9話 実は戦えるんです!
【祝福の抱擁、器の昇華、対価無き献身、我が身を糧に、強き者の一助に成らん事を】
叫び声のする方に走りながら、ユウは魔法の詠唱を口にする。
仮に今この場で他の魔法使いが居た場合その行動に驚きを隠せないだろう。
魔法使いは、詠唱と共に魔力を練り上げ魔法を発動する。
その際に深い集中をする為、その場から動けなくなってしまうのが魔法使いにとっての弱点とも言われてるが、一部それが例外になる技術が存在する。
並列詠唱
本来魔法の詠唱にだけ使われる集中力を他の事にも使う技術である。
これは単純に集中力が高ければ使える技術でない。
例えを出すなら、右手で文字を書いてる間に左手は全く違った作業をするに等しい。
手で例えを教えたが、要するにそれぞれの行動に独自の思考と動きをする技術だと思ってもらいたい。
詠唱の完成と同時に、叫び声のする元に着き瞬時に現場の状況を把握する。
(負傷者は3人、モンスターは4体)
モンスターは、槍と杖を構えたゴブリンが2体、オークが1体、狼型のモンスターのウルフデーモンが1体。
(よし、やるか)
懐から普段は使わないナイフを右手に構えモンスター達に近付く。
突然来たユウの存在にモンスター達は気付かず目の前までの接近を許してしまう。
「フッ」
「ギャッ!」
最初に狙ったのは、杖を構えるゴブリンーーゴブリンメイジである。
背後からの突然の奇襲に対応出来なかったゴブリンメイジは、己の首元が離れる感覚を感じながら絶命する。
(まずは1体)
先にゴブリンメイジを倒したのには理由がある。
ユウの持つ武器はナイフである性質上、切れ味に特化しているがリーチは短い。
オークである魔物は、体を分厚い脂肪で包まれている為、一撃での殺傷は難しい。
ウルフデーモンは、狼の性質を持つため匂いでユウを感知できる可能性があり近付くのを諦めた。
では、残りのゴブリンなのだがここで真っ先に狙うのは魔法を使えるゴブリンだ。
一般的にゴブリンは弱い分類に当たるが、そこに魔法を使う事ができるゴブリンとなると話が変わってくる。
魔法使いは、1人1人に別の魔法が存在する。
ユウの魔法【器は満ちる《フィルズベッセル》】は似た様な魔法を使う人はいるが、全く同じ効果を使う者は存在しない。
故にそれぞれの魔法使いはオリジナルの魔法を使う。
この事はモンスターにも該当しており、ゴブリンの魔法だからと大した事がないと舐めてかかった冒険者が痛い目を見たと言う話はよくある。
なのでユウは未知の可能性であるゴブリンメイジを真っ先に倒す事に決めた。
ゴブリンメイジが絶命した事により、ユウの存在に気づいたモンスター達は慌てて身構えるも、それよりもユウの動きが早かった。
【器は満ちる《フィルズベッセル》】
掌に溜め込んでいた魔力をオークに解放する。
膨張するオークの姿は、破裂寸前の風船でありその姿にゴブリン、ウルフデーモンは視線をオークに向けてしまうが、それは2体の破滅に繋がってしまう。
「ギャッ!」
「ワォン!」
膨張に耐え切れなくなったオークは爆発してしまい、その肉片と血しぶきが飛び散り近くにいた2体の魔物は、それらが目に当たり視界を潰される。
(今!)
