第3話
助けを求めるように目を向けたが、稲田はフイと、気まずげに視線を逸らした。
否定をしない聡の行動は、暗に肯定を示している。
「本当なの、稲田さん?」
戦慄く唇から、ようやくそれだけが絞り出された。
萌香の言葉が真実なら、稲田は本命の恋人を浮気相手の家に連れ込んだクソ野郎だ。
事実を認められたら、つい先程まで、逢瀬を楽しみにしていた、気持ちと期待が木っ端微塵に砕かれる。
(嘘よ……)
逃れようのない状況なのに、それでも否定したい気持ちが強かった。
初めて、好きになった人だったのに。
「私、嘘は嫌いなの。私がこの部屋にいるのが何よりの証拠でしょ」
嘲るような笑みを消して、萌香は睨みを利かせて白音に迫った。
「わ、たしは、稲田さんに聞いてるの。今の話、本当なの? 浮気って。それに、見知らぬ人を勝手に部屋に入れるなんて酷いわ」
自分にできる最大限で、追求を試みると、ぼろっと大粒の涙がこぼれた。
そうだ、浮気だろうとなかろうと、他人を勝手に家に入れるなんて非常識だ。
「ねえ、稲田さん! 答えてよ」
「はあ? 何泣いてんの? 被害者面しないでよ。横から手ェ出したのはアンタなのよ。ねぇ、聡も何とか言いなさいよ。この子、物分かり悪そうだし、聡から言わなきゃわかんないよ」
稲田は迷ったようにガリガリと頭を掻くと、ふーっと嘆息した。
顔を上げると、観念したように呟く。
「合鍵くれた時、……俺の好きに使っていいって言っただろ? それを今更とやかく言うのは違うんじゃないの」
稲田は詫びるでもなく、口を尖らせて抗議を始めた。
は??
シオンは愕然とした。
”これは違うんだ” とか ”誤解だ” とか、弁明されても、多分、受け入れられない。
でもこの、シオンを非難するような発言は何だ?
確かに、「いつでも来ていいよ」と伝えた記憶はある。だが、それは常識の範囲内での話だ。
別の女を連れ込んで良いなんて、どんな女が許可するのか。
「萌香の言う通りだよ。俺は元々、萌香と付き合ってた。けど、シオンとのやりとりがバレて、どうしても会うってきかないから連れてきた」
「あ、会うって言うなら、私のいる時で良かったでしょ? どうして留守の家に勝手に上げたり」
ようやく反駁の言葉が出かかったのに、被せるようにして萌香が嘲笑った。
「私が頼んだからよ。人の男をどんなところに引き摺り込んでくれたのか、見てみたかったの。でも、いざ来てみたらホッとした! こんな色気のない部屋初めて見たんだもの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます