雪ん娘ファンタジア〜雪音先輩と二人で紡ぐゲーム制作〜
めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定
雪ん娘ファンタジア【前編】
雪が舞い散る放課後。
白く染まった中庭は学校内で告白の名所として知られている。
そんな場所に美少女な部活の先輩から呼び出された小春はドキドキしながら向かっていた。
ちなみに小春の通う霜白女学園は名前の通り女子校で、中庭は校内になぜか存在する告白の名所として学校の七不思議に数えられている。
小春を呼び出した雪音先輩は冬の桜の下で待っていた。
ブレザーの制服姿にもこもこしたマフラーと手袋。
雪の舞い散る空に手のひらを差し出しながら遠くを見ている。
それはまるで映画のワンシーン。
あまりに幻想的で見惚れてしまう。
雪音先輩は相変わらず絵になる人だった。
出会ったときとまったく同じシチュエーションだ。
少し懐かしさを感じてスマホのカメラに手を伸ばしそうになったが、首を横に振って諦める。
あのとき春の桜だったが今回は冬の雪だ。
雪見先輩の艷やかな黒髪には雪が積もっている。
この寒空の下、どれだけ待たせてしまったのかわからない。
写真を撮影している時間なんてない。
小春は雪で転ばないように気をつけながら慌てて駆け寄った。
「雪音先輩!」
「小春……来てくれたんだ」
「頭に雪が積もってます。どれだけここにいたんですか!」
「ずっと考えていたの。私たち二人の未来について」
「……ボクたち二人の未来?」
まさか告白?
あの雪音先輩が?
少しだけ胸をときめかせながら続く言葉を待つ。
……待ってみたかったが。
「知ってる? 雪の結晶は全121種類なんだよ。ポ◯モンみたいだよね」
――ズルッ、と。
放たれた言葉に転びそうになる。
小春をなんとか踏みとどまった。
うん……いつもの雪音先輩だ。
突拍子もない言動が特に。
雪の中で待っていた理由ももちろん存在しないのだろう。
そういう先輩なのだ。
「雪の結晶を擬人化した121種の雪女でポケ◯ンライクなゲーム、雪ん娘ファンタジアを作ろうと思う。私と小春の二人で」
二人はゲーム制作部だ。
二人しかいないゲーム制作部だ。
小春が入部するまでは雪音先輩一人だった。
部の規定人数を守るために設けている幽霊部員枠は膨大にいる。
たぶん全校生徒の半分以上が所属しているだろう。
貴重なデバッグ要員だ。
だがゲーム制作していたのは雪音先輩一人だけ。
たった一人で部室にこもってゲームを作り続けていたのだ。
雪音先輩は小学生のときからツクールシリーズでゲーム制作を始めて、すでに何本もゲームを完成させている勇者である。
だが致命的に絵心がない。
そのため一人でのゲーム制作活動に限界を感じていた。
デフォルト絵だけではありきたりなってしまう。
しかし雪見先輩の描いたキャラクターを入れたらジャンルがホラーに限定されてしまうのだ。
外注するお金はないし、生成AIは炎上しかねない。
そんな雪音先輩の前に現れたのが新入生の小春だった。
中学時代は美術部。
デジタルアート部門で入賞を果たしている将来有望なイラストレータの卵。
音楽活動にも興味を抱いていてDAWも扱える。
あと美しい構図を見るとつい写真を撮ってしまう癖があり、入学式の日にうっかり堂々と雪音先輩を盗撮してしまう失態をやらかしていた。
そんな人材を放置することなどできない。
小春が雪音先輩に
二人の出会いは運命だったのだろう。
当初は先輩相手に躊躇していた小春だが、今では雪音先輩とは気の置けない仲になっていた。
故にその返事に躊躇いも手加減もなかった。
「私たち二人ならばできる。いいよね小春」
「ふざけんな、です♪」
――バシンッ!
