第7話【一斉監査と黒い人影】
ルヴェンが、挟み撃ちに合ったとき、舞台は、地上にある事務所入り口に移り変わる。
ルヴェンの生死をかけた戦いによって、天陽コミュニティは、大きな物理的ダメージを負った。それとは別に、全く別の箇所から、天陽コミュニティへの攻撃が同時進行していた。
「我らは騎士である。扉を開けよ」
「拒否するならば、門をブチ破る。許可書も国から出ている」
完全武装の騎士達が天要の事務所の門に、アリの大群のような数で押しかけていたのだ。
なんと、〝国家権力〟が、天陽の敵に回っていたのだ。〝敵に回る〟という表現は適切ではないかもしれない。〝発見された〟のだ。無論、国家規模の軍隊と、天陽が抱えるならず者の戦力の差にどれほどの開きがあるのかは、もはや説明するまでもない。
これは、グラハムの申し出が国に受け入れられていたことを意味する。しかしながら、これほどまでに国が迅速に任務をこなした例は少ない。それは裏で糸を引く人間を連想させる。
天要の事務所からは構成員が何人か外に出てきて、騎士達のガサ入れを拒む。
「これを見ぬか」
通る一声。老騎士が、ある書類をコミュニティの構成員達に見せた。それを見た構成員達は、露骨に動揺した。
「馬鹿な……国公認の許可書が出ているだって⁉」
そして、構成員達は、各々がきょろきょろと、仲間の出方を観察した。つまり、お互いが、お互いのコミュニティ、天陽の存続についての疑問が浮かんでしまっているのである。こうなったならば、用心棒は用心棒でなくなり、構成員も構成員でなくなる。純利が生まれるから所属していたコミュニティが、国から摘発の対象になれば、構成員の末路は牢獄か絞首刑か。そういった事柄が、構成員たちの脳裏を過ったのだろう。
即座に一人が走り出した。すると、それを見た他の構成員たちも、みな走り出し、蜘蛛の子を散らすようにあっと間に職務を放棄して保身した。
「ふん、しょせん与太者の仁義など純利あってのもの。くだらん。さあ、一斉監査せよ」
老騎士が剣を天に突き上げ、そう命令した。
統率の取れた騎士たちが、一斉に、障害物を取り除き、一人、また一人と、手慣れた様子で、仕事に入った。
その時である。
「あああああああああああ!」
男の悲鳴であった。
先ほど逃げたコミュニティの者の声である事は、声の方角から分かった。
騎士たちは、作業を一時的に停止させ、声のありかを観察した。
ずさり、ずさり、と、金属製の靴が土と接触する音が近づいてきた。現れたのは、〝黒い人影〟であった。胴体、兜はもとより、足、手、顔を覆う装飾品。あるいは武具。それらが全て黒いのである。
老騎士はその黒い人影を目を細めて観察した。
「我々は国に使える騎士なるぞ。我らが任を邪魔立てするならば、貴様の首をはねることになるぞ」
ずるり、ずるり、
黒い人影は、その声が聞こえていないかのような様子で、騎士たちに近づいた。
「止まらんか」
ずるり、ずるり、
「構わん、討てい」と老騎士が言った。
その瞬間、騎士達は、各々が、武具を手に持ち、黒い人影に向き、構えた。
「悪いけど、その、国家権力の邪魔立てが、私の仕事だから」と、黒い人影は言った。そして「そこの騎士、あんたの一言がなければ、一人くらいは、助かったのに」と加えた。
若い騎士と言うのは、無鉄砲である。斬られたことがないからである。
老兵も無鉄砲である。それは、以前傷を負った経験を踏まえた上での覚悟があり、自分の人生が残り少ないからだ。
要するに、黒い人影を取り囲むように、若い兵、老兵共に、斬り込んだのである。
黒い人影は小柄だった。動物には、目線の位置で、敵の戦力を分析する本能が備わっている。
最初の一太刀を入れた若い騎士の行動が、動物的本能によるものなのか、国家権力によるものなのか、あるいは騎士道であるのかは分からない。分かりこそしない。が、それは不運なことであった。
黒い人間が指を上に向けると、
前方に切り込んだ騎士が五人が、鎧ごと、巨大な岩を脳天からぶつけたかのように、ひしゃげた。中には地面に足がめり込んでいるもの居た。固い土壌である、骨だけが土に埋まり、肉は地上へ残った。壮絶な光景であった。が、彼らは幸いにも、痛みを感じる暇すらなかっただろう。
「こいつ、怪しげな術を使う!」
剣兵は距離を取った。槍兵が前進し、最後列の騎士たちはぎりぎりと弓を引いた。
そのとき、
黒い装飾具に身を包んだ人間が、槍兵に向かい、走りこんだ。
槍兵は、みな、槍を条件反射で突き出した。
槍達が黒い防具に触れるや否や、それを持つ騎士たちが爆ぜた。鎧と肉片が散らばり、またしても即死だったとうかがえる。
――ほんの三十秒程のできごとであった。
先頭の騎士たちが、見る影もなく根絶やしにされた。それを見た若い騎士たちは散り散りになった。
指揮官たる老兵は、その光景を見て、死をも覚悟した。
しかし、老兵は、その光景を見るのは初めてではなかった。坊城戦において、エペアンシアの魔術師が使った技術。
「魔術……か⁉ それも、上級の……」
そう老騎士が口にしたとき。彼の面前には黒い人影が立っていた。
「そう、上級魔術。それに気がつかなければ生き残れたのにね。残念」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます