決着

 あった!

 ポケットの中で、スマホが彼を待っていた。

 これまでの数々の尻もちや落下にも壊れていない。充電もバッチリ。

 トモヤはアプリを立ち上げ打ちこみ始めた。

 『ボクはスカイボーイの剣を避け…』

 しかし、いくらトモヤが小説家志望の腕を持っていると言えども、迫りくるスカイボーイの剣の速さにはかなわなかった。

 キィーン!

 まばたきする間もない。

 スマホを下半分をトモヤの手の中に残し、まっぷたつ。小さな火花が二つほど散る。

 あぁっ! ス、スマホがっ!

 これまで書きためた原稿がっ! 友達のアドレスがっ! ためこんだゲームの記録がっ!

 カタマッテしまったトモヤの鼻先に、スカイボーイの剣が突き付けられる。

 「ここで、お前もまっぷたつにしてやる。そうすれば【彼】だって、二度とサクラモチの前に姿を現すことができまい」

 【彼】!

 そうだろ、ボクがまっぷたつになったら、【彼】だって、まっぷたつだ。

 いや、それだけじゃないだろ。

 トモヤはスカイボーイと剣を交互にみた。

 「待て、スカイボーイ!」両手をあげて叫ぶ。「今、ボクをまっぷたつにしたら、お前だって生み出されやしないぞ!」

 トモヤのその言葉に、スカイボーイの目に焦りが走る。それを見て、トモヤはホッ。

 やはり、ボクには命がけの戦いをするヒーローよりも、台詞でとどめをさす小説家のほうが向いている。

 スカイボーイはカランと剣を落とし、一緒に肩もガックリと落とした。

 いつだってこうだ。

 敵役は、いつもいいところで大逆転されてしまう。

 「もう、こんな役、イヤだ!」スカイボーイは涙声で叫んだ。「オレだって、かっこいい役したい!」

 トモヤはホッと一息ついて立ち上がると、スカイボーイに歩み寄った。

 「どうして、サクラモチの夢をかなえさせてやろうとしないんだ?」【彼】とのことだって。「兄なら妹を助けてやるのが当然だろ?」

 「兄だからこそ、」スカイボーイはうなだれたまま言う。「兄だからこそ、あきらめるように仕向けたのだ」

 「え?」どういう理屈だ?

 スカイボーイは顔をあげ、その金色の瞳をトモヤに向ける。

 「【王家】の人間は夢をみることは許されない。オレがどんなに苦しんだことか…」涙を浮かべて。「あれが食べたいとか、これが欲しいとか、少々の欲求は持つ前に満たされている。だが、どんなに拳闘家になりたくとも、どんなに飛行士になりたくともなれない。もう将来は決められているんだ。【王】になりたいという少年たちの気がしれん。彼らには【王】以外の何者にでもなれるチャンスがあるというのに」スカイボーイは、体育館倉庫から出てきた妹に視線をうつした。「無駄な夢は持っても苦しむだけだ。オレはその苦しみをサクラモチに与えたくはなかった。だが…!」再び、トモヤに目を向ける。「【彼】は、その夢を持ってサクラモチの前に現れた。サクラモチに夢を、苦しみを与えるために。だから、オレは【彼】を許せなかった」

 「スカイボーイ、」トモヤは沈み込んでいる金色少年の肩に手をおいた。

 もう少しで忘れるところだった。このスカイボーイも彼が生み出した人物であることを。そうなのだ、スカイボーイも彼の一部なのだ。いや、彼自身なのだ。両親や兄たちにいいように小突きまわされていたころのトモヤが生み出したに違いない。どうあがいてみても、自分の思い通りにならなかったころに。

 そんなころが、確かにあった。だが、今は違う。今のトモヤにはかなえるべく夢があるから。それも現実になろうとしていゆ夢が。だから、どんな苦しみも克服してみせる自信がある。

