雪の王国のシンデレラ~神に魅入られた娘は、雪の女神と持ち上げられ、雪の魔女と断罪される~

弥生ちえ

この世の物は、ただ漫然と目に入る姿が全てでは無いのですよ?



「シャロット・バスティーユ伯爵令嬢! お前との婚約を破棄する!」




 突然、夜会の和やかな空気を切り裂く声が上がった。


「お前は自身を、雪のであると偽り、私の婚約者の座を詐取した。この王国を乗っ取るに等しい行いは、看過できるものではない。胸を痛めたロザリアが、涙ながらに私に相談してくれた」


「お姉さま! ご免なさいっ。わたしっ、大切なフランシス様や、この国の皆様が、雪のの手に落ちるのがどうしても耐えられなくてっ……!」


 王太子フランシスが鋭い視線と怒声を向けたのは、五歳の頃から十二年の長い月日を婚約者として過ごした怪しげな風貌の令嬢だ。「雪の魔女」の異名を体現する、パサついた白い髪に、痩せぎすで乙女らしい曲線の無い氷柱の如く四肢、こけた頬と、とがった顎、落ち窪んで隈の浮いた目は美しさの欠片も無い。

 それでいて、妖艶な美女が纏えば目を奪われる濃い藍のスレンダーなドレスに、年齢よりも遥かに幼い、花の意匠の髪飾り一つを付けた彼女の格好はとてもチグハグで、とてもではないが王太子の婚約者と認められる姿ではない。


 対して、王太子の片腕に腰を抱き寄せられた少女は、波打った淡い金髪を揺らす美少女である。彼女こそ、王太子との関係を噂されているロザリア・バスティーユ――シャロットとは二つ違いの実の妹であった。


「シャロット! この場にて、素直に己の罪を認めるのだ!!」


 年末の恒例となった王家主催の大夜会の場は、一瞬にして断罪の場へと様相を変えた。


 王太子の背後には、彼の主張に同意し支える側近らがズラリと並び、対峙するたった一人の令嬢に強い眼差しを向ける。その視線を受けて尚、真っ直ぐに顔を上げて佇むロザリアは、動揺を見せぬ落ち着いた様子で口を開く。


「フランシス様。今宵の夜会は、厳しい冬を乗り越え、共に芽吹きの春を迎えることを誓う、王家主催の格式高いものです。

 わたくし個人への追及をなされたいのなら、然るべき場で拝聴いたします。ですから――」


「そのように! 尤もらしい御託を並べて、本質を見誤らせようとするお前が、言い逃れできぬようにするためだ!

 王家を謀り、まんまと我が婚約者に収まっていたお前の邪悪な本性を、王国民に知らしめなければならん。このことは、我が父とバスティーユ伯爵夫妻も了承の上だ!」


「正直に仰ってください、お姉様! 私こそが、この王国を栄えさせる春の女神だと。私が生まれ、この王国の冬は半年から三月となりました。お姉様が生まれた年、冬はいつも以上に猛威を振るったと聞きます! お姉様は冬に魅入られ、全てを凍てつかせる雪の魔女なのですわよね!?」


 シャロットが、雪を操り、冬を縮めたと最初に言い始めたのは、バスティーユ伯爵家の使用人や、出入りの商人たちだった。そこから市井に、貴族に、最後には王家へと噂が広がり、当時五歳でしかなかった彼女の意志は関係なく、フランシスとの婚約を結ばされたのだ。


「ピンチなんじゃないかな、シャルロット? このホールには何人もの騎士が配置されていて、君を捕えるために包囲をじりじりと縮めているよ。王太子は君が何を言おうと、捕縛する気なんだよ。ご丁寧に貴族牢に新しい寝具が運び込まれてもいたからね」


 軽口と同時に、シャロットのすぐ傍には、彼女と背丈の変わらぬ雪人形スノーマンが現れていた。


「なんだ!? それは!! シャロット、この期に及んで何をふざけた真似をする!」


「お姉様! いつもいつも、そのように幼稚な雪人形スノーマン遊びばかりなさって……。雪の魔女であったとしても、王太子殿下をお支えする気持ちがあれば、私はまだお姉様を許せたのです。なのにお姉様はいつまでもそのような児戯に惚け、私がお諫めしても、ヒステリックに喚き散らすばかりで……。私、お姉様が怖くて怖くてっ」


