夢を語る
「ううん、」サクラモチは明るい声で答える。「男優よ」
へ?
「めいっぱい男装して、たっくさんの観客を騙してやるの。で、すっげぇ悪役を演じるの。とんでもないスタントもある役。どんな危険なシーンでも全部こなしてみせるわ」
て、てぇした夢だこと。
「無理かしら」
「え? いや、」まぁ、男優ってのはいささか…。でも…。「無理なことが存在するほうが無理だよ」
トモヤは屁理屈を口走ったような気がした。
「【彼】もそんなこと言ってたわ」
サクラモチはトモヤの腕の中のヘルメットに、もう一度だけそっと触れると、懐かしそうに目を細めた。
【彼】…か。
「どんなヤツなんだ、【彼】って?」
「どんなって…。いつも哲学みたいなことを言ってたわ。『信じてりゃ真実になる』とか【彼】なりの理屈。あとはよくある二枚目ヒーローの台詞。『夢を追い続けろ』とか。きいてるほうが赤面しちゃいそうな青春してる台詞」本当は感動してたんだけど。
サクラモチはおかしそうに言ってから、トモヤを笑う。
「ねぇ、あんな台詞書いてて恥ずかしくならない?」
「ほ、ほっとけ」その手の台詞、好きなんだ。
「そんな台詞を言ってくれた【彼】に感謝してるわ、あたし」真剣なまなざしに戻ってサクラモチはトモヤを見る。「言わせてくれたあなたにも、ね。今までそんな言葉をあたしに言ってくれる人なんて周りにいなかった」少し哀しそうに彼女は言う。
そんな彼女にトモヤはやさしく微笑んだ。
「心配するなって。ちゃんとハッピー・エンドにしてやるさ」
その言葉に勇気づけられたように、サクラモチも微笑みかえす。
「そうね。なにごとも最後まで諦めるものでもないし。これも【彼】の台詞だけど」思い出せるのが言葉だけなんて。「それで、あたしと関わって、」本当は言葉だけでも嬉しいのだけど。「スカイボーイに追われて」
サクラモチは思い出したように、クスッと笑った。
「【彼】ったら、スカイボーイに包囲されて絶体絶命のとき、なんて言ったと思う? 右の拳をギュっと握りしめてね、下唇を噛みしめて、お腹の底からしぼりだすような声で、」
ふふっ。「『オレは運命を変えることだってできる!』ですって」
トモヤはその台詞に笑う。
本当にヒーローに徹したヤツだ。フツー、そんな台詞、照れて言えないぜ。書くのは、ま、書いちゃうけど。
おそらく、【彼】も夢を追い続け、その夢が現実になると信じていたんだろう。でなきゃサクラモチに惚れられるわけない。
トモヤだって追い続けている。だからサクラモチたちに命をふきこむことができたのだ。
「サクラモチ、」その美味しそうな名前のもつ不思議な響きに、トモヤは想いを巡らせる。「サクラモチ、か」
問うたげなトモヤの声にサクラモチは顔をあげる。
「サクラモチって名前は、」トモヤは静かに続けた。「どっからきたんだろ」
やっぱり、あの、桜の葉っぱで包んであって、中にたっぷりあんこが入ってるあの桜餅から?
その質問にサクラモチは少し考えてから、冷やかすように笑ってみせた。
「あなたにとって一番大切な女性から、らしいけど?」
サクラモチってのが?
トモヤは考えを巡らせた。
そんな名前、聞いたことないぞ。ん、名前とは限らないか。体型か? 肌の色とか? 桜餅が大好物だとか? うへぇ、きっと、とんでもないオデブちゃんだぞ。
「あたしのモデルになった女性なんだから、きっとスマートできれいな人に違いないわね」そう言ってからサクラモチはつけたすようにつぶやた。「その人に会ってみたいもんだわ」
?
