【03】聖騎士/天宮傑龍

 天宮あまみや 傑龍すぐるは“七人之侍セブンスサムライ”──日本に七人しかいないS級探索者のひとりだ。

 しかも彼は盾衛士シールダー剣撃士ブレイダー能力スキルを兼ね備えるダブルクラス、聖騎士パラディン。世界中でもほとんど類を見ないSSレアクラスであり、最強ランクの探索者として国内外のダンジョンを攻略してきた。


 その上にモデルばりの長身と甘いマスクで、何度も雑誌の表紙を飾っている。スポンサーから提供されたスタイリッシュな白い防護服には、無数の企業ロゴが踊っていた。

 ここまで来れば、多少の俺様オレサマな言動も許されるだろう。


 ──しかし天宮かれは今、絶望の底にいた。


 複数の上級魔法士マジシャンの未来予知スキルによって、今までにない大規模迷宮化災害ダンジョンハザードが予見されたのは三日前。

 パニックを避けるため国民には情報が伏せられ、代わりに天宮をリーダーとしたA~S級混合最高戦力部隊パーティの即時投入をもって最速攻略する作戦が立案された。


 予知から時間も位置も大きな誤差なく迷宮は発生し、領域内に待機していた部隊パーティは即時攻略を開始する。


 道中には過去にボスとして確認された強力な魔物モンスターが立ちはだかるも、最高戦力部隊パーティの前に次々と撃破。攻略開始から約四十五分後には、未だ充分な余力を残して十体目の三頭狼ケルベロスを葬り、順調にボスフロアまで到達する。


 ──ここまでは。


 駅ひとつをまるごと内包した広大なボスフロアに、そいつ・・・は待ち受けていた。


『聞け、愚昧にして脆弱なニンゲンよ』


 全員の脳内に直接、威圧的な思考ことばが響く。それだけで十六人の精鋭部隊パーティの大半が恐慌パニックに陥り、戦意を喪失した。

 

『我が名は異宮龍皇ドルディガス、すべての世界を支配圏ダンジョンにする者なり』


 全身を黄金の鱗で覆われた二足歩行の巨大なドラゴン。五階建て屋上ほどの高さから黄金の瞳で見下して、さらに思考ことばを浴びせ続ける。


『我が降臨により、この下級世界の守護結界セキュリティは完全に無力化された。ほどなくすべては我が支配圏ダンジョンに塗り潰されよう』


 だとすればこいつが、あらゆるダンジョンの元凶ラスボスということになる。そしてこれから、世界は終わる。

 逆に言えば、この異宮龍皇ドルディガスを討伐すれば迷宮化災害ダンジョンハザードはもう発生しない。各地に残る未攻略ダンジョンもすべて消滅させられるかも知れない。


 もしそれが成せたら、ダンジョン禍を終わらせ、世界を救った英雄として社会科の教科書に──いや、人類史に名を刻まれるだろう。

 そして、討伐それが不可能だと悟ったからこそ彼は絶望していた。


 初手の炎息ブレス掃射で既にパーティは半壊。能力スキルで顕現させた鉄壁を誇る白銀の聖盾はアメ細工のように熔け落ち、決死で足元に打ち込んだ聖剣は黄金の鱗に弾かれ刃こぼれした。


『管理者が悪あがきをしたようだが、こんな下級世界の能力ちからでは我に傷ひとつ付けること叶わぬ。さあ、終わりにしてやろう』


 彼らの脳内に、死刑宣告カーテンコールが鳴り響く。

 再度の炎息ブレス掃射に向けて胸部のえらから取り込む大気の流れが、激しい風となって異宮龍皇ドルディガスの方に吹いてゆく。

 この風が止まった時、炎息ブレスはフロア全体を焼き尽くすのだろう。

 なお、フロアの入り口のゲートは閉ざされている。

 ボスフロアからは、ボスを倒さねば出られない。


 ──無理だ、レベルが違う。どうする、俺だけでも死なずに済む方法はないのか!?


「ねえ待って、あれは何かしら?」


 パーティのひとり、無駄にヒラヒラのついた防護服の女が、負傷メンバーを治癒ヒーリングしつつ緊張感の欠ける声を上げた。

 だいたいこの女が悪い。なにが「美しすぎる聖女癒術士ヒーラー」だ。たしかに顔は可愛いしスタイルもいいが、自分一人分の【熾天結界セラフィールド】しか張れないんじゃ連れてきた意味がない。


「ねえ見て、壁を駆け下りてきてる! あれって人間?」


 スポンサーの推薦ごりおしなんか突っぱねるべきだった。下心からつい口添えしてしまったことを後悔する間も、癒術士かのじょは視線を上方に向けて能天気に何かほざいている。


 やはり道中、覚醒したてなのに十人規模の結界を張って民間人をゴブリンから守っていたあの少年・・・・を、無理やりにでも連れてくるべきだった。時短のため見なかったことにして放置したのが、今になって悔やまれる。


「もしかして壁を越えてきたのかしら……あっ! 跳んだ!?」


 ばかばかしい、どんなに戦士系の能力スキル身体能力フィジカルを高めようと、高層ビル並みに高い壁を越えてくることなどできるはずがない。


「うるさい黙れッ! 集中しろ、この足手まといどもがッ!」


 ついにキレた彼が、他のメンバーへの不満もまとめて吐き捨てたのと、それは同時だった。

 ドン、という爆音を響かせて、パーティと異宮龍皇ドルディガスの中間に何かが着地・・し、土煙をもうもうと巻き上げた。


 土煙を風が運んで、その向こうに浮かぶ細身のシルエット。異宮龍皇ドルディガスに背を向けて、片膝と左手は地面に着き、右腕は手刀の形でまっすぐ真横に伸ばしていた。

 漆黒と真紅の衣装をまとい、風に銀髪なびかせる少女──悪役令嬢ヴィラネスミレイ。


「──悪役令嬢ヴィラネス 断罪刃ギロチン


 技名スキルらしきものを口にした彼女の真後ろに、一拍遅れて上空から巨大な塊──異宮龍皇ドルディガスの頭部だけ・・が落下し、更に大きな地響きと土煙を巻き起こしていた。


「へ……?」


 呆然とする天宮の視界の中で、少女は悠然と立ち上がる。入れ替わるように、斬首された異宮龍皇ドルディガスの巨体は、スローモーションで前のめりに倒れ込む。


 ──風は止んでいたから、フロア全体に巻き上がった土煙が晴れるまでだいぶ時間を要した。


 小山のような巨龍の骸を前に、パーティは幸いにも全員無事だった。

 しかし、その立役者である少女の姿はどこにもない。


「……なあこれ……俺が倒したってことで、いいかな……?」


 天宮の問いかけに、パーティメンバーの誰ひとり応えることはなかった。

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