第三通 サクラタイムマシン
第18話 光学迷彩
後日、ヒバカリが就寝したのを見計らって俺たちは飛鳥神社を抜け出した。
メンバーは俺の他に博士、ソルティライト、サメタマも同行する。
目的はタイムマシンを確認するためである。
真夜中の十六夜小学校の校門前に辿り着いた。監視カメラなどは博士がハッキングして偽映像を流していた。
ノートパソコンを閉じながら博士は言う。
「まさか僕の通う小学校にタイムマシンが不時着していたとはね」
「変な偶然もあったんもんだな」
俺は赤茶けた校門の縁に昇って先導する。
月に雲がかかっているので不法侵入にはもってこいだ。
ひとりで昇るのに苦労している博士に手を貸した。
「すまない」
博士の手を掴み、引っ張り上げる。無事、博士は校門を乗り越えた。
続けて、俺はサメタマを抱いたソルティライトに手を伸ばした。ちなみに彼女は麦わら帽子を被り、白いワンピースを着用して人間に擬態している。
ソルティライトは真っ黒な複眼で差し出された俺の手をジッと見る。
それから無言のまま跳躍すると校門をひとっ飛びした。
まるで新体操の選手だ。
「ソルティーを舐めるなしゃめ」
なぜかサメタマが自慢げに言った。
「おまえは抱っこされてただけじゃねえか」
「それがサメタマの仕事しゃめ」
「さすがペットだな」
「誰がペットしゃめ!」
身を包む殻が割れるほど憤慨するサメタマを無視して、俺は校門から飛び降りる。
「不法侵入がバレたらどうなることやら」
「退学にはならないさ」
「まあ今や博士は時の人だしな」
博士は桜痘抗生物質の論文をまとめてそれが東京大学教授の目に留まり一躍時の人となった。弱冠十歳だから話題になって当然だ。テレビ取材は拒否している。実に博士らしい。
これで桜痘は終息するだろう。
何はともあれ、歴史が動いちまった。
本当にこれでよかったのか?
その疑問の答えは未来でしかわからない。
博士はパンパンと手のひら同士を払いながら問う。
「で、タイムマシンはどこだね? ソルティライトくん」
「こっち」
グラウンドを突っ切るようにして未来人郵便局員、天才博士、宇宙人、ペットのパーティーは歩く。北側の校舎には花壇があった。花には疎いので品種はわからない。塩まみれの未来では見られない光景だ。
校舎の壁掛け大時計が刻々と時を刻んでいる。
「まさか、ここが博士の通う学校だったとはな」
「まるで訪れたことがあるみたいな言い方だね」
「まあな。70年後にな」
「70年後?」
「博士宛の手紙の住所がここに指定されてたんだ」
「あの受け取った人物の死期がわかるという不幸の手紙かね」
「死海手紙」
ソルティライトは横から律儀に注釈を入れた。
それをなぞって俺は言う。
「で、あの死海手紙はどうなったんだ? 博士」
「たしか今のところ白紙のはずだね」
博士はそう言って白衣の内から一通の手紙を取りだしてパリッと広げる。年季は入っているがたしかにまっさらな白紙である。
すると一陣の夜風が吹く。どこからか舞った花びらがひらひらと手紙の上に舞い落ちた。
その花びらを摘まみ上げる博士。
「この花びらは……?」
ちょうど遊具の裏手に回ったところで、ソルティライトは足を止めた。
「到着した」
俺と博士は同時に顔を上げると雲間から月が顔を出した。ケチャップをかける前のオムライスのような半月だ。
月光に照らされるように大樹が露わになる。薄桃色の花を無数につけていた。紙吹雪のようにしんしんと舞い降る。樹の根元には薄桃色の絨毯が広がっていた。
「なんて綺麗なんだ」
うっかり俺は
「……じゃなくて! お花見してる場合かよ?」
肝心のタイムマシンはどこだよ?
しかし、博士は何かを察しているようだった。
「ヤモリ、きみはこの樹木を見て不思議に思わないのかね?」
「あ? 桜だろ、これ」
「そうだが。しかし、今は真夏だぞ?」
博士は淡々と言い募る。
「この国で桜が咲くのは春だ」
「そうなのか? 俺ァ、桜は植物園でしか見たことねえから知らねえよ」
俺は言い訳をするように制帽を被り直す。
するとおもむろにソルティライトは生白い人差し指を前方に向ける。
それは桜の木を指しているようだった。
「そこにある。タイムマシン」
「ん? どこだ、どこだ?」
いくら目を凝らしても発見できない。
そんな俺を見てサメタマは磯臭いため息を吐く。
「これだから夜目の利かない
「なんだとコラ!」
そういえば風の噂でソルト人は夜目が利くと聞いたことがある。
だとしてもサメタマも夜目は利かねえだろ。
だが、やはり桜の木にはタイムマシンどころか蝉一匹ついていない。
「
ソルティライトがそう声を発した――その次の瞬間、ブゥンと羽音のような駆動音が鳴った。
かと思えば、衝撃波によってさらに桜が舞い散る。
その桜吹雪の中からそれは唐突に出現した。
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