俺の心を解き明かす。


休み時間、俺とリツカはルプルグ君とやらの席へ行き、なんの目的があってここへ来たのか確かめるべく、いくつかの質問を行ったわけなのだが。


「き、記憶喪失……?」


「そうなんだよ、名前以外の全部が思い出せないんだ」


「なんてこった!」


ご覧の有様で。


どうやらコイツは昨日車に撥ねられた際、打ちどころが悪くて頭をやっちまったらしい、どうりで俺やリツカを見ても無反応だった訳だ。


……いや、シッポが生えてるのに無反応なのは、それはそれでちょっとオカシイ気もするが。


ひょっとしたら根っこのところには、記憶がまだ眠っているのかもしれないな、だから何となく俺のことを知っていて、それで驚かなかったのかもしれない。


「……よし、それなら話は早い」


——スッ。


拳を振り上げる。


「え」


——ブオッ!


そしてそのまま殴り抜く。


「いやダメぇ!」


——ドゴォッ!


「ひぃーっ!?」


拳は途中で軌道を逸らされて、ルプルグの顔面真横を通り過ぎた、奴は真っ青になって悲鳴を上げていた。


「何すんだよ、外したじゃねーか」


俺の腕を横から蹴りつけてきたリツカに文句を言う、記憶が無いなら今のうちに始末しといた方が、圧倒的に楽でいいじゃねえかと思ったのだ。


「邪魔するよ!?ダメだよ!?何してんのさ!?」


だがリツカはどうもそれには反対のようで、信じられないという表情で俺を見上げてくる。


「これが都会式の『かわいがり』ってヤツですかぁ!」


殺されかけたルプルグはすっかり縮こまり、椅子から降りて頭を抱えてうずくまる、プルプルカタカタと震えて涙を流している。


「ほら!こんなだよ!ボク無理だよこんなの!」


「楽勝で良いじゃねえか」


今度は足を振り上げる、カカト落としだ、丁度いいとこに頭がある、このままド頭かち割ってやらぁな。


「だからダメだって言ってるだろッ!」


——ボゴォ。


顔面に突き刺さるリツカの拳、このアホは力加減ってもんを知らない、俺は吹き飛んで壁にバウンドし、そのまま天井に跳ね返って床に突き刺さった。


「お、お姉ちゃん、僕殺されるの?」


「違う、違うんだよルプルグくん、キミはなんにも悪くなんてないのさ、ただあのお兄ちゃんは足をすべらすのが得意ってだけで、悪意なんて微塵もないのさ」


聖母のような語り口で、少年を胸の中に抱きしめて撫でるリツカ、アイツさてはショタコンだな?


「失敬な!男の子は国の宝だよ!」


「心を読むんじゃねえ!」


——バギィ!


「ぶぎゃっ」


ローリングで近づいて両手で体を跳ね上げ、真上に向かってロケットキック、顎を下からぶち抜かれたリツカは派手に打ち上がり天井に跳ね返った。


「お、お姉ちゃーーーん!!!!!」


悲壮感溢れる表情で絶叫するルプルグ、何がお姉ちゃんだバカヤロウ、ふざけやがってこんにゃろう、何抱きしめてもらってんだぶっ殺すぞ!


いい加減俺の機嫌も絶不調に悪くなり、全部に対してムカついて来始めた頃。


——ガラガラガラッ!


「ちょっと!この騒ぎは何!?さっさと席につきなさいこの不良少年どもっ!」


教室の扉を開けて入ってきたクラスの担任が。


——ドサッ。


「ぐへっ!」


俺や、ルプルグや、落っこちてきたリツカを見て。


現在二年C組を、威勢のいい怒号で締め上げた。


ちなみに他のクラスメイトは、先日の集団搬送事件でほとんど入院しており、当分は出てこられない。


「さっさと座らないと、お母さんとお父さんにお電話するわよ!私の授業を邪魔するアンポンタンにはね!」


「俺の母さん死んでるよ」「ボクの両親死んでるよ」「お父さんもお母さんも思い出せません!」


一斉に口答えをする三名。


「だまらっしゃいッ!!」


——バァン!


教卓に勢いよく叩きつけられる授業資料、先生のこめかみはビキビキといっている、ありゃブチ切れる三秒前ってところだ。


「同じところに送られたい!?」


——キーンコーンカーンコーン。


教師が吐くべきでは無いセリフと共に、朝の一発目の授業が幕を開けるのだった。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「ボクが彼をぎゅっとしたから怒ったのかい?」


保健室。


授業サボり。


二人きり。


あんなことがあって授業なんて受けられない、俺は頭に来て授業をブッチして、ついでにさっきリツカに付けられた傷を癒そうと保健室に来たのだが。


「ねぇねぇねえ、どうして無視するのかな、それって嫉妬?ジェラシー?ボクのこと好きなの?ねぇねえねぇ」


このアホも俺と同じことを考えていたらしく、ばったり保健室で顔を合わせちまったのだ。


ソファに座って絆創膏を貼っている俺の周りを、チョロチョロチョロチョロと動き回り、右から左から上から一生質問をぶつけてくる。


無視しているわけでない、絆創膏を貼るのが苦手で、喋りながらやれないってだけだ、でももうそれも終わり、きっちりキズを塞いだぞ。


「俺の邪魔をした理由が単に、自分の性癖に刺さったってだけなことに、どうしてもムカッ腹が立ったのよ」


救急箱をパタンと締めながら、リツカの質問に正直に答えてやる。


「でもちょっと嫉妬した?」


心読めるなら分かるだろ聞かなくても、それとも分かってて聞いてるのか?


「教えてよ、嫉妬したかどうなのか、なんならキミをぎゅーってしてやっても良い、正直に答えてくれたらね」


「答えは俺の手に聞け!」


——ガッ!


