たちあがれ!
「なんだっ!」スカイボーイは転げ落ちた座席につかまりながら立ち上がると叫んだ。「どうしたっ!」今度はなににぶつかったというのだ!
「壁ですっ!」操縦担当係が叫び返す。「通り抜けられませんっ!」
「なにっ、また計算ミスとでも言うのかっ!」
「いえ、」操縦担当係はスカイボーイを振り向いた。「定員オーバーです!」
サクラモチは、すっ飛ぶように通路を駆け抜けた。
もちろん一人ではない。数人の実習生たちが後ろに続く。
若い男の子たちにしつこく追っかけまわされるなんて、時と場合によっちゃ大歓迎なんだけどね。
二、三段ある階段を一気にジャンプ!
曲がりくねった通路にそって大きくカーブ!
飛び跳ねるように軽やかに駆けながら、サクラモチはスッゴイ楽しい気分になった。自分が思うままに身体を動かせるなんて、こんな愉快なことはない!
と、前方からも実習生の少年たちが現れる。
先回りしてはさみうちというわけか。
ふん、このサクラモチちゃんをなめるんじゃないわよ。
そのサクラモチちゃんは、スピードを落とさず、トン!と強くふみこむと、軽く空中一回転。正面からせまってくる実習生たちの頭上をこえ、ストン!とその背後に着地。そして、再び駆け始める。
あてがあって走っているわけではない。なんといっても、ここは船の中、限られた世界。だけど、だからと言ってあきらめてジッとしていても、変化の方からはなにもおこってはくれはしない。自分から行動せねば。自分から変化を求め、自分で変化させなくっちゃ! 走れば自然に道はのびていく。駆けていけば道は開ける。
前方にドアが迫ってくる。
どんな障害でもぶっ飛ばせ!
サクラモチは、そのままドアに体当たり。身体は細いが精神はぶっとい。その勢いにドアは破れる。
もう一枚、ドアが現れる。
その重々しいドアの上には『非常口』の三文字。
『非常の場合以外、このレバーを引かないでください』ってサ。
サクラモチは何のためらいもなく、レバーを引く。今が一番の非常のとき。
なぜ、レバーを引くのか?
愚問!
そこにレバーがあるから!
グイッ。
非常口のドアがサーッと開く。
外はどこまでも続く青い空。果てしなく広がる希望の色だ。
だが、下に大地は見えない。それが現実。
しかし、サクラモチはためらったりはしない。
ここまで来たら、もう、行っちゃいましょう!
彼女は振り返り、駆けつけてくるかわいい追手くんたちに手をふり、陽気に挨拶。「バ~イ」
彼らに驚く暇も与えず、サクラモチは宙に身を投げる。
どうなるか誰も知らない。こんなことするのは、この世界では彼女が第一号なのだから。しかし、彼女は大丈夫だという自信があった。
彼女はヒロインなのだ!
ヒロインは死んだりしない!
そんなこと、許されない!
トモヤだって、死んじゃったりしていなかった。
そりゃ、鼻の頭はすりむけて赤くなってるし、鼻血止めのティッシュをつめてはいるし、右目の下には拳の形に赤紫色の痣ができかかってはいるけれども、まだまだくたばってしまうにはほど遠かった。スカイボーイを生み出したくらいなのだ。彼だって、そうヤワではない。
トモヤはサクラモチが置いていった宇宙艇を動かそうと必死になっていた。動かしてどこへ行くかは決まっている。どうやったら動くか、どうやったら行けるか、は見当もつかないが。
しかし、あの金色野郎に仕返しをしてやらねば腹の虫がおさまらない。男のプライドだ。作者のメンツだ。そのついでにサクラモチを助けてやってもいいな。
トモヤは一番気にかかることを軽くつけたすことで表現してみた。たとえ一人思いするにせよ、サクラモチのことが心配だなんて、へへ、言えやしない。
て、照れるじゃん。
と、言いながらも、すでにそう思っているトモヤの純情さ。
サクラモチは結末を書きかえてくれと言った。トモヤとしても直ぐ書きかえてやりたかった。しかし、書きかえると言っても、その書きかえるもとがないのだ。物語が完成されるのは二年後。あと二年たたなければ書きかえようもない。だが、その二年の間、ただボーッと待っているわけにはいかない。その間に、サクラモチがどっかの坊やとくっつけられでもしてみろ。スカイボーイならやりかねん。登場人物に好き勝手に物語を進行させられてたまるか。
ところが!
