第2話 12/25 ①


昼過ぎに店へ出勤すると、珍しく店長がカウンターに立っていた。

…今日はアフロか…。

この前見た時はサイバーモヒカンだったのに、いつの間にそんなに髪の毛が伸びたのだろう。

アフロって毛の長さ、結構いるのに。


店長は25歳くらいに見える優しい人だが、いつ見ても奇抜な髪の毛をしている。


一度なんでそんな髪型ばっかりしているのか聞いたことがあるが、店長曰く


「流行りを外してしまった。」


らしい。


アフロが流行る世界線があってたまるか。

維持だって大変だと言うのに。

寝たら四角くなるから、毎朝アフロ用の櫛でふわふわまんまるを維持しなくてならないらしい。


挨拶をして更衣室で着替えていると、何故か奥から店長がやって来た。


これも謎だ。

店の入り口から、店長のいるカウンターをすり抜けてその奥にある従業員用のスペースへ来たのに、何故かその奥からやってくる時があるのだ。

この店には店長しか知らない秘密の抜け道があるのだろうか、よく思いもよらないところから、思いもよらないタイミングでやってくる。


そして、よく見ると髪型もアフロではなく、サラサラの真ん中分けになっていた。


「いや、あれ?

店長今、カウンターに居ましたよね?

アフロで。」


「うん。

うん?

…なんか変かな?

似合わない?」


「変でしょ。

いや、似合うとかじゃなくって…。

えぇ…?

ヅラっすか?」


「え?違うよ!

ふさふさだから!

ん?

…何その指輪。

出来れば店に立つ時は外して欲しいなぁ。

ポリシーとかあるなら別に良いけど。」


「ああ、あの、これ、入れたら抜けなくなっちゃって…。」


「ふーん…ちょっと見せて。」


店長が俺の左手を手のひらで挟むんでモニモニしたと思ったら、あんなに外れなかった指輪が店長の手に移っていた。


「なんすかそれ!

マジック?」


「出来ないよ、マジックなんて。

ふーん。

なんかバイクとか車のシリンダー部分を削って作ったみたいな指輪だねぇ。

ありがとう。」


いつやったのか気がつかない間に元の指に指輪がはめられていて、やっぱりこの人はマジシャンなんだろうな、と思った。


ジャスティンウィルマンの様に、イタズラに見せたいタイプのマジシャンなのだろう。


「あ!外れたなら戻さなくって良いじゃ無いですか!」


「あ!ついね。

まぁ、付けたままでいいよ。

もうMPが足りなくて外せないし。」


「…えぇ…。」


なんか、いつも店長との会話は噛み合わない。

話の軸がズレているとしか思えないほど、こちらの意図した返答と違うことが返ってくる。


会話のキャッチボールが上手くいかない。

店長、返答はゆっくり胸に向かって投げてくださいね。

誰が日常会話でナックルボーラーになるってんですか。

キャンディオッディか。


「あ、15年前って店長、この店知ってました?

橘さんっていう女性が働いていたらしいんですけど…。

知らないっすよね、店長まだ若いし。」


「…タチバナ…?

いや、どうだろう。

15年前は店長だったけど、居たっけかな。


でもさぁ、アレだよね。

何故か縁のある名前ってあるよね。


シンゴ君はある?

俺はね、ユカ!」


「…なんの話ですか…。

いや、名前覚えてるんじゃないすか。


っていうか!

店長いくつなんですか?

てっきり25歳くらいかと思ってましたよ。」


「歳?

んー…数え損ねて分からなくなっちゃったんだよねぇ。


あー、そろそろウエハース買いに行ってくるね。」


「ちょ…。

…なんなんだ…。」


そうか、タチバナ ユカさんって人なのか。

…うちの母ちゃんと同じ名前なのはめちゃくちゃ複雑だけど、よくある名前だからそれは良い。


それよりあの人は一体なんなんだ?

結局歳すら分からなかった。


指輪も外れる気配がない。



「結局送って行っただけなん?

連絡先は?