 顔を覆って泣き崩れる様子を見せたロザリアに、フランシスが優しく彼女の背を撫でながら「おお……こんなに震えて、可哀そうに」とピタリと寄り添う。


「へぇー。『姉様ばっかりずるい』って言うのが諫めることで、静かに『我儘を言うものではありません』って諭すのはヒステリックな喚きなんだ? 初めて知ったなぁ」


 再び雪人形スノーマンが、緊迫感の欠片もないお道化た口調で会話に割り込み「シャロットは知ってた?」と彼女に触れようと、枝の先に手袋の付いた腕を伸ばす。だがその手は、シャロットに触れる直前に現れた新緑の光に遮られて、パシンと鋭い音を立てて跳ね返る。


「ちぇーっ。その忌々しい髪飾り、早く捨てちゃいなよ」


「そう言う訳には参りません。これは、フランシス殿下がわたしを思い遣る気持ちを持っておられることの証なのですから」


 雪人形スノーマンとシャロットの会話に、フランシスは遠い昔の記憶を呼び起こされて、ハッと目を見開いた。



 ◇◇◇



 あまりにも幼いうちに婚約者となったシャロットとフランシスではあったが、恋愛感情は無くとも、共に過ごす時間を与えられ、七歳を迎える頃には、ある程度の情を感じる関係にはなっていた。

 その頃はまだ、シャロットの容姿が同年代の令嬢らと比べて群を抜いて美しかったのもある。フランシスは両親から国のためにと押し付けられた婚約ではあったが、彼女と会う度に頬を染めたものだった。


「シャロットは本当に雪の女神なのか?」


「いいえ、ちがいます」


 古くから雪に閉ざされる期間の長いこの王国において、神話に描かれる「雪の女神」は、人々を大雪から守る存在だった。同様に、南の国には繁栄をもたらす「春の女神」が現れるらしい。フランシスも多分に漏れずこの女神たちを信奉しており、シャロットが否定しても彼女を「雪の女神」だと思い込みたいようだった。


「僕の女神のシャロットに贈り物がしたいんだ!」


 そう言って、赤く頬を染めたフランシスがシャロットの手を取り、城下の「春待祭」に連れだって出掛けたのも二人が七歳の時だ。国王が用意した、付かず離れずの距離を於いた護衛の心遣いに、幼い二人は伸び伸びと買い物を楽しむことが出来た。

 ただそれは親心や善意からの配慮ではなく、彼らの絆を深めて雪の女神の加護を確固たるものにしたいとの国の意向があってのことだった。


 それでも幼い二人には心浮き立つ経験だ。街の大路に所狭しと市が立つ、この国で一番大規模な祭りである「春待祭」は、異国からの商人も多数屋台を出している。初めて見る物も有り、あれこれと目移りしながら手を取り合った二人が足を止めたのは、南の国の錬金術師が商う宝飾品の天幕だった。


「女神のシャロットにはこれが似合うぞ!」


 フランシスが揚々と取り上げたのは、明るい緑の宝石を取り囲む、金細工の大振りな花が三つ連なった髪飾りだ。呪術師と言っても通りそうな白いローブに身を包んだ錬金術師は、その飾りとシャロットを見比べると、目じりを下げて微笑んだ。


「ほう、とても良いものを選ばれましたね。それは春の女神の力が宿ると言われる緑柱石エメラルドを使った髪飾りです。その娘さんにはまたとない守りとなるものでしょう」


「こんな飾りに、大袈裟なことを言う妙な奴だなぁ」


 商品を貶めているとも取れる、呆れを隠しもしない発言をするフランシスに、シャロットが慌てて謝罪しようとするが、商人は首を左右に振ってそれを遮る。更には悪戯な笑顔を浮かべて、立てた人差し指で髪飾りを突いて見せた。すると、髪飾りの緑柱石エメラルドが仄かな光を放って僅かの間、輝く。


