落ちてきたヒロイン

 突然、とてつもない轟音が響きわたり、トモヤは驚いて振り返った。

 え!

 振り返ってみて、さらに驚く。

 だ、だって、そ、そこにあるのは…!

 う、宇宙艇?

 トモヤは目をゴシゴシとこすった。

 バチバチと音が出そうな勢いで瞬きもする。

 しかし、そいつは消えもしないでそこに座っていた。

 見間違えるはずがない。

 宇宙艇はいつも見ている。彼自身が創りだす世界の中で。しかも、そいつは彼がいつも想像のなかで創造している宇宙船と、まったく同じ姿!

 白い機体に、細く入った二本の青い線、短い翼、とってつけたような操縦室、すっきりしたデザインで、こじんまりと。そりゃ、ボクの自転車に比べれば大きいけど、そうデカイわけでもない。なんせ六畳のボクの部屋にスッポリ入るくらいの大きさなのだから。

 え? ボクの部屋に?

 トモヤは改めて二度ばかりまばたきをした。

 こいつ、いったい、どうやって…?

 どこから…?

 ふと天井を見上げたトモヤは、そのままポカーンと口を開けた。

 天井はなくなっていた。

 彼が何も言えぬまま、ゆっくりと視線を宇宙艇に戻すと、操縦室がグィーンと開き、中から異星人が出てくるところだった。

 宇宙艇に乗っているんだから、異星人だろ。

 トモヤが見守る中、異星人は身軽にピョンと彼の部屋に飛び降りた。

 頭がひとつで胴体もひとつ。腕と脚は二本ずつ。SF映画に出てくるような銀色のテカテカ光ってるヘルメットとスーツをつけている。

 そのままトモヤが観察するなか、異星人は腕をスッと頭部に伸ばし、テカテカ銀のヘルメットをとった。そして、二、三回頭を軽くふり、彼に向かって「ハ~イ」とご挨拶。

 黒くて長い髪がふんわりと舞う。おなじ色の大きな瞳が印象的で、カ、カ、カワイイ。

 異星人というより異性人。

 思わず、トモヤもニコッ。

 「やあ」

 そして、あわてて伸びた鼻の下を戻す。

 だ、だって、相手は天井をぶっ壊して不法侵入してきたのだ。見たところ武器を携帯しているようでもないし(少なくとも、彼が想像しうる範囲の武器は)、襲ってくる気配もない。い、いくらタイプな女の子だと言ったって、あ、も、もちろん、女の子は苦手だよ、に、苦手だけど、好きなタイプくらいは、あ、あってもいいっしょ。

 自分自身へのツッコミのしどろもどろしていると、先に異性人が口を開いた。

 「あなた、神原智也でしょ?」

 「あ、ああ」うへー、ご指名ときたぜ。

ドギマギしながらも、トモヤは平然を装って返答する。

彼女(なのだろう)はトモヤが頷くのをみると、安心したようにニッコリと笑った。ちょいとキュン!とくる笑顔で。

 「あたしの名前はサクラモチ。あなたが二年後に書く物語のヒロインよ。あなたが授けてくれた力を使ってここまで来たの。物語の結末を変えてもらいたくって」

 どひゃらぁ~!

 トモヤはぶっ飛んだ。

 しかし、サクラモチという名前や、その正体にぶっ飛んだのではない。

 すっげぇフェイント!

 宇宙艇に乗って現れた異星人と思わせておいて、実は彼の書く物語のヒロインとは! なんちゅうフェイントだ。ありか、そんなの?

 トモヤはポカンと口をあけたまま、サクラモチ(と名乗った女の子(だろう))を見つめた。その反応にサクラモチは心配そうに彼の顔をのぞきこむ。

 「大丈夫?」ちょっと刺激が強すぎた?

