【番外】カエルレア探偵事務所 〜神々の戯れ〜

千鶴

プロローグ

起爆の花

 時代ときは平安。みなもとたいら藤原ふじわらと本土では史実を賑わす面々が一進一退を繰り返す一方で、まだ人知れぬ孤島には独自の文化が受け継がれていた。

 

 本土より東に位置するその孤島の名は、ヒノモトクモシマ。

 

 人口百人にも満たないその島では、竪穴式住居がいまだに採用され、女は土とガラスを合わせた陶器作りや麻紐で籠を編む内職を、男は猪や鳥類の獣を狩る一方で、棒に紐を括り付け泉に垂らし魚を獲る。畑にはひえあわの穀物から、玉ねぎやレタスの野菜までもがみずみずしく育っていた。

 

 男は腰布、女は胸から足首までを覆う筒型のワンピースを着用。色は白が殆どで、ガラスや宝玉の煌びやかな装飾を身につけることで各々個性を主張する。

 髪型は男はもっぱら坊主。女性は黒髪を編み込み肩の長さに保つのが主流で、前髪は眉毛より上で切り揃えるのがその時の流行りだった。


 なんともチグハグな文化が混ざる、その理由は明白。クモシマに突如現れた、神の存在——





「おい、マウト。この花を育成するのは禁止したはずだぞ」

 

 蓮に似た紫檀色したんいろの花を手に、アンクは言った。

 

「なぜだ。この花があれば民を容易たやすく支配できる。シエルの生み出す『治癒の花』とやらのほうが、何とも無駄な花ではないか」

 

 頬杖をつきながら面倒臭そうに枝毛をちちくるマウトに、アンクはため息をつく。

 

「前にも言っただろう。この土地に住む民は病弱なのだ。シエルの花でせめて幼子の間だけでも手を貸すことの何が無駄なのだ」

「そなたと我は神だ。そなたが命を生み、我が死をもたらす。丈夫でない者には我の花で死んでもらい、また新しい者をそなたが生み出せばよいのだ。ここに来た目的を忘れたか」

「マウト、そのことなんだが……」

 

 決まりの悪い顔でアンクが言いかけたその時。遠くから足音と共に、若く明るい声がふたりに近づく。

 

「アンク様。山の向こう側の民がまたアンク様と話がしたいと申しております」

 

 シエルは穏やかな表情でアンクを見上げる。碧色へきしょくの艶やかな髪が、風に揺れていた。

 

「そうか。シエル、今あるカエルレアの花はいくつだい?」

「五つでございます。ニフティと共に尽力しておりますが、なかなか……」

 

 俯くシエル。アンクは優しく笑うと、シエルの頭に手のひらを優しく乗せた。

 

「素晴らしい。天敵の鼠も多く、なかなか育ちにくい環境のなか本当によくやってくれている」

 

 シエルは嬉しそうにアンクに笑顔を向けた。その雰囲気に水を差すように、マウトは悪態をつく。

 

「またあちら側の民に、カエルレアの花をくれてやるのか。あいつら先住民は貪欲だぞ。初めは他所者扱いで冷遇していた我らに特殊な能力があるとわかった途端、その力を利用しにやってくるようになった。打算的で気に食わん」

 

 マウトの不満げな顔をよそに、アンクは花を持ってくるようにシエルに頼んだ。

 

「いいじゃないか。人間が命を大切にしている証拠だ。花を用意して、すぐに向かおう」

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