第2話: 最悪の出会い
母の亡骸を巣穴近くの森へ捨て穴を掘ることが出来ない代わりに落ちている木の葉で亡骸を覆い、すぐ近くに拾った枝をブッ刺した簡易的な墓を作ってから一週間後、特に問題なくスクスクと育った俺は兄弟達と共にホブゴブリン指揮の下狩りに出ていた。
(その辺に落ちてる手頃な石を砕いて恐らく人間が使ってた檜の棒みたいな奴に、丈夫な植物の蔓でグルグル巻きにして固定した粗末な斧。なんともまぁゴブリンらしい武器だけど、今はこれしか頼るもんがないと考えれば何処か格好良く見えて来る気がする)
「ギィ、ギィアア」
なんか俺がマジマジと自分の手斧を見てたら死んだ冒険者から奪ったのであろうナイフを見せびらかせに来たんだけど暴君兄弟、それ手入れされてなくて錆びてるし刃毀れも酷いから多分どっこいどっこいだぞ。
この後も軽く振ってみせたり、俺の手斧を小馬鹿にする様な視線を向けてきたりと色々としてきたがその全部を無視していたら反応のない俺をつまらないと思ったのかいつもの様に気弱兄弟へと絡みに行く。
(なんだったんだアイツ?少しは静かにして欲しいんだが)
俺達が狩りに出ている事を忘れているんじゃないだろうか。いやまぁ、総じてゴブリンは馬鹿ばっかりだし俺もなんでこんなに色々な事を考えられているんだろうかって疑問は正直ある。
魂が人間だから?だとしても思考するのはこの肉体に備わっている脳みそなんだから、難しい事を考えられたとしてもすぐに限界が来て何を考えていたか忘れるとかそういうものじゃないのだろうか。
(それとも俺が気づかないだけでゴブリンと混ざっている部分があるんだろうか……だとすれば嫌だな)
あー……よし!とりあえず嫌な想像はここまでにして今を考えるとしよう。
今俺達が隠れている場所は、森の中に作られた馬車道近くの茂みの中でボスであるホブゴブリンは俺たちよりも少し後方の大きな木の後ろで大きな身体を隠しながら、恐らく馬車が来るであろう方向を見ている。
つまり、街か村みたいなのがあの視線の方角にあるって事か覚えておこう。
チラリと空を見上げればよく晴れた月明かりが道を照らしており、少々夜襲には不向きな気がするが今こうして俺達が隠れている場所は木々に光が遮られた良い感じの暗所になっている為、夜目の効くゴブリンには何も問題はないが人間にはきっと見辛い場所だ。
(やっぱり手慣れてるよなホブゴブリンのやつ。もっと馬鹿な印象があったんだが)
ゲームや小説知識だがホブゴブリンってのは図体が頼りの脳筋で、こんな作戦を立てたり群れを指揮したりなんて出来ないもんだと思ってた。
こういうのはロードとか賢そうなシャーマンみたいな奴らの得意分野だと思っていたけど認識が改められたな。もしも、この群れを捨てるのならそれ相応の覚悟と準備をしなきゃアイツは勝てない。
(──ん?この音はなんだ。ガタガタと揺れる音と何人かの足音が同時に聞こえるって事は……馬車か?)
そんな事を考えた瞬間、ホブゴブリンによる号令が夜の闇の中から轟いた。
「ギッギィィアア!!!」
合図の咆哮はゴブリンらしい叫び声なんだな──そんな事を考えながら飛び出した俺は先ず、連中の足を奪う為に馬車を牽引している一匹の馬に狙いを付けて右目を潰す様にフルスイングを放つ。
「ヒヒィィィン!?」
「なっ、こいつ馬を!?」
死んでくれれば御の字だったが、やっぱりゴブリンの一撃程度じゃあ死んでくれないよな。それでも右目が潰れ、痛みから暴れ狂う馬をすぐに落ち着かせ速力で振り切るのは難しくなった筈。
(っと、危ねぇ!この馬、俺のことを踏み潰そうとしてきやがった!!)