「なぁに、この世の物はただ漫然と目に入る姿が全てでは無いのですよ。かく言う私は、実は春の女神なのかもしれない。この国に、不思議な力を持つ娘が生まれたと聞いて、はるばるやって来た……なんてことが真実かもしれませんよ?」


 商人の言葉をフランシスは冗談だと思ったのであろう。軽く受け流して、買い物の済んだその天幕から足早に出てしまった。すぐに彼の後を追ったシャロットではあったが、不思議な店主と意味深長な言葉に後ろ髪を引かれ、フランシスに追い付いたところで再び背後の天幕を見ようと振り返る。

 ――だがどういう訳か、ほんの数メートル離れただけの天幕を、目にすることは出来なかった。




 それがシャロットの記憶に残る、フランシスとの交流らしい唯一のものだった。

 その後、どう云う訳か急速に彼女の容姿は衰え始め、誰もが醜いと目を背ける段になっては完全にフランシスとの交流も途絶えたからだ。



 ◇◇◇



「忌々しい。いつまでもそのように古いモノを、当てつけの様に身に着けるとは! そんなモノで私の心が少しでも動かせると思ったか!?」


「だってこれはフランシス様が、わたしへの想いを込めて贈ってくださった婚約のくびきとなる唯一のものです。代わりなど無いのですから、これを付けるしか無いのです」


「お前を思い遣る気持ちの証と言ったか!? ふん。そんなもの、老婆か化け物と見紛う怪しげな風貌となったお前に、いつまでも持ち合わせているはずがない!

 だが雪の女神と思えばこそ、今まで我慢していたのだ。それが、災いしかもたらさぬ魔女であったとあれば、お前などに向ける情など一片も無い!」


 フランシスが、乱暴にシャロットの髪から飾りを引っ張る。ぶちぶちと髪の千切れる音がして、想い出の髪飾りは無惨に毟り取られてしまった。


「どうだ! これで私の覚悟が伝わったであろう!!」


 思い遣りの欠片も無い、乱暴な行動だった。

 長年にわたりシャロットが、雪の猛威を抑えるべくを諭し続けた献身は、彼女との殆どの交流を断ってきたフランシスが知らないのは、虚しくはあるが仕方が無いと諦めることもできる。だが変わり果てた姿となっても、ここまで粗雑な扱いを受け、人としての尊厳まで踏みにじられたことはなかった。


 痛みよりもショックが勝り、呆然とするシャロットに、フランシスとロザリアが勝ち誇った笑みを向ける。


 その醜悪さに、シャロットは急速に心が冷えて行く。


「――フランシス様のお陰でようやく、心残りが立ち消えました」


 要求を突きつける立場だと信じて疑っていなかったフランシスらは、シャロットの言葉に、一斉に疑念と嫌悪の籠った表情を向けた。

 だが、シャロットは怯まない。


「わたしは何度も女神ではないと申し上げたはずです。なのに、女神だ、魔女だのと勝手に盛り上がり、落胆される。

 そんな身勝手を押し付けられても、必死で尽力して来たのは、ロザリアとフランシス様への情があったからこそ」


 常に控え目で、婚約者よりその妹を気に掛ける王子に対し、シャロットが意見をすることは無かった。それは彼女が二人に微かながらでも抱き続けた情に殉じたからだ。


 フランシスとは髪飾りの想い出。

 ロザリアは、生まれた彼女をひと目見て感じた庇護欲。そして家族からの何気ない言葉「これからは、姉上として妹君を守って差し上げねばなりませんね」とのひとこと。


「気付いておりましたか? その髪飾りには本当に春の女神のお力が宿っていることに。季節を変える強力さは在りませんが、雪に付きまとわれるわたしには効果絶大でしたのよ」


