感声
羽衣慧
エピローグ
君との関係はひたすらに、曖昧だった。
それは今も変わらず、これからもきっとそうなんだと思う。
その日、夕日に照らされたブランコに腰を掛けた私を横目に、
彼は言った。
「皐月はきっといい歌手になれるね」と。
その突然告げられた言葉に、
私は、彼の自分の核心を突いてくるような感覚を覚えた。
そこに妙な焦りを感じた私は、
チェーンを握る手を一層強め、彼の顔を覗き込むかの様にして、問う。
「どうしてそう思うの?」
そのあまりに当惑の目を向ける私に、
彼が微笑したと思えば、至極当然というように、
「だって、皐月って正直だからね」
と言い放って見せた。
”歌手”と”正直”その2つの言葉に関連性を即座にみいだすことは叶わなかったが、
その彼の腕を組み、得意げに顔を上げている姿を見れば、
単に私のことを褒めてくれているわけではないという事はわかった。
「正直な奴、俺は好きだよ。 不器用でムカつくけど、心に届くことが言えるから。いい歌詞がかける。まあ、お前はそれが原因で人間関係うまくいってないみたいだけど。言う事に遠慮がなさすぎるから嫌われるんだよ、お前。」
彼は、私のことをそんな風に言うけれど、私はそんな風には思わない。
”学校”という戦場において、遠慮などしていれば、どこから背中を刺されるかなんてわからない。正直にものを言うということは、私を強く見せ、尚且つ自分の
身を守る事のできる合理的な手段だった。
弱気を見せることは一寸たりとも許されない。見せた瞬間、それはその戦場において実質的な負けを意味するからだ。
彼は、いかにも物を言いたげな私の表情を見て、呆れたように笑い、その場を去り始めた。
「あっ、ちょっと待ってよ!」
慌てて彼の手を掴んだ私に、彼は、いかにも悪そうな笑顔を向けた。
私は、彼が、彼の自転車に手を掛ける様子を見ながら考える。
彼はいつも突飛なことばかりして皆を驚かせてばかりだ。
この前の夏だって、私を彼の家の前まで呼び出して、
「皐月!せっかくいい天気だし、皆で流し素麺でもしない?」
なんて言い出したかと思えば、結局は、私と彼の家族が多く素麺を消費し、
彼といえばその場で佇み、地面に這う蟻を眺めているだけで素麺を口にすることは
ほぼなかった。
更には、「一緒に線香花火やろうよ!」
と言い出した後、その火を付けた線香花火をその場で振り回しやけどしかけていた。
「鍵ささった!行くよ、皐月。」
彼が道の少し先でこちらに手を振っているのが見える。
今思えば、私と彼との記憶は、いつも彼に振り回されてばかりだ。
感声 羽衣慧 @ruua1205
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