外したほうが怖くなる人ってすくないよね。一部界隈でヤス睨みと言われているらしい、その視線の先には食べかけのポテトをぽろりと落としてフリーズしている佳菜の姿があった。





「お姉ちゃん!!」

 お持ち帰りした唐揚げの匂いがこもる車の中。佳菜が泣きそうな声で呼んできた。

ぷるぷるとしてるのはこらえてた怖さがいまごろ来てるのかも。

 いや~

佳菜ってさ結構我慢強いし、笑顔を崩さないんだけど、なんだな。ヤス睨みは効いたな。

ってそうじゃない!!


「説明が足りなかったな」

 まああの泰造爺ちゃんの風体をみて察しろとは思うが、おもえば御柱の家のことをちゃんと説明したことはなかったな。

そりゃ、急にあんなのが出てきて、「お嬢」だの「姐さん!」だのと声をかけて囲まれたらたまったもんじゃないだろう。


「泰造おじいちゃんの家のひとなのね...」

 かるく説明をして状況は理解できたのだろう。

家に帰るころにはちょっと落ち着いてみえた、そう思ってしまった私は、


 やはり。

佳菜のいろんなことが見えていなかったのかもしれない。







 こ忙しい土曜日の観月荘は、

満員とはいわないがそれなりのお客さまも迎えていた。


 私は午後からの受付、佳菜はお客様のご案内からバイトに混じって布団敷きなどこなしている。賄いの夕食はもう少し遅い時間からだ。

 そんななかで小腹の空いた私は余っていた唐揚げを温めて、ハイボール缶でぷしゅっとやっていた。もちろんやることはやったし、ここは観月荘ではなく裏の居住部分の居間である。



 正直今からの時間を素面で迎えられるほど私の腹は太くない。


「ふむ~この唐揚げとハイボールという組み合わせもまた、いいもんじゃのう」

 テーブル越しに私の前には大海爺ちゃんの姿がある。

今日はもうひとっ風呂すませたようで浴衣姿でくつろいでいる。


 あ。ちなみに観月荘の浴場は三階にあり、露天もついた絶景の温泉風呂です。

おすすめ。


…脱線したな。


 今日はそんなおちゃらけた話の入る余地はなくマジの勝負だ。

明日のイベントの成否を握るのはこの爺なのだから。


「爺ちゃん、前になにか困りごとはないかと聞いたよね」

「ん?」

私は「身内」の気軽さに甘えて一歩踏み込む。




「じつは困ってることあるんだ」







 そもそも隠す気があるのかないのかわからない、

大海爺ちゃんと凍夜の関係。それは爺ちゃんの正体につながるものだ。


 もちろん、この場を迎える前に凍夜はきっちり締めてある。

そう、

 大海爺ちゃんが祖父を名のり、自分の戸籍謄本に父の名前があるものを見せてくれたり父のふるさとの話も隙なく語ったり。ある意味凍夜の不可解な行動が無ければ大海の素性を疑うことはなかったかもしれない。


 初対面のはずの大海に対し顔を見た瞬間にあからさまな恭順の意を示し、それからの

毎日甲斐甲斐しく尽くす凍夜の姿は違和感しか覚えないものだった。

 私は凍夜を問いつめていた。


「だから~~!」

 私に詰められて半泣きの凍夜が叫んでいた。

「ネタは上がってるんだよ凍夜!お父さんの葬式の後の手続きで、私が戸籍を何通取ったと思ってるんだ?間違いなくお父さんの戸籍の「父の欄」は除籍、もう死んでいると書かれていたんだよ」

「奏ちゃんのその詰問モード、ほんと嫌なんだけど、なんでかな~。だいたい全部詰め終わってから確認してくる感じでしょ

...たまったもんじゃないんだよね、それ...」

「そうだ。それが嫌なら正直に白状しろ!

