虐待...、...。
テルン
ぎゃくたい
「この出来損ないが!」
私は特に悪いことをした覚えはないが、父親に怒鳴られ殴られた。
私はいわゆる"虐待"というのを受けていた。
いつからだろうこんなことになったのは。
私は
入学して、学校では一人で読書をして、家では家族と楽しく話していた。
だが、高校に入って10か月ほど経った頃だろうか。
1年が終わろうとしていたとき、夜中に声が聞こえた。
私はその声で目が覚めた。
その声はとても大きくて、近所迷惑にならないかなとか思った気がする。
私はゆっくりと部屋を出て、リビングに向かった。
よく聞くと、母と父がなにか喧嘩をしているようだった。
内容は今ではもう思い出せない。
私は怖くなって、すぐさま自室に戻った。
それから一か月ほど経過したころ、...母がいなくなった。
私は泣いた。どうしてどうしてと父に向って永遠とそんなことを言っていた。
そこからだろう。父は仕事が手に着かなくなり、一時的な休暇を取った。
私は学校であったことを話しても以前のように笑って話してはくれなくなった。
そして父は、あの出来事を思い出したくないと、酒を手にするようになった。
元々父は酒は好きと言うわけではなかった。だがそれでも毎日毎日「つまみ出せ!」と私に叫びながら飲んでいた。
そしてこの虐待が始まった。
最初のうちは痛かったし、悲しかった。
だけど今はもう何も感じない。
ただ無表情で罵倒され殴られる。
そんな日々が1年近く続いていた。
「いらっしゃいませ」
私は飲食店のバイトや清掃員などできるバイトや仕事はなんでもしていた。
そうでないと日々を過ごしていけないから。学校に行けなくなるから。
「あっ、」
パリィンと嫌な音が響き渡る。
私は手に持っていた皿を落としてしまった。
「すいません」
私はすぐさま割れた破片を片付けようとする。
すると後ろから
「いいよ、やらなくて。俺がやっとくから。それより体調大丈夫か?裏で休んでな。」
そうバイト先の先輩から言われた。
裏に回るとそこには店長がいた。
「この頃、君はミスが多いね。」
店長は私を
「すいません...」
私は謝るしかなかった。
「はぁ、すいませんって...そんな言葉だけでミスはなくなるの?」
店長の目は父と同じだった。見下し、ゴミを見るかのような目。
「いえ...」
「もう君いらないから。」
「え?」
唐突にそう告げられた。
「だ・か・ら、君がいなくても仕事は回るの。なんなら邪魔にしかならない。だからもうここで働かないで。」
「え?でも...!」
「でもじゃない。いつまでもまとわりつかないで。この『出来損ない』が」
その瞬間、私は父のことを頭に浮かべ、重ねてしまった。そして私はそこから逃げるかのように、走って帰った。
どうしようどうしようどうしよう
バイトがひとつ消えた。
ただでさえ今でもお金はカツカツなのに、これ以上収入が減ったら...。
私は絶望した。
もう、学校にも行けない。3学期までの学費はなんとか払えたが、3年生の学費は...。
私は走っていた足を止める。
私はそこで未来について考えるのをやめた。
私はひとりでとぼとぼと帰る。
あの忌まわしい家に。
帰るとそうそう父に怒鳴られた。
なにを言っているのか理解ができない。
私はただこの時間が早く過ぎてくれることを心の底から願った。
次の日、私は学校に行く支度を整え、
「行ってきます」
と、家を出た。
学校なんかに行く気力はなかった。だが行くしかなかった。
私は学校の正門を通り、昇降口で靴を脱ぎ、階段を登って、自身の教室へと着いた。
中からは楽しそうな話し声が聞こえる。
この中に私と同じ境遇の人はいるのだろうかとそんなことを考えた。
私は扉を開けようと手をかける。
だが、
「...無理...」
私はすぐさま手を引っ込める。
私にはもうこの中に入れる自信はなかった。
私はダッシュであの場所へと向かう。
あの場所は静かで人は少なくて、先生も昼休みと放課後以外滅多に来ない場所。
私はその教室の扉を開ける。
そこには大量の本が名前やジャンル順に並べられていた。
「図書室に朝来るのは初めて、かな。」
私はそんな"初めて"をこんなときに感じた。
そして私はこの微妙に広い図書室の隅へと向かう。
そこには一つの長机と8個ほどの椅子があった。
そして、そこには先客がいた。
名前...なんだっけ。一回教えてもらったことがあるのになぜか思い出せない。学年も知らない。ちなみに男だ。
その人は私に気づいていないのかはたまた気づいていてわざと無視しているのかは知らないが、黙々と本を読み進めていた。
