晴れのち、お陀仏。
斬り飛ばされた右腕が、血を撒き散らしながら闇夜に踊り狂う、そして脳髄に灼熱を伝える。
「うっ、ぐぁぁぁーーーっ!!」
あまりの激痛に悶え苦しむ、傷口を抑えて空中でうずくまり、一瞬何も出来なくなってしまう。
「——ッ!」
それを見たリツカが、俺の腕の中から抜け出して、クルリと縦に一回転する。
——トンッ。
俺の胸を踏み切り台に使い、脚力を解放して前方に飛び出して、斬り飛ばされた俺の腕を掴むと、牙をブチ立てて口に噛み咥えた。
そうか、血を吸うつもりなのか。
黒い服のあの男は、リツカのその行為を脅威であると感じたらしく、右手に持っていた剣を槍のように投擲せしめた。
——マズイ!
空中で軌道を変えるのは、いくら怪物でも不可能なので、俺は体を捻って背中を向け、シッポを伸ばしてリツカの腰に巻き付けた。
そのまま思い切り体を振る。
追従してリツカは振り子のように動かされ、剣の軌道上から外れる事が出来た。
しかし。
——ドスッ!
「が、はっ……」
リツカの代わりに俺が剣に貫かれてしまう、ちょうど胸の辺り、人間で考えれば急所だ。
「り、リュウインくんッ!」
血相変えて叫ぶリツカ。
見た目は派手だな、でも心配するな、安心しろよ。
やはり俺は化け物だ、まだ戦えるのを感じる、このくらいじゃあ致命傷にはならないと、誰に教えられるまでもなく分かる。
だが刺し貫かれたそのおかげで、俺の体には急激な加速が加えられた。
減速することもできず、俺は流星となって飛び、この真夜中の住宅地の道路に墜落した。
——ドガーン!!!
アスファルトを砕いて転がって、土煙を振り払いながら受け身を取って立ち上がる、そして戦闘体勢に移行しようとしたとこで。
——ドスッ!
自分の胸から剣が飛び出してくるのを見た。
「そう、何度も……ッ!」
一瞬も怯まずこの俺は、真っ直ぐ伸びた青白い刀身を両手で握り込んで固定して、奴の次の行動を阻害してやった。
リツカはそんな俺の体を駆け上がり、頬を掠めるようなギリギリを通し、真後ろに向かってドロップキックを放った。
——スパーン!
「痛ッ……!」
だがリツカの両足が宙に舞う、攻撃の失敗を悟った俺は振り向いて、うろ覚えの格闘技のように、左腕を回してバックハンドブローを見舞う。
しかし、合わせの切り上げが。
——サクッ!
俺は肘から先を失い、後ろによろめいた。
男は前のめり、首を切り飛ばそうと構え、しかし直前で俺の狙いに気付いて動きを止める。
俺はシッポを、背後へと伸ばし、第三の足として自分を支えて蹴り技を放とうとしていたのだが、黒服の男はそれを看破していたのだ。
そのまま間合いを取る。
そして両足で着地したリツカの方へ向き直る。
敵は右手と左手に、それぞれ一本ずつ持った剣で、上下に散らした刺突を放った。
リツカはそれを飛び退いて躱し、背後にあった電柱に捕まると、ポールダンスのように回転し、ノータイムで前方へとカッ跳んだ。
しかし俺はそれがマズいと直感して、コンクリートの床を蹴り壊しながら加速し、腕を使う事が出来ないので口を利用して、噛み捕まえてリツカを攫った。
——ヒュンッ!
一瞬視界が真っ黒になるほどの加速力、間に割り込んでリツカを奪い去ったはずだが、俺の背中には濃い赤線が刻まれていた。
「ご、ごめん助かった!」
「敵の動きをよく見ろ!」
顎の力を弛めてリツカを離す、上手くバランスを整えて着地し、傍に止まっていた車を蹴り飛ばす。
——ガッシャーン!
何百キロもあるはずの鉄の塊が、まるでただのピンポン玉みてーに弾かれて、そこら辺の家の窓ガラスを根こそぎ割っていく。
あんなもので倒せるなんて思っちゃいない、そんな生易しい相手じゃないのは百も承知。
故に、閃光が奔る。
——バッ!
真横から飛び出す黒い影、俺が蹴り込んだ車に追い付いて、ブレーキ摩擦で火の道を作りながら、車のちょうど真後ろに着けるリツカ。
彼女は腰を切り、肩を入れ、全身の連動を余すことなく利用して、渾身の一撃を『車』に叩き込んだ。
その後はまるで撃鉄のように。
火薬の炸裂で弾丸を押し出す殺人システムのように、彼女自身の拳が化学の力を超越し、手動で行われる二段階加速投擲、生み出された衝撃波は地上を砕く。
だが。
射出された鉄塊は。
——ギャギャギャギャギャッ!
