第29話 2466

 そのかぐや姫は毛のごっそり生えた青黒い2本のコアマタを腰から生やしている。

 昆虫顔のかぐや姫は落下する俺を空中でお姫様抱っこした。

 コアマタを主塔に突き刺し、衝撃を吸収して郵政カブの横に着地する。俺をその場に降ろす。その足でシロヤギに飛びかかり肉薄した。


「――ッ!」


 ソルティライトの着地と同時にシロヤギはダブルガンを発射する。

 しかしそれよりも0コンマ1秒はやくソルティライトはシロヤギの銃の軌道をずらし紙一重でかわした。さらにもう一本のコアマタでシロヤギの顔面を狙う。

 そのすんでの所でシロヤギは上体を反らす。腰があり得ない角度で曲がる。

 ほとんど直角だ。

 ギックリ腰どうこうの次元じゃない。

 いったいどうなってる?

 だが、俺はシロヤギの正体をいやでもすぐに理解することになる。

 シロヤギは追撃のコアマタを足で弾き飛ばして、上半身を起き上がらせる。

 まるでゼログラビティーだ。


 ただしシロヤギは無傷ではなかった。 

 起こした顔面の左上部が削れるように損傷していた。血が流れる。

 しかし、その血は黒かった。

 さらにシロヤギの顔面の皮膚が剥がれて機械仕掛けの眼球が露出した。ヤギのように横長の瞳孔が収縮する。赤く明滅していた。


「人工眼球か……?」


 いや、それだけではない。

 シロヤギは前頭葉も削られており限りなく灰色に近い青の電脳が露出する。

 先ほどの腰の可動域といい、黒血といい人間離れしている。

 これは……。

 そんな俺と同様に珍しく感情を表出したソルティライト。

 その隙にシロヤギは銃を構え直すとソルティライトめがけて発射した。ソルティライトはコアマタを主塔に突き刺して無軌道に避ける。そのあとをレールガンが追って、ドロドロと溶かして主塔にいくつも穴を開けた。この時代の建造物では耐えられない。