だがそれが良かった。
今話しかけられても何も発する気になれない。
そして私は先生にも友達にも言わず、こっそりと図書室に居座るのだった。
キーンコーンカーンコーンと鐘が鳴る。
いつの間にか時間が過ぎていて放課後になっていたようだ。
私はバックを背負い帰ろうとする。
見ると、彼はまだ帰る様子はなかった。
家に着く。
その扉を開けるのですら億劫だった。
はぁ、と一息ついてから私は扉を開ける。
珍しく、父は怒鳴らなかった。
なんでだろうとリビングを覗く。
どうやら寝ているようだった。
私は自室に戻り荷物を降ろす。
そして台所へと向かう。
冷蔵庫を開け、数少ない食料の中から何を作ろうと思案し料理を始める。
その時、父が目を覚ました。
すると起きて早々、
「飯はまだか!!!」
と鼓膜が破れるかと思うほどの声量で私に叫んだ。
今やってるのが目に見えないのだろうか。
だが、そんなこともお構いなくまだかまだかと叫び続ける。
「メシもろくに作れんのか。この出来損ない!」
「...は?」
その瞬間、私の中の何かが壊れたような気がした。
私は料理している手を止め、包丁を持ったまま父がいる方を向いた。
「あぁ!?なんだ」
父は怒鳴る。
私はゆっくりと右手に包丁を持ちながら父の方に歩いて行った。
「ん?なにをする気だぁ?」
父は酒を勢いよく飲み、外を見た。
この期に及んでそんな態度でいる父に嫌気がさした。
私は父の目の前まで来ていた。
「ねぇ」
「なんだ」
父は珍しく怒鳴ってこなかった。
私は右手を大きく振り上げる。
そして父が私の方を振り返った瞬間。
ザクッと右手を勢いよく降ろした。
「全部...全部全部全部!お前のせいだ!」
私は右手を何度も振り上げては振り下ろした。
「毎日怒鳴って殴って酒飲んで...こっちの負担も考えろよ!」
私は今までため込んでいたものをすべて吐き出した。
「お金だって私が稼いでなんとか過ごしてるのにお酒ばっかりにお金使って...そんな余裕ないことぐらいわかるよね!?」
そして私は再度、腕を大きく振り上げ
「このゴミくずが!」
そう言って私はとどめをさすように父の頭に包丁を突き刺した。
「はぁ...はぁ...」
私はそこでやっと冷静になった。
「え?私...これ...」
辺りは血の水たまりができていた。
「か、隠さ、ないと。...は、早くしないと!」
幸い、床は血を吸うような畳ではないため、身の回りの物を捨てるだけで済んだ。
私は死んだ父の顔を見る。
その顔は満面の笑みをしているように見えた。
父も本当なこんな生活をしたくなかったのだろうか。
今まで考えられなかったことや考えようとしなかったことの思考の整理がつく。
「殺して正解...だったよね」
私は一人で片付けながら呟くのだった。
「...」
私はなにも言わずに家を出た。
だってその家には誰もいないんだから。
学校につく。
靴を脱ぐ。
階段を上がる。
そして教室の前まで来る。
だが、私にはその扉を開けれなかった。
その扉を挟んだ向こうがあまりにも遠く感じた。
私がここにいていいわけがない。
人殺し...そんな人間が...。
私は昨日と同じように図書室へと向かった。
扉を開け、昨日と同じ席へと向かう。
そこに荷物を置き、適当な本を取ろうとしたが、
「......!」
私は手を引っ込めた。
私は自分の手を見る。
その手は真っ赤に染まっていて...。
.........
私は目をつぶる。
私の手は至って普通の色をしていた。
後悔...しているのだろうか。
私は結局なにも取らずに席に座る。
なぜか向かいには彼がいた。
私は何にもやる気が起きず、ただ座っていた。
すると、
「なぁ」
と彼に話しかけられる。
「はい!?」
私はいきなりのことだったので驚いて変な声を出してしまった。
「な、なに?」
私はすこしおどおどしながら返答する。
「ちょっと気になることがあるんでな」
すると彼は顔を近づけてくる。
「なに!?」
彼は真剣な顔でじっと私の目を見た。
「...死にたい...ってわけじゃなさそうだな。」
そして彼は元に戻る。
「えーーと、愁君...だっけ?何をしたかったの?」
なぜ今彼の名前がぱっと思い出したのかは定かではないが、彼の行動があまりにも奇妙すぎてそれどころではなかった。
「目が死んでたからな。なにかあったかと思ったが...」
「...!」
私、そんな目してたの?
でも、確かに、『もうどうでもいい』、とか思ってたかも。
それが顔に出てたんだ。
「何か心当たりがありそうだな。」
やばっ!これも顔に出てたの!?
