ボクの!凄い!特技!


いつもの通学路、いつもの横断歩道。


入院明け初めての登校で、みんなさぞや寂しがっていたことだろう。


二年間通り続けた道を歩き、校門を潜り、玄関で靴を取り替え。


この時点で聞こえてくる息を呑む声と、驚愕に立ち止まり靴底がキュッとなる音と、俺はそれらを清々しく無視ぶっこいておく。


それで教室にようやく着いて、扉をガラガラっと開けて入る。


「おう!なに入院なんてしてやが」


久しぶりの友人の登場に、テンションを上げて答えたクラスメイトは。


俺の姿を、俺の主に腰のあたりを見て。


そこにゆらりと存在感を放つ銀色の尾、モフモフで柔らかそうで、しなやかで強靭で、どう見ても作り物ではないソレを見て。


「……へぁ?」


みーんな、真っ白になって固まっちまったとさ。


「なんか文句あんのかバカヤロォー」


開き直りの台詞を、吐きつつも——。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「リュウインくんそれ、なに!?」


朝のホームルームが終わると同時に、誰も彼もが一斉に俺の席へと集まり、四方八方から似たような質問を投げてきた。


「ほ、ほんもの!?触っても良い!?」


「なんなんだよオイ!まさか最新の美容整形か?」


「ケツにブッ刺してるワケじゃねーよな?」


止まらない質問の嵐に、俺が用意してある回答はただひとつ。


「朝起きたらこうなってたんだよ」


これだけだ。


もちろん誰もそんなんじゃ納得しない、でも俺は絶対他の答え方をしなかった、何をどう聞かれても『朝起きたらこうでした』でゴリ押す。


気分はまるで生産工場のアームロボット、終わりの時間が来るまでに、ひたすら同じ作業を繰り返すだけの仕事。


何度も何度も同じことを聞かれるので、いい加減頭にきて乱暴になる。


「うるせーな、心配しなくてもそのうち慣れるよ」


「無理だわ!」


一致団結の怒声だった。


俺はもう完全に開き直っているので、尻尾を隠すこともしていない、というよりむしろその逆だ。


痒いところを掻いたり遠い場所にあるものを取り寄せたりと、非常に便利に使っている。


午前中の授業中もひたすら視線が注がれた。


特にクラスの女子、とにかく触りたそうな雰囲気が漂っている、もふりたいと顔に書いてある。


俺はそれを無視して、尻尾を枕代わりに机に突っ伏して、のんびりゆったり授業を聞いていた、冬場には絶好の毛布として機能してくれた。


そして午前中最後の授業も終わり、お昼休みの時間に差し掛かった頃、事件は起きる。


——ガラガラガラッ。


やにわに、教室の扉が開かれる。


生徒たちはそれぞれのコミュニティで固まり、今日は誰のとこで食べるのかとか、昨日の推しアイドルマジやばかったとか。


そんな思い思いの会話をしていたので、普通ならそれほど視線が釘付けられるようなことではなかった、誰かが『その事』に気付くまでは。


「あれ、誰だっけ?」


何処からか言葉が聞こえてきて、すると教室中がシンと静まり返った。


——カツーン、カツーン。


ローファーが叩く床の音、こんなに響いて聞こえた事はなかった。


注目の的であるが動くたび、釘付けになっているクラス中の視線が一斉に、後を追うように移動しているのが分かる。


それはある一点を目指していた、俺の元へ、まっすぐ俺の元へ向かって足音は鳴っていて、そのうち肩をパシンと叩いて彼女は言った。


「おはようリュウインくん、いい天気だね」


「……なんで来てんだテメー」


俺は顔を引き攣らせながら、制服着て登校しているリツカの顔を見上げるのだった。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「正直に言うとだね、ボクは本当は高校生ではなかったのだよ」


