【02】悪役令嬢/阿久津美黎

 森谷 耕一と阿久津 美黎は同級生だった。

 両者とも内向的だから、同じクラスになって半年は一言も話したことがなかった。

 ただ、図書室や本屋でちょくちょく顔を合わせているうち、お互い意識するようになっていった。

 いつからだか少しずつ、好きな本や作者、そこから派生したアニメやゲームのことを話すようになった。


 最近は行きつけの本屋で待ち合わせて、そこから途中までいっしょに帰るのが日課だった。


 そして昨日の別れ際に、彼は言った。明日、どうしても伝えたいことがあると。

 まだ勇気が出ないから、伝える約束だけさせてほしい、と。


 ──美黎は「うん」とだけ答えて、別れた。


 彼女の右の手のひらには、銀のリングに黒い宝石の輝く指輪が乗っている。

 結界の外に向かって歩を進めながら、眼前に掲げた左手の薬指に、指輪それをするりとめてった。


魂約エンゲージ


 ──瞬間。彼女の全身を、指輪から溢れた紅と黒の花吹雪が包み込む。


「阿久津さんっ!?」


 驚く耕一たちの前で花吹雪は彼女の制服に同化し、再構築してゆく。

 高校の制服ブレザーのシルエットから大きく外れないまま、真紅と漆黒の二色バイカラーの、高貴ロイヤル優雅エレガントなコスチュームに変貌してゆく。


「いったい、何が……」


 耕一は、呆然とその光景を見つめていた。

 後ろの人々も、そしてゴブリンさえも。

 ただひとり、母親に抱かれた幼い少女だけが何かに気付いて・・・・、満面の笑顔を浮かべる。



「だいじょうぶ! あのお姉ちゃんぷいきゅあ・・・・・だよ」


 彼女が舌足らずに口にしたのは、日曜朝ニチアサの平和を二十年来──ダンジョン禍が発生するずっと前から──可憐プリティキュアし続ける少女たちに冠された将校だった。


「だから、みんなを助けてくれるもん」


 花弁に包まれた黒髪が、銀髪に変じながら縦ロールを描いて腰まで伸びる。

 あどけなさ残る素顔すっぴんにアイシャドウとルージュが彩りと強さを添えて。

 最後に茶色の瞳を深い藍色に変え、花吹雪は四方に散った。


 同時に、彼女の両足は完全に結界の外に出ていた。


 少女の言う通り日曜朝ニチアサ系魔法少女のような──けれど決定的に悪役ヴィラン的な漆黒と真紅の衣装に身を包んだその美少女は、優雅な膝折礼カーテシーと共にゴブリンどもに向けて名乗る。


悪役令嬢ヴィラネス、ミレイ──!」 


 我に返ったゴブリンたちが、五匹同時に美黎──悪役令嬢ヴィラネスミレイに襲い掛かる。

 しかし彼女の唇には、不敵な微笑が浮かんでいた。

 一匹目の顔面に右の拳を放ち、二匹目の首筋を左の手刀で薙ぐ。三匹目に向かって飛び膝蹴り、着地と同時に四、五匹目の胸に左右の掌底。


 一匹目、頭部爆散。

 二匹目、切断された生首が宙に舞う。

 三匹目、上半身破裂。

 四、五匹目、同時に吹き飛んで迷宮の壁に激突、肉片も残さず染み・・と化す。


 文字通りの瞬殺だった。なお衣装コスチュームにたっぷり浴びた返り血は、元が紅と黒なのでぜんぜん目立たない。


「あ……阿久津さんも、探索者に……?」


 体術のみで戦うレアクラス・拳撃士グラップラーの存在は耕一も知っていた。しかし悪役令嬢ヴィラネスなんてクラスは、聞いたこともない。


「わたしね、異世界で悪役令嬢してきたんです」

「……え……?」

乙女すきなゲームにそっくりな世界だったから、いろいろ上手くやって強くなって、それで還ってきた。やらなきゃいけないこと、思い出したから」


 そして半分だけ振り向いて、彼女は静かに微笑んだ。


「だから行ってきます。その後で、ちゃんと聞かせて・・・・ね」


 理解が追い付かずに混乱していた耕一も、最後の一言フレーズの意味だけは理解できたから、「うん」とうなずき返す。


「びらねすー! がんばえー!」


 幼い少女の声に続いて周りからも、弱々しくも激励の言葉が掛けられた。

 美黎は──悪役令嬢ヴィラネスミレイはそれらに応えて大きくうなずくと、少しだけ身を屈め、跳躍する。


 ドン、という爆発じみた衝撃音を残して、黒と紅の姿は斜め上空に跳躍、その勢いのまま前傾姿勢で壁を垂直に駆け上がって──見送る耕一たちの視界から消えていった。

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