 微笑んで、直ぐ傍に立つモノに顔を向けたシャロットに吊られ、視線を移動させた一同はあんぐりと口を開けた。


「いやぁー、ほんっと助かったよ」


 軽薄な調子で発せられる声は、確かにさっきまでそこに居た雪人形スノーマンのものだった。


 だが、姿が決定的に違っている。


 真っ白な大振りの雪玉を幾つも縦に積み上げ、人参の鼻に、墨の目口の付いた雪人形だったはずだ。

 だが今は、純白の長い毛足の毛皮で仕立てられた、豪華なコートを纏った美麗な青年に成り代わっている。


「やあやあ、やっと僕の愛するこの土地の人間たちに、本来の姿を見せてあげることが出来た。嬉しいなぁ」


「空々しいですわ。貴方が一度人前に姿を現せば、恐ろしい雪の猛威がやって来ることを分かっておいでですわよね」


「十七年前のことをまだ根にもってんの? ごめんて。君が生まれたことが嬉しくってはしゃいじゃったんだよぉ」


 二人の会話に、この騒ぎを傍観していたバスティーユ伯爵夫妻は彼女が生まれた日から一月続いた記録に残る大雪を想い出した。

 あの時は、愛しくて止まない嫡女の生命の危機を覚え、一月目に諦めが心を捕らえかけたところで、ようやく雪がおさまったのだ。


 夫妻は、ここへ来て漸く何故シャロットが恐ろしげな風貌へとなったのか、疑念を抱いた。親ですら嫌悪を覚える姿は生まれ持ったものでもないし、ましてや衣食住で不便を強いた事実はない。美しい次女ロザリアと同じだけの手は掛けていたはずだ。


 それなのに、シャロットだけが年頃になるにつれ、人を寄せ付けない悍ましい風貌へと変化していったのだ。


「その忌々しい髪飾りは、僕を寄せ付けない上に、傍にいると本当の姿も保てなくなって間抜けな雪人形の姿になっちゃうし。壊してしまおうにも、君が大切にしてるものだから気が引けちゃうし。本当に困ってたんだ。