 ならば、スカイボーイにも、そんな夢を与えればいい。苦しみでない夢を。夢がかなう夢を。その喜びを。

 「そんなに沈み込むなよ、」なぐさめるようにトモヤは言った。「似合わないからさ」

 なら、なにが似合うんだろ。トモヤは考えた。そして涙声で叫ばれたスカイボーイの言葉を思い出す。

 『オレだって、かっこいい役をしたい!』

 かっこいい役、ね。

 「なぁ、スカイボーイ、元気だせって。次回作では活躍してもらうから」

 スカイボーイの金色の眉がピクッと動く。

 「オレは主役をしたい」そして、希望の灯りをともしはじめた金色の瞳を輝かせる。「顔だって、名前だって、主役向きだ」

 「そ、そうだな」なんて単純なヤツだ。だが、確かにそうだ。「じゃあ、君の物語を考えなきゃね。スカイボーイ、君が主役の物語を」

 「かっこよくしてくれるかい?」

 「心得た」トモヤはスカイボーイを立たせてやる。本当に単純なヤツだと思いながら。それでも、それだからこそ、気に入りながら。

 「約束だぜ」スカイボーイは念を押すとトモヤがうなずくのを見て、涙を拭いた。そして、兵士たちに向きなおると、元のキリリとした口調に戻った。「帰るぞ」

 トモヤはゾロゾロとひきあげていくスカイボーイたちを見送った。物語にするときは、二人の対決は凄まじい死闘であったことにしようと思いながら。

 そして、振り向くと、サクラモチが立っていた。

 「あたしも帰るわ」彼女は淋しそうに言った。「みごと、【彼】に再会できたわけだし」自分でまいた種。「あたしが来なきゃ、こんな終わりにしなくてもすんだのにね」

 「始まりもなかった」トモヤは即座に言い返した。「こんな冒険は滅多に経験できるもんじゃない」

 「その滅多にできない経験を書いて、小説家としてデビューするわけね」役にはたったわけだ、【彼】の役に。

 「心配すんなって。結末はフィクションにしてやるよ」トモヤはわざと陽気に言った。「サクラモチと【彼】はハッピーエンドさ。ふたりそろって次の冒険に旅立つのさ」

 「ううん、」サクラモチは首を横に振った。「そのままに書いて」書きなおしを求めてここまで来て、最後になってそれを取り消すことになるなんて。でも…。「そのままに、最後の章で、あたしと【彼】は別れる」ハッピーエンドになったりしたら、書きなおしを求めてここまで来ないだろう。つまり、物語は冒頭から消えてしまうだろう。

 物語が先か、サクラモチの登場が先か。

 「そのままに書いて」サクラモチはもう一度くりかえす。「またひと騒動おこしに来たいから」また【彼】に会いたいから。

 立ち直りは早い。彼女はサクラモチ。この物語のヒロインなのだ。



 「ラスト、あたしのほうから去ったってのを忘れないでよ」

 屋根のないトモヤの部屋で、サクラモチは宇宙艇に乗り込むと勇ましく言った。

 「あたしは【彼】よりも、自分の夢を求めて【彼】のもとを去るんだから」

 「ああ、」トモヤはものわかりよさそうにうなずく。「そのほうがボクの書くストーリーらしいや。恋愛小説よりも冒険小説」色恋沙汰は苦手だ。て、照れるゼ。何度も言うようだけど。

 作者のその言葉にサクラモチはフッと微笑む。

 「ねぇ、知ってた?」

 そして彼を見上げる。

 「愛だの恋だのテレくさくって書けるかってあなたは言うけどね、そんなあなたが書きだす文章は愛と恋でいっぱいよ」

 「サクラモチ…」

 「言葉になってないだけで、文面にはやさしさがあふれている」サクラモチはまっすぐトモヤの傷だらけの顔を見た。間違いなく【彼】の顔だ。「あたしは息をするたびに、あなたの愛情を感じている。あたしを、あたしたちを動かせるのは、あなたの文章なのよ。覚えていて」

 トモヤもサクラモチをジッと見つめ返した。

 わかってる。ボクの書く物語は、すべて登場人物へのラブレターなんだ。ボクの創る登場人物への。あるいはボクの歩む人生の、ボクの前に現れる登場人物への。わかっていたさ。誰かに伝えたい気持ちを書くだけなんだ。簡単さ。いつもそうだった。もう書けるとも。とびっきりステキな恋物語だって。あ、な、なにも、それは、け、経験したからってわけじゃないけどさ。へへ…。

 艇のエンジンがかかる。サクラモチが動かしたのだ。その操縦室のハッチが閉じられる前に、トモヤはサクラモチに言った。

 「追い続けろよ、夢を。さいごまで」彼は【彼】なのだ。サクラモチにこの台詞を言ってやるのは【彼】の役目だ。そして、【彼】はトモヤの言葉を付け加えた。「お前にも、運命を変えることができるんだからな」わかってるな、サクラモチ。

 わかってるわよ、そのくらい。

 サクラモチの瞳が潤む。彼女はトモヤの頬の痣の上に、やさしくキスした。

 ありがと。

 操縦室が閉じられる。

 そして、宇宙艇はその故郷の世界へと帰って行った。



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