そりゃ右目が潰されれば当然だし多分暴れてるだけの脚が偶々俺の近くに振り下ろされたのかもしれないが、それはそれとしてビビるもんはビビる!
「ギィィ!」
「このっ、ゴブリン風情が!」
馬車の護衛をしていた二人の男はそれぞれ、暴君と気弱の組み合わせとゴブリンらしい二匹の組み合わせがそれぞれ受け持ってくれていて、骨弄りの奴は御者に襲い掛かっている……乗ってる人間が気にはなるが降りてこないって事は戦闘力がないか弱虫と思ってホブゴブリンに任せよう。
(馬を殺したら本命に行こう。正直、殺人をするのには気が引けるからな)
もしも馬を殺しても決着がついていなければ……覚悟を決めるしかないだろう。
出発の二日前、村の自警団の人達がすぐ近くの森を抜ける為に作られた馬車道でゴブリンの痕跡があると言われて、出発を遅らせようかと言う話になりましたが、護衛についてくれている二人のカルサイト級冒険者の方々がゴブリン程度なら俺達で倒してみせますよ!と仰るので私も急いでいたのもあり予定通りに出立しました。
「……神よ。どうか愚かな傲慢に満ちた我々をお許しください」
私が戦いも熟せるバトルシスターであれば、この馬車から降りて冒険者の方々と共に戦えるのですが私は鎮魂の祈りを捧げるだけの単なるシスター……こうして神に祈りを捧げる事しか出来ません。
「くそっ!せめて馬がマトモなら無理やり逃げられるのに!」
「そもそもゴブリンが馬を狙うなんて聞いたことないぞ!」
「俺もだよ!っと、この野郎一丁前にナイフなんか使いやがって!」
やはりあの大きな揺れは馬が狙われた際のものだったのですね。ゴブリンは強欲で浅ましい存在ですが、自分達に人間が管理していた馬が従う事はないと知っていて、相手にするだけ無駄と言わんばかりに荷台や私の様に乗っている女性を初めから狙うと聞いていましたが……馬の速力を脅威と捉えるゴブリン?もしもそれがありふれた存在なら馬車での移動が安全とは言えなくなってしまいます。
「よしっ、こっちは片付くぞ。そっちはどうだ!」
喜ばしい報告です!やはり、自信満々に答えるだけあって彼らの腕は確かの様です。どうにかこのまま何事もなければ良いのですがと祈った矢先の出来事でした。
「ガハッ!?こ、コイツ、味方ごと……ガフッ!」
「キャァァァ!?」
窓が一面真っ赤に染まり、一瞬何がなんだが分からなくなりました。
「ギィギハハハハ!!」
「ガフッ!ゴフッ!」
しかし、すぐにゴブリンの勝ち誇った様な嗤い声の中に混ざる粘性の高い咳と、グチャリという何かを柔らかい物に突き立てる音が何度も聞こえてきた事で愚鈍な私にも状況が分かってしまいました。
護衛を担当してくださった方が一人、お亡くなりになられてしまったのだと。
「くそっ!アルベルトのかた……は?」
理解出来ない──そんな風な声が聞こえて反射的に反対側の窓を見た瞬間、護衛の方が顔から窓を突き破り上半身だけ入ってきたかと思えば、すごい速さで引き摺り出されて彼が壊した窓側の扉を破壊しながら軽々と森の方へと飛んでいき、大きな幹に身体を打ちつけるとピクリとも動かなくなってしまいました。
「あっ……あっ……」
恐怖で完全に腰が抜け股の辺りから暖かいものが私の意思とは関係なく、溢れていき壊れた扉から姿を現した大きなゴブリンが匂いを嗅ぐようにヒクヒクと鼻を動かすと私を見て嗤った。
それはもう邪悪に嗤い、そのゴブリンの嗤い声に呼応する様にいつの間にか周りに現れた二匹のゴブリンも同じく嗤う──それがもう怖くて怖くて仕方がない私のお腹に何かがぶつかり意識が遠のいていく中で
「……」
最後に見た嗤っていないゴブリンが嫌に記憶に残った。
GOBLIN HERO〜最悪の転生〜 待雪草 @matiyukisou
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