大海爺ちゃんが来てからもう一度とった父の戸籍に大海の名前がちゃんと記載されてたりとか、こんなのもう国家権力か神様でもないかぎり改竄できないだろう!」


「それと加護?だったか??大海爺ちゃんが観月荘に来たら急に佳菜も私も魔法の力がUPしたんだ。

そして、たしかに何か繋がりを感じるというか私も感覚的にわかるんだよ」


 そう。私と佳奈の魔法の力は、凍夜の説明を信じるならば海神の血を引く巫女の力なのだ。

溜息をつき肩をすくめて私は続ける。


「だいたい!お前のその態度!あからさま過ぎだろう!!」







 そして場面は戻り住居スペースの居間のなかで、


「おお!なんでもこの大海に頼るが良い!!」

 孫娘に頼られたと思い、大海爺ちゃんはデレモードだ。


「どうもさ」

 そんな爺ちゃんに、私はおもわせぶりな言葉をぶつける。

「爺ちゃんの…【知り合い】っぽいやつが居るんだよね」



「…ほぉ」

 ぎょろり。と爺の雰囲気が変わる。



「それはいかンのう。で、この儂にどうしろと言うんだ?」

 急にその声のトーンを落とした爺ちゃんは、

いつぞやの凍夜のようにいまにも人の姿を失いそうな気配だ。

いや、要らんから。べつにここで怪獣大戦争をしてほしいわけでもない。


「明日会場に来てくれるだけでいいんだ。それと、」

「なんじゃと?あの桃をくれじゃと??それだけか??」


「ああ。そしてたまには役に立てよ大海爺ちゃん!」

 なんというか、孫溺愛のお爺ちゃんが板につきすぎたせいか、

私に無駄飯食らい扱いされたせいか、大海爺ちゃんは口から魂が抜けたかのような呆けた顔をしていた。


 いや、だってさ。

このイベントはあくまでお父さんの観月荘を守るための私の戦いだし。

爺には爺で自分の穴だけしっかり拭いてもらえればいい。


「頼りにしてるよ。お爺ちゃん」

 珍しくそんな言葉が素直に口からでて私も驚いたが、

言葉を掛けられた大海爺ちゃんが本気でデレていたのをみてちょっと引いたのは内緒だ。


 そんなこんなで決戦前夜の夜は更けていく。


 さあ!







 そう。

あとは、明日の対決を待つだけ!

 そんなふうに考えていた私がおりますた。



「おねえちゃんのばか~~~!!」




 いま私はあせっている。

いままで出すことのなかった感情をむきだしにした、佳菜に怒られているからだ。

 きっかけはいつもの泰造爺ちゃんのひとことだったのだが、どこでルートを間違えたのだろうか。正直ここ最近で一番のピンチかもしれない。





 先程の大海爺ちゃんとの対決を終え、

正直私は気が抜けていた。

 そんな私に関係もなく、今日もまかないの時間には泰造爺ちゃんが熱燗を抱え込んでご機嫌だ。

泰造爺ちゃんも大海爺ちゃんもお客様にだすコース料理ではなくこの時間に晩酌を、佳菜や私といっしょに食べるのが好きなのだ。

 もっとも当日のコースの中でお気に入りのものがあればこちらでも出させているので準備をする凍夜の負担は激増していたりする。

「なあ佳菜、そろそろあの話、うん、っと言ってくれよ?」



 あの話、そうたびたび泰造爺ちゃんがぶつけてくる佳菜を養子にというお話だ。

本気なのはわかるけどもうちょっと変化球のほうが良いんじゃないかなぁ、と思わなくもない。

「お爺ちゃん、私...」

「もちろん、ここを出ろとは言わん。今のままでいいんだ」


 正直私はこの話は佳菜が判断するべきだと思うし、

今まで口を出したことはなかった。

 ただ、悪い話とも思っていないしお酒も入る中でそのとき、つい口に出してしまったのだ。


「私も…佳菜は泰造爺ちゃんの養子になったほうが良いと思うけどな」


なんの悪気もない。

実際そのほうがいろいろ便利だし、泰造爺ちゃんがそれでいいというのであれば佳菜の生活は今とまったく変わらないのだから。

そしてそれを聞いた佳菜は、


「おねえちゃんのばか!」

今まで覗かせたこともない顔を見せたのだ。


 大きな瞳にたまった涙が今にもこぼれ落ちそうだ。え?なにがいかんかったん?

