第4話 準備は万端ですわ!
殿下が就寝されている今がチャンスです。人払いをすると言いました。
「これからの話は他言無用にお願いいたします。ここでの話、あちらに漏れる危険はございませんか?」
「わかった。念のため確認しよう」
御義兄様はそう言うと少し部屋の扉を開け、廊下側で待機中の護衛兵に指示を出しました。それから壁に寄ると小さくコツコツと叩かれます。すると内側から合図が帰ってきました。
── 間諜はいるだろうと思っておりましたが、まさか壁の裏に潜んでいるとは思ってもおりませんでしたわ!
「これで大丈夫だ」
気にならないと言えば嘘になりますが、今は考えないようにいたしましょう。わたくしは小さく息を吐くと切り出しました。
「それでは、お話しいたします……」
御義兄様はわたくしの計画を黙って聞いてくれました。全てを話し終え、ドキドキしながら反応を待っておりますと……。
「そなた、いつから気付いていたのだ?」
「最初から、でしょうか? 事実に気付いたのは王宮に上がってからですが」
「そうか……」
そう言った御義兄様がふと頬を緩ませました。普段表情を崩すことがほとんどない方ですので、この表情は反則です。無駄に心拍数が上がるのを必死で隠します。
「そなたの覚悟、しかと受け止めよう。だが、後で後悔しても遅いぞ?」
「御義兄様こそ、よろしいのですか?」
「私の返事はもう済んでいる。『御意に』」
そう言うと御義兄様はわたくしの手を取り、そっと唇を寄せました。
── ですから、いきなりそういう素振りは反則ですっ!
婚約披露の日がやってまいりました。早朝からわたくしは磨き上げられ、髪を美しく結い上げられます。これからは王族として公式の場ではティアラを頭上に飾るようになるのです。
婚約式は宮殿内の聖堂で司祭様が執り行われます。
── ここからがわたくしの舞台の始まりですわ! 完璧な悪女を演じてみせましょう!
支度が整うと殿下が迎えに来られました。
「サラ、美しいな」
「レイノルドもご立派です」
「では、聖堂に向かおうか」
殿下が差し出す腕に素知らぬ顔で手を通し、わたくしは部屋を後にしました。
聖堂へ向かう間に、殿下の左腕に力が入っていることに気付きました。
「レイノルド、緊張しているのですか?」
「見違えるほど美しくなったサラに驚いているだけだ」
「ありがとう存じます」
他愛ない会話を交わすのもずいぶん久しぶりです。ヴェール越しに殿下のお顔を伺いますと、仄かに朱がかかっておられました。
「わたくしが変わったのではなく、この衣装が美しいからそう思われるのではありませんか?」
「うむ、よく似合っている」
婚約式の衣装は全て白であることが定められております。わたくしの衣装にも殿下の衣装にも、白く光る丸い粒が装飾されております。光の加減で美しく光るこの粒は、これからの我が国の産業の一つとなる「真珠」と呼ばれる宝飾品です。陛下が見出されたこの宝飾品は鉱物ではございません。湖の貝が作ったものです。この後戴くティアラにも、殿下が授けられる立太子の証の勲章にも、この淡水真珠が使われております。
聖堂に入り、司祭様の御前で婚前契約書に二人でサインをいたしました。殿下が書き終えたサインの下にわたくしも署名いたします。あの文言が入っていることを素早く確認し、サインを終えました。
ティアラと勲章を戴き、謁見の間へと
晩餐会では終始王妃様の機嫌が良く、和やかに進みました。反対に殿下のご様子は会食が進むほどにぎこちなくなり、時折ナイフを持つ手が震えております。
「レイノルド、大丈夫ですか? 具合が良くないのではありませんか?」
「な、なんでもない。少し緊張しているだけだ」
すると、突然王妃様が高らかに笑い声を上げらました。
「おほほ……、レイノルドも今宵のサラの美しさに目を奪われているのでしょう。本当に
「お
舞踏会用に仕立てられたわたくしの衣装にも新しい技術が使われております。細かな宝石をいくつもあしらったドレスは、動きに合わせて
実はこのドレス、殿下から
いよいよ舞踏会の時刻となりました。大広間には大勢の貴族と、招待された外国の方々が集まっております。
国王陛下と王妃様が揃って壇上に上がられました。最初に本日デビュタントを迎えるご令息、ご令嬢方の挨拶があります。その後、わたくし達が登場し、ファーストダンスの披露となるのです。
── この舞踏会こそが、わたくしの演技の見せ所です。殿下に目にものを見せてやりますわ!
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