正体


 ちっ!

 トモヤは、まだ左手に持っていた撮影用ヘルメットを床に投げつけた。

 ゴン。

 鈍い音をたてて、ヘルメットがその暴挙に抗議する。

 「くっそぉーっ!」彼は拳を握りしめた。

 「トモヤ、」サクラモチが心配そうにそれをおさえる。「いいから。あたしが出て行くから。また殴られたくはないでしょ?」

 「ヒロインだからってかっこつけるな!」トモヤは叱りとばすように言いかえす。「【彼】に会いたいんだろ! ハッピーエンドにしたいんだろ! それで男優になるんだろ! 悪役するんだろ! ここまでがんばってきたじゃないか! あきらめるな!」

 なにか策があるはず。…なにか。

 「出てこないのなら、こっちから行くぞ!」スカイボーイの声が朗らかに響く。

 くそっ!

 トモヤはうめいた。

 「大丈夫よ、あたしに行かせて」サクラモチが落ち着いた声で言う。「この状況じゃ、あたしが出て行くしかないでしょ」

 「ンなことあるもんかっ!」トモヤは感情的に叫んでいた。「状況だって? それはボクが創るんだ!」親指で自分の胸をさして。「作者はボクだぞっ! このボクだっ! どうして、作者が登場人物に操られなきゃいけないんだっ!」

 トモヤは目を血走らせて、スカイボーイのいる裏口のドアをにらみつける。

 「こんな状況、変えてやる。変えてみせるとも。ボクにはそれくらいできるはずなんだ。ああ、できるとも。ボクは作者だ」腹の底から、声が、わきでる。「ボクは運命を変えることだってでき…!」

 その瞬間、トモヤはハッ!となった。

 脳裏に、先ほどのサクラモチの言葉がよみがえる。

 【彼】ッタラ、すかいぼーいニ包囲サレテ絶体絶命ノ時、ナンテ言ッタト思ウ? 『オレハ運命ヲ変エルコトダッテデキル』デスッテ。

 まさか…。

そんな!

 右ノ拳ヲぎゅっト握リシメテネ、下唇ヲ噛ミシメテ、ソレカラ、オ腹ノ底カラ絞リ出スヨウナ声デ…。

 トモヤは握りしめられた右の拳に目をやり、そして、ゆっくりと、サクラモチに向きなおった。

 「ボクが…?」

 サクラモチもその瞳に驚愕の色を浮かべ、大きく見開いて。

 「あなたが…、」声もふるえて。「【彼】?」

 【彼】のはずだった痣だらけの顔が、目の前のトモヤのそれと重なる。

 今になって。

 トモヤは目を閉じた。

 ボクが…【彼】。

 そうか、そうだったのか。

 そして、この冒険が物語というわけか。

 今の時期に思いついたって? そうだろうさ、サクラモチ。お前が思いつかせに来てくれたんだよ。

 トモヤはまだ力の限り握りしめていた【彼】の拳に目を落とした。手のひらに爪がくいこみ、血がにじみでている。その拳をゆっくりと開く。

 なんて安易な展開なんだ。ボクなら絶対こんな展開のストーリーなんて書かない。思い出してみると、言葉の節々に隠された響きで簡単に想像できる展開。

 だけど、このボクには予想すらできていなかった。これで小説化志望とは!

 そして、ああ! ボクが【彼】だとは!

 「これが最後の警告だ!」スカイボーイの声がトモヤを現実に引き戻す。「出てくるなら今のうちだぞ!」

 トモヤは目を開けた。まだ冒険は終わっちゃいない。

 「【彼】は、どうやってスカイボーイと決着をつけるんだ?」自分の好みから考えると…。「一対一、か」

 サクラモチは目をそらして、黙ってうなずいた。

 もう結末は見えている。経験済みだ。悲しい結末は二度とごめんだと、【彼】と別れたくないから来たはずなのに…、それが、どうして、なぜ?

 ヒロインである彼女のものであったはずの世界がガラガラと崩れおちる。

 あたしは、いったい、なんのためにここへ?

 トモヤはうずくまってしまったサクラモチから目を離すと、スクッと立ち上がった。

 スカイボーイの拳が思い出される。指をポキポキならしていた大勢の兵士たちも。

 足がすくむ。

 恐怖が背筋を走る。

 怖い!

 だが、怖いのはそれだけではない。この仕組まれた世界。崩されかけている現実。

 ボクは、いったい、なにと対決するんだ?

 空想? 夢? 現実?

 しかし、恐ろしいからと尻込みしたところで逃げられるものでもない。他の手段をあてにしたところで解決されるものでもない。かといって全てを投げだすのはイヤだ。

 トモヤは下唇をキッと噛みしめた。

 自分の信じる道を断たれるかもしれないという危機感。自分の中で大切にしているものと直面することは恐ろしい。ほかのことにかこつけて後回しにしたくなる。そんな気はないと主張しても自分を騙すことはできない。

 先を知ることは快楽でもあるが、同時に恐怖でもある。それは自分を信じる道を進むかぎり訪れる試練だ。さけては通れない。そして、それを恐れて進まずにいたのでは恐怖心は去らない。いつまでも立ち止っているわけにはいかないのだ。ならば、解決策はただ一つ。

 一つ大きく深く息を吸い込んで、

 そして、

 飛び出すんだ!

 先ほど投げ捨てたヒーロー用のヘルメットを拾い上げる。

 体育館倉庫内を素早く見渡す。体育の時間や放課後に、あるいはサボった掃除時間で使いなれた用具を幾つかひっつかむ。

 自信をもって突き進め!

 自分には運命を変える力があると信じて!

 それが真実であると信じて!

 トモヤは口をキリッと引き締めて、勢いよくドアを開けた。

 バンッ!



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