「いや、けどさ、今のままじゃあ書類の上では他人のままの状態だしさ」


 その言葉を聞いた佳菜は。信じられないものをみたように私の顔を見る。

落ちそうだった涙は勢いよく流れだす。

「バカっ!!」

 立ち上がった佳菜はそのままの勢いに自分の部屋に戻っていった。

そして残されたのは爺たちと私。


 いたたまれない雰囲気の中で、

「あ~、たぶんあれだ。実は今日、御柱のヤスさんのことだいぶ怖がってたからな」

 半分言いわけのように佳菜の不機嫌の原因をヤスさんに押しつけようとした私の言葉。遮るように爺たちの言葉が被る。

「奏ちゃんや」「奏!」

 大海と泰造爺さんと一瞬アイコンタクトというかなにやら意思疎通があったようで、

いつになく厳しい表情の泰造爺ちゃんが言葉を繋ぐ。


「言われなきゃわからんのか。あれは奏に怒ってるんだぞ!」


 正直意味が分からない。

「やはりわからんか...おまえも大概だな...」

ここまで詰められなければいけないほど悪いことをしたのか、私は?


「佳菜が一番家族でいたい人は...だれだ?」


 泰造爺が顔を寄せて正面から問う。だから...!

私はこういう距離感は嫌いなんだ!!




「...それはお前なんだぞ!」

わかっているんだ。わかっているけど、


私は...


そんな私を見つめ、そして

表情を緩め、幼い子供でも見るような顔で爺は言葉を繋ぐ。


「ちょっとした言葉の行き違いで無くなるようなもんじゃないんだからな。家族って

のはよ。一晩ゆっくり考えてみろよ」






Chapter9






そして、


 天の岩戸ではないが部屋に籠った佳菜が出てこないままに対決は当日をむかえた。


 今日の作戦のカギは佳菜であり、もし協力が無くなれば頼りたくはない爺ちゃんたちに頼まなければならなくなる、かもしれない。

 私は最後に言葉をかける。


「佳奈、もう出かけなくちゃいけない時間なんだ」



「…行きたくない」部屋から聞こえるか細い佳菜の声。



「佳菜…」

 後ろ髪を引かれるとはこんな気分なのだろうか。正直イベントの対決よりも、なんなら観月荘よりも、なにもかも置き捨てて今は佳菜と話をしなければならない気がする。


 だが、現実は無常だ。

今から向かわなければステージの準備には間に合わない。

「凍夜、佳菜を頼んだぞ」


 そう、決戦当日のその日。

時間に押されるままに私は、一人で会場に向かうことになったのだ。




*******




「花鳥さん、準備はいいですか?」

 ここはイベント会場からほど近い大室米穀の倉庫である。

そう、商工会長である大室の会社の倉庫である。会場からの距離もよく今回のイベントの道具置場などにもなっていたが、当日の今日はそのスペースも空いており、そこには扇風機に当たりながらダレている一人の男の姿があるだけであった。

 キャンプ用のチェアに座り顔を近づけるように風を受ける花鳥。その顔の長いひげが風にあおられたなびいている。本当に物理的にどうなっているのだろうか。

「とりあえず、大室はんはもう行ったほうがいいんちゃいまっか~主催者なんですし」


 季節外れの暑さにダレたこの男、すっかりやる気を失っているようだ。

「準備ったって花鳥風月プロデュースで映像も準備したし、演出のスタッフもおるんでっから、とくにあちしがやることないざんしょ~。まあ顔はだしまっせ~」

 あまりに無責任なその様は文句の一つも言いたくなるところだが洗脳されている大室はただうなずくことしかできなかった。

「じゃあ、先に行ってますからね。頼みますよ、ほんと」


 大室の姿が消えたのを見てから花鳥が独り言ちる。

「あちしも大概暑いのは平気なんですけど、日本の四季は狂ってますね~」



 ふと開けっ放しの倉庫の扉、その外に何かをみつける花鳥。


「んん??」






*******





「もう!」


 信じられない!一緒に準備してきたのだから今日わたしがやらなければならないことはわかっているし、いったいお姉ちゃんはわたし無しでどうするつもりなんだろうか??


