第19話 カメシマ2000
そのタイムマシンの形をたとえるなら、カメだった。
六角形が寄り集まってできた透明な甲羅。その四隅から四つのヒレが伸びて、前後に頭と尻尾が生えていた。眼球では時計の針が回っている。体長は郵便ポスト2個分くらいだろうか。
「正式名称は時空間航行装置――カメシマ2000」
ソルティライトはそう紹介した。
「座標に大陸移動による誤差が生じたため、桜の木の上に不時着した。その結果、タイムマシンは故障した」
「これがタイムマシン……」
当然、俺は初見だ。
もっとこう重機のようなものだと思っていた。
「着時の際、周辺の時空間を歪めた影響により桜の開花サイクルが乱れたと考えられる」
「なるほどな」
博士が桜は真夏には咲かないと言ってた理由が解けた。
「でも夏休み中で良かったな」
変にニュースにならずにすんだ。
「それがそうでもない」
博士は解説する。
「現在SNSを通じて十六夜小の変な噂が流れている」
「変な噂?」
「万年桜を見たものは不幸になる。それは桜の木の下に埋められた死体の怨念のせい。真夏に桜が開花したのはその死体のせいに違いない――というものだ」
「子供騙しだな」
「だね。タイムマシンを使わずとも台風による海水の巻き上げや異常気象でも桜の開花サイクルが乱れることは稀にあるからね」
「そうなのか」
だが実はそれもどこかの誰かが未来から来てたりしてな。
「ふむ。逆説的な考え方だが……一考の余地はあるかもしれないね」
「冗談で言ったんだけどな……」
俺が苦笑していると、ソルティライトはカメシマの甲羅の一パネルを押し込んだ。
そしてタイムマシンに動きがあった。
透明なカメの甲羅が後ろに倒れるように開く。中の電子パネルがイルミネーションのように青白く発光した。
「月光時幸村。あなたに直してほしい。故障したこのカメシマ2000を」
「限りなく不可能に近い」
「できる。あなたなら。なぜならタイムマシンを創った人だから」
「それは前にも聞いたが……本当に僕が?」
「イエス」
博士はまだ半信半疑のようだ。
しかし好奇心には勝てない様子。
「まあこんな機会めったにない。きみがそこまで言うなら見るだけ見てみようかね」
というわけで急遽、木登り大会が始まった。
タイムマシンは高さ20メートルはある万年桜の中腹にあるので仕方ない。するとソルティライトは軽くしゃがんだのちジャンプする。サメタマを抱えたまま、万年桜の大枝に着地した。
常人離れした身体能力である。まるで忍者だ。
舞い落ちる桜の花びらを払いのけながら俺も負けていられないとばかりに桜の木に手をかけた。這うように登る。実はこう見えて木登りは得意なんだ。
昔、兄貴のレオパとどちらが高くまで登れるか競争して勝ったこともある。それ以外の勝負はまったく歯が立たなかったが。
「まさしくヤモリだね」
地上から見上げる博士はそう感想を漏らした。
あとに続こうと博士も桜の木に手をかける。両足を幹に突っ張るがズルズルと猫の爪研ぎのように樹皮を削るだけだ。挙げ句の果てにはズルズルと滑り落ちて尻餅をついてしまった。
「博士、なにやってんだ?」
「天才である僕をきみたちと一緒にするな。こんな木を登るなど本当に人間か?」
「おい、自分ができないからってできる奴を差別すんなよ」
「まったく肉体労働は僕の専門ではない。僕は頭を使う」
そう言って、博士はグラウンドの闇に消えてしまった。
かと思ったら脚立を引きずって現れた。体育倉庫から拝借したのだろう。グラウンドに脚立を引きずった跡が続いていた。
帰りに踏み消さないとサッカークラブの連中に不審に思われそうだ。
「桜は折れたところから腐りやすいから木登りには適していないのだよ」
言い訳するように博士は言って脚立を桜の木に立てかけた。
俺はかけられた脚立の上部を押さえる。カツカツと博士はすんなりと昇ってきた。
俺は博士に手を差し出してタイムマシンの昇降口へ誘導する。
俺と博士は同時に亀型タイムマシンの中をのぞき込んだ。内部の計器類は意外とシンプルだった。金色の
そしてひときわ目を引くのが、ど真ん中に鎮座する伝説のゲームハードだ。
「スイッチステーション5じゃねえか、これ」
まさか俺もこの目で拝める日が来るとは思わなかった。
赤と白の本機は平たい平行四辺形。横置きされたその本機の上には充電スタンドも設置してありコントローラーが立ててあった。
「未来じゃプレミアのついたお宝だぜ」
一般人ではとてもじゃないが手を出せない金額となっている。
「なんでスイステ5がタイムマシンに……?」
すると俺の疑問にソルティライトは答える。
「スイッチステーション5にしか搭載されていない機能がある。それがタイムマシンに必要」
「ふむ。しかしコントローラーの中心に変な赤いボタンがついているが」
博士の言うとおり時計のマークのボタンがあった。
「スイステ5のコントローラーにはこんなボタンは搭載されていないはずだが?」
「それは時空転移のスタートボタン」
「ふむ。いいセンスだね」
天才少年はあごに手を当てて言う。
どうやらご満悦のようだった。
そりゃ自分で造ったんだもんな。
それからソルティライトは無感情にタイムマシンの取扱説明を始める。
「このタイムマシンは3人乗り。操縦席にひとり、後部座席にふたり乗車可能」
「3人乗りなのにサメタマとソルティライトだけで来たのか? 側近とかいないのか?」
「……いない」
心なしか一瞬、解答が遅かった気がする。
気のせいか?
「私は身内にも内緒で過去に来た」
「なんでだよ?」
「なかった、時間が。だから両親には置き手紙をしたためるに留めた」
ソルティライトは続ける。
「アストロラーベメーターは世界線の座標を指す。星座のように位置と方角によって現在の世界線軸がわかる」
「世界線?」
「
「パラレルワールドね」
「世界線は星座のようなもの。主星の周りでは小さな星が重力井戸に囚われている。重力圏を突破しないかぎり結果は収束する」
この星座コンパスメーターは世界線がx軸とy軸の二次元で示されるのか。
点と点が繋がって線となり、やがて面となり立体をかたち作る。
「モニターにはそれぞれ過去、現在、未来が計測されている」
「ふむ」
博士はいつの間にかタイムマシンに乗り込んでいた。好き勝手に計器類やボタンを押す。
「おい博士、タイムマシンが壊れたらどうすんだよ?」
「もうすでに壊れているのだろう」
たしかにタイムマシンはウンともスンとも言わない。
博士は目線をそのままに問う。
「それで、このタイムマシンの動力源は何かね?」
「それは機密に該当する」
「ならば修理はしない。この話は以上だ」
座席から腰を浮かせて博士はまくし立てる。
「さあ帰るぞ、ヤモリ。ここから僕を降ろしてくれ」
「お、おい」
俺が戸惑っていると観念したようにソルティライトは口を開く。
「時間菌」
博士は魚がエサにかかったとばかりにニヤリと笑みを浮かべる。
しかしよくよく考えてみれば、あの博士がタイムマシンを目の前にしておとなしく帰るわけがないのだ。
つまり
「これは驚いた。まさかよりにもよって菌とはね」
博士は腕を組んで感心するように言った。
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