第三夜 遠くの幻の花火に散った恋心
今日が夏祭りだ。薄桃色の浴衣を来て、私は項が綺麗だと母からも言われていたので。お母さんんに着つけてもらった。トップはふんわりと仕上げて昔友達から貰った。ピンクと黄色の花模様の髪がざりを留めた、少しサイドの後れ毛を残した。母にメイクしてもらった。自分ながらに笑ってしまった。まるで違う自分を見ているみたい。下駄を鳴らし、午後の電車の乗り、早めに菫坂駅の日神薬師神社で待ち合わせしていた。すると向こうから。ちょっと長めの黒髪の紺色の甚平をきた北大路くんが現れた。手を振ったら。振り返してくれた。私と北大路くんとは幼なじみだった。とても、久しぶりだった。だが、切なそうな顔をしていた。五時より早めに来てしまったので北大路くんと喋っていた。
「久しぶり」
「弘樹くん? 久しぶりだね」
北大路くんは、顔立ちは違えど美形になったなと思った。北大路くんは中身に深みがあり、とても、フランクな人だった。
「えっと、……遥は佐伯と友達になったの?」
「……うん」
「確か佐伯は良い奴だよ! 後輩や上級生と同級生から慕われているし、からかう奴が居るんだ。爽やかゲイボーイって言われているけど気にしないようにな! つーか暑いね」
北大路くんは明るくて優しい人。とても人気者で人格ができている。弘樹くんの笑顔見ると私は佐伯くんが好きだと言ったら応援してくれるんだろうな。とても優しい。四時半を周り、桃花ちゃんが深田くんと合流してきたようだった。深田くんは水色の仮面をかぶっていた。桃花は朝顔柄の浴衣を着ていた。綺麗な赤い髪飾りがよく似合う。
「えっと、遥……大分印象変わったわね」
「でしょ? すっげえ可愛いし、なんか自分の彼女にしたくなるよな」
「中条はとても美しいんだな」
桃花ちゃんは深田くんに右ストレートのチョップを食らわせた。深田くんは鼻血を出しても尚嬉々としていた。
「えっと、今日佐伯くんは?」
「中条もしかして俺の親友に興味あるの? 聞かなかったか。遅れてくるって言ってよ。電車の見合わせになっちまってるらしい」
浮かない表情の古沢くんが来た。日神薬師の一人で向かっていく。
「あー……例の古沢ね」
「古沢千尋知ってるの? ま。あの噂じゃ天下の友介の株が落ちるも無理もない」
「え?」
「知らんの? 中条。おまえの恋路を邪魔するんよ。そして俺に親友の友介と中条を別れさせようと必死なんよ。なるべく距離をとった方がいいで」
「ごめん。おまたせ。丁度よかった」
振り返ると青藤色の甚平を着ている。友介くんが息が切れた様子で。ゼーハーしている。私を見るなり、照れているようで。真っ赤になって頭をぽりぽり掻いていた。肩くらいの長さのサラサラ黒髪が風に揺れてて、ふと空を仰げば。星空が満点だった。彫刻みたいな顔をくしゃくしゃなった。友介くんの笑顔が一層引き立つ。すると弘樹くんと深田くんがニタニタしていた。
「やだあ、あたしも困っちゃうわ。二人共付き合ってるの?」
「いやいや、正広いいから」
友介くんが手を顔で塞いでいた。湯気吹いていた。沸騰点で真っ赤だった。すると腕には切り傷があった。なんだろうか。
「どうしたの?」
「実家の猫にやられた。早くから猫飯作ってんだけどね」
なんだか辛そうだった。
「じゃあ、お前ら。夏祭り楽しみために俺の親父が作ってきた打ち上げ花火を打ち上げて怪談を話すね。花火を見たり周ったりするのはこの指とっーとまれ!」
と北大路くんが言った。友介くんはいつもと様子が違った。何処か憂いを含めている。どこか寂しそうで悲しそうで、辛そうだった。見かねた桃花ちゃんが指を押した。俺は友介が心配だけどここはという。正広くんが指に留まった。北大路くんはニコニコしながら。じゃあ、と空を仰いで言った。
「出店とかでお菓子を買う雑用かかりはこの指とまれ。留まらなくとも残ったのは二人だね」
「おーい。気をつけろよ。んで行動は別々だね。俺と正広と桶川は日神薬師神社をお祭りを観て楽しむコースで」
「模擬店とかに行ってお菓子とか調達したり買うの面倒だけど、ごめんね。じゃあ、ハルと友介ね」
「この日神薬師神社の猫地蔵に七時半までに集合ね。んで花火をやって帰ったら友介の家でお泊り寝するのね。勿論合気道初段の桶川と空手と剣道習ってる友介がいるから。大丈夫ね?」