と強烈な大型ハリセンの破裂音が中庭全体に響き渡った。
雪音先輩の頭に積もっていた雪が周辺に舞い散り、ダイヤモンドダストさながらの輝きを放つ。
その下で思いっきりハリセンで叩かれた雪音先輩が頭を押さえてうずくまっていた。
「痛い! そのハリセンは一体どこから取り出したの? 中庭には絶対持ち込んでなかったよね。私の安心を返して」
「そんな些細なことはどうでもいいんです雪音先輩」
「全然些細じゃないからね? 小春ハリセンの出現の謎は出会ってから半年以上、私の中で最大級の謎に君臨し続けているからね」
「そんなことよりもふざけないでください! 雪音先輩はポケモ◯がどれだけ神ゲーがわかっていないんですか? ボク達二人に作れるわけないでしょ!」
「わかっているよ! その偉大さも大変さも! ◯ケモンライクなゲームの制作は幼い頃から私の夢なんだから! いつか絶対作ってやろうと誓っていて。実はずっと一人でコソコソ作っていてゲームシステム自体は完成しているの! でも……でも私は絵が描けないからと諦めていて! 小春がいてくれるからようやく雪ん娘ファンタジア制作に踏み切る決心がついたんだよ!」
「だからって雪女オンリーで121種類のデザインを描き分けできるか雪音先輩のおバカァーーーーッ!」
その罵倒は校舎に反響した。
雪景色の中を山彦風に駆けていった。
121種類のキャラクターデザインを用意するだけでも大変なのに、雪女縛りで121種類の描き分けるのは小春でも無理難題だった。
それについて雪音先輩も理解していたらしい。
「雪男可」
「毛むくじゃらを追加してもアレの描き分けなんて5種類が精一杯だからね雪音先輩?」
「雪男だから毛むくじゃらなんで小春は頭が硬いよ。もっと柔軟に考えよう。イケメンでいいの。雪女を性転換させるイメージ」
「……雪女を性転換させてイケメン雪男を生成」
「あとポ◯モンライクなんだからロリショタ形態、ティーン形態、大人形態で進化していく方式を採用。ここに性別が加われば一つのデザインで6種描き分け可能だよね? つまり基本となるデザインは最小20個でいい。さすがに全て第三進化まであるとか、全て男女が対になっているのはゲーム的に面白くないから20個だときついけど。でもまったく異なるデザインの描き分けは50個ぐらいで済むはず。一応ベースとなる雪の結晶はあるわけだし」
「……むぅ」
50個でも多い。
非常に多い。
雪女とイケメン雪男の縛りで50個は無理難題だ。
なにせイメージからというか、色のバリエーションや雰囲気に統一感がないといけない。
けれどできなくはない数字に感じられた。
雪の結晶が121種類と判明している以上、イラストには121種類のベースがないわけではない。
多少デザインが被っていても、ベースの雪の結晶が似通っているので仕方ないのだと言い訳もできる。
『雪の結晶を121種類とか認めている学者さん達が悪い。クレームはパ◯シェンやゴ◯ーニャの硬さをナパーム弾で耐えられるか、みたいな耐久テストで測っていたマッドサイエンティストなオー◯ド博士(本名オーキ◯・ユキナリ)に言え。ユキナリが悪いんだよユキナリが。あいつがポケ◯ンは151種類とか定めたから新種多すぎ問題が〜』
などと言い訳できる。
しかし描き分けするためには重要な情報が足りていない。
「ゲームシステムは完成しているとさっき仰いましたけど、タイプ……もとい属性はどうするんですか? ポケモ◯を神ゲームたらしめている要因の一つにあのシンプルな戦闘システムがあります。シンプルゆえに奥深い。弱い◯ケモンでも相性次第で強いポ◯モンにも勝てる。ステータスが全てではないから育成が楽しい。そのベースとなっているのが相性を生み出す豊富な属性です。雪女は氷一択でしょ。私は雪女過激派なので氷属性以外の雪女なんて許しませんよ?」