 だから、


 きっと、

お姉ちゃんはドアを蹴破ってでもわたしを引きずり出して、連れて行くものだとばかり思っていたのだ。


 しかしお姉ちゃんは一人で行ってしまった。


「ばか!もうちょっと声をかけてくれたっていいじゃない!!」

 もちろん判ってる。間違えているのはわたしで、置いて行かれたのはお姉ちゃんの優しさなのだ。


 でも、そんなボタンのかけ違いみたいなものでこれまでのお姉ちゃんとの時間を無かったことにしたくない!

わたしは追いすがる凍夜さんを振り切り、自転車に乗って会場まで来ていた。


 そして駐輪場に自転車を置いてステージのほうに向かおうとした、その時、


「おんや~これはこれは」

 誰かの声が聞こえた。


 そこには細身の黒いスーツ姿。おかしな髪型にちょび髭。あからさまに怪しげな男が立っていた。

それに…この男から感じるこの気配?


「巫女の片割れでっすか。残念ですねぇ」

 はぁっと溜息をつきながら男がつぶやく。


「も、ちょっと前に出会えていたらちゃんと吸収してあげれたんでっけどねぇ」

 うひょひょっと、かるく手をあげた男から何かの力が出されたように見えた。

大きな手のような形のそれはあっという間に、わたしを鷲?みし、身動きもできなくなる。


 声も出せないままに意識が遠のいていく...


「まあ。いっまのタイミングで見逃すこともないでっしょ。イベントに何をするつもりかわかりまへんがちょっくら邪魔だけさせてもらいまっせ~♪」







「姐さん!」

 イベント会場で機器の最終確認などしていた私に声がかかる。


 正直、今日の作戦の半分は佳菜ありきのものなので私一人での上映では花鳥たちのPRに負けてしまう可能性が高い。

そんな焦りともあきらめともつかない気持ちの時に声をかけてきたのはヤスさんだった。


「あのさ、私は関係ないって何回言えばいいのかな。今忙しいので申し訳…

「あねさん、見間違えじゃなけりゃ佳菜お嬢さんだと思うんですけど」

「え?」

「なんか胡散臭い男に倉庫に連れ込まれたかもしれないですぜ」


 ヤスさんの話では佳菜?みたいな女の子が、自転車置き場から出てくるところで細身のスーツ姿の男に話しかけられて、

そのまま男についていくようにふらふらと倉庫に入っていったとのこと、らしい。

 見かけていた唐揚げ屋の若い子が後からあれは佳奈じゃないかと気がついたらしい。


「ありがとう!」「え」

 なにか言いかけるヤスさんを置き去りに私は倉庫に走りだす。

こんな田舎に佳菜の金髪は目立つし、自転車置き場の横の倉庫と言えば商工会長の大室さんの倉庫しかない。








「花鳥!」

 倉庫に着いたとき、片隅のコカ・コーラのベンチの上に意識がないように見える佳菜が、寝かされており、

その姿を見た私は思わず吠えていた。


 その声を聞き扇風機に当たりながらラジオを聞いていた男、

花鳥がゆっくりこちらを向く。

「おんやおや。今日の観月荘はんのステージは寂しいことになりそうでっすね」


「ふざけるな!佳菜をどうするつもりだ!」

 この倉庫に入る時にちょっとした違和感を感じたが、あれは外と中を遮断する魔法かなにかなのだろうか。

 祭りの喧騒も私の声も何かの膜にかかったようにそこで区切られる。ここが賑やかなお祭りの中心にほど近い場所だと信じられないように静かな空間にどこかの局のラジオだけが響いている。


「ちょ~っと煩いっすかね」そうつぶやいた花鳥の声とともに、そのラジオの音も消えていった。


「どうもしまひぇんで。本来であれば半身の巫女であるあなたも、そこのお嬢ちゃんもあちしのものにしたかったんですが、いまのあちしじゃ、あなた方に宿る神の一部を回収する力も残こってへんでっすからね」

ひゃははははっと高笑う花鳥はなんというか見事に絵にかいたような悪役っぷりだ。


「うちにいるペンギンに聞いたぞ!お前は海神の眷属でありながら力を蓄えて、邪神を名のって暴れたんだろう。いったいここでなにをしたいんだ?」


そこまで話していて花鳥はふと寂しそうな顔をみせる。








「なにを…? なにも?」




「も~う、なにも残こっとりまっせ~ん!