石段を歩き始めた。慣れない下駄はもどかしくて、模擬店では金魚すくいとか出店も出店していた。ひょっとこ、を被せた友介くんは切なそうだった。目が潤んでいた。
「友介くん。どうしたの?」
「いや?俺はいいけど中条は大丈夫?」
「……うん」
この前まではハルちゃんと呼んでくれていたのにどうしたんだろう。不安になってしまった。恋心が心臓に浸るまで恋に染みていた。二人で歩くと心臓がバクバクと鳴った。嫌われたのか。
「中条はもしかしてサイド姫カットにしたの?」
「う、うん」
「似合ってるよ。俺とはぐれないようにな」
手をぎゅっと握ってくれた。優しく握り返した。無言の沈黙が流れる。
「中条は持病大丈夫?」
「……うん」
夜空を仰ぎ小さく言葉を漏らした。
「もし中条が俺に嘘を吐いても、本当だよ」
「え? ごめん。聞こえなかった」
溜め息を吐くと悲しそうな表情だった。顔を覗きこむと目が虚ろだった。目の前に手をブンブン振ってみた。虚ろな様子は変わらない。私は気が気でなかった。なんだか、私は今日は気合を入れてめかし込んで来たのに。こちらまで悲しくなってきた。
「どうしたの?」
「……」
「なにかあったの?」
「……?」
「友介くん。ごめん。ちょっと先を行ってるね」
話しかけても心此処に非ずの優柔不断な態度を取る友介くんに怒りたくなった。私に気を持たせるようなこと言って。私で遊んでいたかな。ひたすら早歩きして。彼を困らせたかったのが本音だ。いつだって私は心配をかけることで愛情を感じていた。友介くんの声は私の耳まで聞こえなかった。まるで自分だけがスローモーシュンに動く世界。隔離された感覚に泣きたかった。
「ちょっと! ハルちゃん!」
と声が聞こた。すると気づいたら。森の付近まで来てしまった。大きな音が鳴りだした。振り返ったら。花火師が大きな花火をぱあんと打ち上げた。黄色や赤色とりどりの花火は可愛かった。だが、私は涙目だった。せっかくメイクしてきたのに。涙でマスカラが滲んだ。褒めて貰えなかったなと意気消沈した。私はただ、楽したかったのに。溜め息を吐くと、どうやら友介くんは手繰り寄せて走ってきた。
「綿菓子買ったから!」
「怒らないで! 俺だって好きで冷たくしてたつもりじゃ、そこまで怒らせるつもりはなくて」
「……俺が悪かったから! ちょっと待ってよ!」
聞くのも辛い。しゅんと項垂れて、ぽつりと一人しょげて歩いていた。誰かと肩がぶつかった。拍子に簪を落とした。屈んでみてもとれない。するとゴツゴツ骨ばった大きな手が拾ってくれた。拾い主は息が切れている。綿菓子を持っていた。きょとんと。
「ごめん。怒らせるつもりはなくて、俺の話を逃げずにちゃんと聞いて欲しい」
肩を掴まれていた。近距離でみる友介くんは端整な顔立ちで彼に映る私は目が潤んでいた。泣きべそだった。
「……もう嫌」
「ごめん。俺が悪かったから。もう泣かないで」
私は佐伯くんの胸板にすっぽり収まった。厚い胸板の優しさは遠き夢。
「私から逃げちゃうの?」
「俺は逃げないよ。ただ……、ハルちゃんは優しくていい子だよ? だけど、もっと、意地悪になってもいいと思う」
「俺はこの厄介な自分の性格から。今までも、何度も幸せを掴もうとして失敗した。弱い人間だし、お世辞も言えないんだ」
「……お世辞?」
「違うよ。ハルちゃんがお世辞ってわけではなくて、……なんて言うのかな、あまりにも浴衣姿が嬉しくて、可愛いかったから。夏祭りは胸が騒いでしまって。俺はハルちゃんに素直になれなかったし、……そこは本当に悪かった。許して欲しい」
ぺこりと頭を下げた。
「それに今日は親父が病に倒れた日でもある。だから。辛そうな親父を見ると俺も胸が苦しくて。辛くて、せっかく来て貰ったのに冷たくして本当に悪かった」
「こちらこそ、ごめん」
「気にしないで。泣かない方がいい。つーか。ハルちゃんって髪の毛綺麗だね」
「いやいや」
「俺は女子と話したこともないし、どっちかって言うと俺は女子の事がわからない。メイクってどうやるかも知らないし、もっとお互いのこと知りたいし」
「ハルちゃんは……あのさ、線香花火ってやったことある?」
花火を見せてくれた。綺麗だなと二人で眺めていた。線香花火は綺麗だった。
