第6話【二人の流儀】

 ルヴェンは回転扉の右を、ヘーゲルは回転扉の左を同時に潜る。

 回転扉の向こうには、広い空間があった。

 そしてその部屋には、完全武装の天陽のメンバーたちが立ちはだかっていた。

 中には弓をキリキリと引いている者も居た。

 ルヴェンがボスであった頃の天要にはこれほどの人数は居なかった。他のギャングコミュニティを数え切れないほど飲み込んだに違いない。そしてここに居る者共も天要のごく一部であるのだろう。そう思わせる程の豹変っぷりだった。

 剣、槍、矢などの凶器が一斉に二人を迎え撃つ。

 ヘーゲルの取った行動、それは、腰の入っていない剣撃、鎧の分厚い部分に飛んでくる矢などを一切無視し、頭部への攻撃だけを大剣で受け止めた。

 ルヴェンの取った行動、それは、自らと、距離の近いものから順にブチのめす至ってシンプルな戦術だった。これは、一対一タイマンでは絶対に負けないという強力な自負心がなければ不可能なギャンブルだ。

 ルヴェンは漆黒の闘気であくまで両拳を包んだ。後手を想定しない、攻めへ力の極振り。

 面前に立ちはだかる剣士を右拳で一閃。ルヴェンの拳は甲冑を貫き、剣士の顔面に深々と突き刺さった。顔面の骨が砕け散る嫌な音がした。振られる筈だった剣は、ルヴェンの肩に少し触れ、そこで止まった。ルヴェンは出血した。が、これは致命傷にはならない。

 ルヴェンはそのまま、その男の頭を強力な握力と膂力によって鷲掴みにし、持ち上げ、殺意を持った矢と槍の防壁として使用した。

 ドドッと矢がその人間盾に突き刺さる。

 一方ヘーゲルは、余程上物の鎧に身を包んでいるのであろう。剣闘士ならではの、非常識なまでの武具への金銭投資、そして創意工夫によって生み出された鉄の防壁。自らの筋力がギリギリ支えられる極限の武装。それにより、無効化とまでは行かないが、敵の攻撃に致命傷を許さない。

 そして、横に振りかぶった大剣を、壮絶な瞬発力を込めて横凪に振り抜いた。斬ると言うよりは叩きつけると言った方が的確なのではないかと思われる壮絶なる剣撃。

 金属音と肉の切れる音が混じり合い、旋律の音楽を奏でた。

 ひと振りで武装した五人の胴をブチ抜き、床には内蔵が散らばった。大剣は六人目の胴の真ん中辺りで剣は止まり、その不幸な六人目は苦悶の表情を顕にし、吐血する。

「なんと脆い防具だ……剣闘の世界では生き残れまい」

 ヘーゲルはそう口にして、すかさず鎌上の刃物を投擲し、弓兵の喉を射抜いた。間髪入れずに、その鎌上の刃物についた糸を引き戻し、槍兵の首を飛ばした。ヘーゲルならではの独特な武器である、〝飛ばす〟も〝戻す〟も〝攻撃せめ〟なのだ。

 ――その時、ルヴェンが人間盾を武装集団に投げつけた。

 間髪おかず、最も近い剣兵に踵で前蹴りを見舞った。しかし、つま先ではなく靴の底の、接触面積が広い部分で蹴ったため、内臓を狙った一撃必殺は望めない。が、効果は絶大だった。〝殺す技〟ではなく、〝飛ばす技〟

 それは凄まじい圧力で、剣兵は後ろに吹き飛び、槍兵にぶつかり、体制を崩した槍兵は弓兵にぶつかり、と、まるでドミノのような様相を呈した。ルヴェンは数の不利を補って余りあるほどの、〝チャンス〟を作ったのである。

 ルヴェンには自ら作った機は絶対に見逃さぬしたたかさが備わっている。右脚で強く床を踏み込み、統率が乱れた武装集団の中に単身殴り込む。

 壮絶な光景だった。

 漆黒の闘気を宿らせた両拳で、ひたすら、殴る、殴る、殴る。

 しかもそのどれもが、拳闘の正当な型とは異なるが、全体重を駆使した一撃であった。そしてその一撃が見舞われる度に、確実に一人の戦闘力が消滅していく。

 剣撃、矢、槍による突き。頭、喉、内蔵を狙ったものだけを回避し、〝ぬるい攻撃〟〝命に関わらぬ攻撃〟は無視! 相打ち上等と言った風体で拳を見舞う。

 これは〝非武装〟のルヴェンにとって、常識的ではなかった。

 ヘーゲルが強力な鎧を信じて、相打ちを狙うのとはわけが違うからだ。ヘーゲルはその光景に度肝を抜かれた。

 なんと言う勝負度胸……なんという無鉄砲……しかしながら計算高い。こいつはグラハムとはまた別の……。

 剣闘を生業としているヘーゲルもが眼を奪われる戦闘術。—―それは熱く、流動的で、そして〝狂気〟だった。

 ルヴェンは殴り、ヘーゲルは叩き斬る。お互いに超一流の戦闘狂バトルジャンキー

 武装集団の数が、ルヴェンとヘーゲルの異常なまでの攻撃により数を減らし、残り半分に差し掛かった。

 鎧を装備していないルヴェンは血まみれで、強靭な鎧を装備しているヘーゲルもそれに包まれた肉は打撲だらけであろう。


 すると、ルヴェンが招かれた〝正当な入口〟から足音と鎧の軋む音。

 面前の敵を前にしている今、振り向く事が許されないのは、ルヴェンもヘーゲルも同じであった。

 しかしながら、その音は、恐ろしき事実として、ルヴェンとヘーゲルの認識を呼び起こした。

〝挟み撃ち〟に遭ったのか⁉

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