第3話 進路選択
中2になる頃には、朝までゲームをしているので寝るために学校に行くようになっていた。
そんな生活を送っていたので当然成績及び内申点は悪く、中2の三者面談で担任から現実を突きつけられた。
少し肌寒い教室、その真ん中に机が向かい合うように置かれ、担任教師と私、私の母が対面するように座っていた。
神妙な面持ちで担任教師が私と母の顔を見て話し始めた。
「翔太君は、第一高校を第一志望校に、第二高校を第二志望校、第三高校を第三志望校にしていますが…単刀直入に申し上げますとこのままの成績では、いずれの高校も合格する望みはありません。」ときっぱりと言われた。
母は少し唖然としながらも「どれぐらい悪いんですか?」と担任教師に尋ねた。
それに対して担任教師は「まず、遅刻、早退、欠席が多すぎることなど内申点に大きな問題があります。また、学力面ですが普通教科全般が合格基準値に全く達していません。また、成績ですが授業態度も良いとは言えず、提出物も全く提出しないため成績の挙げようがありません。」とこてんぱん言われた挙句「私の意見ですが志望校を変えることをおすすめします。」と答えた。
そして私を見て「進路についてはどう考えているの?」と担任が質問してきた。
その担任の言葉を聞いて母も色々と私に質問してくるが、
「質問されても何も考えてねぇよ」というのが本心だった。
「こんなことになるんなら進路志望調査票だすんじゃねかった」と後悔していた。
三者面談の数週間前に進路志望調査があった。
進路については全く考えていなかったので、とりあえず名前を知っている進学校を列挙して提出した。
本当は親と一緒に考えて提出するべきだったのだろうが、うちは相談どころか存在すらも教えていなかった。
私が第一志望校に選んだ第一高校は兄が受験予定の高校だった。
その高校は、県下の優秀な5つの高校の1つだった。
前述のとおり兄は好き勝手してはいたものの何故か学校の成績は良かった。
内申点はあまり良くないのは知っていたので学力でカバーしたのだと思う。
そんな兄が進学していたので「俺でもいけるだろ」という軽い気持ちで選んでいた。
ただ私と兄との学力には大きな差があることを三者面談で痛感させられた。
進路についてまともに考えていなかったし、まさか「進路志望先を変えろ」なんて言われると想像もしていなかったため困り果てた。
父からは「中途半端な学校に出す金はない。中途半端なところに行くんなら、自分で奨学金なりで工面して行け。」と口うるさく言われていたので進学校以外考えたこともなく、選択肢にもなかった。
最悪でも学費の安い公立に行かなければ行けないと思っていた。
「それらの学校に行けないとなったらどうすればいいんだ?」
「そもそも高校なんて行く必要あんのか?」と頭を抱えて悩んでいる私を見て担任教師が語りかけてた。
「授業中いつも落書きしているし、上手いから、絵の才能を磨いてみればいいんじゃない?」と工業高校のデザイン科を勧めてきた。
私は率直に驚いた。工業高校なんて一度も考えたことが無かったからだ。
「は?工業?そんなところ底辺しか行かねぇだろ。」と最初は全く興味が無かった。
当時、ヤンキー漫画や映画の影響があってか工業高校なんて、ヤンキーたちが行く学校だろうと思っており、父に工業高校を受験するなんて言ったらどんな反応が返ってくるかなんて想像したくも無かったので「絶対にない。」と思っていた。
ただ、担任教師がこの工業高校について色々と丁寧に説明してくれた。
その説明の中で「授業で絵を描いたり、作品を作ったりするらしいから楽しいと思うよ。」という言葉が頭に残った。
結局、三者面談では進路は決まらず、家に帰って親としっかり話し合って決めることになった。
その晩、担任の説明を思い返した。
「絵をを描いたりって美術の授業みたいなことだけしとけばいいのか?」「それならめっちゃ楽じゃね」と勝手な解釈に至った。
柔道部の主将であったヒロさんがその工業高校に進学していることを思い出し、連絡してみることにした。
「先輩、お久しぶりっす。デザイン科ってどうなんすか?」とメールを送信したところ、「久しぶりやな。お前デザイン科受けるのか?デザイン科は女しかおらんよ、男の夢だな。しかもクラス替えねぇから最高だぞ。」「授業で色んな絵を描いたり、作品作るらしい。課題が多くて結構大変って聞いたけどな。というか、お前デザイン科って柄じゃねぇだろ」と返信があった。
ヒロさんからの返信を元に私の中でデザイン科は「女子に囲まれて3年間過ごして、美術の延長線上みたいな授業だけ受けとけば良い」というイメージに出来上がった。
私は率直に思った。「めっちゃええやん、デザイン科いこ~」こんなアホな経緯で志望校が決まった。
結局、親とろくに話し合いをすることなく、勝手に進路を決めた。
母には、「ヒロ先輩に聞いたら、デザイン科めちゃくちゃ良いところらしいから受けるわ。」と伝えた。
すると母は「自分が行ってやりたいことがあると思ったなら母さんは応援してあげる。父さんには上手く説明しておくわ。あんたどうせ何も言わないんだろうから。」と言った。いつも通りの寛容な母だった。
志望校が決まった反面、工業高校を希望する自分を情けなく感じていた。
「小学生の頃はこんなことなかったのに何でこんなことになったかなぁ~」と思った。
周りの友達は進学校を希望している人が大半で、それに見合う学力を持ち合わせている奴ばかりだったからだ。
後日、担任教師に工業高校を志望先に決めたことを伝えたところ、まさかの現状の学力では工業高校ですら合格が危ういことが判明した。
そのため、塾に通わされることになった。
「そんなんだったら進学校なんて100%受かるわけねぇだろ」と思ったことはさておき。
その塾は、進学校に高い合格率を誇る学習塾だった。
自分の友達の中でも1位2位を争う頭の良い友達に塾に通うことになったことを教えたところ「めっちゃいいところやん、工業行くのに通う必要なくね?」と言われた。
「違うんだよ、塾いかねぇと工業すら入れねんだよ」と内心思ったがプライドがそれを許さないので黙っておくことにした。
それから暫くは重い腰を上げて真面目に塾に通ったが、学校の授業に出ても寝るか落書きするだけ、宿題も手つかずの私が放課後に勉強することなど到底無理な話だった。
学校でも叱られ、塾でも叱られ金払っているのに叱られるという意味の分からない状況。
まぁ、自分が100%悪いのだが、当時はそんなことを考えることも無かった。
結局、塾もサボるようになった。
ここで少し兄・雅人の話を書く。
兄は、常に私の先を歩んでいた。
勉強を全然しないのに頭が良く、運動も抜群にできた。
容姿もよく、美人で有名な先輩方とよく交際していた。
当の本人からも幼い頃から「お前ぶさいくだよな」「お前頭わりぃよな」何度も言われていたので、その度に喧嘩になっていた。
だが、中学生になり兄が全校集会等で大会の表彰をされる度に同級生の女子から「佐々木先輩ってお兄ちゃんなんでしょ、かっこいいよねぇ」と何度も言われた。
こんな出来事もあって「周囲から見ても兄の方が優れているのか」と思うようになった。
そして極め付けは、兄が第一高校に合格したことだった。
あれだけ親に手を焼かせた兄が進学校に合格していたので親も心底喜んでいた。
当時、兄弟関係は、良くなかったがこの結果は認めざるを得なかった。
その反面、受験資格すらなく工業高校を受験する私に対して親は心底呆れ果てているのではないかと思った。
私の中の兄に対する劣等感、兄弟格差は広がるばかりであった。
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