ひゃははははぁ~♪


あんさん方にちょっかい掛けたんはたんに嫌がらせでっせ~い」

 ひゃははっといちいち高笑い。なんというか癇に障る笑い方だ。


「じゃあなんで美湾温泉商工会を巻き込む必要があったんだ!!」

 はぁ~っと息を吐き。そんなこともわからないのかという顔で花鳥が言葉を繋ぐ。


「あちしは単にあんたがたが苦労するのをみたいだけなんっす。

いまさら、ちょっかいだしてもな~んもメリットもないっすし、守護はとにかく海神の加護に手を出したら、いまのあちしなんて欠片も残さず消されちゃいそうでっすしね」「だから、」

 彼の顔が邪悪そうに歪む。


「うさばらしっすね~?」





「たまたまね。大室はんの昔の夢を齧ってみたらちょうどいい感じであんたんとこの宿を巻きこむ話があったんのね」

 くくくふひゃ~っと嗤う花鳥。いつかの凍夜のように人型を維持する気もないのかもしれない。

どんどんと人であったもの、に変化していく。



そして...



 その瞬間いつのまにか花鳥の横には、


「もういいじゃろう」


普段よりも大きく身長は2mを超えているようにもみえる大海爺ちゃんが居た。


 白色の貫頭布に薄金色のマントを纏い、神気というかおかしな圧力を放っている。

まあありていに言って神々しいとはこういう感じなんだろうか。



大海爺ちゃん、こと海神は寂しそうにつぶやく。


「儂の分身ともいえる巫女と儂の一部でもある眷属と争うことはまかりならぬ」




なんというか脳内ではあれだ、

「おしおきだべぇ~!」


「あひゃ!あ。ぁあああああ!!これ以上失えばあちしは...」

 断末魔の悲鳴をあげながら花鳥の姿が解けてゆく。

「滅することはない。また一からやりなおすのじゃ」


 そんな言葉とともに

海神の一部として生まれそして様々な力を取り込み亜神ともいえる存在に成りあがったもの、今はその力を失い人の姿で花鳥 風月と名乗っていたものは...

消えた。


 そして...


 そこに現れたものは...


花鳥の髪型を思わせるとさかなのか羽なのか。


 頭を飾るそれはかっこよくみえなくもない。

そして彼が着ていたスーツを思わせる黒く短い毛並み。


 凍夜のその姿よりもすっきりした体形の「それ」は...



どこからどうみてもペンギンだった。


 なんというか凍夜がちょっとかわいらしいアデリーペンギンだとすれば

こいつはちょっと拗ねたイワトビペンギンという感じだろうか...


まあ要約すればペンギンであることに変わりはない。


「あんたの眷属はペンギンしかおらんのか~~い!!」

 おもわず突っこんでしまった私を誰が責めることが出来ようか。


そして

「いや、だって、儂、海神ぞ?眷属と言えばこいつら以外、イカとかタコとか…

里の守護にだせるようなやつはこいつらしかいないんじゃもん…」

 シロクマとかシロクマとかいるんじゃないの??っとおもわず突っこみそうになったが、まあな。と納得はした。

いや、だって、私もイカとかタコの守護獣なんていやだもんな。





「起きるがよい」


 言霊とでもいうのだろうか。特に魔法とかではなく言葉自体が力を持つようだ。


 海神の声とともに、気を失っていた佳菜が浮かぶように立ち上がる。

そしてその瞳が開きしばらくは虚ろな表情を見せたが、やがて意識を取り戻したようで、

きょろきょろと視線をさ迷わる。


「お姉ちゃん?おじいちゃん??」


 そんな佳奈のフォローをするでもなく海神モードの大海お爺ちゃんが告げた。

「さあ、行くがよい!」


「彼奴が居なくなっても暗示とその積み重ねで出来た認識が変わることはない。

奏、佳菜、おまえたちの計画の出番はこれからじゃろう」




「いくよ!佳菜!」

「う?うん?」

 佳菜の返事が疑問形なのはまあしょうがないところだ。

なんというかちょっとついていけないところもあるのだろう。


 だって、気がついて起きたら、お爺ちゃんは変な格好してるし、その足元にはペンギンが転がっていたわけで、この状況に何の疑問なく対応できる人がいたらそれはそれでおかしいと思うしな。