「ふぁうっ!?」


両側から、挟み込むように、リツカの腰を掴んでやる。


「あ、あぅ……」


すると奴はへなへなとへたりこみ、俺の肩に両腕を置いてもたれ掛かり、腰を引いて前傾姿勢で俯き、真っ赤に染った顔で悶えるように身を捩る。


「さあ、俺の手はなんて言ってる?ん?」


「そっ、そんなの、分かんないよぉっ……!くひゃっ」


——グニグニグニ。


揉みほぐす、揉みしだく、親指をメリッと押し込んで強めのマッサージをくれてやると、リツカは面白いくらいにピクンと跳ねてくれる。


「ま、待って、許して、もう馬鹿なこと言わない……」


「アイツ殺すの邪魔しないか?」


「しない!しないからっ……!手を離してぇぇ……っ」


「よかろう」


——パッ。


「あっ……」


支えを失ったリツカは、とうに足腰に力なんて入っておらず、そのまま重心の傾いた方向に倒れ込み、つまり俺の胸の中に飛び込む形となった。


——ポスン。


「はぁっ、ふぅっ……ぅんんっ……」


膝の上に乗っかって、ぐったりと体重のしかけて、耳元で熱っぽい吐息をフーフー言わすリツカ、まさかそんなに効くとは思っていなかったよ。


「キミ、ボクのこと、実は大好きなんじゃないの……」


「だから、心読んでみりゃ良いだろって」


「そんな余裕ないよ、もうっ……」


背中に手を回して抱きついてくるリツカ、まだまだ息が荒いようだ、密着した体が小刻みに上下している、そして相変わらず美味そうな香りのする女だ。


「くんくん……」


頭を支えながら、耳元の匂いを嗅ぐ。


「血吸いたきゃどうぞご勝手に……」


「心読んでんじゃねーよ」


「どっちなんだい、読めって言ったり……」


「知ったことか」


「んー、君たちさあ、私が居ること忘れちゃってるんじゃないのかなぁ、ここ保健室なんだよぉ、授業中だし勤務時間中なんだよぉ、そりゃ当然先生も居るよねぇ」


そうして俺たちは、授業まるまる一本、思いっきりサボってやるのだった——。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


放課後、グラウンド。


「死ね!」


——ビュンッ!


「ぎゃあ!」


殺す気で振るった俺の腕は、しかし余裕を持ってルプルグに躱される。


「お金上げますからぁー!助けてくださぁーい!」


「このっ!避けんなこんちくしょう!」


「ルプルグくん!頑張って避けて!次多分蹴りだよ!」


——ブオンッ!


「ひゃあー!?」


刀でいう袈裟斬りを、右足で行った訳だが、やはりこちらもしっかり余裕を持って避けられる。


「テメー後でぶっ殺す!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「オメーに言ってねえ!」


奴自身には、自分が凄いことをしている自覚はないようだが、どうやら体が動きを記憶しているらしい、どうやっても俺ではコイツを殺せなかったのだ。


何やっても避けられるし。


反撃こそしてこないけど、もし本気でやり合ったら恐らく勝ち目はねえ、ますます今のうちに始末しとかないとマズイが、だが突破口が何処にも見当たらない。


リツカのヤロウは殺すことは許したが、協力する気は一切ないようだし、むしろ俺の邪魔をしてきやがる、やはりただのショタコンだったようだ。


「……チッ!やめだやめ!」


ついに限界が来た俺は、不貞腐れて、その場に座り込んで胡座をかき、頬杖を着いてそっぽを向いた。


「やったー!助かったよルプルグくん!わーい!」


「ぜぇーーーッ、はぁーーーッ、ひゅーーッ……」


酸欠で死にかけているルプルグと、その周りでお祭り騒ぎをやらかすリツカ、天国と地獄ってタイトルを付けてやりゃあピッタリハマりそうだぜ。


「ハイタッチ!いぇーい!」


嬉しそうに両手を掲げるリツカ、それに対し、震える両手を持ち上げ答えようとしたルプルグは。


「い、い、いぇ……いや、も、ムリ……」


——ドサッ。


そう呟いて床に倒れ込み、一切動かなくなった。


「……帰る!」


俺は立ち上がり、そう宣言してから、傍らに転がっている俺の学生鞄を背負いあげ、ポケットに手を突っ込みながら歩き出した。


イライラ、ムカムカ、イライラしながら歩き。


信号機を渡り、交差点を曲がり、コンビニに立ち寄ってスイーツを買い、パリポリとモナカを噛み砕きながら人の並ぶバス停のそばを横切って。


立ち止まる。


「……さっき殺れば良かったんじゃないか?」


そして気付く、あの瞬間、アイツが疲れすぎて倒れて気を失ったあの瞬間に、大きなチャンスがあったことを。


「し、しまったぁ〜〜〜〜っ!!」


膝から崩れ落ちて床をぶっ叩く。


——ズドォン。


衝撃で大地が揺れるが気にしない、俺は俺の間抜けさ加減に落ち込んでる、そんな簡単な事も気付けないとは、一体俺はどうしちまったって言うんだよ?


リツカをルプルグと二人にしてきちまったし、もし途中で記憶が戻って殺されちまったら。


いや、それは別に良いか。


とにかく俺はアホだ、今からならまだ間に合う、アイツが目を覚ます前に殺しに行こう!


立ち上がり、前を向いて。


「……は?」


俺の時間は急激に停止する。


だって、なんせ、そこに立っていたのは。


「ようやく一人になってくれたな」


一歩、後ずさる。


そこに立っていたのは、随分前に喧嘩して以来、一度も会っていない俺の。


「久しぶりだな、リュウイン」


「親父……?」


俺の唯一この世に残された、正真正銘、ただ一人の肉親だったのだから——。


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