 「当然」

 反射的にそう答えてから、トモヤは気をとりなおすように大きく一呼吸いれた。

 頭が逆回転しそうだぜ。

 彼はデスクの前に戻ると、倒れていた椅子を起こして座った。

 え~っと、なんだっけ。

 落ち着け。

 そう、落ち着け。

 これでも小説家志望だぞ。

 少々の出来事で我を失ってなるものか。

 トモヤは、降ってわいたサクラモチとやらに、あらためて眼を向けた。

 「どうやって来たって?」未来の、しかも空想の世界から? 「ボクの授けた力って?」

 「あーン、」サクラモチは少し面倒くさそうに首をかしげた。「時間や空間の壁を超える道を計算して見つけ出す力よ。王家の人間だけが持てる力」そこで少し照れたように肩をすくめて。「生みの親のあなたに説明するのも変だけど、あたし、これでも王家の娘、一族の姫だから」

 「へぇ、」王家の娘? 一族の姫? それに授けられた力だって? ははっ、確かにボクの好きな設定だ。あこがれの世界。でも、いまどき、はやんのかよ、そんなの。

 「そんなことで感銘うけないでよ」あなたが考えたんだから。

 「ん」別に感銘うけてたわけじゃないけど。

 無表情でうなづくトモヤの視界にサクラモチは割り込む。

 「あのさぁ!」どこまでも落ち着き払っている(ようにみえるだけの)作者に少々イラついて。「突然のことなんで戸惑うのはわかるけど、」自分が書いた…いや、書くであろう物語のヒロインが姿を現しているのだ。もう少し反応があってもよろしいんじゃなくて?「ねぇ、ちゃんと状況を把握してる?」

 「してるよ」トモヤは軽く答えた。「してるとも」うん、してる。我が身に確かめる。「物語の結末を変えて欲しいんだろ?」その結末も理由あってそうなったんだろうが、ま、登場人物が(しかも、ヒロインが!)直々おでましになってるんだ。話をきくだけでもきいてやればいい。

 「そういうこと」サクラモチはトモヤの言葉をきいて、ホッと一安心。来た甲斐がありました。

 「で?」とトモヤ。

 「『で?』?」とサクラモチ。

 「で、どんな結末なんだ? それをどう変えて欲しい?」

 「ちょっと、」サクラモチは眉をしかめた。「あなた、作者でしょ? 考えなさいよ。登場人物にストーリーきいてどうすんのよ」

 その口調にトモヤはムッとくる。人の家の天井を壊しておきながら、よくも、そんなでけぇ口が…。「いくらボクが小説家志望だからって、まだ考えてもない物語の結末を…」

 「あら、」サクラモチはトモヤの反撃をくいとめる。「記者会見じゃ、この時期に考えついたって言ってたわよ」だから、この時期を選んできたのだ。

 「記者会見?」

 不意にでてきたその単語に、トモヤの戦意が失せる。

 「ああ、あなた、これでデビューするのよ」

 「デビュー?」

 「そ。文学大賞をとって映画化もされるの。そのときの記者会見で言ってたのよ」

 このサクラモチの重大発言に、トモヤは息をするのも忘れかけた。

 「ほ、ほんとかよ」

 そして、目ン玉がこぼれおちんばかりに目を見開いたかと思うと、今度はその顔全体がふやける。

 やったぜ。やった、やった。「やったぁ~っいっっっ!」

 ボクは小説家になるんだ! 夢がかなうんだ! 進路希望用紙まだ提出してなくてよかったぜ。それに映画化だって?

 うひゃあ~。

 トモヤは部屋の中をピョンピョン跳ねまわり、サクラモチにくらいつく。

 「すっげぇじゃんかっ! すげーよ、すげー!」

 ちょっと、ちょっと、作者サン、「そう興奮しないで」サクラモチはポリポリと頭をかいた。

 「すげぇ!」しかし、作者サンは、まだ叫んでいる。これが興奮しないでいられますかとばかりに。「それで、その物語って…」

 ドシャドシャドドドーン!

 ところが、彼の上気した声は再びわき起こった轟音にかき消された。

 な、なんだ? 今度はなんだ?

 ほとんど反射的に上を見上げたトモヤは、おののいた。

 「げげっ!」

 破れた屋根の向こうに見えるのは、これまた宇宙船。だが、今度のはとてつもなくデカい…ぞ。少しふらついているようだが。それをトモヤの隣から見上げたサクラモチの額に冷や汗がタラリ。

 「やば。スカイボーイよ」

 「スカイボーイ?」なんだ、そりゃ。「キラキラネームもいいとこだな」

 「あなたがつけたのよ」

 へ?


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