亀裂
鉱山の入り口は村人で溢れていた。入り口付近に近づいてくる足音に、ピリつく空気が張り詰める。
「皆に説明しなければならぬことが」
「この人殺し!」
次々に吐き捨てられる憎悪と共に、石や釘がアンクに投げつけられる。アンクは抵抗せず、投げつけられるそれらを黙って受け止めていた。
「アンク様……」
顔中に広がる傷にシエルが触れる。するとできたばかりの傷から次々に皮膚が再生し、元に戻った。それを見た人々の手が止まる。
一瞬の静けさ。次の瞬間、油の染み込んだ導火線へと火種が落ちた。
「……そいつだ。その女を捕まえろ!」
「うわあーっ!!」
掛け声と共に、村人は一斉にシエルに向かって走り出す。
「待ってください! 話を——」
パチンっ
マウトの指が鳴らされた。その瞬間、マウトとアンク、シエルを除いたその場の全ての人間が弾け飛んで死んだ。鉱山から吹くぼうっという風の音だけがあたりを包む。
「あー、面倒だった。初めからこうしていればよかったのだ。この地に着いた時、あの瞬間に我々以外の人間は皆こうすべきだった」
「なんてことを……」
絶望の表情のアンクから目を逸らしマウトは続ける。
「言っただろう、人間などまたそなたが生み出せばよい。あんなどこの神が創ったかわからない人間ではなく、我々で一から始めようではないか。元々そのつもりだったであろう? 我々の目的はあんな種族と生きることではなく、母の転生先を見つけることだ。あの場所では叶わなかった母の器を探す為、その為に我々は遠く離れたこの地に来たのだ」
握りしめた拳。爪は手のひらに食い込み、溢れ出す無念と後悔を抑え込むようにしてアンクは口火を切った。
「マウト、そのことだが……もうやめないか」
「どういう意味だ」
「母を転生させることはもうやめよう」
「は?」
マウトは事態が飲み込めない表情でポカンと口を開ける。
「我々は確かに特別だ。私は命を生み出し、マウトは死をもたらす。シエルは傷を癒やし、ニフティは転生の器を作り出す力を持つ。だが、そのようなことになんの意味がある? 私は転生し永遠を生きるより、そなたが消し去った人間のように人を慈しみ愛し合い、死を尊ぶものでありたい」
話を聞きながら苛立ちを強めていくマウトのそばで、シエルは真剣にアンクの言葉に耳を傾けた。
「母の魂はニフティが守っている。だがそれではニフティは自らの命を燃やせない」
「あいつはそういう役割であろう」
「それをやめたいのだ。役割とか宿命とか、そういったしがらみをなくして神ではなく『人』として生きたい。死を恐るのではなく、受け入れられるものでありたい。愛をこの身に宿したい」
「死にたいのか」
「そうだ」
マウトはアンクを見下す。今こうして仲違いすることがどういう結果をもたらすか、マウトはようやく理解し始めた。
「我々はどうなる。そなたがいなければ我々は生まれ変われない」
「……すまない」
マウトは不敵に笑う。
「勝手だな。そなたは家族の絆より愛などという不確かな感情を選ぶのか? それに我はそなたにだけは死を宿せない、死ぬことは叶わぬぞ」
沈む空気とは対照的に、雲一つない空は晴れ晴れと、太陽の光が地面に降り注ぐ。転々と在る無人の竪穴式住居。少し前まで残っていた人の気配が砂埃と共に風化した。
「何がそんなに気に入らない? そなたは不老不死、生命そのものだ。そなたの生み出す命に我が死を宿す、これは決まり事だ。我やシエル、ニフティはいつか死ぬ。でもそなたがまた生み出せる」
「それではダメだ」
「なにがだ」
「我一人永遠に孤独ではないか!」
アンクに似合わない大声に、シエルは幼子のような泣きっ面を見せる。
「生み出しても生み出しても、そなたらは使命を覚えているのみで記憶や思い出を覚えているのは我だけ! 五百年! 千年! 積み重なる記憶にもう現界なのだ! 愛する者の死を何度迎える? その度に心をすり減らし、また生み出す命と一から関係を築く……もうクタクタだ」
ただの喧嘩ではない。自分達の関係が修復できないところまで来てしまったことをシエルも悟る。思いの丈をぶちまけたアンクは、マウトの納得のいかない表情に眉を下げて微笑んだ。
「このように話すのももう何度目になるだろうね。その度にマウトは馬鹿馬鹿しいと笑って——」
「わかった」
「え?」
「そなたにはがっかりだ。散れ」
パチンっ
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