第3話 記念写真
僕は踵を返し、生徒会室に背を向ける。
これが正しい選択かなんて分からない。なにが正しいかなんて分からない。
けれど、立ち止まっているわけにもいかない。何かを決断をしたら、振り返らず前を見るべきだ。
僕にできることは、ただ結果だけを背負って前に進むことだけなのだから。
「「「東雲会長、ご卒業おめでとうございます!」」」
下級生の祝辞を受けながら昇降口へと向かう。
「ああ、うん。ありがとう。みんなも元気でね」
離れる相手に手を振りながら、その相手の名前も知らないことに苦笑いした。
こちらの面識はなくても、あちらは僕を知っている。
――名前とセットにラベリングされた元生徒会長の姿を。
関係はいつも相互的とは限らない。
『おーい、ちゃんと撮れよー!』
『成人式でまた会おうねー!』
耳を澄ませば雑多な音。
卒業式を終えて帰るもの、記念撮影に熱をいれるもの、誰かとの約束に時間を振り分けるもの。
ひとの数だけの路。
ひとの数だけの情。
そして僕は、誰とも繋がることはなく、幾重にも交差するだけ。
――そんなことを考えながら正門をくぐり抜けたところで。
「あっ千明っ! ちょっとこっち来いって!」
誰かに腕を掴まれた。
「智也か……口で言えば行くからそんな引っ張らないでよ……」
「普通に帰ろうとしてるからだろ! ほらほら、みんな準備できるてるから」
「準備って……記念写真? 集合写真ならもう撮ったでしょ」
「ばっか! 想い出と写真はいくらあってもいいんだよ!」
「へえ。智也にしては含蓄のある言葉だね」
「だまれこの朴念仁!」
やいのやいの言いながら智也に引っ張られる僕。
そうして正門横に立て掛けてある『卒業式』の看板前の撮影ポイントが空くまでの約15分、クラスメイト達と想い出話に花を咲かせながら順番を待った。
「よし、空いたな。じゃあプロのカメラマンである俺の父さんに撮影を頼むとして、みんな分かってるなー?」
「「「おーーーっ!」」」
「???」
智也に問いにみんな元気よく返事をするのだけれど、僕には抽象的すぎて並列思考を働かせても理解が追いつかない。
「(……千明くん、変顔だよ変顔)」
「(……へ、変顔……?)」
頭がオーバーヒートしかけたところで、近くにいたクラスメイトの女子がそっと僕に耳打ちで教えてくれた。しかも変顔って……一応ここ進学校なのに、大丈夫なのか?
「では撮りますよー。はーい、ワン・ツー・スリー……」
なんとか阻止する術を考えている間に、智也の親御さんによってカウントが始まってしまう。さすがにこの流れに水を差すというのは野暮というもので、横を見れば僕に耳打ちした女子も白目を剥いて両方の鼻に親指を差し込んでいる。
「何十年か後にきっと後悔すると思う……」
もはやこれまでと清水寺。僕も覚悟を決め渾身の変顔を作った。
パシャ!
そうして暗黒のデジタルタトゥーは完成した。
「なあ父さん、誰が一番変顔できてた?」
「そうだなぁ……」
撮影の瞬間は余所様の顔を視認できないため、智也がその道のプロである親御さんに向け即席の感想を求める。
「うーん、みんなよく出来てたと思うけど……」
そう言いながらなんとなく智也の親御さんと目を合ったような気がした。
僕の思い込みであってほしいと心の底から願った。
「じゃあ、僕はこれで……」
そそくさと逃げるように退散しようとしたところで、再び智也に腕を掴まれる。
「……千明、悪いがちょっと校舎裏まで来てくれるか?」
「…………」
その一言に僕の背筋に戦慄が走った。
「違う違う! 俺はいたってノーマルだから! 彼女だっているから! だからその目はやめてって!」
「初めからそう言えばいいのに。それで?」
「えーと……千明を校舎裏に呼んできてほしいって、ある人から頼まれて、ですね……」
「何故に敬語……」
訊きたいことは山ほどあったけれど、兎にも角にも行けば分かるの一点張り。
「…………」
その道中、智也は終始無言で震える右手と右足、左手と左足を同時に前に出しながら歩いていた。
「なんで智也がガチガチに緊張してんのさ。いったい誰が――」
「……私です。申し訳ありません」
「ふ、藤原さん……?」
校舎裏で待っていたのは、まさかの彩音ちゃんだった。
「じ、じゃあ、ボ、ボクはこれで失礼しま――」
「いえ、岩田さんもここにいてください」
「は、はいっ!」
直立不動で返事をする智也にようやく合点がいった。
正直、彩音ちゃんという可能性も思考したけれど、今朝あんなことがあったばかりだ。もう二度と顔を合わせられないんじゃないかと思っていたから、ほとんど想定外の相手だった。
「えっと、藤原さん……? ぼ、僕に何か用かな?」
「…………」
「藤原さん……?」
「…………彩音です」
「……はい?」
「なんで下の名前で呼んでくださらないのですか。今朝は――」
「ちょ、ちょっと彩音ちゃん……」
智也がいる手前、僕はあえて今日初めて会った風に装ったうえで藤原さんと呼んだのに、その気遣いはあっという間に水泡と化してしまった。
「ち、千明……やっぱりお前……」
「智也くん、ちょっと肩、凝ってない?」
「えっ、いやっ、あのっ、ちょっ……ア”ガガガガガガ……」
僕は智也の両肩を掴み優しく揉みしだいた。
ゴリゴリとした擬音はきっとの気のせいだろう。
「来年も元気に桜を拝める身体で、いたいよね?」
「……はい」
理解のいい友人を持って僕は幸せだよ。
「それで、彩音ちゃん?」
「あ、はい。何度もお呼びだてして申し訳ありません。一枚だけ、記念写真をと思いまして……」
「記念写真? 生徒会の集合写真なら……」
と、そこまで言いかけて言葉を飲み込んだ。
そのくだりはついさっき智也から有り難い至言を戴いたばかりじゃないか。
「いや、うん。せっかくだから、記念に一緒に撮ろうか」
「!!! ありがとうございます!」
「じゃあ智也、お願いするね」
「お、おう! 俺はプロカメラマンの倅だぜ、任せてくれ!」
調子を取り戻した智也が肩に提げた一眼レフを構えると、色々と注文をしだす。
「もっと近づいて、いや、もっともっと、ほら、恋人みたいに」
「ちょ、ちょっと智也……」
僕は人と人との適度な物理的距離感というものをよく知らないのだけれど、さすがにこれ以上は近づきすぎってことくらいはわかる。
「岩田さんもそう仰ってることですし、千明先輩も……」
拳二つ分くらいあった距離が、彩音ちゃんによって一気に縮められた。
「えっ、彩音ちゃんもちょっと……さ、さすがにこれ以上は……」
「おっ、貴重な千明の表情も見れたところで、ワン・ツー・スリー」
彩音ちゃんと完全に密着した状態になり、もうどうにでもなれや。と、僕は臍下丹田に力を込めながら、渾身の笑みを作った。
パシャ!
そうしてどう見ても恋人同士にしか見えない、暗黒のデジタルタトゥーその2が完成した。
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