その名はスカイボーイって、おい


 スカイボーイは素早く立ち上がると、サッと金色の前髪をかきあげた。そして腰から落ちた剣を拾い上げ、優雅さを取り戻し叫んだ。「どうしたっ!」

 「はっ!」まだ尻もちをついたままだった兵士の一人が、あわてて起き上り計器を読む。「計算ミスですっ! 空間の出口ではない壁を突き破ってしまいましたっ!」

 くっ!

 スカイボーイは拳を握りしめた。だが文句は言えない。計算したのは彼自身なのだ。

 彼は誰にも気づかれないようにゆっくりと拳をひらくと、もう一度前髪をかきあげた。その眩しいばかりの金髪は、触れるもの全てを輝かせだしそうな黄金色で、しかも黄金色なのは髪だけではなく、ちょっと上向きのりりしい眉と、その下の高貴そうな瞳まで同色ときている。これはキラキラしてるのは名前だけではなさそうだ。

 「今、どこにいるのだ?」マント(そう、彼は薄いブルーの軍服の上にマントまで巻いていた!)をはためかせ埃をはらう。そもそも床に埃が積っていたことを不愉快に思いながら。

 「はっ、」地図を確かめていた別の兵士が答える。「目標としていた場所に出たことは出たようです」

 「そうか」やはり、オレの計算はそう間違っちゃいなかったのだ。

 「目標より九度ほど上にずれていますが」兵士は正確に答える。それが任務だ。

 「そ、そうか」

 スカイボーイは冷ややかな眼でその兵士をにらんだ。そして、こっそりと決める。

 地図担当係、十八パーセント減給っと。

 それから何事もなかったかのように表情を戻すと、静かな口調で言った。

 「サクラモチの姿は?」

 見当たりません!と答えようとして、探知機担当係はあわててその言葉をのみこんだ。だって、窓の向こうに、大きな瞳でこちらを見上げている少女がいるではないか。

 「あそこですっ!」

 探知機担当係は指さした。そして、チラリとスカイボーイに目を向ける。

 スカイボーイもチラリとそいつに目を向けた。

 「よくわかった」

 スカイボーイも探知機担当係と同時にサクラモチを発見していたのだが、それを知っていてあえて告げた彼の度胸が気にいった。

 探知機担当係、地図担当係減給分増給っと。

 そして、サクラモチと並んでこちらを見上げている少年のような若者の姿に気づく。

 ちっ、作者か。厄介なことになりそうだな。

 視線をずらさぬまま、彼は命じた。

 「爆撃しろ。ただし、サクラモチは傷つけるな」

 命令してから、ふと考える。

 サクラモチを傷つけずに爆撃できるのだろうか。

 だが、減給を恐れる忠実な兵士たちは、迅速にその命令に従った。

 ま、いっか。

 スカイボーイも、また、まだ少年である。



 「じゃ、あいつも登場人物かよっ!」

 いきなり降ってきた爆撃音にトモヤは机の下に飛び込むと、不満いっぱいに叫んだ。

 「ったく、お前といい、あのイカレタ名前野郎といい、ド派手に登場しやがって! なんて騒ぎだ! ボクはもう表を歩けないよ!」

 「大丈夫よ」ベッドの下にもぐりこんだサクラモチは、それでも降り続く爆撃音にへこたれる様子もみせず、落ち着いて言った。「私の船も、スカイボーイの船も、【はだかの船】だもの」

 「【はだかの船】?」なんだい、そりゃ?

 「正直者にしか見えないのよ」サクラモチは肩をすくめた。「こっちの世界じゃ、創作者のあなた以外に見える人はいないでしょうね」

 「なんだ、そりゃ」

 「それに、この爆撃の爆弾だって迫力あるのは音だけで、破壊力なんて無に等しいんだから」

 「なんだ、そりゃ」

 「爆撃相手を精神的に追いつめるだけの【場苦弾】だもの」

 「なんだ、そりゃ」

 「全部、あなたが考えだしたのよ」

 トモヤは自分に自信がなくなってきた。



 「全然、効果がありません!」

 爆撃担当係がスカイボーイに告げた。

 そりゃ、【場苦弾】の威力を知っている相手に【場苦弾】で効果をあてにするほうがおかしい。しかし、スカイボーイの命令通りにサクラモチを傷つけずに爆撃するのなら、【場苦弾】を使用する以外ない。