この状況を予測していたユウの行動は早かった。
まず近くにいたゴブリンの頭をナイフで突き刺し、そのままダメ押しの一撃のとばかりにナイフを捻り込む。
脳をシェイクされる形になったゴブリンは、一切抵抗する事が出来ずに息絶え体は霧状に霧散し魔石を落とす。
「ガァ!」
潰された視界をそのままに匂いと気配を頼りにユウに飛び掛かるウルフデーモンだが、ユウにとってはその動きは単調でありカウンターを打ち込みやすかった。
目が見える状態であれば、もう少し慎重に動いていたかもしれないがもう手遅れだった。
迫る顎を前に、ユウはナイフをウルフデーモンの下顎に突き上げる様に刺し込む。
顎から口にかけて激痛が走るウルフデーモンはその動きを止めてしまう。
そして、その隙を見逃さなかったユウはナイフを離し素早やい動きでウルフデーモンに蹴りを入れ、壁際に吹っ飛ばした。
「綺麗に決まったな。どれどれ・・・・・っお死んでる」
当たりどころが悪かったのだろう、刺されていたナイフはさらに深く差し込まれており、遅れてウルフデーモンは霧散し魔石だけを残しこの世を去った。
周りを見渡せば、杖を持っていたゴブリンもその体を無くし、床に魔石が1つだけ転がっていた。
奇襲を仕掛けてから4体のモンスターを倒すのに掛かった時間は驚異の10秒。
高ランクの冒険者ならこれより早くモンスター達を倒せているだろうが、真に驚くのはこれをなしたのが戦闘員ではないユウが実現したことだ。
ユウの魔法からも分かる通り、ユウは戦闘向きの冒険者ではなく、サポートあるいはヒーラーとしての役目が強く、相手と体を張って戦う前衛ではなく後方で戦う冒険者だ。
勿論後方だからと言って全く戦う術がない訳ではないが、それらを加味してもユウの殲滅は実に鮮やかだった。
それこそ、高ランクの前衛冒険者と感じてしまう程に。
「他にモンスターは・・・・・・いないな」
周りの警戒をそこそにユウは負傷達の元に向かう。
先にモンスター達を倒す事に集中していたユウは、負傷者達の顔を確認できていなかったが、近付いて見る事でその者達が昨日一緒に冒険していた者達だと気付く。
「ライラ・・・・・」
「ユ・・・ウ、さん」
そこにいたのは、胸元に突き刺された傷があるレキと、恐らく魔法で半身を焼かれたであろうナルミ、そして足をウルフデーモンに食い千切られかけていて今も骨が露出しているライラの姿だった。
(ライラはまだ大丈夫だが、問題はレキとナルミだ)
負傷具合で言えばライラよりも半身を焼かれているナルミだが、今1番危険なのはレキだ。
倒れるレキの床には大量の血が流れており、もはや傷を直しても手遅れの状態だ。
ライラもそれを理解しているのか、悲痛な顔になる。
「ユ、ウさん。レキ・・・君、もう」
仮に今ここで、高ランクのヒーラーがいた所で結果は変わらない。
回復魔法は、あくまで傷を癒す魔法であり血を取り戻す魔法ではない。
一部そんな事が可能な存在はいるにはいるが、今この場にはユウ達しかいない。
最早レキの生存は不可能であり、ライラにも諦めの気持ちが胸を支配していた。
「安心しろライラ。レキもナルミもそしてお前も、無事に地上に戻す」
「え・・・・・」
ユウの放つ言葉に驚き顔を上げたライラは見た。
ユウの体から不思議な輝きに包まれ照らされる瞬間を。
「今から見るものは内緒にしろよ。【 】」
瞬間レキとナルミが順に光に包まれ負傷状態だったその姿が元の姿に変わっていった。
そして光はライラにも向かっていきその体を包み込む。
光の中は暖かく、足の傷で傷んだ苦痛は無くなっていった。
不思議な光はやがて消えていきライラの体から傷は消えていた。
「うん。これで大丈夫だな」
その言葉に安心したのだろう。
ライラはこの現象を不思議に思いながらも緊張や苦痛から解放された影響か暗闇に意識を飛ばすのだった。
「《癒し手》、様?・・・・」
倒れる寸前にライラが呟いた言葉を聞き、ユウは苦笑いを浮かべてしまう。
「あ〜気づいちまったか。まぁしょうがないな」
《癒し手》である事は特別隠しているわけではないし今はこの3人をどう地上に運ぶか方法を考えるか。
「・・・・・いや、無くね」
1人で3人を運ぶ手立てがないユウは途方に暮れてしまう。
実にカッコの付かない姿は仕方がないのだろう。
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