無灯火



川沿いの道を歩きながら、ポツリポツリと設置されている街灯の明かりに時たま照らされる、視界にチラチラ映り込む雪粒が風景を彩る。


「それで、ボクらは何処で夜を明かそうか」


襲撃からのゴタゴタで、俺たちゃすっかり忘れていたのだが、現在二人には帰る家がなかったのだ。


「適当なホテル見つけて泊まるしかねーだろ」


「お金ないよボク」


そう言ってポケットをまさぐるリツカ、中から出てきたのはのど飴がふたつと、使いかけのリップクリーム、それからお釣りの五十円玉とレシートだ。


「しけてんなぁー」


とはいえ、俺もあまり人のことは言えないな。


まず財布は持ってないし、携帯も置いてきた、二千円ぐらいだったら持ってるが、こんなんじゃ安いホテルにさえ泊まれやしない。


「泊めてくれそうな友達とか居ないのかい?」


「それでまた襲われたらどーすんだよ」


「御守りが働いてくれることを祈るってのはどう?」


そう言って懐から、明らかにそこには入らないだろってサイズの剣を取り出すリツカ、なんの手品だと思ったがそうかストラッツォから貰ったやつか。


どうも普段は小さくして携帯しておけるらしい。


「今の所、効いてる感じしないけどな」


「目に見えないだけかもよ」


傘を振り回す子供のように、右手に持った細身の剣を、ブンブンと素人くさい動きで扱うリツカ、その獲物見てると腕の傷が傷んでくるぜ。


「つーか、血吸わなくて良いのか」


「み……」


——カランカラン。


手から剣を取り落とすリツカ。


どうしたってんだ一体、ああいや、そうか、寝込みを襲おうとしたのを思い出して固まってんのか、多分そういうことだろこの反応は。


「分かりやすい野郎だ」


落ちた剣を拾い上げる。


「……?」


気のせいか、持ち手が少し熱い気がした。


リツカが握っていたからか?


それにしては温度が高すぎる気がする、刀身自体も若干熱を帯びている、カイロの代わりにゃ丁度いい、体にピッタリ当てて温度を借りてやる。


「……ひょっとして、なんだけど」


ようやくフリーズが解けたリツカが、恐る恐るといった様子で俺に質問を投げ掛ける。


「……起きてた?」


「起きてたよ」


「くぁーっ!」


奇声をあげ頭を抱えて仰け反るリツカ、あまりの反り具合に衣服が持ち上がり、ヘソがチラリと見えている、アスリート並の鍛えられた腹筋も一緒に。


「なんてことだ!最悪だ!これじゃボクがまるで正面から血を吸う勇気のない臆病者みたいじゃないか!」


そのままギチチと体をひねるリツカ、多分人間には再現不可能な体勢だ、どんな関節の可動域なのやら。


「聞いてくれ!」


——グワッ!


