兄と妹


 爆撃があまりにも不意にやんだので、トモヤは耳が聞こえなくなったのかと思った。それとも状況に慣れすぎてなんとも感じなくなったとか。どちらにしてもありがたいものじゃない。

 しかし、サクラモチもキョトンとしているところをみると、爆撃がやんだのは確かなようだ。

 アイガタヤ、アリガタヤ。

 二人は顔を見合わせ、やれやれ…と、それぞれ机とベッドの下から這いでてきた。

 と、目の前に【王家】の紋章入りブーツが一足。

 へ?

 それを見上げたサクラモチはゲッソリ。

 これなら【場苦弾】爆撃が続いたほうが増しだった。

 そのブーツの履き主は、当然、スカイーボーイ。

 これが噂のスカイボーイ君か。

 トモヤは立ち上がると、見るからに【王家】の息子である金色少年の姿に、小さくうなずく。

 まったく、ボクもやっかいな人物を考え出すもんだ。やっかいな設定で。

 サクラモチも仕方なく立ち上がる。ひざまずいたままスカイボーイに見下ろされるのはおもしろくない。

 スカイボーイは、そんなサクラモチの想いをよそに、兄の威厳をもってニッコリと輝くように笑いかけると、妹の手を差し伸べた。

 「さ、帰ろう、サクラモチ」

 サクラモチは反射的に一歩さがると、ちょうどそこに待っていた形のトモヤの腕にしがみつく。

 しがみつかれたトモヤは「え?」と戸惑ったように照れ笑い。そして、スカイボーイに目を向け、そのムッとした表情にギョッ。

 「我が敬愛なる作者どの、」それでもスカイボーイは育ちの良い【王家】の息子らしく、トモヤに丁寧に話しかけた。「妹を渡してもらえませんか?」もちろん【王家】の息子らしく上から目線で。「さもないと、私は私の兵士たちの行動に責任はもてませんよ」

 トモヤはチラッと船が停まっている屋根を見上げた。ゴツゴツした兵隊のユニフォームの上からでも隆々とした筋肉の形がわかる屈強そうな男たちが、指をポキポキならし、スカイボーイの命令を待っている。

 トモヤはサッと視線を戻すと、できるだけ平静を装ってスカイボーイに答えた。

 「OK、じゃ、連れてってくれ」

 「え!」

 驚いたのはサクラモチ。

 作者なら、こういう展開に追い込んだ責任をとってくれてもいいんじゃなくって?

 だが、トモヤは冒険小説家志望であって、決して、冒険家志望ではない。彼の冒険は物語の中だけの限定販売。そりゃ、自分を頼ってきているお姫さまを助けてやるのも悪くない。悪くはないが、やはり身の安全が保障されていないとなると考えもんだ。

 そう。壊されるのは屋根だけでたくさん。考えてもみてほしい。

 命がけの冒険。するのとさせるのでは大違い。

 「さあ」トモヤはサクラモチの腕をふりほどく。

 ちょっとの間、怒ったサクラモチの目と目が合う。

 トモヤは逃げるように笑ってみせた。

 「心配するなって。【彼】と別れなくてすむように書くから」

 その言葉にスカイボーイは眉間にしわをよせた。そして、ひったくるようにサクラモチを奪い取ると静かに言った。

 「作者どの、そうされちゃ困るんですよ」

 トモヤに身構える暇は与えられなかった。

 スカイボーイの速く、そして重い右ストレートがトモヤの顔面にめりこむ。

 ギャシッ!

 だ、誰だ…。こんな強いキャラクター生み出したのは…。

 鼻から鮮血を散り飛ばしながら倒れる。

 「トモヤ!」

 サクラモチがあわててトモヤに駆け寄ろうとしたが、兄の力強い腕に引き戻される。

 「さぁ、帰るんだ、サクラモチ」

 スカイボーイは晴れやかに笑った。

 く…そ…。

 トモヤは起き上ろうと試みた。しかし、モーレツな痛みと暗闇が彼を包み込んだ。

 スカイボーイは兵士を従え、船に乗り込んでいく。

 「トモヤ!」

 抵抗するサクラモチを引き連れて。

 トモヤは起き上れなかった。やがて痛みは消え、彼の意識も消えた。



 「もう、いいかげん【彼】のことはあきらめなさい」船がグゥーンと上昇していく重力に満足感を覚えながら、スカイボーイはサクラモチに言った。「いくら作者といえども、一度決定した結末をどうこうできるもんじゃない」