馬鹿だなぁ、お前。

何のために送らせたと思ってんだよ。」


ショウ君からのパスをファンブルした事を責められていると、昨日は居なかった後輩のユウタが話に入って来た。


「なんかあったんすか?」


いやだってさ、ダメじゃんか。

直前まで泣いてた女の子にガツガツいけないって、俺は。


「あー、聞いてる?

タクミが居なくなったの。」


「タクミさんって…あのその辺でシルバー売ってるタクミさん?

…なんとなく探されてる事だけは知ってますよ。

ユニフォームの人たちをいつもより見かけますし。


怖いから、昨夜のデートの邪魔になってましたよ。

パルコの入り口に固まってたから、入りにくそうで。」


「あー、それそれ。

昨日タクミの妹が来たんだよ、何だっけかな。」


「なみえちゃん。」


「そうだそうだ。

なみえ。

それで、なんかタクミと兄妹での思い出の店らしくてさ、この店が。


離れ離れになってから、この店でクリスマスに再会する約束をしてたんだって。


んでもアイツ居なくなってるだろ?

だから来なくってさ、泣いてたから事情聞いたんだよ。


その後こいつに送らせたんだけど、普通に改札で別れたんだって。


何のために俺は一人で店閉めをやったんだって話だろ?」


「いや、そんなもんでしょ。」


「そんな事があったんですね。

ショウさんはそういうのサラッといけそうですけど、僕やシンゴ君みたいな普通の奴はそんなタイミングでお近づきになろうなんて思わないですよ。


…んー、なんか昨日のユニフォームの人たちの感じと、今の話、合致しないですね。


もっと過激な感じでしたよ。


居なくなった仲間を心配してるっていうか、逃げたやつを追っかけてるみたいな。」


「あー…。

上手く伝わってない可能性があるな。


俺もリョウヘイに聞いてみるよ。」


「僕も知ってそうな奴に聞いてみますよ。」


俺はどうしようか、出来ることもないしな…。


ピロン


普段は仕事中に連絡を確認したりはしないが、何となく開くと、SNSの通知だった。


ダイレクトメッセージが届いており、どうせ広告かスケベなフィッシング詐欺か何かかと思ったが、一応開いてみると、知らない人からの普通のメッセージだった。


『たふせね』


…たふせね…?

たふせね?


「たふせねって何、知ってる?

流行りとか疎くてさぁ、何かの略語?」


「いや、それ助けてじゃないですか?

フリック入力でズレちゃったんですよ、多分。」


「…フリック入力?」


「あ、ガラケーのショウ君には関係ないっす。

助けて?

誰が俺に?」


相手のアカウントに飛んでみると、やはり知らないアカウントだが、普段の投稿が猫だとか、ケーキだとか、イルミネーションだとかだから女の子な感じがする。


「それ、なみえだろ。

ほら最近の所、うちのクソまずい雪だるまクッキーだろ?


あのクッキー、缶の列ごとにシーズニングの色が違うんだけど、ショッキングピンクと抹茶色の組み合わせで、昨日の投稿なら、あの娘にしか出していない。」


ガラケー使いの癖に、最近の投稿とかの指摘しないで欲しい。

メアドだって電話番号プラスドメインの人なのに。


「…いや、おかしいでしょ。

フレンドじゃないからわざわざ探す間があったのに、入力ミスなんて。」


「シンゴ君、貴方にはガッカリです。」


今の流れにガッカリポイントがあったのだろうか。


「お前にはガッカリだ。

いいか?

探すのと、送ったのは別のタイミングだ。

昨日のお前は高評価だった。

いい奴だと思われたんだろう。

だからなみえはお前を何となく探したんだ。

でも、店員と客だからな、メッセージとか友達申請を送るか迷って、そのままだったんだ。


な?

それでだ。

何かがあった。


急いで送れた相手が、表示されてたお前だけだったって訳だ。

分かるか?」


「えぇ、分かりました。

…つまり、俺にも彼女が出来るかもしれないって事ですね?」


「馬鹿。

相手を選んでられない状況だってことだ。」


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