と、彼女は突然身を乗り出して、俺の胸ぐらを両手で掴んで持ち上げると、そのまま縦や横にゆさゆさと揺すぶりながら必死の弁明を開始した。


「違うんだよリュウインくん、誤解しないでくれ、アレはそういうんじゃない


ボクはキミから二回血を頂いているが、そのどちらもキミは寝そべっていたんだ、ボクはそんなキミのお腹の上に乗り、覆い被さって血を吸っていたんだけど


その、なんていうか、体勢が癖になっちゃって、だけどそんな要望伝えにくいだろう?そんな色っぽいお願いボクに出来るはずがない


ちょっと血を吸いたいから横になってくれ、ボクは上になるからキミは何もしないでくれ、なんてお願い恥ずかしくて無理だったのさ


だから、そういう事なんだリュウインくん、どうだい分かってくれたかな?」


それをぶっちゃける勇気はあるのかよ。


恥じらうポイントがよく分からない奴だな、人間だった頃からこうなのか死んでから変わったのか、どちらにせよクレイジーなヤロウだ。


「分かった分かった」


「そうか、良かった」


ホッとして俺を下ろすリツカ、ようやくつま先が下に着いた、服が伸びちまったらどうすんだ、着替える用の服を持ってないんだぜ今はよぉ。


「ナース服ならあるよ」


「もういいよそれは……あ?」


立ち止まり、リツカを見つめる。


「え?どうかした?」


コイツ今、俺の心の声に返事しなかったか。


「心の声、だって?」


キョトン顔でこてんと小首を傾げるリツカ。


「……お前!」


肩をガシッと掴んで詰め寄る。


「どわぁっ!?な、なにぃ!?へぁっ!?」


猫が全身の毛逆立てるみたいな驚き方ほリツカだが、俺はそれ以上の衝撃に頭を殴られていた。


そういえば最初に会った時にもあったんだよ、俺の顔を見て心の中を当てられた事が、今の今まで忘れていたがこの瞬間思い出したぜ。


「ああ、悪い、つい興奮した」


「そ、そ、そ、そんなに驚くことかい……?いや確かに衝撃ではあるだろうけど……」


微妙に俺から距離を取りながら、指と指をつんつんと合わせて俯き、上目使いでこちらを見るリツカ。


だって心を読めるんだぞ?驚くだろそんなこと。


ロマンだろ、カッコイイだろ、なんか色々と使い道がありそうじゃねえか、俺がそれを使えたならそりゃあもう楽しいがね。


「見かけによらず男の子だったんだねキミ、女の子みたいな顔立ちしてるのに」


「オウもういっぺん言ってみろゴラァ……」


「褒め言葉だよーっ!」


ぴゅーんと走って逃げるリツカ、一瞬で三百メートルちかく距離を離される、軽く走ってそれかよ、つくづくバケモンだな。


俺も。


——ダッ!


「逃げんなよコラ」


「早!?」


一瞬で追いついて首根っこ引っ捕まえる、身長差があるので床から浮かす、両足がプラーンと揺れている。


「あのナース服、さてはテメー、単なる趣味だろ」


目線をキョロキョロと動かして、何とか逃れようと足掻いた末に、どうやら無理そうだと理解して、可愛さで誤魔化そうとしているのか笑顔で。


「……正直に謝ったら許してくれるかい?」


と言って白状するリツカだった。


「コイツ」


鉄拳制裁をくれてやろうとしたとこで、俺は殺気を感じて身を引いた、つるし上げたリツカと一緒に。


——ヒョウ!


「ひっ!?」


叫び超えの理由は明白だ、ちょうど避けたギリギリを、嫌気がさすほど見覚えのある、教会の細剣が通り過ぎて行ったからだ。


バックステップ、バックフリップで飛び下がる、無事に着地して前を向く、そこに奴は居た。


「クロノスフォールがやられたから、急遽僕が招集されたワケだけど、なんだこの程度の雑魚だったの」


黒い服の、子供?


ロザリオを首から垂らした子供の黒服が、両手に一本ずつ剣を携えて立っていた。


「……幾らなんでもスパンが短すぎんじゃねーのか」


「さっき倒したばかりなのに」


期間を空けて順々にやってこいよ、連続して来るんじゃねえよお前みたいなのは、冗談じゃねえぞクソ。


「アハ、なんか疲れてるみたいだけど、コレから僕がバランバランにしてあげる、悲鳴を上げさせながら!」


——ザッ!


そう言って少年は武器を構えて。


——ガシャーン!


突然割り込んできた自動車に撥ねられた。


「……はぁ?」


無灯火走行の居眠り電気自動車が、横の道から飛び出してきたようだ。


吹き出す血の飛沫、砕けた剣の破片が舞い上がる。


俺たちは揃って同じ方向を呆然と見ていたが、次の瞬間には同じ考えを胸に抱いた、なんせ片や人の心が読めるのだから。


「逃げるぞ!」「逃げよう!」


——ドォン!


文字通り飛ぶように逃げる、地上を離れて雲を突っ切って、とにかく遠い場所を目指して加速する、その日は結局野宿をする羽目になるのだった。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「今日から皆さんと一緒に勉強することになった、転校生のルプルグくんです!ハイ拍手ー!」


——カランカランカラン。


ぼんやり朝のホームルームを眺めていたら、突然目玉が飛び出すようなもんを見せられて、手の中からボールペンが転がって行った。


ふと隣の席を見てみると、リツカも同じように衝撃を受けていて、口をあんぐりと開けながら、青い顔で震える指を前に刺していた。


「えーと、彼ちょっと昨日に合ったみたいで、松葉杖着いてるけど気にしないであげてね!」


「どうも、ヨロシク」


間違いない、そいつは昨日のアイツだった。


昨日の間抜け野郎、教会の処刑人、黒い服の少年、あろうことか高校に編入してきやがったのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る