 ソルティライトは後方に跳ぶと、郵政カブに隠れる俺の横に見事収まった。


「また助けられたな」

「事態は収拾していない。まだ」

「だな」


 俺は主塔の端に立つシロヤギに向き直って問う。


「シロヤギ、あんた人間じゃねえな?」

「いかにも。わしをそんな下等生物と一緒にされては困るのう」


 シロヤギはウィーンと首を鳴らしてから告白する。


「わしは遠い未来から来た」

「遠い未来?」

「西暦2466年。わしは25世紀から来た――アンドロイドじゃ」

「なんだって……?」


 俺がいた2094年よりも、もっとずっと未来じゃねえか。

 驚愕する俺の隣でカメシマがホバリングする。コックピットの甲羅は開いていた。


「今から442年後……ちょうど二種類の素数ゼミが重なる年かね」


 博士は興味深げに呟く。

 正直、俺はシロヤギの話を信じられなかった。


「俺はアンドロイドの下で働いてたっていうのかよ」

「いつから人間のほうがアンドロイドよりも上だと錯覚しておるのじゃ?」


 シロヤギはキュイーンと瞳孔を細めた。


「2245年にはノウ・ライフというアンドロイドに心があることが証明され、初めて人権が与えられたのじゃ。現在ではアンドロイドは人間よりも上位の役職についておる」

「だが、そのあんたの下についてたせいでF美ちゃんは死んだんだぞ?」

「それについては心配いらん。なぜならばシロヤギ郵便局の局員はわしと同様に未来から送り込まれたアンドロイドじゃからな。ヤモリくん、きみひとりを除いての」

「なん……だと?」

「知っておるか? アンドロイドの血は黒いんじゃよ」


 たしかに血だらけのF美ちゃんがビデオ通話に映っていたとき血は黒かった。

 俺は暗所だから。あるいは時間が経っているからだと思っていた。

 それが勘違いだったとしたら。

 シロヤギがタバコを吸っていたのも、ギックリ腰も、毎朝ラジオ体操をしていたのも、俺に対しての偽装工作だったっていうのかよ。

 しかし、だとしたらわからないことがある。


「……なら、なんでF美ちゃんは俺に忠告をしたんだ」


 ホログラム電話をかけてまで俺を郵便局から遠ざけた。


「それじゃよ。F美くんを廃棄した理由はの……」


 シロヤギは冷淡に言った。


「F美くんは何らかのエラーが出たために廃棄したんじゃ。教育係のヤモリくんと関わるうちにF美くんに良くない変化があったのじゃ」


 ……F美ちゃん。

 簡単に切り捨てたシロヤギに対して、俺はふつふつとマグマのような怒りがこみ上げてきた。


「わかんねえけどよ……。それを感情っていうんじゃねえのか」


 未来の人間がアンドロイドに宿るわけがないと否定したもの。

 おまえらアンドロイドが主張して勝ち取った大切なもんじゃねえのか。


「それをおまえがエラーなんかで片付けてんじゃねえ!」

「なぜ貴様が憤る?」

「F美ちゃんの代わりだ! バカヤロー!」

「人間ごときが何をわかったようなことを……」


 シロヤギは突き放すように言った。

 しかし如何せん、俺もシロヤギの話を鵜呑みにするわけにもいかない。


「だいたい俺だけ人間を雇う意味がない。身バレするリスクしかねえじゃねえか」

「たしかにそうじゃ。じゃが、メリットがあったとしたら?」

「何だよ?」

「当社においてのメリット。それはきみが月光時幸村と近しい人物じゃったとしたら?」

「俺と博士はこの時代にはじめて会ったんだぜ? 近しいも何も……」


 俺はそのシロヤギの言葉の意味を呑み込めずにいた。

 するとシロヤギは続けて衝撃的な発言をする。


「ヤモリくん、きみは月光時幸村の血縁者じゃ」

「は?」

「正確には月光時幸村の孫にあたるんじゃよ」

「何を言い出すのかと思えば、よりにもよって博士が俺のじっちゃんなわけ……」


 俺は否定を求めてカメシマの操縦席を見る。

 俺と同じく博士は目を丸めていた。

 そう言われれば、その丸眼鏡の奥の瞳は俺と似ている気がしないでもない。

 

 つまり、俺が未来で消えかけていたのはばっちゃんが死にかけたからではなくて。

 ――博士の命が危うかったからだっていうのか?


 いちおうの筋は通る。

 たしかにばっちゃんは俺がいなくても桜痘に打ち勝っていた可能性が高い。

 俺はばっちゃんの命運に関与はしていない。

 誰でもできる看病をしていただけだ。

 その点、博士は交通事故から直接的に助けた。

 つーか、どうして俺も気づかなかった。

 ばっちゃんと博士が結ばれる可能性なんて真っ先に思いつきそうなものなのに。


「なんじゃ知らんかったのか?」


 しまった、というふうにシロヤギはわざとらしく灰色の脳味噌の露出した頭を抱えた。

 ある種の精神攻撃だろう。

 その手には乗るか。

 俺にショックを受けている時間はない。

 シロヤギから少しでも多くの情報を奪い取ってやる。


「なぜそこまでして博士の命を狙う?」


 俺の質問にシロヤギは片頬の口角だけを吊り上げてから答える。


「月光時幸村の桜痘ワクチンの開発を阻止するため。そしてソルト人を抹殺するためじゃ」

「ソルト人を?」


 俺が隣のソルティライトを見やると、その白い拳は強く握られていた。


「そんなことを誰が……?」

「神の命において」

「だからなんだよ、その神って?」

「神とは、その昔――AIと呼ばれておった」


 シロヤギはループタイを締め直して居住まいを正した。


「25世紀ではその神、ゴッドマザーによって世界の秩序は保たれておる。天使演算システムにより貧困、資源の枯渇、災害という世界の問題を事前に予知し、回避する。そしてきたる日、ゴッドマザーからの天啓により、ソルト人に対して脅威判定が下ったのじゃ」

「なんでソルト人は脅威判定されたんだ?」

「恒常的に大塩害を引き起こすためじゃ」


 それは人類も悩まされてきたことだった。


「だからソルト人を根絶やしにするって? そんなのAIの奴隷じゃねえか」

「ゴッドマザーは文字どおり、わしの母じゃ。わしはゴッドマザーによって創られた。従うのは当然じゃろう?」

「この思考停止マザコン野郎が」


 俺は吐き捨てるように言い放つ。

 それが気に障ったのか、シロヤギは俺に向かってダブルガンをぶっ放してきた。俺は咄嗟にしゃがみ込んで郵政カブの陰に隠れる。背中にビリビリと熱を感じた。

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