 でももう詳しい説明ができる時間もない。

私は佳菜の手をつかみ倉庫から飛びだした。


 倉庫の入り口に置いていた【それ】を佳奈に放り渡す。


「佳菜!これを!!」




*******





 今の駅前商店街は振り出されて転がり始めてしまったダイスだ。


 花月が消えた今、たとえプロジェクトが動き出したとしても、いろいろな意味で形にならないことは確実だ。が。

だとしても、サイコロの目が決まってしまえば止まることができない。少なくとも商店街のひとは大きなしこりを抱えていくことになる。



 でも、

今なら止められるのだ。

「ごめんなさい!」

「どこ行ってたの奏ちゃん?」「もう始まっちゃうから!!」


 先程渡した「桃」を懸命に、もきゅもきゅと頬張っている佳菜。

そして、

祭りのざわめきを静まりかえらせるように、


ど、ど~~ん!!!どん!どんどんどどどっと突然の花火が打ちあがる。


 花鳥風月プロデュースのプレゼンが始まったのだ。

まだ昼中の時間には奇麗な火花の牡丹や冠はみえない。

が、演出のつかみはばっちりだ。っというか、うちの演出も花火なんでまるかぶりじゃん!


 そして始まる花鳥のPR映像は...


 今の観月荘とその前の森を写すドローン映像で始まった。

そして再開発計画のキャッチフレーズ「NeoBIWANルネサンス ~いまここは新たなステージへ~」の文字とともに再び現れた岬には、瀟洒な多層建築で何棟かが連結されたいかにもなリゾートホテル風の建物のCGに置き換わる。

 どんどん引いていきながら、その周辺エリアにコンセプトの統一感がある商業施設エリアを映し出し、ズームUPされたその商業施設には幸せそうな恋人や親子たちが笑いあう。


…再開発された駅前エリアも新設の美湾横丁に人が溢れ、シンボル的な半円形のスタジアムのような形をした店舗エリアや足湯、そして観光客そして町の人の笑顔を写しながら…


 最初の花火だけではなく、スモークマシンの煙やコンフェッティキャノンの紙吹雪がタイミングよく吹き上がり、いやがおうにも盛りあがっていくなかで、映像のラストにはステージ全体フレームジェットでの火柱だ。

 お~い!田舎のステージ5分間のためにどんだけ金かけてるんだよ、おい。

「すご~い...!」

 佳菜など普通に感動している。


字幕やナレーションなどもテンポよく、花鳥のPR映像は終わった。



 そして、

「それでは続いてのステージでは私たち【観月荘&美湾ブラザーズ】によるプレゼンとなりま~す!」

 司会は酒屋の朱莉ちゃんだ。

ちなみに紹介された美湾ブラザーズは先日のおじさま方。反対派では格好がつかないということでブラザーズを名のった彼らは平均年齢で65歳のブラザーたちだ。


「コンセプト、タイトルは【 Be One ~温故知新ぬくもりの宿るまち~ 】で~す!」

 花鳥が新しい美湾を押しだしてPRしたのとは真逆の内容だ。

予算的にもアイフォンでそれっぽい動画を作ることだけで精一杯だったが、そこは私の魔法による演出が炸裂する!

 特設スクリーンの画面は夜空となり、カメラが引いていく中で夜景の美湾海岸であるとわかる。

と、そこに打ちあがる花火。


「ぉおっ!?」

 打ちあがった花火が画面の上部まで上がると同時に突然、リアルに会場が闇に包まれ、会場がわずかに騒めいた。ここは野外ステージなのでこの時間に暗くなることはあり得ない。

 空間魔法様様に作り出されたシアター空間。よぉこそ!ウェルカムツゥー奏ワールドだ!


