対決
「ほほぉ、」スカイボーイは嬉しそうに笑みを浮かべ、トモヤを出迎えた。「なかなか似合ってるじゃないか」
「ありがとよ」ホッケーのプロテクターの完全防備にくわえて、野球の金属バットを右手に、ヒーローのヘルメットの下でトモヤは唇をゆがめて笑った。「よく聞け、彼女には彼女の進むべく道がある。ボクにもだ。その邪魔はさせない」
「いいとも。作者としての責任をとらせてやろう」
金色少年は兵士たちに手出しはするなと合図すると、サッと腰から剣を抜いた。
熱線銃をあたえていなくてよかったと、トモヤはホッとする。
「それが、生みの親に対する態度かっ!」
そんな勝手な台詞、スカイボーイも黙っちゃいない。
「親なら子どものすることを邪魔するな」
「るせー、」トモヤも言い返す。「親ってもんはそういうもんだ」いつも言われている台詞。
それに対するスカイボーイの返事は一振りの剣。
そいつをヒョイと避けることができたのは、トモヤの反射神経のなせる技。同じように第二撃を首をすくめてやりすごす。が、第三撃目はそういうわけにはいかなかった。確かに剣の矛先は避けたのだが、剣を握っていない左手をトモヤは見逃していた。
グワッシュ!
キーパー用プロテクターの上から、ずっしりと重いパンチが彼を、一瞬、宙に浮かす。
ぐえ~。
胃袋が背中にまでのめりこんだ。
トモヤは一度も使わぬままの金属バットを地面にカランと落とし、腹をかかえてうずくまった。そして酸素を求めて、口をパクパクさせる。
こんなのってあるかよ…。
口の中ですっぱい血の味がする。
勘弁してくれよ…。
しかし、スカイボーイは容赦しなかった。うずくまったままのトモヤのあごに、かたいブーツの一蹴りをお見舞いする。
ガッ!
その衝撃で、ヒーローのヘルメットがトモヤの頭から落ちる。トモヤもぶざまにあおむけにぶっ倒れる。
一方的すぎ…る。
「もう、おしまいか?」スカイボーイが呆れた声をあげる。「登場人物には好んで乱闘をやらせるくせに、ご本人はこの程度か? 【彼】ですら、もっと手ごたえがあったぞ」
【彼】!
そうか、スカイボーイはボクが【彼】だってことに、まだ気がついていないんだ。
もうろうとした意識で考える。
【彼】はどうやってこのピンチを切り抜けたんだろう。
と、胸ぐらをつかまれ、視界にスカイボーイが現れる。
「あんたが、オレに与えてくれたこの拳は、まったく無意味ではなかったようだ。その恩返しをしよう」
恩は仇で返された。
トモヤは先ほど自転車で空を飛ぶことを発見したが、今、拳ひとつで宙を舞うことができることも知った。
ドサッという音をきいて、しばらくして、着地の感覚が痛みとなって訪れる。
こんなのありかよ…。
目を開けると、黒と銀の物体がぼぉっと見える。
なんだ…?
焦点が合う。
それはヒーローのヘルメットだった。
「おわかりいただけたかな、作者どの、」スカイボーイが剣をふりかざす。陽の光に剣がキラリと輝く。「いかに物語の創造主といえども、一度決まった結末を変えることはできないのだよ」
剣の柄がヘルメットに強くふりおろされる。
AH!
ヘルメットは中央で真っ二つに割られてしまった。
ヒーローのヘルメットが。
ながいあいだ、
あたためてきた、
夢が…。
こわされる…。
それなのに、トモヤは動くこともできずにその光景を見守るだけ。あっけなく破壊される大切なものを。
もう、これまで。
もう、いい。
苦しいのは、もう、いやだ。
投げ出しちまえ。
楽になるんだ。
もう、休んでもいいでしょ?
閉じかけたトモヤの目になにか映る。
なんだろう?
まぁ、なんでもいいや。
もう関係ない。
多分。
それでも妙に引っかかる。
大切なものだった気がする。
大切なものか。
大切なものは、もうないはずだが?
たった今、失ったはず。
もう何も失いたくないから、大切なものはもたないようにしよう。
それなのに、まだ、なにかあったっけ?
甘い香りがする。
ふーん…。
トモヤは目を開けた。
そして思い出した。
サクラモチ。
大切はものは、まだ、あった。
感覚が戻る。
力がよみがえる。
護るべきものが、まだ、あった。
そそて、護られるべきものが。
「いかに作者といえども、」スカイボーイの声はまだ遠くに響いていた。「運命を変えることはできないのだ」
いや、それは違う。そう、ボクには運命を変えることができるんだ。
できるんだ!
ボクには!
ボクは作者なのだから!
ボクは【彼】なのだから!
トモヤはグッと腹に力をいれた。
そして、後悔する。
いってぇ…。
くっそー、痛みを忘れろ、忘れるんだ、これは【はだかの痛み】だ。正直者にしか痛くない…。
突然、痛みが猛烈な激痛になる。
し、失言! 【超豪華衣装の痛み】だ。正直者は痛くない!
すーっと痛みが消える。
いいぞっ。
トモヤは新品同様になった身体を跳ね上げ、飛び起きた。
「なにっ?」一瞬、スカイボーイがひるむ。
これだ!
トモヤはニンマリ。
ヤツのパターンにのせられるな。ここはボクの世界だ。ボクのルールで勝負しろ。ボクが創造主だ。ボクが運命を創る!
「貴様っ!」瞼をピクリと動かせたスカイボーイの金色の瞳がギラッと光る。「もう、手加減はせんぞ!」
スカイボーイが殺気のこもった構えをとる。
武器は…。
なにか、対抗できる武器は…。
と、トモヤの頭に浮かんでくるのは、ペン。一本のペン。That is a pen. ペンは剣より強し。ペン一本あれば人間ひとり殺せるとも言うじゃないか。とはいえ、トモヤが原稿を書くのはパソコンだ。宇宙艇のエンジンをかけたのだってパソコンだった。今、手元にパソコンはない。だが…。
トモヤはジーンズの尻ポケットに手を突っ込んだ。
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