 効果がないのだから、ここで命令を変えればいいものを、他になにも思いつかないので、スカイボーイはこの作戦を続行することにした。

 「高度を下げろ!」

 スカイボーイは、やはり、まだ子どもである。



 「いったい、ヤツは何者なんだ!」降りかかってくる爆撃音に負けじと、トモヤは叫んだ。「ここへ来れるのは【王家】の人間だけなんじゃないのか?」

 「彼も【王家】の人間なの!」サクラモチも叫び返す。「あたしのお兄さま!」

 「お兄さま?」お兄さまって、兄貴かよ! 「そのお兄さまが、なんでこんなことするんだよっ! お前がきた件にからんでるのかっ?」

 「からむどころじゃないわ! お兄さまが邪魔をして、あんな結末になったんだから!」

 「その結末を言えよ!」すっげぇ一発が机の上で炸裂する。「これでも、まだ、自分で考えろなんて言うのかっ!」

 「わかったわ! 話すわよ!」スカイボーイの邪魔がひどくならないうちに話しておかなくっちゃ。「物語は、あたしと【彼】との冒険よ」

 「【彼】?」はっきり説明しろよ!

 「【彼】よ!」サクラモチが腹立たしげに言い返す。「名前も顔も定かじゃないわ。あなたがそういう文章を書いてくれなかったから!」

 ああ、そうかい、悪かったな!

 「物語の中で、」サクラモチは続けた。「あたしと【彼】はスカイボーイに邪魔されながらも大冒険をするのよ。でも、ラストのラストになって別れてしまうの」

 「つまり、別れたくないんだな?」

 そんなに簡単に言わないでよ。これでも悩んで悩んで悩んで別れて、また悩んで悩んで悩んで頼みにきたんだから。でも簡単に尋ねられたら簡単に答えるしかない。「そうよ」

 こいつ、あっさりと答えやがって。もう少し照れるとか、意地をはったりとかしないのかよ。…まぁ、そういうメンドクサイのは嫌いだけど。うん、素直な気持ちをポン!と言うのが一番いいんだ。

 と、頭上でポン!と大きな爆発ひとつ。

 サクラモチは、それをベッドの床越しに見上げ、ため息とともに言った。

 「ところが、スカイボーイはあたしを【彼】を別れさせたいのよ。それで、あなたに書きなおさせないために、あたしを追ってきたんだわ」まったく世話好きなお兄さま。「あたしから、なにもかも奪って。【王家】の娘らしくおとなしくさせておいて、そのうち惚れてもいない男と一緒にさせるつもりなのよ」

 「お前が惚れてるのは【彼】なわけか」

 「そ」サクラモチは軽くうなずいて、「もっとも、物語の中じゃ、そんな素振りさせてももらえなかったけど」と、恨めしそうにトモヤを見る。

 「そーか」そうだろうな。そんな恋物語、ボクに書けっかよ。部長のダメだしくらっても書けないんだから。だ、だって、は、恥ずかしいじゃん。いや、経験不足じゃないって。

 「ラストで、あたしのほうから【彼】に別れを告げるんだけど、」サクラモチは淋しそうに目をふせた。「でも、どうして別れたんだか、自分でも納得いかないのよ」

 トモヤはサクラモチの瞳をみた。

 なるほど。ハッピーエンドじゃないってのは気に入らないな。ボクの流儀じゃないや。

 彼は眉をしかめた。

 なんだって、ボクはそんな後味の悪い物語を書いたりするのだろう。



 「まるっきり歯がたちませんっ! かえって逆効果のようにも思えますっ!」

 スカイボーイは、その報告にやけ気味にうなずいた。

 確かにまずい作戦だった。別に攻撃しなくてもサクラモチを連れ戻す手はあったにちがいない。それなのに作者を敵にまわしてしまうとは。これは書きなおされたりしたら、スカイボーイはめちゃくちゃイヤなキャラにされてしまうだろう。

 うーむ。

 スカイボーイは考えた。しかし考えたところで良い案は浮かばない。作者が彼をそういうキャラに設定したのだから。

 だからといって、ここで手をこまねいて見ているわけにはいかない。せっかくサクラモチが【彼】と別れる運びとなっていたのだ。その展開を変えられては困る。

 ならば!

 スカイボーイは決断した。

 オレは行動の男、スカイボーイだ。確か、オレの紹介文にそういう文句があった。

 「船を屋根の上に降ろせ」


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