トモヤはサクラモチのその言葉に目を向けた。
ボクと、サクラモチと、そのモデルの女と、【彼】、か。
そして、サクラモチを見る。
なんだか、不思議な気分。こんな気分にさせるのは…サクラモチ。なんだって、彼女は、こう…、なんだっけ? トモヤはぴったりくる言葉を探す。
そう、剛いんだ? 自分の夢のためとはいえ、慣れ親しんだ世界を飛び出して、兄の強い反対まで押し切って…。なにが、そこまで彼女を動かすのだろう。
【彼】、か。
今、彼女が求めているのも、そして、彼女に何かを求めることを教えたのも、すべて、【彼】。
トモヤも声に出さずにつぶやいた。ボクだって【彼】に会ってみたいもんだ。
トモヤのその想いを知ってか知らずか、サクラモチはそっと手をのばし、かさぶたになりかけている彼の鼻の傷にふれた。
「【彼】もね、スカイボーイに殴られて鼻を折られちゃうの」そして彼女は遠い過去を思い出すかのように目を閉じた。「しばらく痣だらけの顔だった」しかし、その顔立ちは記憶のなかでは定かではない。
トモヤは静かに続けられるサクラモチの声に聞き入った。
「物語の中に、こんな台詞があるの。あたしが『どうせかなわない恋なら最初からしないほうがいい』って言ったら、【彼】が『どうせかなわないんなら、せめて恋くらいしたっていいじゃないか』って答えるシーン」そしてトモヤの反応をみる。
トモヤは目を細めた。
どうせかなわない恋…?
ボクはサクラモチと【彼】がハッピーエンドを迎えるように書くって約束したんだ。
でも、でもさ…。
最初からかなわない恋なんて、あってたまるかよ。
そして、フッと笑うと、冗談とも本気ともとれぬ口調で言った。
「全部、まるっきり書きかえるってこともできるわけだ」
「そういうわけにはいかない!」
背後から不意に響いたその声に、トモヤとサクラモチはビクッと振り向いた。
小屋の入口に逆光を背に颯爽と立っているヤツがいる。
やっぱり、もちろん、そいつは、スカイボーイ。
例のごとく金色に輝いて。
例のごとく大勢の兵士を従えて。
おんぼろの崩れかけた小屋にこれほど不似合いなキャラはいない。
「そう驚いてもらっちゃ困るな」スカイボーイはおおげさに首を横にふる。「まさか、このスカイボーイさまをまいたなんて思っていたんじゃないだろうね。この天下のスカイボーイさまを?」
なんなんだよ、このめんどくさい金色野郎は。
トモヤはサクラモチと一緒に、ゆっくり立ち上がった。
と、腕がぶつかる。
何に?
壁にかけてある消火器に。
こういう時にはこういう物が必ずあるんだよね。
霧の惑星の撮影用に、体育館から失敬してきてたんだ。持ってきてた部長に感謝。
トモヤは一瞬の間もおかず、ほとんど反射的に消火器をひっつかむと、その安全弁を引きちぎる。
プシューッ!
次の瞬間には、あたりは真っ白の世界。
わけがわからずか、飛びかかってくる兵士にサクラモチの飛び蹴りが炸裂する。勇猛果敢な二人目の兵士には回し蹴り、そして三人目にはサービス満点空中一回転入り三段蹴りときた。
さすが、悪役男優志望だ。スタントもちゃんとこなしますってか。
そうこうしているうちに白い煙が薄くなっていく。ぐずぐずしてはいられない。トモヤはサクラモチの手をとった。
頭のてっぺんからつま先まで真っ白に染まった金色少年が煙の中から這い出たときには、二人は裏口から体育館倉庫へと飛び込んだところだった。
それをみたスカイボーイはニヤッと笑う。
トモヤは体育館倉庫の中を走り抜けた。
サクラモチの手をひいたまま、外へと通じる東の表口へ…。
!
トモヤはその表口のドアをドン!と叩いた。
いつもは鍵なんかかかってないのに!
「表口のドアに鍵はかけたんだな?」
「はっ」敬礼する兵士にスカイボーイは満足そうに声をたてて笑った。ついでに白い粉もまき散る。
「はははっ! 出てこいっ、作者・神原智也! サクラモチを渡してもらおうか!」
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