トモヤは宇宙艇の操縦席で頭をかかえた。
操縦の仕方がわからない。
ボクの創った宇宙艇だ。ボクに操縦できないはずはない!…はず。
だが、操縦の仕方は、いつもどの物語でも登場人物にまかせっきりだったのだ。
少し、反省。
登場人物にばかりややこしいことさせていた。トモヤはただ、『彼はエンジンをかけると船を発進させた』とか書くだけでよかったのだから。
ん? 書く?
トモヤはピン!ときた。
この宇宙艇はトモヤが書きだしたもの。ならば…。
トモヤは操縦席から身を乗り出して机の上のパソコンに手をのばす。そして、ダメでもともと…とキーボードに手を走らせる。『ボクはサクラモチの宇宙艇に乗り込むと、キーを差し込み、そいつの動力部を起こしてやった。艇はドゥルン!と勇ましい音をたて目を覚まし…』
トモヤが最後まで書き終わらないうちに、エンジンが頼もしくうなり始めた。
「やったぜ!」
トモヤの顔が輝く。
おかしなもんだ。自分の創りだしたもので、自分の創りだした世界へ、自分の創りだした人物を救出に行こうとしている。もしかしたら、ボクも誰かが創り上げた人物だったりして。
彼が続きを書き始めようとしたとき、すぐそばで声がした。
「なにしてるの?」
それは聞き覚えのある声だった。トモヤの顔が、さらにパッと輝く。「サクラモチ!」
そこに彼女がにっこり笑って立っていた。「は~い」
トモヤは嬉しそうに、ゆっくりと首を横にふった。
「ったく、奇抜な登場ばかりしやがって」どうやって戻ってきたのかきくのもおそろしいヨ。
ほんと、聞きたいことは山ほどある。でも、聞いたところでどうしようもない。物語の内容をききたいけれど、そんなことしたら、あとで考え出す楽しみがなくなるし。アイデアがポン!と音をたてて浮かんでくる、あの瞬間が好きなんだ。
それにしても、サクラモチ、お前って…。「奇想天外なヤローだな」
「奇想天外だけど、」サクラモチはクスッと笑う。「ヤローじゃないわ」
「こりゃ失礼」
「あなたがそういうキャラに設定したのよ」
この作者にして、この登場人物ありってか。
トモヤはエンジンをかけっぱなしの宇宙艇から飛び降りる。サクラモチが目の前にいりゃ、艇を動かすという当面の問題は消えてなくなったわけだ。
「あたしは帰らないわよ」サクラモチは先回りして言った。せっかく創造上の出来事ってのを利用して船を飛び降り、たいした説明文もなくここまでたどり着いたのだ。「あなたがちゃんと結末を書きかえるのを確かめるまではね」
「わかってる」
そのほうがトモヤも安心して書けるってわけだ。
しかし、それを望まない者が約一名。
空からゆっくり降りてくるのはスカイボーイの船。
そのエンジン音に、トモヤは空を見上げる。
「こういう展開になる予感はしてたんだ」さすがは作者。
そして、再びサクラモチの艇に飛び乗ると叫んだ。「乗れっ!」
「どこへ?」サクラモチがききかえす。「それ、一人乗りよ」
…だ、誰だっ、こんな艇を創ったのはっ!
「とにかく逃げるんだ!」
サクラモチを再び連れされるのはお断りだし、あのパンチを二度と食らうのもごめんだ。先ほどまでスカイボーイに仕返しを…と思っていた意気込みはどこへやら。
トモヤはサクラモチの手をとると走りだした。
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