「表情も、死んでないな。」
彼は無表情のまま淡々と現状を解析していた。
「えーっとどうしたの?」
「...俺と同じかと思った。それだけだ。」
「同じ?」
彼は本当に何を言っているのだろうか。
「お前、人を殺したか?」
「...!どうして...」
「人を殺したやつと殺してないやつとの目は違うんでな。」
「じゃあどうしてそれが分かったの?」
「...言っただろ。俺と同じだと思ったって。」
「?」
彼はそんな話をしながらも本を読む。
私にはやっぱり彼が何を言っているのかわからない。
同じ?この人殺しの私と?
...同じ...?
「あなたも...人殺し...なの?」
「...あぁ。」
「どう、して?」
「俺に関しちゃ当然の報いだ。...いや、......」
彼はなにか考える素振りを見せたが、
「理由なんて聞かないほうがいい。」
そう言われてしまっては私から尋ねることはできなかった。
「お前...まだ普通に生きたいか?」
「え?そりゃ、もちろん。」
「その人殺しという事実を背負いながらか?」
「え!?あっ、そ、うか。私、人殺し、なんだった。」
ということは、警察にバレて人生終了お疲れ様でしたルート確定かな。
「...その罪から...いや、この現状から逃げたいか?」
「なに?突然...。まぁこんな思いをしなくていいなら...」
すると彼は再度私の目を見て、
「...俺がお前の犯した罪を背負う。」
彼はいきなりそんなことを言ってきた。
「罪を背負う?なにを言ってるの?私が殺したんだ。だったら私が償わないといけない。そういうものじゃないの?」
「...俺はもうここで生きようとは思わない。それに俺だって人殺しだ。もう一人殺したってちょっと罪が重くなるだけだ。前科アリか前科ナシかどっちがいいかなんて言ったら誰もがないほうがいいと答えるだろう。それを俺はお前に提示してるんだよ。」
「でも...」
私はそれがいいことだとは思えなかった。
「ま、それを受け入れるかはお前次第だ。だが、...判断が遅れると取り返しのつかないことになるぞ。」
「う...そう、だね...。」
彼の言う通り時間の問題だ。
でも...。
私は葛藤していた。
ほんとにこれが正しいのかと。
だが、
「...このまま"普通"の学生でありたいんだろ?」
そんな言葉を言われた瞬間。
「...っ...わかった。」
私はそう答えてしまうのだった。
次の日、私は警察が家に来る前に逃げた。
朝、テレビで見たことだが、愁君がどうやら自首したらしい。
自分が人を殺したと。
私はラジオと水、食料を持ってさまよった。
ラジオを聞く限り、警察は私の行方を捜しているらしい。
まぁ見つかる気はないが。
...これは果たして普通と言えるのだろうか。
何日、何週間ぐらい歩いた頃だろうか。
目の前には個人がやってる小さな図書館があった。
周りには畑と家しかないいわゆる田舎だった。
私はそこになぜか惹かれて入った。
「あら、こんにちはぁ」
受付らしきところによぼよぼなおばあちゃんがいた。
「こんにちは」
私はそっけなく挨拶をする。
よかった。
どうやら私のことは知らないみたいだ。
向こうには長机と10個ほどの椅子があった。
そこには女子中学生らしき人が一人だけ座り本を読んだり周りを見渡したり、なにか集中できていないようだった。
私はそんな人の斜め前に座り、
「それ何の本?」
と尋ねてみた。
「えっ。あ、これは...。」
その少女はさっと読んでいた本を隠す。
「つれないなー。そういえば今日って平日だよね?こんなところでなにしてんの?」
「え...、いや、ちょっと学校が...。」
「いじめ?」
「いや違くてその...」
初対面なのにいろいろ聞きすぎだろうか?
あの日から私はなんだかいろいろと吹っ切れてやってやろう感にあふれている。
まぁ悪い意味も含まれてるけどね。
「あはは。ごめんね、いきなりそんなこと聞いちゃって。」
とりあえず場を和ませようとそういった。
「私は麻里。あなたは?」
「私は...
「そう玲菜ちゃんねー。」
私はその少女の目をよーく見る。
そして、
「実はねー私、虐待受けてたんだぁ。」
と、あっさりと私の過去を告げた。
「え?」
「けどもう終わったんだけどねー」
私はその少女の目を見ながら言う。
「どうやってですか!?」
少女はその話に興味があるようで予想通り喰いついてきた。
その目はまるで...。
「まぁまぁ焦らないで。それよりさー玲菜ちゃんの目、...私と似てるね。」
あの父を殺したあの日の私と同じような目をしていた。
虐待...、...。 テルン @_tellnrn_
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