第30話 太平洋大震災

 すると隣からソルティライトは小声で俺に耳打ちする。


「私が引きつける、シロヤギを。その間に刑部ヒバカリを回収して」

「オーケー。その作戦で行こう」


 俺は郵政カブのハンドルを持ってサイドミラーを調節する。

 主塔の端に立つシロヤギの足下でヒバカリは気絶していた。

 ソルティライトは躊躇なく郵政カブの陰から飛び出して蛇行しつつ突撃した。

 シロヤギはダブルガンを発射して応戦する。レールガンがソルティライトの触覚をかすめた。やがてソルティライトはシロヤギに肉薄して、コアマタでダブルガンを持った手を押さえ込んだ。

 その隙に俺はばっちゃんに接近しようと目論む。

 しかし、そこで思いがけない闖入者が現れた。

 そいつは主塔の端から芝浦側のアンカレイジ橋台に架かっているメインケーブルを伝い、主塔に昇ってきたのだ。


「どうしてここに……?」


 俺は目を見開く。

 その闖入者とは――青い獅子舞だった。

 右手には一尺四方の金属ケースを所持していた。

 おそらく何らかの武器だろう。

 奴はシロヤギの背後をとり、そのすぐ横ではばっちゃんが倒れていた。


「何者だ、おまえ?」


 カチカチと威嚇するように金色の臼歯を鳴らすだけで青い獅子舞は答えない。


「また貴様か」


 シロヤギも首を180度回して気づく。

 どうやら奴らは初対面ではなく仲間でもないらしい。

 レインボーブリッジの主塔の現状はこうだ。

 端から青い獅子舞とヒバカリばっちゃん、交戦中のソルティライトとシロヤギ、そして中腹に俺はいた。博士は空中のカメシマで待機中。

 青い獅子舞はばっちゃんに忍び寄り手をかけようとした。


「おい、ばっちゃんに何する気だ!」


 俺もこうしちゃいられない。

 強風のなか主塔を走った。

 しかし俺が駆け寄るよりも早く、シロヤギが対応する。大事な人質を取られてはたまらないので当然だ。組み合ったソルティライトのコアマタを外すと、シロヤギはダブルガンの銃口を青い獅子舞に向けた。間髪入れずに発射する。

 だが、青い獅子舞はその弾道を予測していたように左手をかざして受ける。

 すると獅子舞の唐草模様のマントから露わになったのは水色の義手だった。オレンジ色の斑点模様がついている。そしてなんとダブルガンの電撃砲はその義手の手のひらに吸い込まれていった。


「なんじゃと?」


 シロヤギは度肝を抜かれていた。

 すかさず跳ね飛ばされていたソルティライトは二本のコアマタでシロヤギに圧力をかける。しかしシロヤギの人工眼球は可視光域が広くフレームレートも高い。ソルティライトの常人離れした攻撃を軽くさばいた。

 青い獅子舞は敵か味方かわからない。

 しかし、今しかない。

 交戦中のシロヤギとソルティライトの脇をすり抜けて俺は青い獅子舞のもとに向かった。

 青い獅子舞はちょうどばっちゃんを縛っているガムテープを外し終わったところだった。


「こんの野郎!」


 前置きもなく俺は青い獅子舞に殴りかかった。

 元警察官志望をなめるなよ!

 左フック、右フック、左ローキック。しかし、いずれも見事に回避された。

 こいつ、格闘技経験者か。

 続けて柔道、空手、ボクシング、MMA、どの技を繰り出しても奴には届かない。

 ことごとく攻撃が読まれている。

 暖簾に腕押しとはまさにこのことだ。

 かといって青い獅子舞は反撃してこない。

 右手のメタルケースに入れられた武器を取り出すわけでもない。

 心底不気味だ。

 とそこでシロヤギの発射したレールガンの流れ弾がこちらに飛んでくる。青い獅子舞の肩をかすめて奴は倒れる。

 好機。今がチャンスだ。

 俺はばっちゃんを起こして肩を組み、来た道を引き返す。

 途中でばっちゃんは目を醒ました。


「ん? 今どがんなっとっと?」

「いいから俺を信じて歩け」


 俺は振り返ると青い獅子舞は立ちあがるところだった。その隙に俺たちはシロヤギを押さえ込んでいるソルティライトの横を刺激しないように通る。青い獅子舞もこちらを追いかけてくるが、道中でソルティライトに突き飛ばされたシロヤギの下敷きとなった。

 3人はもつれ合いながら三つ巴の状態となる。

 俺は先を急ぐと、博士がカメシマを主塔の上に緊急着陸させた。


「地震発生まで時間がない。急ぎたまえ」

「ソルティーも急ぐしゃめ!」


 サポート役のサメタマもヒレを振って誘導している。

 とそこで、背後からシロヤギの雄叫びが聞こえた。


「邪魔じゃ邪魔じゃ邪魔じゃ邪魔じゃ邪魔じゃ邪魔じゃ!」


 俺が振り返ろうとした、その次の瞬間――


「あぶない!」


 と、聞き馴染みのある声が俺を突き飛ばした。

 俺は尻もちをついた。

 そして目を開けて顔を上げる。


 目の前では――ばっちゃんが心臓を撃ち抜かれていた。


 首に提げた黄金の懐中時計が振り子のように胸元で揺れている。まるで借景のように向こうの風景がのぞけるほどの風穴が胸に空いていた。その風穴の向こうではダブルガンを構えるシロヤギ。銃口から煙が立ち昇っていた。

 そのとき、俺の時が止まった。


「嘘だろ……ばっちゃん」


 次に俺の時間が動いたときには、博士がカメシマを降りてばっちゃんに駆け寄っていた。倒れ込むばっちゃんの上半身を受け止めると博士は肩を抱き寄せる。

 ばっちゃんは吐血した。ヘビの抜け殻のように生気がない。目が虚ろだ。

 白衣の袖に赤い鮮血が染みていくのもお構いなしに、博士はばっちゃんの傷口を手で押さえる。その行動は博士には珍しく非合理だった。

 血は止まらない。時間が止まらない限り。


「ああぁっ……ああぁっ……」


 俺はその光景を見守ることしかできない。

 もう二度と見たくなかったのに。

 ばっちゃんが死ぬところなんて。

 ありえない。ばっちゃんが死ぬわけがない。

 じゃあ俺はなんだ?

 シロヤギの話が本当だったと仮定すれば博士が俺のじっちゃんのはずだ。

 ならばおかしいではないか。

 少女時代のばっちゃんが孫の目の前で死ぬなんて矛盾している。

 そうだろ?

 俺が地球ならばっちゃんは宇宙だ。

 ばっちゃんがいたから、俺はここにいる。


「主ノウ・ライフに代わり、死を届けさせてもらう。ノウメン」


 すると続けてシロヤギはダブルガンを博士に向ける。

 トリガーが今まさに引かれようとした。


 次の瞬間、そのときは来た。


 地球の寝返り。大地の伸び。海のあくび。

 それらすべて、人間にとっては天災だった。



 2024年8月31日23時58分、太平洋大震災発生。

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