明白なるプロフィール


「ボクの名前はクラマ リツカ


父親はヨーロッパの出身で母親が日本人、先週17歳になったばかり、身長は171cmで体重は59.88kg、少々休みがちで単位の危うい高校二年生


両親とは別居していて一人暮らし、好きなものはチョコレートとリボン、嫌いなものは辛いものと刺々しい言い回し、趣味はドアノブ集め


スリーサイズは見ての通りバチバチ、運動は苦手で大きい声もコワイ、生まれてこの方盗みを働いたことがないのが唯一の自慢さ」


……と。


この頭の痛くなるような自己紹介は、俺が入院生活に退屈し、毎日毎日飽きずに見舞いに来る、この人外アホ女に口走ったセリフのせいだ。


つい、気の迷いだった。


なんたって俺も一人暮らしだ、携帯を触れる体調でも無いし、そもそも携帯も無くしちまった、備え付けのテレビは気の狂うほどつまらんし。


だから。


つい、天の助けのように思えちまった。


でもそれは間違いだった、後悔している、誰がそこまで事細かにプロフィール話せっつったよ、婚活キチの痛いオバハンかよ?


ただでさえベッドに沈んだ俺だが、それ以上底があるんじゃないかと思う勢いで、ズンズンと落っこちていくわけなんだが。


そんな中で、一個どうしても引っ掛かった。


「ヨーロッパだと……?」


スゲー背筋が冷えたような感覚ともに、むくりと起き上がって女の顔を見る。


「うわ起き上がった突然に、包帯グルグル点滴まみれなのに、キミやっぱりちょっとコワイヨ」


「いやいい、忘れろ、自己紹介どうもありがとう助かったよ最高だ、グッドグッド」


きょとんとする女、いやクラマ リツカだか、それからふんすと鼻息を吐いてこう言った。


「お礼なんていいよ、だってまだまだ終わってないからね」


まだ話すつもりなのかこの野郎。


「信号が赤い理由知ってるか?」


俺の制止は虚しく、空の彼方へ。


「実はボク三日前に自殺したんだよね、火葬まで終わって埋葬されたはずなんだけど、どういうわけか土の下で復活しちゃって、暗いの嫌いだから頑張って這い出したのさ」


もう我慢できなかった。


「ところでお前の父親の出身地って具体的に何処」


「ブカレストって聞いてるけど」


途端に血の気が引いた。


点滴を掴み。


「……え」


針をぶち抜く。


「えぇっ!?」


針の抜けた傷口から血がピューッと吹き出す。


続けて体についた電極も引き剥がす。


医療器具がエラー音ピーピー鳴らしてるので、看護師が来る前に荷物をふん掴み、気絶しそうなくれぇ痛い体に鞭を打って扉から出て行こうとする。


「そんな状態で動いたらいけないよ!?」


するとそんな叫び声と共に、俺に飛び付いてしがみついてくるリツカ。


「ギャー!」


俺は絶叫した、だって撃たれた箇所だぜ、ピンポイントで全部を抑えてきやがった、弱点部位を全部的確に締め付けられたんだ。


「叫んだってダメさ!何がなんでもベッドに戻ってもらわなくちゃ!だってここの医療費ボクが立て替えてるんだよ?お金返して貰わなくちゃ!」


——ガラガラカラッ!


「リュウインさん如何なさいましたか!?」


モタモタしてるうちに看護師が部屋に飛び込んできた、青い顔した医者を数名引き連れて。


「キャー!起き上がってる!?」


連中は俺の怪我の度合いを知ってるので、それはもう美しい悲鳴を上げていた。


大勢で押し掛けて俺を抑え込み、丁寧かつ乱暴にベッドに繋ごうとする、ついでにリツカは半べそかくまで怒られてる。


「やめろッ!離せッ!その女やべーって!絶対やばい血筋持ってるって!関わり合いになりたくないんだって!ヨーロッパ出身はマズイって!」


自分でもびっくりするくらいの力が出て、俺は医者と看護師を七名ほど体にくっつけたまま、部屋の扉まで歩いてそれを開けた。


——ガラガラガラッ!