 そしてどぉ~ん、っと、会場全体の空に奇麗な花火が開き牡丹を描き出す。

会場の人々は、まるで本当の花火大会に来ているかのような臨場感だろう。


 まあぶっちゃけ去年夏の美湾花火大会公式映像を私の空間魔法の演出で投影しているだけなわけだがな。


 次々と打ちあがる花火の数々が引いたタイミングで「美湾温泉~商店街 【温故知新ぬくもりの宿るまち】」のフレーズが入る。

 そして海月高校の門から出てくる学生の姿が写り、その学生が画面から飛びだすように会場に投射されると、彼らが商店街で様々なお店で町のひとと触れあっていく様子が会場全体で映し出される。

 学生の中には酒屋の朱莉ちゃんも映っているが、なぜか彼女は売り手側だ。臨場感ばっちりというかここに居る人はほんとうに自分がどこに居るのかわからなくなるような演出だ。


「なんじゃ~こりゃ~~~?」

 さけんでいるのは大室さんのようだが会場の人々は純粋に驚きの声をあげている。

特別席の審査員商店街メンバーもぽかんとした表情で、なかには立ち上がり映像をつかもうと空をつかんでいる人までいる。つかみはばっちりだ。

 ここまでは私の出番だった。

が、これだけがこのPRの時間の肝ではない!

「佳菜!」







「洗脳をなかったことにするなんて無理ですよ!」


 凍夜が言っていたとおりで、

花鳥に洗脳された人を元に戻すことは難しかった。

 だが、ちょうど観月荘にお酒を卸してくれている立花さんも洗脳されていることが分かり、彼が配達に来ているときはいろいろ試行錯誤できたことで対策が見つかったのだ。


 鍵は佳菜の時空魔法であった。

「元の状態」がわからない中で「今の状態」を戻すことは難しかったのだが、なんとか部分記憶の巻き戻しに成功したのだ。


 だがさらにも壁があった。

観月荘に居てさえ佳菜の魔力目いっぱいでは2人も書き換えできないのだ。

 しかもごちゃごちゃと考え事をしている人には部分記憶のサーチも成功しない。

圧倒的に魔力も足りない。当日の会場に力の源泉となる大海爺ちゃん(海神様)を連れ出したとしてもはたしてどうかという状況だ。



そこであれだ。

「うぇぇええ?それって【神桃】じゃないですか??!」

 今朝出がけに用意した「桃」を目ざとく見かけた凍夜がなにやら叫んでいたが知らんて。

以前の花見酒のときに食べたこいつが魔力を大幅にUPしてくれることに私は気づいていたのだ。

そして、その桃ブーストはすでに完了している。

「やれ!佳菜!!」

「うん!!」

 審査員の商店街の人たちが演出に度肝を抜かれた瞬間を狙い、佳菜のサーチ&リバースが発動した!!

会場の演出のボルテージも上がる。

 今、映像は海辺の宿の桟橋から飛び込んで美湾港内の海中を写し、観客の人々は目の前を泳ぐイルカに腰を引きながら無数の小魚に囲まれて目を白黒させていた。

そしてなぜか泳いできたペンギンの見事な水中宙返りからお辞儀とともにキメのポーズ。

 【Be ~温故知新ぬくもりの宿るまち~ One】再びのタイトルロゴとともに映像が終わった。


パチ、パチパチと拍手が始まり

 いつのまにか会場はスタンディングオベーションに包まれていた。






 投票も終わり集計はもう少し時間がかかるようだ。


「渡会さん...すまなかった。」

 運営側の大室も洗脳が解けたようで気まずそうに私に話しかけてくる。

花鳥もいない今、大室さんがこれなら安心だね。

開票でイカサマとかは心配なさそうだ。




「一緒にやろうよ。大室さん」


 まあな。私も観月荘の看板を下ろすわけじゃないし、

これから長いお付き合いをしていかなきゃいけない人だからな。



「また、これからもさ。美湾海岸を元気にしてこうよ!」




*******




青雲の志といえば聞こえがいいが、


同じ意味を、「若者はバカ者」と言いかえるほうが、還暦も越えた俺にはしっくりと

くる。


たしかに、駅前商店街を再開発して若者があつまるようなオシャレな町にすることが、俺の夢だった。

ただ、それは大学を卒業して田舎にもどり、都会の街のような人混みを地元にもとめたバカ者の夢だ。


それから40年かけて、皆と一緒に守って、皆と作ってきたこの町に、


俺はなにをしようとしていたのだろうか?


