第2話  決別は突然に

***



 「他に好きな人ができたから、あなたとは結婚できない。ごめんなさい」



 一方的に告げられた突如の『別れ』は昨夜のことだ。


 僕は最初、美幸が何を言っているのか理解できなかった。何度もその理由を彼女に尋ねた。

 最初は申し訳なさそうにしながらも、最後は僕への不満を口にした。そして彼女はくるりと背を向けて、逃げるように僕の部屋から出ていこうとした。



 「ちょっと待てよ!」

 「悪いのはわたしなの。何回も言っているでしょ。ごめんなさい。でも結婚はもう無理なの!」

 「ちゃんと話そう!」


 

 あまりにも酷い話ではないか。

 僕に対しての不満ならいくらでも直すが、他に好きな男ができたというのあんまりではないか。

 


 「もうやり直せないの、ごめんなさい」



 そういった彼女は扉のノブに手をかけた。

 その時、僕の脳裏に浮かんだことは一つだった。彼女を失うわけにはいかない。

 コミュニケーション能力が低い僕にも優しく、僕を理解してくれる唯一の存在なのだから。


――この部屋から美幸を出してはいけない。他の男のもとへ行かせてはいけない!


 美幸の腕をひっぱり、こちらに引き寄せると、信じられないくらいの力で、彼女はもがき抵抗し続けた。もみ合ううちに僕は彼女の動きを封じようと、思わず首を絞めてしまった。そんなに力をいれたわけでもないのに、美幸はだんだん動きが鈍くなって、手を離すと床に崩れ落ちた。

 

 大丈夫か、と慌てて声をかけても、彼女の顔色はすでに土気色になっていて、口からだらりと舌を覗かせていた。

 

――死んだのか、まさか。


 床に横たわる、美幸をじっと見つめた。この時点で蘇生などを試みたら息を吹き返したかもしれないが、そんなことをしたら、彼女が再び部屋から出て行ってしまう。  

 他の男のところへ行ってしまう。

 それだけは許せない。


 僕にはもう美幸のいない人生は考えられない。しかし、彼女はここで今、死んでしまった。


 ――僕が殺したのだ。


 猛烈な吐き気が襲ってきて、胃の中の内容物を床に吐いてしまった。涙が自然にあふれてきて何度も彼女の名前を呼び続けた。


 しかし、美幸は横たわったまま、ぴくりとも動かない。


 大変な事をしてしまったという気持ちと、後悔や罪悪感に押しつぶされながらも、これでもう他の男に取られないという奇妙な安心感があった。



 僕は彼女なしでは生きていけない。警察に通報などすれば彼女とはもう永遠に引き裂かれしまう。

 彼女と結婚も約束したし、生涯、一緒に生きていこうと誓いあった。



――ずっと、


 一緒に生きていこうと言ってくれた、彼女の言葉が何度も頭の中で木霊こだまする。



 死んでしまった美幸のそばで一夜を明かした。一睡もできなかったが、僕は奇妙な高揚感に包まれていた。

 

 彼女とは一生を誓いあった。一生、一緒にいたい。そのためにはどうしたらいいのか考えた。

 


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