何も知らない冒険者《最強》につき〜昏睡から目覚めてみたら現代日本がファンタジー世界になっていた〜

@Hisui_51

第一話 目覚め

 頭が痛い……!

 重く、まるで糸で止められているかのように重たい瞼を開く。

 ひどい頭痛だ……風邪でも引いたのだろうか。今日から春休みだっていうのに……


「……どこだ、ここ……」


 開いた瞼の先に見えたのは、白く、広い天井。

 知らない天井だった。

 異様に鈍感な体を起こしつつ、辺りを見回す。


 病院か……? ダメだ、全く記憶がない。昨日は確か高校卒業の打ち上げに行って、終わって雨が降っていたところまで覚えている。あれ、その後は……


「……思い出せない」


 色褪せたモノクロの記憶を赤いノイズが乱し、頭痛がひどくなる。

 まるでその時の記憶だけバグってしまったかのように鮮やかな赤色が邪魔をする。


「くっ……ダメだ、思い出す前に頭が割れる」


 激痛が走る頭を抱える

 思い出すどころか全て忘れてしまいそうだ。


 とりあえず、誰かに現状を教えてもらわないと……


「おはようございますー……って、起きてる!?」


「……ああ、はい。今起きたところです」


 頭の痛さに悶絶していると、突然部屋のドアが開いた。

 そこには一人の女性、看護師? が立っており、その表情は驚愕一色で染め上げられていた。


 ナイスタイミングだが、なぜそこまで驚いているのだろうか……日が昇るくらいに起きてる人なんて何人もいるだろうに。


「今起きたって……あなた自分の現状を理解してるんですか!? 十年も昏睡状態だったんですよ!?」


「はい……? 十年? 何の冗談ですか? 冗談、ですよね……?」


 看護師は慌てた顔を一層驚きに染めて声を張り上げる。


 何を言っているのだろうか。冗談なら笑えない。冗談じゃなくても笑えない。

 痛む頭に大きな声が響く。


「ほら、これ見てください!」


 看護師は俺のいるベッドの隣の小さな机から立て掛けられたカレンダーを取るとこちらに見せてきた。


「ニ〇ニ六年六月十日…… ニ〇ニ六年!?」


「そうですよ、伏見 千紘ふしみ ちひろさん、あなたは十年前の三月一日のあの日からずっと眠り続けていたんですよ」


 看護師の持つ電子カレンダーを見て、俺も声を張り上げる。確かに今日の日付はニ〇ニ六年六月十日、何かのドッキリだと信じたいけれど、確かにカレンダーはその日付を示していた。


 信じたくない……何かの冗談であってほしい。


 切にそう願わずにはいられなかった。


「とりあえず話しましょう医院長も呼んで。この十年間で世界に何が起こったのか、あなたについても。全て」


 そう真剣な眼差しで俺の瞳を見る看護師の言葉は嘘など感じさせず、否定したい気持ちを否定されてしまった。


   ◇


「はあ……全く理解できねえ」


 あの後、病院の医院長と看護師が今までのことについて話してくれた。

 理由は不明だが、あの日から俺は肉体の歳をとっていないこと、十年前俺に何があったのかはわかっていないこと。

 そして世界が一変するような大災害が起こったこと。

 丁寧に詳しく話してくれた。

 けれどあまりの世界の変化に到達全てを受け入れることなどできなかった。


『おはようございます。今日も東京都心のアーテル値は安定しており、崩壊現象の心配をせずに一日を過ごすことができるでしょう』


 することもなくぼーっとテレビを眺めていると、今まで見たこともないコーナーが始まる。

 まるで天気予報のように各地の映像を流しながら、『ラフス値』と呼ばれているよくわからないものの数値について話をしていた。


 本当に世界は変わったんだな……もうあの頃に戻ることもできないのか。あいつらも生きてたら二十八か……

 

 自分だけ、過去に置いて行かれた気分だった。時が止まったような十年間の空白が、とても心に来る。


「……お兄ちゃん!!」


「……??」


 感傷に浸りつつ、思い出を探る。

 すると、廊下からバタバタとした足音の後に一人の女性息を荒げながら俺のいる病室へと飛び込んできた。


 お兄ちゃん……? 俺の妹はまだ十歳の小学生なんだが……


「はっ! お前、紗理奈さりなか!?」


「うん……うん! 紗理奈だよ……!」


 ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、妹の紗理奈が抱きついてくる。

 十年、紗理奈は今年で二十歳ということだろうか。あの頃と同じ特徴的な目元のほくろも、未だ残っていた。

 

「大きくなったな……俺よりも」


「お兄ちゃんは全然変わらないね……」


 精神の年齢も、肉体の年齢も変わっていない俺と、十年の月日を過ごした紗理奈。妹に歳を抜かれるなんてとんでもないことになってしまった。


「俺もわけがわからねーよ」


「仕方ないよ、でもまた声が聞けてよかった」


 未だうるうるとした瞳で紗理奈は笑う。相変わらず泣き虫のようだった。


「みんなは?」


「みんなも無事だよ、私たちが住んでいた方面は比較的被害が少なくて、それに助けてくれる人たちもいたから」


 そうか、みんな無事なのか……

 未曾有の大災害、どんなものだったかは想像するしかないが、ひどいものだったのだろう。

 思い出すのも辛そうな紗理奈の顔を見ればよくわかる。


「そうか……よかった」


 世界が一変するほどの大災害、確か『崩壊』と言っていたか。

 俺のいない十年間の世界の話。当事者からしたらもう思い出したくもない悲劇だったのだろう。



———

最後までお読みいただきありがとうございます。


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