6話 俺の1日?こんなんだよ、ちくしょう!

「メイリィちゃん、お願いします!!」

「何度お願いされたって絶対に駄目です!!」


 お世話になっている宿安らぎ亭前にて、ユウは所詮土下座と言われる体勢で目の前の少女に懇願する。


「私言いましたよね、お金を払えないようなら出てってくださいって?」

「そこをどうにか!今から金を集める事は出来ないし、このままじゃあ野宿することになる」

「だから?」


 可愛らしい容姿に似つかわしい態度でもって、目の前のゴミユウを見下ろすメイリィ。


「それに私聞いてるんですよ。ユウさんがギルドの報酬で20万ウィル貰っている事を。それはどうしたんですか?」

「うっ・・・・・・それはですね」

「当ててあげましょうか」

「えっ」


 メイリィは膝を下ろし、土下座するユウに顔を近付け両の手を頬に添えて自分の方に顔を向けさせる。

 近付けた顔は、もう少しで唇に触れる所で止まる。

 傍から見たら恋人の行為みたく見えるが、当の本人であるユウは顔に熱が籠るどころか、体全体の冷や汗が止まらなくなっていた。

 何故なら、目の前の少女の瞳から一切の光が消えた暗い瞳で覗かれているのだから。


「女ですよね」

「ッ・・・・・!」


 確信を込めた発言にユウは体を震わせる。

 図星を突かれたから震えている訳ではない。 

 ただただ、少女の話す声に、瞳に、ユウは恐怖していたのだ。


「正解・・・で、いいんでよね」

「・・・・・・」


 沈黙を肯定と受け取ったメイリィは、頬に添えた手に無意識的に力が入る。


「つッッ・・・・・・!?」


 少女が、ましてや冒険者や武道に精通していない少女が込めていい力ではなく、苦痛に歪むユウの顔に気付いていないのか、メイリィは話を続ける。


「別にユウさんが女の人に会ってお金を使うのはいいんです。ええそれはいいんですよ、ユウさんも男性ですし、息抜きや魔が差す事もあるでしょう。それは本当にいいんですよ。ええ本当に。ただ、ただ!朝言いましたよね!?お金を払ってくださいと。私ユウさんの事信じてたんですよ。なんだかんだ言ってお金を稼いできて戻ってくるって。だから私、ユウさんの部屋も掃除しましたし、夜には帰ってくると思ってご飯の準備もしていたんですよ。それを何ですか?女の人に会って稼いできたお金を全部使った〜?泊まるところが無くて野宿が嫌だからどうにか泊めてくれ?ユウさん・・・・・・」


