【02】悪役令嬢/阿久津美黎
森谷 耕一と阿久津 美黎は同級生だった。
両者とも内向的だから、同じクラスになって半年は一言も話したことがなかった。
ただ、図書室や本屋でちょくちょく顔を合わせているうち、お互い意識するようになっていった。
いつからだか少しずつ、好きな本や作者、そこから派生したアニメやゲームのことを話すようになった。
最近は行きつけの本屋で待ち合わせて、そこから途中までいっしょに帰るのが日課だった。
そして昨日の別れ際に、彼は言った。明日、どうしても伝えたいことがあると。
まだ勇気が出ないから、伝える約束だけさせてほしい、と。
──美黎は「うん」とだけ答えて、別れた。
彼女の右の手のひらには、銀のリングに黒い宝石の輝く指輪が乗っている。
結界の外に向かって歩を進めながら、眼前に掲げた左手の薬指に、
「
──瞬間。彼女の全身を、指輪から溢れた紅と黒の花吹雪が包み込む。
「阿久津さんっ!?」
驚く耕一たちの前で花吹雪は彼女の制服に同化し、再構築してゆく。
高校の
「いったい、何が……」
耕一は、呆然とその光景を見つめていた。
後ろの人々も、そしてゴブリンさえも。
ただひとり、母親に抱かれた幼い少女だけが何かに
「だいじょうぶ! あのお姉ちゃん
彼女が舌足らずに口にしたのは、
「だから、みんなを助けてくれるもん」
花弁に包まれた黒髪が、銀髪に変じながら縦ロールを描いて腰まで伸びる。
あどけなさ残る
最後に茶色の瞳を深い藍色に変え、花吹雪は四方に散った。
同時に、彼女の両足は完全に結界の外に出ていた。
少女の言う通り
「
我に返ったゴブリンたちが、五匹同時に美黎──
しかし彼女の唇には、不敵な微笑が浮かんでいた。
一匹目の顔面に右の拳を放ち、二匹目の首筋を左の手刀で薙ぐ。三匹目に向かって飛び膝蹴り、着地と同時に四、五匹目の胸に左右の掌底。
一匹目、頭部爆散。
二匹目、切断された生首が宙に舞う。
三匹目、上半身破裂。
四、五匹目、同時に吹き飛んで迷宮の壁に激突、肉片も残さず
文字通りの瞬殺だった。なお
「あ……阿久津さんも、探索者に……?」
体術のみで戦うレアクラス・
「わたしね、異世界で悪役令嬢してきたんです」
「……え……?」
「
そして半分だけ振り向いて、彼女は静かに微笑んだ。
「だから行ってきます。その後で、ちゃんと
理解が追い付かずに混乱していた耕一も、最後の
「びらねすー! がんばえー!」
幼い少女の声に続いて周りからも、弱々しくも激励の言葉が掛けられた。
美黎は──
ドン、という爆発じみた衝撃音を残して、黒と紅の姿は斜め上空に跳躍、その勢いのまま前傾姿勢で壁を垂直に駆け上がって──見送る耕一たちの視界から消えていった。
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