「ハルちゃん」
「うん」
「綺麗だね」
「そうだな。この花火……、俺の親父の命によく似てる。儚い命にみえる。俺の両親はお見合いの結婚だったんだ。養父とは最近仲が悪くて」
「はじめて話すんだけど、親父は俺が高一の春に脳性悪性腫瘍で死んだ。代わりにお袋の恋人が出来て結婚しそうなんだけど……、育ての市川さんは気難しいし、かなり厳しい人で正直、家に居場所はない」
「大変だったんだね」
「親父は優しくて俺が中学生の頃に医者になりたいって言ったら『頑張れよ、俺は応援してるぞ。病床でも現世でも、例え、天国でもおまえを見守っているからな』って言ってくれたんだ」
「いまのお袋の恋人に進路のことを相談したら。医者なんてやめちまえ。おまえは普通の企業に就職してビジネスマンで普通の人生を歩みなさいって言われた」
「俺が反発してどうしても医学部に行きたいと言ったら。殴られてボコボコにされたんだ。正直、俺の実の親父の
「辛いね。私じゃ想像できないくらい……、辛かったら泣いてもいいんだよ?前に進むときにはどんなに泣いてもいいんだよ?」
「……、サンキュ」
空を仰いでこう言った。星空が散りばめられた。名も亡き星に問いかける。友介くんのお父さんは花火と共に散った。綺麗な星空だった。
「辛かったら。私のお家来る?」
「お袋と恋人さんは俺とは別々に暮らしているから大丈夫だよ」
「一人暮らし?」
「そうだよ。じゃ、今度お邪魔してもいいか?ハルちゃんのお母さん……、どんな人か見てみたいな」
「貧乏だし、ボロボロアパートだけどいいの?三人暮らしで定食屋さんを営んでいるよ」
「そうなんだ。つーか。花火が綺麗だね」
ひかりは消えてしまった。夏の蝉が木霊する。友介くんは紺色の甚平を着て花火を焚いて屈んでいる。表情は何故か儚げで綺麗だった。打ち上げ花火の頃に手を繋いで一緒に歩く。遠くの空に消えていった打ち上げ花火は綺麗だった。夕月の夜。願いを込めて一緒に夢中になって金魚すくいをしたら。袖が濡れていた。
「綿菓子美味しい」
「そうだね。この星空に友介くんのお父さんはいるのかな」
綺麗な月夜。友介くんはこう言った。
「俺はまた坊主にしようかな」
「駄目だよ! 友介くんは今の髪型にあっているし」
「俺も椎堂みたいにピアスを開けるかなー」
「絶対ダメだよ! イメージ崩れる」
「ハルちゃん。なんかまるで俺の母さんみたい。言っておくけど坊主もピアスも冗談だよ」
人混みを流されてはぐれそうになった私の手首を掴んで横断歩道を走ってくれた。息が切れているから。疲れているからと背中に負ぶってくれた。浴衣なんだけどな。友介くんは耳たぶまで赤くなっている。もしかして初恋が友介くんだったのかな。
「俺のチャームポイントは実はお尻なんだ」
「うふふ」
「俺はハルちゃんの笑顔とか天然なところも好きだよ」
「一人暮らしってことは自炊してるの?」
「うーん。コンビニで弁当買う時もあれば。自分で作るときもあるよ」
「結局。チョコバナナにしちゃったね」
「そうだな。しかし、綺麗だね」
「俺の見た目は昔と今はだいぶ違うよ。昔は金髪だったんだ。中学生は男子校だったけどハーフだから、地毛が金髪で染めてるのかって、生徒指導室で怒られたな」
「そうなんだ、ってことは本当にハーフだったんだね」
「元々は青い瞳に金髪で如何にも外国人って顔立ちだったんだよね。生まれはデンマーク。生まれ育った故郷はコペンハーゲンだったんだ。昔、日本の中学に編入してきた頃は日本語は変だったし、同級生からよく意地悪されたな」
「そうだったんだね」
「親戚は殆ど英語ペラペラだったし、従兄弟はスイスに留学してたよ」
「うん。俺の中学の他校の女の子が俺のことやけに慕ってきた子がいたんだ。はい、ハルちゃん。着いたよ」
おぶっていたのを下ろしてくれた。屈んで私と同じ目線でまじまじと眺めている。すると頭を撫で撫でしてくれた。真っ赤になる。火照る。猫地蔵の元に着いた。
「目を瞑ってくれる? 髪に簪を差すから」
「う、うん」
となりの席の佐伯くん 朝日屋祐 @momohana_seiheki
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