LORE IN THE COMPLEX
まつり
変身!
第1話 12/24
「ダラッとしてんなよ。」
そんなこと言われても、である。
こんなクリスマスイブの夜に、街中にあるとはいえ、こぢんまりとした個人経営の喫茶店にわざわざ滞在するような奴はいない。
ゆったりとした、大人な時間を提供している自負はあるが、そんな大人は今日だけはゆったりとしている場合ではないのだ。
現に後輩のユウタは早くから休みを取っており、今夜のシフトは二人きりだ。
「ショウ君はモテそうなのに、今日は暇なんすね。」
可哀想に。
「俺は上がったらハシゴしなきゃならねぇ。」
全然可哀想じゃなかった。
パーティモンスターめ。
可哀想なのは俺と、ハシゴされる女の子だ。
とは言え、今日の営業は23時までなので、そこから義務的にあちこち行くのも大変そうだ。
俺なんて、この後は前もってレンタルしておいたホームアローンの1と2を見ながら店の余りのケーキと、コンビニでチキンを買って食べるという、誰に言わせても最高のクリスマスが待っている。
誰に言わせても!
「おい、身体を起こせよシンゴ。
階段を降りて来る音がする、客だ。」
俺はすっと身体を起こして、水の準備と、今日と明日のみ限定サービスの、雪だるまの形のクッキーをソーサーに乗せる。
店長がどこからか用意したもので、バケツみたいな缶一杯に入っているが、まだまだ沢山残ってしまっている。
経験上待ち合わせが少ない明日の方が暇なので、かなり残るだろう。
一枚貰ったが、シーズニングの毒々しさと相反して素朴な甘味だった。
「ちっす、ショウさん、ちっす。」
客だと思って準備をしたが、違った。
ショウ君の後輩というか、なんか治安の悪いツレ達だった。
「なんだよ、クリスマスイヴに。
暇なのか?お前ら。
コーヒー飲んで行くか?」
「いやー、暇じゃねぇんすよ。
あ、でも一杯貰って良いすかね、歩き詰めなんすよ。」
治安の悪い後輩が首だけポワポワがついた薄いコートを脱ぐと、ロンTの上にサッカーユニフォームを着ていた。
このいつでもユニフォームを着ている奴らは、そのまま「ユニフォーム」と呼ばれていて、街の治安を汚している。
ギャングチームみたいな扱いで、色々警察沙汰も多いらしい。
ショウ君は昔何があったのか、このユニフォーム達から尊敬されているというか、崇拝されていて、たまにこうやって一般客を威嚇しに来るのだ。
今日は居ないけど、一般客。
「シンゴ君もちわっす。」
「こんばんは。
なんかあったの?」
「いやーボスがねぇ、人を探せって言うのよ。
したっけ俺らは探さなきゃなんないでしょ?」
「リョウヘイのわがままか。」
「わがままっつーか、タクミって知ってます?
そいつがなんか、居なくなったとかで。」
タクミという男はわりかし有名人だ。
通りで絨毯を広げてシルバーアクセサリーを売っていて、まぁまぁ人気がある。
「あれ、シンゴ昨日会ってなかったか?」
「会った!会いました。
いつもみたいに絨毯広げてた訳じゃなくて、大通公園で雪の中座ってたから、普通に挨拶しただけなんすけどね。」
「マジかー、ボスに伝えて良いすか?」
「え?もちろん。
別に普通に挨拶しただけだし。」
「ちなみにその時、右手ありました?」
…どういう事だろう。
当然あった…と思うが、いつも見るそこらの兄ちゃんの手があるかなんて気にして見ない。
「わからないなぁ、見ないよ、そんな。」
「まぁ、そうっすよね。」
◆
「タクミんちってここ?
鍵あんの?」
「あるよ。
なんだよ、リョウヘイ。
急にタクミんとこ行くって。」
「いやさ、最近見てねーのよ。
週6で絨毯広げてるのに、ここ最近めっきり。
カズマは会った?」
「いんや、会ってないね。」
二人が奥まったアパートに入ってチャイムを鳴らすが、人の気配がない。
電気メーターもゆっくり動いているので、中の冷蔵庫などの常に動いでいる家電が動いている程度の様だ。
「いねーなぁ、そろそろ始動したいからよ、直接話したかったんだけど。」
「は?バンドの話?
俺にも言えよ馬鹿。」
「カズマは毎日練習してるし、呼んだら来てくれるだろ。
タクミはシルバー作って忙しいし、前もって言っとかねーとと思って。」
「いや、俺も暇な訳じゃねぇんだけど。
はぁ、いいや。
開けるか。
女と寝てたら気まずいな、はは。」
鍵を回すが、抵抗がない。
施錠はされていなかったようで、そのまま入っていくと、やや部屋が荒れている感じがする。
部屋の真ん中の大きなテーブルには作りかけの型が置いてあって、その横のメモ用紙には指輪のデザインが描いてある。
練りかけの粘土は乾いており、再利用するのは骨だろう。
「しばらくいねぇな、こりゃ。」
何の気なしに、机のライトを点けると、乾いた赤茶色の粘土により濃い赤が混じっているのに気がついた。
「おい、リョウヘイ、これ、血か?」
「そうだろ。
だって、手が置いてあるもん。
指輪のデザインで使うマネキンだと思ってスルーしてたら、びっくりだ。
この手のトルソー、マジの手だぜ?