「そこは氷と光属性、氷と闇属性、氷と風属性などを混ぜるつもり。個人的に病み属性の雪女とか大好き」
「相変わらず雪音先輩とそういうところは解釈一致です」
病み属性な闇属性の雪女だけで10パターン以上は描き分けできるかもしれない。
闇属性だけ多すぎ問題になるかもしれない。
「あと攻撃と防御にも斬突打の属性をそれぞれ付けようと思う。光属性だから闇属性に効果抜群だけど斬攻撃なので、斬防御が高い雪女には効きにくいとかバリエーションをつける」
「それもアリかもしれません。でも炎属性はどうするつもりですか? 炎属性は属性の花形。けれど炎属性の雪女は……」
「雪女が炎属性でもいいじゃない!」
「バランス調整ガバか! 絶対効果バツグンとか強すぎるでしょ!」
「そこは炎属性の技は自傷ダメージ付きとかで調整するから! なんならデバフに次のターン動けないも付けるから! 絶対に強いけど連戦できなくするから! とにかく私は小春の描く赤髪系の雪女もみたいの! 氷属性なのに儚げな赤のイケメンもみたいの!」
「むぅ……アリですね。赤を全面に出さなくても差し色だったり、流行りの髪のインナーカラーだけ赤の雪女」
アリだった。
実際に描こうとするとホラーしか描けないくせに、雪音先輩の美的感覚は悪くない。
小春と似通っている部分も大きい。
ついで雪女メインなのも互いに普段から儚げで繊細な寒色系キャラ推しだから理解できる。
オープンワールド形式の最新作でも推しキャラはグ◯ーシャだった。
「伝説系は?」
「光と闇で。ベースが氷だから他の属性だとややこしい」
「121種類だから?」
「121種類目は通常の方法では出現しない隠し雪女で、道具欄でセレクト押すとかバグ技仕込む」
「最初の雪女は?」
「御三家……と言いたいところだけど、本家の初期構想通りイー◯イシステムを導入して一体だけにする。進化しても自由に退化可能で属性や技を変え放題」
「やっぱり最初のパートナーは進化前の可愛さ残したいですよね」
「ロリ最強」
ガシッと握手した。
二人のゲームイメージが合致していることを確認できたのだ。
深窓の令嬢風お姉さん系の見た目なのにゲーム制作ガチ勢の雪音先輩。
儚げで気弱な妹系の見た目なのにハリセンを振り回すボクっ娘でイラストとボカロ制作などもしている小春。
霜白女学園の双璧をなす変人二人だが、その中身はかなり似通っている。
……けれど。
「主要キャラ以外のモブはプリインストールされているデフォルトキャラでいいとして主人公は」
「当然、雪国仕様の厚手のマフラーを巻いた」
「「ショタだよね/ロリですよね」」
「「……今なんて言った/言いましたか?」」
けれど致命的な部分ですれ違うのがこの二人だ。
故にこの二人が一つの目標に向かって動き出せば衝突することは必然。
二人の対立はゲーム開発部の恒例行事とさえ言えた。
「雪音先輩は頭の中まで雪が積もりすぎたみたいですね。中身大丈夫ですか? さっきの自分の発言忘れてます? ロリは最強なんですけど」
「小春こそ雪で頭冷やしたら? 私はポケ◯ンライクなゲームを作るって言ったよね。初代リスペクトで少年主人公が正義ってわからないかな? もしかして心を悪に染まっちゃってる? 純白の雪を見習えば?」
「雪音先輩は初代の呪縛に囚われてませんか? 歴代のポケモ◯の主人公デザインを思い出してください。少年主人公の方を思い出せます? 頭に浮かぶの少女主人公ばかりでしょ」
「た、確かに少年主人公の影は薄いかもしれないけど初代のデザインは皆思い出せるから!」
「それが初代の呪縛なんですよ! ボクは歴代タイトルの◯ケモン少年主人公全部思い出せますよ! だって模写したもん! 少年主人公デザインも全ていいんですよ。髪型、帽子の柄、オシャレバンダナ、シャツもズボンもスニーカーも全て描き分けてる素晴らしいデザインです。しかも少女主人公と対になっていて。でも……でも! ほとんどの人が少女主人公しか思い出せない!」