昼休み、俺とリツカは学校の屋上に居て、彼女はフェンスに体重を預けながら、独り言のようにポツポツと語り始めた。


「ボクが墓の中で目覚めたのは、自分的には死んだ直後だと感じていたけれど、実際はそこから何年か経っていたみたいでね


お墓の中で動けるようになるまでに、大体三日ぐらい掛かったもんだから、最初にキミにそう自己紹介したんだけど


新聞とか、テレビとか、ネットとか、そういうもの見てたら嫌でも気が付くだろう、自分が死んでから経過した年数について」


フェンスを離れて歩き出すリツカ、俺の目の前を横切って、更に止まらず向こう側へ進んでいく。


「自殺した理由は覚えていない、でもボクは中学をほとんど行っていなかった、多分いじめられていたんじゃないのかな」


立ち止まり、左右に揺れるリツカ。


「未来への希望は捨てていなかったと思う、だってまだなってもいないのに、これから通う予定の高校の制服を、買って置いておくくらいだから」


そう言って靴の踵で床を叩くリツカ、後ろに手を組んだ彼女はターンをして、折り返して、再び俺の目の前を横切った。


「昨日キミと別れてからのボクは、死ぬ前に付き合っていた友人や、自分にゆかりのある場所を訪れていたんだけど


友人は皆ボクのことを忘れていたし、懐かしいはずの場所に戻ってみても、なんの思い出も浮かんでこなかったのさ


さっきの教室にも、ボクが中学生だった頃の知り合いが、結構いたはずなんだけどね」


リツカか立ち止まる。


そしてこちらを振り返る。


影になって表情はよく見えない、逆光がまぶしい、だけど悲しんでいる気配は伝わってくる、それこそ目なんて見えなくたって。


「そんなこんなで、どうしようもなくなってしまってね、せっかく生き返っても身寄りもない


だからつい寂しくなって、止まってしまった時計の針を、強引に動かしてみたくなったのさ、勝手に何も言わずに来てしまってごめんよ」


「……」


——カシャン。


俺はもたれ掛かったフェンスを離れ、一歩二歩と歩いて行き、リツカの真ん前に立って見下ろした。


「どうやって『転校生』になったんだ」


俺の質問に、クスリと笑って彼女は言う。


「ああ、それはだね、ボクが従わせたいと思って瞳を見つめた人間には、基本的に無条件で命令ができるのさ、どうだい?物凄い特技だろう?」


パチンとウインクをしてみせるリツカ。


「全ッ然笑えねー」


嫌そうな顔をして答えると、彼女は高らかに笑って俺から離れていき、それからグラウンドを見下ろしてこう言った。


「ともかくそういうことだから、これから毎日よろしくね、冷たくしたりするのは無しだからな、構ってくれないと許さないぞ」


「依存すんじゃねーよ気色悪い、はやくダチ作れ」


「それが出来なかったから不登校自殺なんだよ!」


ギャーギャー騒ぎつつ、まあほんの少し、コイツに対する認識も変わってきたのかなと、心のどっかで思うのだった——。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


「えー!?リツカちゃんヘアメイク上手ー!」


「いやいやぁ!それほどでもないさぁ!」


ウソだろ、もう馴染んでやがる。


キャイのキャイのと、教室の前の方で固まって、リツカを含む巨大女子グループが、フロア中に聞こえるんじゃないかってくらい大きな声で話してる。


その中心に居るのは誰あろうリツカその人で、アイツはいつの間にやらグループの頭となり、会話はおろかノリそのものを支配していた。


それだけ聞くと良さそうに見えるのだが、実際本人の表情を見てみるとだ、案外そうでもない事に気付かされる。


『助けてくれ!!!!』


リツカはそういう顔を俺に向けていた。


目ん玉グルグル回して青ざめて、まるで抜け出せない蟻地獄に落ちたよう、誰に助けを求めることもできずに一人涙目で絶望している。


「……何やってんだあいつ」


しばらくしてその事に気が付いた俺は、形成されている人だかりの中に突っ込んで、リツカの腕を掴んで救出してやった。


「た、助かったよリュウインくん!でもちょっと助けるのが遅いんじゃないのかリュウインくん!だいぶ前から救難信号出してたのにっ!」


まるでスターの歩くランウェイに、マナーの悪いファンが手を伸ばすが如く、少々正気とは思えない目つきをしたクラスメイトたちを蹴散らす。


「お前、なんか制御出来てないだろコレ」


「多分目の使い方がまだ分かってないんだ、迂闊に視線を合わせると惹きつけてしまう、言葉で酔わせてしまうみたいなんだよ」


「よくそんなんで、学校来ようとか思えたな?」


「アッ!やめて!頭ぐりぐりはしないでくれ!痛い痛い痛い痛い!分かった分かった反省するから!次からちゃんと相談して行動するから!」


「本当だろぉ〜なぁ〜?」


「誓う誓う誓う誓う誓う誓う誓う誓う誓う誓う!」


「あー」「うー」「ゔぁー」


叫ぶリツカと、ゾンビ化したクラスメイト、コレ全部を俺一人で対処しなきゃないんだから、このくらいのお仕置きは可愛いもんだろう。


「骨みしみしイッてるからぁっ!」


「そいつはよかったなぁーっ!!」


「ああああーーーーーーーーーーーーーっ!!?」


集団熱中症で緊急搬送なんていう大事件に、この後発展しちまうのであった。

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