 じゃあ、兄なら妹の行動をどうこうできるとでも言うのかしら。

 小なる反抗と大なる絶望を胸に抱き、サクラモチは黙って兄をにらみかえした。

 スカイボーイは妹の刺すような視線をさけ、控えていた兵士実習生たちに目配せした。今年度、入隊してきた新人たちだ。まだヒゲをそったこともなさそうな年齢だが、スカイボーイの兵士に選ばれたのだから優秀であることに違いない。隊列をくんだ実習生の先頭の二人がサクラモチに歩み寄る。スカイボーイとしては手荒なことはしたくなかったが、また勝手な行動をされたら面倒だ。

 サクラモチは抵抗する素振りも見せず、兄を黙ってにらみつづけていた。冷たい目で。

 「サクラモチ、」逆に、スカイボーイは暖かい目でやさしく言った。「もう、ストーリーは決まってるんだよ」【彼】のことなんか早く忘れるんだ。

 そして、サクラモチに背を向けると、自分専用の座席に腰をおろし、操縦担当係に告げた。

 「帰路につく。空間の壁を抜けろ」



 サクラモチは後ろに実習生の一団を従えて、通路に出た。おそらくスカイボーイは故郷に帰るまで彼女を監禁しておくつもりなのだろう。おそらく、故郷に帰ってからも。

 しかし、心配ないはずだ。トモヤは確かに言った。結末は変えてやる、と。あの言葉は逃げ口上ではなかったはず。

 ふと、スカイボーイに殴られて、ぶっ飛ばされるトモヤの姿が思い出される。

 大丈夫だったろうか…。

 『もうストーリーは決まってるんだ』スカイボーイの言葉が頭の中でくりかえされる。

 もしかしたら…。

 トモヤは殴られどころが悪くて、そのまま再起不能になっているかもしれない。スカイボーイのパンチ力なら、その可能性は十分ある。なんせ、【王家】の息子でなかったらボクサーになっていたという設定なのだから。そう設定したのはトモヤ、その人。

 まったく、神原智也ったら、自分で考えるであろうことを、ちっとも知らないんだから。

 無意識のうちに歩く速度が落ちていたらしい。サクラモチは後ろから実習生にツンツンと小突かれた。彼女だって【王家】の娘だというのに、兄・スカイボーイ殿下の親衛隊兵士どもは、そのスカイボーイ殿下にしか敬意を表さない。

 サクラモチは急かされ、再び歩き始めた。

 ああ、神原智也に前もって言っておくべきだった。スカイボーイのパンチ力を。もちろん、そんな暇はなかったし、あったとしても物語のことを優先して話していたはずだ。もうちょっと余裕をもってトモヤのところへ行けばよかった。今となってはもう手遅れだが。仕方ない。

 そう思って、一瞬、思考が停止する。

 手遅れ?

 仕方ない?

 彼女は歩行も停止させた。

 何が?

 彼女は、その疑問の答えを探してみた。だが出てくるのは疑問ばかり。

 一度決められたストーリーだからあきらめて従う?

 ただ作者だけをあてにして?

 このままスカイボーイのいいなりになって?

 何の手も出さずに?

 再度、実習生の一人が後ろから小突く。彼らとて早くこの任務を終了させたいのだ。せっかくスカイボーイ殿下の親衛隊に入隊できたというのに、なにかでドジって将来を約束されたエリートコースをパァにしたくない。

 だが、サクラモチとて、その人生をパァにしたくない。

 彼女は振り向くと、ジロッと実習生をにらみつけた。

 にらみつけられた実習生は思わずタジッと一歩下がる。

 サクラモチは、一息、吸いこんだ。

 しっかりしろ、サクラモチ! 受け身だけの人間になるだなんてサイテーよ!

 そのとき!

 船がガクン!とつまずいたような衝撃に襲われた。サクラモチも実習生たちと一緒にドドッと倒れる。

 しかし、実習生とサクラモチでは鍛え方が違う。どっちが鍛えられてるかって? もちろん、サクラモチ。聞くだけヤボ。彼女の目がキラリと輝く。このチャンスを逃す手はない。彼女は素早く立ち上がると一目散に駆け出した。

 何が起こったのか…と、恐る恐る顔をあげた実習生たちは、そのサクラモチの後ろ姿にかろうじて気がつく。

 「あ!」

 そして、あわてて起き上ると、押し合いへしあいしながら、追いかけ始める。

 「待てーぇ!」



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