若い男の手だ。
…この指輪、百合の指輪、タクミのだよな。」
机の中央に鎮座する生々しい肘から下の腕、右手。
これだけで、何かあったと分かる異常。
血の気の失ったその手の指は何かを掴むかのように曲がっていた。
「…タクミを探すぞ。
ユニフォームに連絡しろ。」
「了解。」
◆
ユニフォームが帰ったあと、ショウ君に聞いたところによると、シルバー売りのタクミさんはここ数日右手を残して失踪しているらしい。
俺があった時はまだ探し始めて居なかったので、気にもして居なかったが、時系列的にはあの時はもう右手は無くなっていたと言っていいだろう。
「いや、でも普通でしたよ。
大怪我でしょ。
片手が無くなるなんて。
熱は出るし、そもそも痛みで歩き回ってらんないって。」
「そうだな。
…タクミの手じゃねぇのかな、なら。」
じゃあ誰のものだと言うのだ。
なんか不気味で嫌な話だ。
ギャングの一員みたいな認識だから、失踪したとか喧嘩したとか、顔が腫れていたとかだとそんなに気にならないが、腕が置いてあるのなんて異常だ。
なんでこんなホリデーもホリデーにそんな話を聞かなきゃならないのだ。
とっとと帰ってしまいたい。
どうせラストオーダーまで15分くらいしかないのだから、看板の電気を内緒で消してこようと、そっと店を出ると一人の女の子が立っていた。
「あの、お店終わりですか?」
終わりと言いたい。
ここから粘られたら面倒だし…。
しかしそんな事は出来ない。
何故って?
顔が可愛いからだ。
席へ案内して、注文のホットココアとケーキのセットを用意していると、ショウ君が
「お前、顔のいい女に弱いよな。」
と言った。
当たり前だ。
男は全員そうだ。
注文を出してからかれこれ40分は経つ。
ラストオーダーギリギリの来店だったので、もう閉店間際だ。
女の子はずっとチラチラと時間を確認していて、一見待ち合わせの様だ。
閉店まで残り5分というところで、チラッと確認すると、ボロボロと涙を流しているところが見えた。
あぁ、すっぽかされたのかなと思い、声を掛けるべきか迷っていると、いつの間にかショウ君が話しかけていた。
「どうしました。
何かありましたか?」
後輩には一度も見せたことのない優しい顔で話しかけている。
そうか、あれがモテる秘訣か。
「いえ、あの、ここって昔2時までやってませんでしたっけ…。」
◆
泣いてる女の子から二人で話を聞くと、昔この喫茶店で働いていた母親がいて、小さい頃によく来てココアを兄妹で飲みながら待っていたそうな。
しかし両親の離婚によって家族が離れ離れになり、一緒に待っていた兄とも離れてしまった。
それが15年ほど前で、離れる際に兄と約束したのだそうな。
兄が20歳になる日のクリスマスにここで待ち合わせをしようと。
それが今日であると。
昔はもう少し遅い時間まで営業していたが、今は23時で閉店してしまうのを今日知った様で、店に入ろうか迷っていたらしい。
「それで、閉店が近くなった時に悲しくなって…気がついたら涙が…恥ずかしいですね。」
「いや、そんなことないっすよ。
ね、ショウ君。」
「ああ。
…えーと、お客さん、名前は?
兄貴のも教えて欲しいな。
待ち合わせ場所だったり思い出の場所なら常連の可能性もあるだろ?
知ってるやつなら、今度来た時に伝えてあげるから、今日は帰んなよ。
外は雪だし、あぶねーよ。」
「あ、はい。
…そうですね。
私はなみえです。
狩野なみえ。
兄はタクミといいます。
母の苗字なので別ですが…橘タクミ。」
「あ、そう。
あんたタクミの妹なんだ。
分かったよ、友達だから伝えておくよ。
少し経ったらまた店においでよ。」
「え?タクミさん失踪してんじゃん。」
「え?兄が?」
「馬鹿、お前…。
…あぁ、何日か前かららしい。
友達なのは本当だから、もし顔出したら伝えるよ。
おい、シンゴ、お前地下鉄の駅までなみえちゃん送ってやれ。
そのまま帰っていいから。
店は俺が閉めておくからよ。」
裏へ戻り着替えてなみえを連れて外に出ると、雪が降って来ていた。
道は白く、イルミネーションが映えて綺麗だ。
「すいません、送って貰って。」
「いや、良いんすよ。
あ、そういえば昨日の昼頃タクミさんと会ったんすよ、俺。
少し言った先のベンチに座ってて…ただ挨拶しただけなんすけどね。
あ、そうだ。
これ、大分前にタクミさんから買ったリングなんすけど、良かったらあげます。
お兄さんなんでしょ?」
俺は首からチェーンでぶら下げたリングを取り出してなみえに渡した。
接客中に付けているのはどうかなと思うが、外すと何故か無くすのがリングと言うものなので、仕事中は首から下げていたのだ。
ツルっとした髑髏のシルバーリングで、女の子が持つ様なデザインでは無いが、兄の思い出としたらどうかと思ったのだ。
「え、良いんですか?
…じゃあ交換にしましょう。
これ、多分、これも兄の作品で、昔家のポストに入っていたんです。
ただの銀色の指輪なんですけど、家に入れていくのなんてそうとしか思えないし…。
もし兄が来たら、見せてみて下さい。」
「うん、そうします。
じゃあ、気をつけて帰ってね。」
「はい、ありがとうございます。」
改札へ入り階段を降りていくなみえを見送った俺は、そのまま何となく一駅歩いてから、地下鉄に乗って帰った。
交換した指輪は何故か人差し指にミラクルフィットして、指から抜けない。
帰ってから映画を観ている間にも、何度も挑戦したが、結局抜ける事はなかった。
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