 ――けど、やっと外してくれた」


「外されたのよ。お陰で、彼の理想に寄り添って尽力していた辛い日々から解放されたわ」


 変化したのは、雪人形スノーマンだけではなかった。

 ただ会話しているシャロットの髪が、艶やかな光沢を放ち始め、流れる絹糸の繊細さを帯びて行く。肌は新雪の淡い輝きを纏い、肢体は年相応の娘の柔らかな曲線を描き出す。

 何より、魔女の例えが適切に思えた顔は、幼い彼女に女神を重ねた人々の想像通り――いや、それ以上の美しさとなっている。


「誰だ……? お前、は」


 嘗てのように頬を染め、惚けた眼差しと声を向けてきたフランシスに、シャロットは艶然とした笑みを向ける。


「貴方にたった今、結び付きを解かれました、ただの人の娘。シャロットですわ」


「本当のシャロットは、とても綺麗でしょ? けどおかしいね、幼い頃の彼女を知ってる君も知っていたはずだよ。見るモノたちを魅了する彼女の美しさを。

 忌々しい髪飾りが、僕の力を拒否するから連れ去ることは出来なかったけど、彼女を狙うモノが増えないように、魔法をかけていたんだ」


 白い毛皮のコートを纏った美麗な青年が、すっかり美しくなったシャロットの手を取り、恭しく唇をおとす。


 フランシスの脳裏に、幼い彼女と共に、たった一度訪れた春待祭の想い出が甦る。


 南の国からやって来た、見慣れぬ錬金術師の出店で告げられた言葉を。




 ―― この世の物はただ漫然と目に入る姿が全てでは無いのですよ ――




 美しい彼女を、雪の女神だと信じた。

 醜い彼女と、美しいロザリア。その姿で、彼女らの立場を憶測し、断罪した。


 どのときも、フランシスはシャロットの言葉を耳に入れず、自分の目に入るものこそ全てと突き進んだ。


「だが、ロザリアが生まれて、この国の厳冬は半年から三月に縮んだっ! 夫妻も、バスティーユ伯爵家に仕える者らも確かに証言している!!」


「それだけでしょう? ロザリアが何かしたところを見たわけではなく、ただ雪の季節が短くなった事象だけ。

 わたしと同じく、ロザリアもただの人の娘です」


 キッパリとシャロットが言い切った途端、王国に満ちる空気が、一際冷たさを増した。


 王城の外からは、轟々と強い吹雪が吹き荒れる音が低く、高く響いてくる。


 春の女神は南の国に現れる伝説。

 雪の女神こそ、この国に伝わる伝承。


「実際は、女神ではなかったわけですが」


「そうだね、君たち風に言うなら雪の男神ってとこかな」



 彼女が生まれたばかりの妹を大切に思うから、その思いにずっと答えた男神は、雪の季節を短くした。


 バスティーユ伯爵家に生まれた二人の娘は、いずれも美しいだけの人の娘でしかない。


 春の女神は、春待祭りで出逢った錬金術師だ。

 雪の男神に魅入られた人間の娘を憐れんで、彼女が正しく選択できる年齢に成長するまで、彼女を護るであろう婚約者に加護付きの髪飾りを託した。


 人に無頓着な雪の男神がシャロットを諦めず、ずっと雪人形スノーマンの姿で彼女に寄り添い続けたのは、春の女神でも計算外だったが。


「シャロット、本当の姿を取り戻した今だから、心からの想いを伝えるね。君に勝手な理想を押し付ける人間たちを捨てて、僕の手を取って欲しい」


 どんな人間もたちまち虜にしてしまう美麗な笑顔は、生まれてすぐのシャロットが目にしたものと同じものだ。


「手を取るも何も、勝手にずっと一緒に居たじゃありませんか」


「それはただ一緒に居ただけでしょ? 僕が言いたいのは、想い合い、信頼できる関係を築こうってことだよ。元婚約者をはじめ、みんなが勝手に君に理想を押し付けたのとは違って、そのままの君の気持ちを、もっともっと知りたいんだ。沢山の気持ちを言葉にして交わしたい」


 春の女神は、思い遣りに欠けた冬の男神を警戒していたが、言葉も交わせない十二年の月日を於いた男神は、彼女を見守るうちに優しさを手に入れたらしい。

 更には、上っ面しか見ない婚約者に傷つけられるシャロットの心も和まされていたから、結果としては良かったと言える。


「必要ありますか?」


 冷たくも取れるシャロンの一言に、耳にした者たちは続く拒絶の言葉を想像したが、男神とシャロットは静かにほほ笑み合っている。


「貴方は、物言わぬ雪人形スノーマンとして辛抱強くわたしに寄り添い、和ませ、思い遣りに満ちた行動で励まし続けてくださいました。百の言葉より、貴方の存在にわたしは救われています」




 ですから、共に連れて行ってください――




 その一言は言葉にはならなかったが、差し出された男神の手を優雅に取ったシャロットの仕草は、雄弁にその想いを伝えている。


 一歩踏み出した1人と1柱の目の前に、外から走り込んで来た氷の馬が曳く2頭立ての青く輝く馬車が滑り込んで来る。


「フランシス様、婚約の破棄はしかと承りました。どうぞ、わたしが大切にして来た妹ロザリアと末永くお幸せに」


 馬車に乗り込む直前、振り返ったシャロットが、相容れぬ道を進みだした元婚約者と妹に告げたのは、優しくはあるが完全な決別を決意したものだ。


「シャロット!!」

「お姉様!!」


 追いすがる2人の声も虚しく、氷の馬と馬車は物音も立てず滑らかに走り出す。

 やがて馬の背に大きな鳥の翼が現れ、馬車は舞踏会ホールの開け放たれた大窓から飛び出して、白く染まった世界を煌々と照らし出す満月に向かって空中を駆け昇って行く。



 この国を愛したが、国民に愛されることのなかった娘は、ただ1柱からの愛を手に入れた。けれど、凍てついた雪の男神の心を柔らかく解いたシャロットの優しさは、恨みに代わることは無かった。


 十四年前と同じく、長く厳しい冬が訪れる事となった王国。


 けれど、その雪の下に育つ新たな穀物は、武骨な風貌でありながら人々を助けた。

 それは、嘗ての幼い日、フランシスがシャロットに贈った髪飾りの宝石によく似ていた。

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雪の王国のシンデレラ~神に魅入られた娘は、雪の女神と持ち上げられ、雪の魔女と断罪される~ 弥生ちえ @YayoiChie

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