悪い夢だったといっても許してはもらえないだろう…





 そんな意気消沈する俺にかけてくれた彼女からの思わぬ言葉。




「一緒にやろうよ。大坪さん」




この一言で俺は、


まだ歩いて行っていいのだと前を向くことが出来たのだ。




 俺にとっての女神はそんなひとだ。







そして、後日。


 その優しい女神こと、渡会 奏さんに、


バーコードダンディなる不名誉なあだ名を頂いていたことを知り、俺は泣いた。





Epilogue






 そして。


 祭りも終わりが近づく時間に、

私と佳菜は、会場の端にある海を見渡せるベンチに座っていた。


 眼下には湾内ののどかな風景を望み、そこに夕日が沈んでゆく

港に戻る何艘かの漁船が、ゆったりと視界を過るなかに、

斜陽は海原にオレンジ色の道をつくり、そして水平線にじわりと消えた。


 佳菜は屋台で買ったりんご飴を食べながら。


 私は自販機のコーヒーを飲みながら煙草を燻らせて。


 二人で最後までその景色を眺めていた。

話すことはあるのだが、ただ無言で景色を見ていた。



「...佳菜」

 携帯灰皿に火のついた煙草を捩じりこんで、

長い長い無言の時間を終わらせるべく私は声をしぼり出す。


「私は、おまえが爺の養子に、御柱の家に入れとお前に言った。

...それが最善だと思ったんだ」


「だけど違った...正直どうすればいいのか、私にはなにが正解なのかわからない」


 佳奈の目が少し寂しそうに泳ぐ。

なんなんだろうね。このプロポーズみたいな緊張感は。





「佳菜、「渡会」の家に入らないか?「渡会 佳菜」にならないか?」



 そんな気恥しい言葉を吐いた私がそれをごまかすような早口で、私の養子ってことになっちゃうし、とか、学校のこと、だとか、改名のだとか、些事をごちゃごちゃつぶやいているなかに、



「お姉ちゃん...」

佳菜は体をぶつけるように私に抱きついてきた。



正直こういうやつは私は苦手だ。


 小舟で泣いたあの日から。父を避けるようになり、


子供のころに親に抱かれた記憶もない。



だから...






 だけど






*****





 そして日も沈み、


薄暮の海には二人のシルエットが浮かんでみえている。


影の形は。


 姉のかいなも確りと妹を抱いているようにみえた








End





** おまけ① **


「だいたい!お前のその態度!あからさま過ぎだろう!!」


 海神であることを隠した大海を観月荘に招き入れ、

さまざまな偽装や便宜を図っていた罪を問われ彼は。


 奏に怒られていた。ちなみに怒りの度合いは激おこぷんぷん丸だ。

海神も怒っていたのだが、「ちょっと100年ほど眠ってたら里は滅んでるし邪神(若

いの)がイキっとるし、わしの加護(半身)がどっか行っちゃとるし。ど~なっとん

ねん!ワシゃげきおこじゃい!」いや、知らんし(奏)。

 奏の怒りはそれを上回る。


 さんざんに詰められた凍夜はぼやく。


「え~...。僕の立場でどうこう言えないでしょ...。

主神じゃないにしても僕の創造神なわけだし......」



そう…


 今回もペンギンさんは役立たず、でした。




** おまけ② **






 小さな岬にある観光旅館「観月荘」のロビーには。


海原の景色を楽しめるような半円のガラスに覆われたスペースがある。


 床が途切れたところには中庭の池を引きこんでいて、

室内に池があるそこにはなぜかイワトビペンギンが泳いでいる。


 なかなかない光景だと宿泊のお客さまにも、好評なようだ。



 そして。


お客さんのいない時なぜか、

 もう一匹のペンギンが水浴びをしていたりすることは。




だれも知らない内緒の話のことらしい。




Fin


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ペンギンさんは役立たず です♪  ~ 観月荘奇譚 ~ キムラ @kotatuneko50

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