第3話 そう言えば「ない」なぁ
その日、僕はパパと一緒に風呂に入ってビックリした。
何故なら、僕の目の前にある猫足のバスタブの水面がぶくぶくっと脈打っているから。
僕の家のお風呂が、お金持ちの家にあるお風呂になってる! こんなのドラマや映画でしか見た事がないのに!
「驚いたかい?」
後ろからパパが朗らかに投げかける。
僕は直ぐさまバッとパパの方に顔を向けた。ぶくぶくっと泡立つバスタブの光景に、キラキラと輝く目をそのままに。
「勿論だよ、パパ! だって、前のバスタブにはぶくぶくが付いてなかったから!」
いつの間に変えたの? ! と、僕は興奮気味にまくし立てて言った。
パパはそんな僕に苦笑を浮かべながら「お前が戻ってくる一週間前だったかな」と答える。
「ママと相談してジャクジー付きの物に変えたんだよ。ノアに、お風呂の時間も楽しんでもらいたくてね」
分かったら入ろう、ずっと裸で固まっていると風邪を引くぞ。と、パパは僕の背をトンッと軽やかに押した。
僕の足が、お金持ちの家にあるバスタブに一歩近づく。
すると一歩、二歩と足はトントンと進み、両足がぶくぶくっと振動するバスタブの中に入り込んだ。
バシャンッ。
勢いよく身体をお湯に沈み込ませると、全身が四方からぶくぶくっと吐き出される流れに揉まれる。
「わぁ、気持ちいい~」
のほほんとして言うと、シャワーで頭を洗っているパパが「それは良かった」とにこやかに言った。
僕はぐるぐるとバスタブの中を移動し、あちこちで沸き立つ水流に身を任せる。
すると「鏡……あぁ、ないんだったな」と、ぼやくパパの声が耳に入ってきた。
僕はぐるりと動くのを辞めて、そちらに目を向ける。
……あ、本当だ。張ってあった鏡がなくなってる。
シャワーの前には、確かに長方形の鏡が張ってあったはず。だけど、今は綺麗に剥がされていて、鏡が張られていた痕だけがくっきりと壁に残っているだけだ。
「慣れないと不便だな」
パパは鏡があった場所に苦々しく吐き出すと、バシャーッとシャワーを流して大雑把に顔を洗った。
「鏡はどうしたの? 壊れちゃったの?」
僕が問いかけると、パパは「ん?」とこちらに顔を向けてから「あぁ」と目を鏡があった場所へと移す。
「そうだね……割れて危なくなったから、外したんだよ」
バスタブを変える時に業者さんが転んじゃってね。と、パパは小さく肩を竦めて答えた。
「ふぅん、そっかぁ」
僕はパパの答えに頷いてから、またぶくぶくっと吐き出される泡を楽しんだ。
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