「そ、それが初代の呪縛……」
「そして雪音先輩はさらに思い違いをしています」
「私が……思い違いを?」
「雪音先輩がポ◯モンの少年主人公だと思い描いているのはサ◯シだから! 初代はレッドとグリーンだから! ややこしいからレッドで統一するけど、レッドは上着赤くて、サト◯の服のベース大体青! 帽子の色合いと服装の構成が似ているだけで全然違うの! サト◯もシリーズごとにマイナーチェンジしているから色々変わっているけど、雪音先輩が少年主人公のデザインだと思っているの大体◯トシに侵食されているから!」
「そ、そんなことないわ! 私はちゃんと上下赤のレッド――」
「――レッドのズボンは青!」
小春の言葉に雪音先輩が膝から崩れ落ちた。
雪の冷たさなんてお構いなしに。
よほどショックだったのかもしれない。
自分が信じていたモノが根底から崩れ去ったのだから。
「これが初代の呪縛です。レッドという名前に引きずられて上下真っ赤な衣装だと思ってしまう。頭の中にサ◯シがいるから。頭の中のサト◯と差別化するために脳が必要以上に赤色を求める。でもレッドは帽子と上着だけしか赤ではない。帽子も赤と白のモンスター◯ールカラー。そんなに赤ではない。ほとんどの人が全てのシリーズで少年主人公のデザインを思い出せないんです。それでも雪音先輩は主人公をショタで行こうと思うんですか? どう変えてもサト◯がちらつくのに」
ポケ◯ンライクなゲームを作るのはいい。
しかし主人公を少年にしてしまうと、国民的電気ネズミを連れた圧倒的強者◯トシの侵食を避けることができない。
全く別のデザインを採用しようにも「これはポケモ◯の少年主人公っぽくない」と見られてしまうのだ。
ならばまだロリにした方がマシだ。
「……確かに小春の言う通りかもしれない」
「ならば主人公は厚手のマフラーを巻いたもこもこのロリでいいですね雪音先輩」
「いいえ! だとしても……だとしても私は主人公と雪女のおねショタを諦められない!」
雪音先輩は立ち上がってスカートに付着した雪を払い、小春に人差し指を突きつけて叫ぶ。
「おねショタは絶対正義!」
その気迫に小春は押されそうになるが、踏みとどまった。
そして毅然と言い返す。
「おねロリでもいいじゃないですか! 姉妹っぽくて」
「確かにおねロリも捨てがたい。けれど忘れたの? パートナーは雪女なのよ。ショタとロリの幼馴染コンビ。ショタとティーンな憧れのお姉ちゃんコンビ。そしてショタとショタを溺愛する大人の女性禁断コンビ。ショタにすれば楽しさは無限大」
「くっ……確かショタの方が禁忌な感じがするかも……いや待って! 別にパートナーは雪男デザイン選べるようにすればいいのでは? そうすればロリを守るスパダリパートナーが誕生する!」
「なっ!? それだったらこちらもショタとイケメンの黄金コンビが!」
「その組み合わせのショタは尊大で生意気な感じがないとダメなの! それぐらいわかってよ!」
両者一歩も引かない攻防。
なおここは四方校舎に囲まれた学校の中庭だ。
これだけ大声を出し合っていれば、校舎の廊下にも丸聞こえだが、止めようとする猛者は現れなかった。
「ハァハァ……雪音先輩はあくまでショタ推しですね?」
「ハァハァ……小春はこのままロリ推しなのね?」
議論は平行線のまま。
雪降る凍えるような中庭で、この二人の少女はなにを熱く言い合っているのか。
おそらく誰にも理解されない。
だからここは完全に二人の世界だった。
「勝負をつけましょう」
「競技は?」
「雪降る空の下でするのよ。一つしかないわ」
「合戦ですね。受けて立ちましょう」
かくて斜め上行く二人の雪合戦の火蓋は切られた。
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