そんな耳障りな悲鳴と共に縦に裂け、その隙間に、剣を振り抜いた姿勢の黒服男が、少しも害されることなく平然と立っていた。
「そんな馬鹿な!?」
かすり傷ひとつ負っていない敵の姿に、恐怖の悲鳴を上げるリツカ。
俺ですら少しはダメージが入るはずと思っていた、真正面で現実を叩き付けられたショックは、どうやら見かけ以上にデカかったようだ。
俺は急いで駆け出すが、あれじゃ距離が近すぎる、俺が助けに入る前にリツカが殺られちまう。
瞬間未来が見えた、縦横十字に切断されるリツカの体、もう間もなくそれは現実になるだろう、だが俺の手が届く頃には遅すぎる。
俺にはもう、打つ手が——。
「まずはひとり……むっ!?」
刻まれない二刀。
「……おいおいおい!ウソだろ!」
口角が上がる、目の前の光景に興奮が収まらない、あの野郎は守られるだけの女では無かった!
「勝ったと、思っただろう?」
ニヤリと笑って呟くリツカ。
彼女は捕らえていた。
黒服の両腕を、剣が振り抜かれる前に、真正面からかち合って、グラップルで止めていた。
「初めてがキミにならなくて本当に良かった!」
そう言うと、リツカは黒服に抱き着いた。
「——ッ!?」
そして、ギッチリとしがみついた後、両膝を曲げて垂直に空へ飛び上がる。
——ゴウッ!
夜空の星と同等程度の大きさになるほどに、空の乗り物が支配する領域に、彼女は飛び上がってそのままに、星の重力に任せて墜落を開始した。
俺の目にはよく見える、聞こえる。
黒服男の必死の抵抗が、拘束を解こうと死に物狂いでもがいている、しかし腕力があまりにも強い、獲物を使えぬ間合いでは勝負になっていない。
暴れる、暴れる、だけれど拘束は緩まない。
朱色の尾を引いて、暗い夜の空を突っ切って、もう間もなく審判の瞬間が訪れるだろう。
そして、ついに。
——ィィィィドォォォォォォンッ!!!!
俺の目の前の地面に隕石が落ちてきた、比喩表現などでは決してない、爆煙立ち昇る真なる大衝突、吹き荒れる熱波が家屋を空へとぶっ飛ばす。
——ゴォォォォォッ!!
髪の毛や服がめちゃくちゃに煽られる、顔を覆いたいところだが、その為の腕がないので、シッポでなんとか代用するしか無かった。
——スタッ。
背後に降り立つ死兆星。
振り返る。
「どうだ、見たかボクの必殺技を!」
調子に乗ってるリツカ、だが今はそれでも良い、どれだけイキリ散らかしてくれても構わない、両腰に拳を当ててエッヘンと胸を張る。
「まだだ、死んだかどうか確かめてからだ」
どデカいクレーターになっちまった穴底に、ズザザッと滑り降りていき、中心地点で肉塊になってる赤い人間を目指する。
——こりゃ100%くたばってるな。
「良いとこナシじゃねーか、コンチクショウ」
人知れず悪態をついてから、片足で飛んで穴から離脱する、何処の誰がこの後始末をするんだと思いつつ。
「どうだった?死んでたかい?」
心配そうに尋ねるリツカに、俺は言ってやった。
「お陀仏だぜ」
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
「……準備は良いかい?」
「あぁ」
「せーの!」
——ジュッ!
「ギャアアアアーーーーーーッ!!」
「落ち着くんだ!落ち着いてくれ!あ、暴れないでくれ熱い熱い!あああああーーーっ!ボクの手があああああーーーーっ!!!!?」
どっかその辺の製鉄所で、無断で敷地に上がり込み、俺の切られた腕を二本携えて、これ燃やしてみたらくっ付くんじゃね?という試みを行う俺たち二人。
溶けた鉄の中に腕の断面を突っ込んで、たっぷり熱したあとで押し付ける。
「バカちゃんと抑えろ殺すぞッ!」
「だって見てくれよ!ボクの手のひらが!ボクのプリティーな手のひらがズタボロに……
あっ、いつの間にか怪我治っちゃったみたい、じゃあー気を取り直して続きいくよー!せーの!」
——ジュッ!
「ギャアアアアーーーーーーッ!!」
——バタン!
「だ、誰だ貴様らは!?ここは私有地だぞ!?」
「くっついた!くっついたよリュウぃむぐぐぐっ!」
「バカ名前を言うな!さっさとズラかるぞッ!」
「ま、待て!貴様ら逃がさんぞ!今通報してや——」
……激闘の後に、そんな一悶着があったとさ。
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