「おや?」


開けて、そんで終わり。


当初の脱出プランは一瞬にしてポシャった。


「ふーん、聞いた話と違いますね、三発撃たれて入院した割には元気が良い」


何故ならこの、開いた病室の扉の向こうに居た、が、俺の行手をきっちりと阻んでいたからだ。


で、しかも。


「あ!?オマエ!ボクを撃った奴!……に似た服を着ているな!」


後ろのバカがそう叫んだので。


「ほう……?」


もう逃げられない事が確定してしまったのだ——。


※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


色々あった。


「ねえねえ、早く入院費返してくれよ、あれボクのなけなしのバイト代だったんだよ、献血協力してくださいってナースの格好して」


あの後色々あった。


「財布落としたんだよ……」


ズリズリと目を回した黒服の女を引き摺って、人気のない夜の山を練り歩く。


「だったら体で返して貰うからね、替え玉作戦さ、キミボクの代わりにバイト行ってきてよ、多分バレないでしょきっと」


「ナースよりチャイナ服派だからイヤだ」


「なんてワガママな奴なんだ!」


「俺のこだわりをバカにすんじゃねえ!」


……何があったのか、かいつまんで話すとだ。


どう見てもそういう身分の黒服女は、リツカの不用意な発言を受けて目を輝かせ、明らかに臨戦態勢へと移行した。


もう何が起きるか分かってたので、俺は自分にまとわりつく医者共を、逃げる準備を整えたわけだ。


するとその時、たまたま病院の廊下で、頭のいかれた精神病患者が暴れ出し、近くにあった点滴スタンドを振り回した。


それが偶然、手の中からすっぽ抜けて。


こうガツーンと、黒服女の後頭部に大命中、女は『きゅぅ』という変な声と共に倒れ、ピクピク痙攣するだけのヤツになった。


暴れ出した精神病患者のせいで、一時病院内は完全にパニックに陥り、その隙をついて俺は病室を抜け出して外に飛び出したというわけだった。


で、その際に。


「この人どうしたら良い?」


と。


当たり前みたいな顔して隣を並走してきたリツカが、肩に黒服女を担いできていたので、やむを得ず山に埋めるしかなくなった訳だ。


「……はぁ、はぁ、傷口が開いたらどうすんだ」


息も絶え絶え、なんたって裸足に入院服だ、マジで凍えて死にそうだし全身が痛い。


「だからボクが運ぶよって言ってるのに」


ちなみに女の方は完全防備、黒いセーターに黒いズボン、ベージュのコートに赤いマフラーまで、おまけに耳当てまで着けてやがる!


「信用できねえ、無理だ、俺がやるぜこれは……」


怒りから、手助けは頑なに断り続け、そのうち目的地へと到着した。


「よし、この辺に埋めればバレないだろう」


「穴掘りは任せてよ、せーの、ドーン!」


鉄拳制裁パンチ、地面に穴が空く、多分ドッキリに使ったら首の骨を折るぐらいの深さの穴が、たったひと振りの拳によって作られた。


「凄いでしょ、自分でも驚いてる、冗談のつもりだったのに出来ちゃった、でもなんか貧血気味おえ」


誇らしげに胸を張った後、気持ち悪そうに地面に手をつくリツカ、良い加減にしろよクソバカ女、そうしたいのはむしろ俺の方なんだよ。


引き摺ってきた女を抱え直し、よいしょと姿勢を整えて、穴の中にぶん投げようとしたまさにその時。


「はっ!?」


女がぱっちり目を開けた。


「げっ、なんでタイミングで覚醒しやがる!」


俺はお構いなしに女を投げようとした。


しかしどういうわけか、次の瞬間俺の体は宙を舞っていて、自分で掘らせた穴に自分で落ちていた。


——ドシーン!


「っ、てぇっ!」


——スタ。


そんで黒服女はスマートに着地して、こほんこほんと数度咳払い、佇まいを正し俺を見下ろした。


「一体どういう神経をしていたら、無抵抗の人間を冬の山奥まで運んできて、掘った穴に生き埋めにしようだとか考え付くんですか?」


ごもっとも、返す言葉もない。


とここで割り込んでくる奴がいた。


「でも実際投げたのはキミの方だし、アポも取らずに訪ねてきて、いきなり殺気振り撒いてきて、そんなヤツ生き埋めにされても仕方ないと思うけどね」


よく考えるとすげぇアホの台詞なんだけど、とりあえず俺を庇ってくれているみたいなので、俺はこの先に穴から這い出す方法を探そうか。


上手いこと、アイツ見捨てて逃げてやろう。


そうやって四苦八苦していると、上の方で。


「いやはや驚いた驚いた、だってこの現代に墓荒らしだなんてどんな物好きかと現場に行ってみれば


日本式の墓地では絶対に見ない、墓の下から何かが這い出したような痕と共に、埋めたはずの骨壷の中身が消えていたのだから


しかもその者の経歴を辿ってみれば、どうも父親がルーマニアの出身らしく、子供の頃から妙な行動が多かったとご近所さんの証言も取れまして」


——シャキン。


女は懐に手を突っ込むと、まるでマジシャンの手品のように、飾り気のない一本の剣を取り出した、やはり想像通りの展開になってきた。


「勝手に人のプライバシーを侵害しないでもらえるかな!それってボクの許可得てないだろう!?」


リツカはブチ切れた、羽織っていたコートを投げ捨てて、構えを取って黒服女に向かい合う。


多分アイツに勝ち目はないと思うので、さっさと逃げたいところだが、でもなんとなく嫌な予感がしていてだ。


そしてその予感は。


「まさかこんなところに、も潜んでいたなんて」


という女の言葉で裏付けられた。


「——やっぱりか!」


「極寒の冬山にその格好、しかもどうやったのか私に不意打ちを決めて、始末までしようとして、そもそもその女と行動を共にしていましたし


これはもう、えぇ、有罪でしょう」


女は完全に、俺も『そう』だと思っていた。


「大人しく刻まれてくださいね♡」


「クソがーーっ!」


バッ!


女はまず俺に標的を絞ってきたのだった——。

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