妹の底力


 「早くサクラモチを見つけろ!」神原智也と一緒のはずだ。

 スカイボーイは座席にしがみつくように座ったまま叫んだ。

 もう、尻もちなんかつくもんか。

 定員オーバーで壁を抜けられないと思ったら、どっかのバカが非常口のドアを開けたと言う。そのはずみで船はキリキリ舞い。と、一人飛び降りたらしく、壁を抜けるレバーを引いたままだった船はそのままギュン!と壁を抜ける。故郷の空にたどり着いたかと思うと、非常口を開けて飛び出したバカはサクラモチだと言う。あわてて引き返してきたのだ。その間、いったい何回無様に尻もちをついただろう。

 「いましたっ!」探知機担当係が叫ぶ。

 スカイボーイは下を見た。サクラモチを乗せたトモヤの自転車が、その視界に現れる。すっげぇ勢いで、すっ飛ぶように突っ走って行く。

 「追えっ!」

 スカイボーイの命令に船が急加速する。その反動でスカイボーイは座席から放り出され、尻もちをつく。



 トモヤは全身の力を両脚に結集して、自転車をこいでいた。

 サクラモチがその背中にしがみついている。

 「追っかけてくるわ!」

 「わかってる!」

 ボクの脚力を信じろ。だてに毎日お山のてっぺんの学校まで登っちゃいねぇや。

 トモヤはブレーキもかけずに走り慣れたカーブを曲がる。サクラモチも振り落とされまいと、必死にトモヤにしがみつく。

 だけど、宇宙船に勝てるわけがない。スカイボーイは頭上に迫ってくる。

 「サクラモチ、」トモヤは祈るような口調で尋ねた。「自転車を飛ばす力は持っていないのかよ?」

 「つけてくれた?」

 作者は苦笑い。「今度、な」



 「見失うなよ」

 スカイボーイは床に座り込んだまま探知機担当係に言う。

 最初っから尻もちをついていたら、今後なにがあったって、もう尻もちをつくことはない。我ながら良い案だ。スカイボーイは嬉しくなった。状況はスカイボーイに傾いてきている。

 サクラモチめ、兄を怒らせたな。もう勝手は許さんぞ。神原智也もだ。その腕へし折ってでも書かせるものか!

 「橋ですっ!」

 「なにっ!」地図担当係の声にスカイボーイは前方をみる。「なんてこった…」

 ささやかな小川がひとすじ流れている。

それにかかる小さな小さな石の橋。

 その上を転げるようにすっ飛んでいく一台の自転車。

 スカイボーイは拳でドン!と床を叩いた。

 くそっ、やはりオレは敵役なのか。

 「船をとめろ」仕方ない。「降りてサクラモチを追うのだ」



 橋を渡り終わってから、トモヤは自転車を止め、後ろを振り向いた。

 「なんで、連中はあんなとこで止まってんだ?」

 橋の向こうで、スカイボーイの船がゆらゆらと浮かび、その船体にキラキラと小川の流れを反射させている。

 「宇宙船だって、船は船よ」サクラモチは当然でしょ、と肩をすくめる。「船は橋の下を通るもの。橋の上は通れないわ」

 しかも、あのささやかな小川にかかる小さな橋の下は、きらびやかなスカイボーイの船は通れそうにない。デカすぎる。

 「よくわかった」トモヤはため息をともにうなずいた。「それもボクが考えたってわけか」

 二人が見守るなか、船のハッチが開き、スカイボーイを先頭に兵士の一団が橋の上に舞いおりてくる。

 「おっと、ぐずぐずしてらんねぇ」

 トモヤは再び自転車をこぎはじめた。土手の小道をガタガタと。

 後方に大勢の追手を引き連れ、自転車の後ろに彼女を乗っけて、トモヤは先ほどまで自分が書いていた登場人物になった気分だった。ほんと、自転車はいつも彼をヒーローの気分にさせてくれる。

 トモヤはかっこよく【ニヤリ】と笑いたくなった。



 船を捨てたといえども、スカイボーイはスカイボーイである。妹を悪の道から救えという一方的な思い込みが失せるわけはない。金色の髪をなびかせて、風のように走った。もともと絵から抜け出てきた人物なのだから、その姿は絵になる。

 スカイボーイの兵士たちだって、ひけをとらない。殿下の後ろにドドッと続く。どこまでも忠実にスカイボーイに尽くしているのは、増給だけが目当てではない。彼らは、絶えずエネルギーを発散しているスカイボーイを心から敬愛しているのだ。

 名もなき脇役にだって、脇役として輝ける瞬間が必ずある。



 そんなスカイボーイの一団を後ろに従えた二人乗り自転車は登り坂にさしかかった。

 「あちゃ」

 トモヤは無意識のうちに、お山のてっぺんの学校へと続く通学路を選んでいた。無理もない。毎日三年も通っている道なのだ。走り慣れた道へと自然とハンドルがむくのは理にかなっている。

 だが、学校へ行ってどうするというのだ?

 トモヤは向きを変えようと後ろを振り向きかけ、サッと前に向きなおった。その目は恐怖に見開かれている。

 サクラモチの後ろに、すぐ後ろに、スカイボーイの顔が見えたのだ。

 なんだってあいつはこうスーパーマンみたいなのだ? 殴っては井上尚弥、走ってはウサイン・ボルトときた。

 トモヤはひそかに決意した。書きかえるチャンスがあるなら、ヤツにはぜってぇ弱点をつくってやる。とんでもない恥ずかしい弱点を。

 そして、彼はピクピクと痙攣し始めたふくらはぎを叱りつけながら、自転車をこぎ続ける。

 こうなったら学校まで登りきってやる。学校ならボクのほうがくわしいし、なにか良い手があるかもしれない。…ないかもしれないけど。

 さが、サクラモチが軽いといっても(その名に似合わず)、普段でさえ押してあるくところを、こぎ登るのはさすがにキツイ。息もキレギレ。その息でも速度がますます落ちていくのがわかるし、スカイボーイの足音なんてのも、しっかり聞こえてくる。

 サクラモチはトモヤよりも、もっと鮮明に追手を意識していた。なんてったって、わずか数メートルの距離にスカイボーイが迫ってきていて、それを目にすることができるのだから。だが、彼女はトモヤほど恐怖を感じてはいなかった。感じているのは、ヒロインである自分を信じる力と、その自分を生み出してくれたトモヤを信じる力、それから、ちょっとした勇気と…。

 スカイボーイの手がのびてくる。

 そして、自分の想いを妨害する者への怒り!

 サクラモチは両腕でトモヤの背中にすがりついたまま、満身の力をこめて、右脚を蹴りあげた。

 「サクラモチ・キーック!」ごめんね、兄ちゃん。

 そのスピード感あふれるキックを、スカイボーイは顔面にもろに受けてしまう。そして、勢いよく後方へ倒れる。坂道の上からスカイボーイが倒れ込んできたもんだから、すぐ後ろに続いていた兵士たちも将棋倒しの形になる。

 トモヤは振り返ってそれを確認すると、目を丸くし、あらためてトモヤを見る。

「すげ…」

 サクラモチは二カッと笑ってVサイン。

 昔っから、兄妹ケンカはこのパターン。



 スカイボーイが忠実な兵士たちに助けおこされたとき、もう辺りにはサクラモチとトモヤの姿は見当たらなかった。

 「探せっ!」

 スカイボーイは叫んだ。




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