愚者

 マウトの言った“あちら側の民”とは、鉱山の向こう側に住む民のことだった。

 

 クモシマはダイヤモンド型の五角形の島。島は北に行けば行くほど標高が上がり、アンクたちの住む最北『白群びゃくぐん』はまさに断崖絶壁。初めてその地に降り立った時は、狭い土地に数人がほとほとと生活するなんともさびれた状況であったが、アンクはそこに木々を植え泉を湧かし、オアシスを創る。更には“貯蓄庫”を掘り、その上には三角錐の墓地を建てた。環境が整えば、人々は元気と活力を取り戻していく。

 

 アンクにシエル、それからマウトは鉱山の中を進む。以前はガスが充満し、人間には立ち入ることの出来ない場所だったが、アンクの呪力でガスは堰き止められた。

 

「久しぶりだのぅ、アンクどの。花は持ってきてくれたか」

 

 湿気漂う中、年長者であろう男性が口を開いた。それに続くように、早くよこせと催促の声がこだまする。

 

「おい、アンクは善意で差し出している。そのような言い方をされるいわれはないぞ!」

「マウト」

 

 アンクは怒れるマウトを穏やかな声で制した。

 

「花はここにございます。お納めください」

 

 アンクに目配せされたシエルが籠を出すと、引ったくるようにもぎ取られた。人々が籠を我よ先にと覗き込めば、鋭い目つきですぐに顔を上げる。

 

「これだけか」

「はあ!?」

 

 マウトの威嚇の声にも負けず、敵意のこもった声が響く。

 

「先月はこれより多かっただろう。出し惜しみしているのではあるまいな」

「申し訳ございませぬ。この花は元々この地に根付く種ではないため、育てるのが極めて難しいのです」

 

 アンクの説明を聞いても、人々は納得できないようだ。開き直るような、馬鹿にしたような表情で続けた。

 

「あんたたちがこの地にやってきて住むようになってから、我々の権勢は傾き始めている。その特殊な魔力を最初は恐れていた村人も、だんだんと心を開き密かに信仰するものまで出てきた。あんたたちはあくまで、我々の許可の元に住まわせてもらってる居候の身であること、忘れないでもらいたい」

 

 彼らは自分たちの権力と統制を保つ為に、アンクやアンクの住む土地『白群びゃくぐん』の民と自分たち側の村人との交流を遮断し、少数の代表者たちでのみ魔力と呼ばれるカエルレアの花を独占していた。

 

「それにこの花、食した者が産む“子供”に治癒力が備わり、それも八つで綺麗さっぱり効果が切れる。これでは食して意味があるのは女のみ、しかも効果は一生ではない、欠陥品ではないか!」

「欠陥品だと?!」

 

 マウトの眼球が震え出す。

 

「何が違う。白群に元より住んでた民は、感染の恐れのある不治の病を持つ者たちだった。それが今では元気に動き回っているというではないか。こんな花より、強力な魔術が使えるとしか思えぬ!」

「元より住んでいた? そもそも同じかまの飯を食ろうた仲間を、病があるからとガスの充満する鉱山に放り、白群に追放したのはどこのどいつだ! 隔離とは名ばかり! これは立派な迫害……いや、殺人ぞ!」

 

 マウトはもう爆発寸前だ。年長者の男性はその主張に耳を傾けることもなく、眼球を動かしてアンクやシエルをじっとりと観察していた。

 

「もっと、食した本人が不老不死になるくらいの魔力の高いものが本当はあるのではないか?! その……ずっとそのふところに見えている花をよこせ!!」

 

 村人に飛びかかられたアンクは体制を崩す。まさぐって取り出した村人の手には、紫檀色したんいろの花が握りしめられていた。

 

「いけない! その花を今すぐ離せ!」

 

 アンクは今までにない必死の形相で強く叫ぶ。

 

「ほう。やっと仮面を剥いだな、アンクどのよ。いつも穏やかなあんたがそんなに取り乱すとは、やはりこの花は強力な魔力を含んでいるに違いない。籠の碧色へきしょくの花と色は違えど姿形はそっくりだ、これはわしらがもらう!」

「だめだ!!」

 

 アンクの叫びも虚しく、村人は我よ先にと次々にその花びらを口に含んだ。

 

「ははっ、これで我らも魔力をもらった! もう大きい顔はさせぬぞ…………ぐっ!?」

 

 村人は目を見開き、一人、また一人と地面に膝をつく。

 

「なんだ、これは……身体が! アツイ!」

 

 まるでミミズが暴れるかのように身体をくねらせ、毛穴からは水分が蒸気機関車の如く噴出する。皮膚は赤黒くただれ、水疱ができては潰れて弾けた。

 

「あ……あ……」

 

 たった一人花を口にしなかった村人は、そのおぞましい情景に腰を抜かし、声も出せない。アンクの切なげな冷たい顔と、マウトの当然だとでも言うような冷静な顔を、眼球を左右に動かして確認するのがやっとだ。たった数分で、村人たちはもはや人とは呼べぬ塊に変化した。

 

「あっ、あ……あくっ、悪魔だっっ!!」

 

 唯一無事だった村人は必死で立ち上がり、震える膝に鞭打ち村へと走っていく。

 

「アイツも消そう」

 

 マウトは村人の後を追おうと踏み出したが、その手をアンクが掴んだ。

 

「待て。これは私の不注意だ。私が説明してくる」

「説明? そなたは本当に無駄が好きだな。そんなことをしても意味はないというに」

 

 マウトは歩き出すアンクの背中を、決意を含んだ冷たい目で見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る