 真っ黒に染まった瞳で、コテンと顔を横に倒すメイリィは、ドスの利いた声で呟く。



「舐めてるんですか?」


 周辺を歩いていた人達は、メイリィの声が聞こえていないはずなのに震えが止まらなくなっていた。

 それ程までに、今メイリィが放つ凄みと圧はとてつもなかった。

 そんなメイリィを目の前で見つめるユウはというとーー



「ヒィィッ〜〜!!・・・・・・ごんめんなさいごめんなさいごめんなさい!!調子のいいこと言ってすみませんでしたッ!!生きててすみませんでしたーーー!!!」


 心が砕け散っていた。


「・・・・・・・・・・・・・はぁー。ユウさん」


 苦悩する顔を浮かべながらため息を付くメイリィは、ユウの名前を呼ぶ。


「・・・・・・はい」


 名前を呼ばれたて無視するわけにもいかず、返事をする。


「仕事・・・手伝ってくれたら特別に泊めてあげます」

「・・・・・・えっ?」

「今この宿、お父さんと私しかいなくて忙しいんです。だから手伝ってください。そしたら給金として今日1日泊めてあげます」

「あっ、ありがとうございます!」


 地面にめり込む程の勢いで頭を下げるユウ。

 そんなユウを置いて、メイリィは先に宿に戻る。


「天使・・・・・・!!」


 離れていくメイリィの後ろ姿に、純白の翼と黄色い輪っかを幻視したユウは先程の感謝とは違う形で頭を下げるのだった。



 なお、そんなユウを見ていた人達はこう語る。

『自分より年下に叱られるクズ』『女の尻に敷かれるゴミ』『少女に言い負かされるカス』と。



 幸い仕事の内容はユウにとっては特に難しいことではなく、接客、皿洗い、床やテーブルの掃除、お会計などを無難にこなしていく。

 ただ2つの問題があり、それらのことがユウを苦しめていた。


「お〜いユウ。クロちゃんだけじゃなく今度はメイリィちゃんのヒモになったって本当かよ?」

「おいユウ!テメェこの野郎!何でテメェがメイリィちゃんと一緒に働いてんだ羨ましいー!」

「メイリィちゃんにお金をせびったって本当かよ?」

「俺は浮気がメイリィちゃんにバレたって聞いたぞ!?」

「えっ?メイリちゃんとユウ付き合ってたのか!?」

「「「「おいユウどういう事なんだ説明しろ!!」」」」


 一つ目が先程のユウの醜態が広まったのか、常連客の人達がユウにやたらと絡みつく。

 

「お前等注文しねぇなら帰れ」

「何だと?」

「俺達は客だぞ」

「メイリィちゃんにいいつけるぞー!」


 冒険者でも悪評が多いユウは軽蔑や侮蔑の視線、悪意ある言葉には慣れている。

 しかし今この食堂にいる常連客達が、ユウに対して行っている行動はそんな悪意めいた事ではなく、純粋に面白いことがあったと酒のツマミとしてからかっているだけなのだ。

 例えるなら、酔っ払いに絡みつからている心境と言えばいいのだろうか、要するに今ユウが感じているのは一つ。


(めんどくせぇ)


 だった。



 二つ目の問題は、今日一日の出来事が疲労という形でユウを襲い、動きの精彩さが欠けてしまう。


 個性の強かったライラ達の引率は肉体的な疲労として、その後とある女性と会い精神的な疲労を。

 二つの疲労ですでに肉体と脳がユウに睡眠を命じるが、野宿を嫌うユウは今日をこの宿で泊めてもらう為、柄になく必死に働いた。



「疲れた〜」


 仕事が終わり、ユウはテーブルに身を突っ伏していた。

 

「はいユウさん」

「お」


 突っ伏すユウの目の前に、山盛りに盛られたご飯が置かれる。

 

「元々ユウさんの為に作っておいた物です」

「ありがとうございます!!」


 目の前のご馳走に文字通り食らいつくユウは、疲労だけではなくお腹の方も空いていたのだろう。

 山盛りに盛られたご飯はあっという間に無くなった。


「それでユウさん」

「ゲフッ・・・・・何?」


 ユウはパンパンに膨れたお腹を摩りながら、テーブルの反対側に座ったメイリィを見る。

 

「ユウさんが会った女性の方って娼婦の人ですよね」

「・・・・・・何のこと」

「常連のお客様達が教えてくれましたよ。『ユウが色街にいたぞ』って」


(アイツ等〜!)


「それにこの前クロ君が言ってましたよ。『ユウは最近、同じ娼婦に会いに行ってる』って」


(クロ〜!!)


 客だけではなく、同居してる相棒まで余計なことを言ってるようだ。


「それで当たってますか?」

「・・・・・・・」

「沈黙は肯定として受け取りますよ」

「ちがっ「因みに否定の言葉も受け付けません」・・・・・」


(理不尽・・・・!)


「20万ウィルを使い切ったんですから、さぞかし人気の娼婦の方だったんですね」


 どうしてだろう。

 さっきの寒気がまた襲ってくる。

 メイリィちゃん、目のハイライトどうしちゃったの。


「あ、あの〜、メイリィさん。何でそんな事が気になるんですか?」

「そんな事・・・・・?」

「ヒッ・・・。いえこんな話面白くないと思いまして」

「・・・純粋な興味本位ですよ」 

「本当に?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「話を逸らさないでください!」

「おい!急に誤魔化すな!」


 はぁー、今日は本当に碌でもねぇ1日だ。




 それからの事?

 身包み剥がされる勢いで一部を除き全て吐かされましたが何か?

 だって怖いんですよ。


(天使?・・・・・あれは悪魔だ)

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